一人暮らしを始めてもうすぐ半年になる。
十二月に入り、街はクリスマスの様相を呈している。
塾講師のアルバイトも順調だ。
ブチが俺のことをどう伝えていたのかわからないが、最初からかなり好待遇で迎えてもらえた。
これはブチの評価の高さも影響しているようだ。
俺たちとつるんでいる時のブチからは想像出来ないが、頭が良く優秀な講師として信頼していると塾長から直接聞いた。
同じように生徒からも人気がある先生だと言われた。
「良樹が受け持つ時間帯は人気があるみたいじゃん。紹介した俺としては鼻が高いよ」
「ブチの評価が高いからだろ。俺はその恩恵にあずかっているだけ」
「おお、殊勝なこと言うじゃん。じゃあ……」
「奢れだろ? 安い物なら奢ってやる」
「いいよ、お前が節約生活しているのはわかっているから」
「今度家に来いよ。鍋に良い季節だし、家の近くに業スーがあるからさ、何でも安くて大量に手に入る」
「いいね! 行く行く。で、晴矢のバイトは順調なのか?」
「ああ……それな」
晴矢は十月からバイトを始めた。
あれだけ躊躇していたのが嘘のように。
晴矢に両親が自分たちのことを知ったと話したカフェで働いている。
🔸🔸🔸
「え? あのカフェで働くのか?」
「そう。前に大学の子が働いていたけど、卒業して辞めちゃったんだって。マスターも一人で何とか出来ると思っていたら、腰が悪くなって厳しいって話で」
「っていうか、なんでお前がそんな事情知っているの?」
「マスターと仲良くなったから」
「いつ?」
「九月ぐらい?」
「俺聞いてないけど」
「俺言ってないもん」
「晴矢!」
十月のある日、俺の家で夕飯を食べた後、唐突に晴矢がバイトすると言ってきた。
俺が塾のバイトで早く帰った後に、よく一人でカフェに行っていたという話だった。
どうして今まで内緒にされていたのか納得がいかない。
晴矢はカフェのマスターがどれだけ面白く魅力的な人物かについて熱弁しているが、それを聞かされている俺は面白くない。
「マスターと仲良くなったってどうして言わないんだよ?」
「良樹に内緒のことがあってもいいだろ」
「どうして?」
「良樹は良樹で塾が楽しいんだろ? お前は何も言わないけどブチが色々教えてくれるよ」
「ブチが? 何を?」
「女子高生との交流とかさ」
「そんなことしてねーよ!」
塾では高校生を相手に教えている。
当然、男女どちらの生徒もいる。
年齢が近いせいもあってか生徒とは気さくに話している。
もちろんプライベートな付き合いは契約上してはいけない条件だが、塾の中でのやり取りは問題が無い。
「それが悔しくて俺にやり返したつもりか?」
「ってわけじゃないけど……」
図星だ。
あれだけ意気揚々と挑発していた晴矢の勢いがしぼんだ。
わかりやす過ぎて可愛い。
「お前って本当に単純」
「単純って言うな! 現に今、良樹は嫉妬してたじゃん!なんだよ……」
劣勢となった途端、不機嫌な顔をしてブツブツと文句を言っている晴矢の腕を取り抱きしめる。
「抱きしめれば許されると思っているだろ!」
「抱きしめられて嬉しいと思っているだろ?」
晴矢は俺の腕から抜け出そうともがくが、俺はより腕に力を入れる。
「俺は晴矢がバイトしようと思ったことが嬉しい。俺が居ない外の世界に踏み出してくれたことも嬉しい」
「……上手くいくかわからないけど、やってみるよ。いつも良樹に見守られてきたけど自分で出来ることから始めてみる」
「でもマスターとはそんなに仲良くなるな」
「やっぱり良樹は独占欲が強いね」
俺は晴矢が自分の目の届かないところに行ってしまうことをずっと不安に思っていたけど、今の晴矢に対してその気持ちは消えた。
その前向きな決断に感動していた。
🔸🔸🔸
晴矢のカフェでのバイトも十二月で三ヶ月が経った。
コーヒーを淹れるのはもちろん、サンドウィッチなどの軽食も作れるようになっている。
俺は塾が無い日は、晴矢と一緒にカフェに行き、晴矢が働いている様子を眺めながらコーヒーを飲んでいる。
お店のお客さんは相変わらず近所の主婦やお年寄り達ばかりだが、晴矢は人気者らしくよく話しかけられている。
たまに常連のおばあちゃんから煮物のお裾分けをもらったりするらしい。
俺は自分の恋人が老若男女問わず好かれているのを見られて幸せだ。
「今日はナポリタンを作った。っていっても賄いだからマスターにしか食べてもらってないけど」
「チャレンジ精神が凄いな。マスターは美味いって言っていた?」
「悪くないとは言われた。わりと料理に関してはシビアかも。家でもキーちゃんに色々教わってはいるけど。まだまだ難しいよね」
晴矢が様々な事を習得しようとしている。
俺が晴矢のこんなにもやる気に満ちた姿を見るのは、中学生の時に初めてバスケ部に入り練習に明け暮れていた時以来だ。
「でもまだまだ伸びしろがあるってことじゃないの?」
「調理師免許を取ろうかな。バリスタの資格も」
カフェでの仕事がよほど性に合ったのか、晴矢が資格免許まで考えるようになったことに驚く。
「晴矢が前向き過ぎて、ちょっと感動している。調理師免許取ったら、毎日晴矢に料理作ってもらおうー」
「良樹も一緒に取らない? これだけ作れるんだから良樹こそ料理の才能ありそうだよ」
一人暮らしを始めて、自炊をするようになった。
節約するためもあるが、近所に業務スーパーがあり安く材料を手に入れられることも影響している。
今夜も狭いキッチンに晴矢と二人並んで料理をしている。
お母さんが置いていった我が家の定番料理のレシピを見ながら作る。
今夜は定番中の定番の生姜焼きだ。
「この生姜焼きを見ると中学の時におばさんが作ってくれたお弁当を思い出す。冷えているのにすっごく美味しかったよなー」
「そうだ。お母さん、年末に日本に帰って来るって」
「そうなの? 半年ぶり? 良樹が半人前立ちしているのを見てもらえるね。あと元気な金魚たちも」
「半人前立ちって何だよ」
「塾講師の時給も上がったし、料理も上達したし、それに来月からは家賃も自分で払うんでしょ? 色々と自慢出来るじゃん」
晴矢は生姜をすりおろしながら何気ない調子で話しているが、俺は内心では不安に思っているのではないかと勘繰ってしまう。
「晴矢も一緒に会おう」
「え? でもおばさんは良樹に会いに来るんだから……」
「でも俺たちはいつも一緒にいるだろ。だから大丈夫だよ」
俺は晴矢に微笑み、安心させたかった。
俺たちは何も変わらない。
「……わかった」
晴矢は納得したかのように頷くと再び手を動かし始めた。
お母さんに二人で作った料理を食べてもらおうか?
ふと頭を過った。
十二月に入り、街はクリスマスの様相を呈している。
塾講師のアルバイトも順調だ。
ブチが俺のことをどう伝えていたのかわからないが、最初からかなり好待遇で迎えてもらえた。
これはブチの評価の高さも影響しているようだ。
俺たちとつるんでいる時のブチからは想像出来ないが、頭が良く優秀な講師として信頼していると塾長から直接聞いた。
同じように生徒からも人気がある先生だと言われた。
「良樹が受け持つ時間帯は人気があるみたいじゃん。紹介した俺としては鼻が高いよ」
「ブチの評価が高いからだろ。俺はその恩恵にあずかっているだけ」
「おお、殊勝なこと言うじゃん。じゃあ……」
「奢れだろ? 安い物なら奢ってやる」
「いいよ、お前が節約生活しているのはわかっているから」
「今度家に来いよ。鍋に良い季節だし、家の近くに業スーがあるからさ、何でも安くて大量に手に入る」
「いいね! 行く行く。で、晴矢のバイトは順調なのか?」
「ああ……それな」
晴矢は十月からバイトを始めた。
あれだけ躊躇していたのが嘘のように。
晴矢に両親が自分たちのことを知ったと話したカフェで働いている。
🔸🔸🔸
「え? あのカフェで働くのか?」
「そう。前に大学の子が働いていたけど、卒業して辞めちゃったんだって。マスターも一人で何とか出来ると思っていたら、腰が悪くなって厳しいって話で」
「っていうか、なんでお前がそんな事情知っているの?」
「マスターと仲良くなったから」
「いつ?」
「九月ぐらい?」
「俺聞いてないけど」
「俺言ってないもん」
「晴矢!」
十月のある日、俺の家で夕飯を食べた後、唐突に晴矢がバイトすると言ってきた。
俺が塾のバイトで早く帰った後に、よく一人でカフェに行っていたという話だった。
どうして今まで内緒にされていたのか納得がいかない。
晴矢はカフェのマスターがどれだけ面白く魅力的な人物かについて熱弁しているが、それを聞かされている俺は面白くない。
「マスターと仲良くなったってどうして言わないんだよ?」
「良樹に内緒のことがあってもいいだろ」
「どうして?」
「良樹は良樹で塾が楽しいんだろ? お前は何も言わないけどブチが色々教えてくれるよ」
「ブチが? 何を?」
「女子高生との交流とかさ」
「そんなことしてねーよ!」
塾では高校生を相手に教えている。
当然、男女どちらの生徒もいる。
年齢が近いせいもあってか生徒とは気さくに話している。
もちろんプライベートな付き合いは契約上してはいけない条件だが、塾の中でのやり取りは問題が無い。
「それが悔しくて俺にやり返したつもりか?」
「ってわけじゃないけど……」
図星だ。
あれだけ意気揚々と挑発していた晴矢の勢いがしぼんだ。
わかりやす過ぎて可愛い。
「お前って本当に単純」
「単純って言うな! 現に今、良樹は嫉妬してたじゃん!なんだよ……」
劣勢となった途端、不機嫌な顔をしてブツブツと文句を言っている晴矢の腕を取り抱きしめる。
「抱きしめれば許されると思っているだろ!」
「抱きしめられて嬉しいと思っているだろ?」
晴矢は俺の腕から抜け出そうともがくが、俺はより腕に力を入れる。
「俺は晴矢がバイトしようと思ったことが嬉しい。俺が居ない外の世界に踏み出してくれたことも嬉しい」
「……上手くいくかわからないけど、やってみるよ。いつも良樹に見守られてきたけど自分で出来ることから始めてみる」
「でもマスターとはそんなに仲良くなるな」
「やっぱり良樹は独占欲が強いね」
俺は晴矢が自分の目の届かないところに行ってしまうことをずっと不安に思っていたけど、今の晴矢に対してその気持ちは消えた。
その前向きな決断に感動していた。
🔸🔸🔸
晴矢のカフェでのバイトも十二月で三ヶ月が経った。
コーヒーを淹れるのはもちろん、サンドウィッチなどの軽食も作れるようになっている。
俺は塾が無い日は、晴矢と一緒にカフェに行き、晴矢が働いている様子を眺めながらコーヒーを飲んでいる。
お店のお客さんは相変わらず近所の主婦やお年寄り達ばかりだが、晴矢は人気者らしくよく話しかけられている。
たまに常連のおばあちゃんから煮物のお裾分けをもらったりするらしい。
俺は自分の恋人が老若男女問わず好かれているのを見られて幸せだ。
「今日はナポリタンを作った。っていっても賄いだからマスターにしか食べてもらってないけど」
「チャレンジ精神が凄いな。マスターは美味いって言っていた?」
「悪くないとは言われた。わりと料理に関してはシビアかも。家でもキーちゃんに色々教わってはいるけど。まだまだ難しいよね」
晴矢が様々な事を習得しようとしている。
俺が晴矢のこんなにもやる気に満ちた姿を見るのは、中学生の時に初めてバスケ部に入り練習に明け暮れていた時以来だ。
「でもまだまだ伸びしろがあるってことじゃないの?」
「調理師免許を取ろうかな。バリスタの資格も」
カフェでの仕事がよほど性に合ったのか、晴矢が資格免許まで考えるようになったことに驚く。
「晴矢が前向き過ぎて、ちょっと感動している。調理師免許取ったら、毎日晴矢に料理作ってもらおうー」
「良樹も一緒に取らない? これだけ作れるんだから良樹こそ料理の才能ありそうだよ」
一人暮らしを始めて、自炊をするようになった。
節約するためもあるが、近所に業務スーパーがあり安く材料を手に入れられることも影響している。
今夜も狭いキッチンに晴矢と二人並んで料理をしている。
お母さんが置いていった我が家の定番料理のレシピを見ながら作る。
今夜は定番中の定番の生姜焼きだ。
「この生姜焼きを見ると中学の時におばさんが作ってくれたお弁当を思い出す。冷えているのにすっごく美味しかったよなー」
「そうだ。お母さん、年末に日本に帰って来るって」
「そうなの? 半年ぶり? 良樹が半人前立ちしているのを見てもらえるね。あと元気な金魚たちも」
「半人前立ちって何だよ」
「塾講師の時給も上がったし、料理も上達したし、それに来月からは家賃も自分で払うんでしょ? 色々と自慢出来るじゃん」
晴矢は生姜をすりおろしながら何気ない調子で話しているが、俺は内心では不安に思っているのではないかと勘繰ってしまう。
「晴矢も一緒に会おう」
「え? でもおばさんは良樹に会いに来るんだから……」
「でも俺たちはいつも一緒にいるだろ。だから大丈夫だよ」
俺は晴矢に微笑み、安心させたかった。
俺たちは何も変わらない。
「……わかった」
晴矢は納得したかのように頷くと再び手を動かし始めた。
お母さんに二人で作った料理を食べてもらおうか?
ふと頭を過った。



