そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ    ―大学生編

 大学の授業が午前中で終わる日に俺は晴矢をデートに誘った。
 引っ越しを二日後に控えた金曜日。
 ずっと引っ越し準備や何かで二人で過ごす時間が取れなかったこともあり、俺自身欲求不満が溜まっていた。
 お母さんとの毎日のやり取りも疲弊することも多く、今後の一人暮らしの不安もあり鬱々とした気分を払拭させたかった。

「で、どこ行くの?」
「水族館」
「え? 水族館」
「おお。お前行きたいって言っていただろ」
「いいね。平日の水族館って空いているのかな?」
「それ狙い。時間も限られているからプラン作ってきた」
「何それ? 良樹のデートプラン?」

 俺の提案に晴矢が興味津々な顔で聞いてくれる。

「ここから目当ての水族館までは電車で一時間弱。今から向かうと13時頃には着くはず。とりあえず腹が空いているから水族館の近くにある目星を付けておいたカフェで昼食。食べてから水族館に入るのがだいたい14時過ぎ。そこから魚たちを好きなだけ鑑賞して出てくるのが一時間か二時間後。その後、その先の駅で良さげな店を見つけたからそこで夕飯食べて帰宅」
「すご……良樹らしいね。緻密な作戦遂行能力。楽しみ過ぎる!」
「ってことで行こうぜ」

 運転免許を持っていれば、ドライブデートも出来たのにと少し後悔していた。
 一人暮らしの次は免許を取らなければ。
 俺はまだまだやらなければいけないことが多いと改めて肝に銘じた。

🔸🔸🔸

 目星を付けていたカフェは人気があるらしく、平日でも店の中はお客さんでいっぱいだった。
 女性ばかりで埋まっている中、男二人連れは嫌でも目立ってしまう。
 しかも俺たちはかなりガタイが良い。

「女性ばっかりだね……」
「ちょっと気まずいかな?」
「全然。俺は気にしないことにした。それよりも美味しそうなプレートばかりだよ、良樹」

 俺も晴矢も伊東さんと庄野が俺たちのことを受け入れてくれた以降、前ほど周りの目を意識しないようになっていた。
 恐れなくなったわけではないが、自分が思うほど周りは人の事を気にしていないのではないかと思うようになった。
 だからといって、大胆な行動に出られるわけでもない。

 ワンプレートに肉料理やキッシュ、ポーチドエッグなど様々な料理が入っているランチはどれも美味しそうで俺たちは散々迷っていた。

「ここはコーヒーがかなり美味いらしいよ」
「ホント? それは楽しみ」

 コーヒーも種類が多く、コーヒー好きな晴矢はメニューを読み込んでいる。
 
「失礼な事伺って申し訳ありませんが、お二人はモデルさんですか?」

 注文を取りに来た人に聞かれて驚く。
 俺たちがモデルに見えるのか?

「いえ。普通の大学生です」
「ただ背がデカいだけです」

 俺も晴矢もこのような事を聞かれたことがないだけに、普通の返ししか出来なかった。

「立ち入ったこと聞いて申し訳ありません。あまりにお二人が絵になるものですから。失礼しました。少々お待ちくださいね」
「……絵になるだって?」
「俺たちってポテンシャル高かったりするのか?」

 二人で笑いを堪えるのに必死だった。
 褒められたことも嬉しいが、恥ずかしさも相俟って笑ってしまう。
 俺はともかく、晴矢はモデルと言っても通用するビジュアルだと思っている。
 目鼻立ちはハッキリしていて色も白く顔も小さく、背の高さと細いが痩せすぎていないバランスなど言われてみればモデルでもイケそうだ。
 俺がまじまじと晴矢を見ていることに気づいた晴矢は俺の鼻の先で両手を叩いた。

「良樹、見過ぎだから」
「いつもお前のこと見つめているだろ?」
「こういうところでは控えて」

 晴矢の気まずそうな言い方が可愛くて、つい指で晴矢の鼻に軽くタッチしてしまう。

「誰も見てないよ」

 俺の言葉に晴矢が口元に笑みを浮かべて頷いた。

🔸🔸🔸

 平日の午後の水族館は想像していた以上に人が少なかった。
 カップルや小さい子供連れの親子もいるが、広い館内ではそれほど被ることもなく各々が好きな魚を見ている。

 俺たちは水槽のトンネルで興奮し、見たことが無い珍しい魚ばかりを集めた水槽の前で立ち止まり、水槽の中で勢いよく泳ぐサメを堪能し、群れで生活する小さな魚が大量に移動する姿に家で飼っている金魚について話したりしていた。

 晴矢は水槽を前にすると必ず「うわっ」と小さな声を出して、隣に居る俺の腕を掴む。
 その行為が愛おしくて、俺は新しい水槽に行くたびに魚よりの晴矢の行動を見るようになった。

「楽しい?」
「うん。どの魚も凄いね。可愛いのもいるし、迫力あるのもいるし。こんなに水族館って楽しめるんだな」
「お前が必ず声出すのが面白過ぎる」
「え? 俺声出していた?」
「無意識なのか? お前ホントに可愛いな」

 俺が晴矢の肩を抱くと晴矢も俺の肩に頭を置き、腰に手を回した。
 周りに誰も居ないのを確かめて俺は晴矢の頭にキスをした。
 大丈夫、見ているのは目の前の魚たちだけだから。

 水族館の中で一番大きい水槽の前には観賞用の席が設けられている。
 様々な種類の魚が優雅に泳ぎ、水槽の中の灯りだけで周りは薄暗く、幻想的な世界に浸れる。
 
「あれは良樹みたいだ。ずっと一匹の後を付いて回っているの」
「付いて回るって言い方! 俺はお前を守るために常に後方支援をしているんだよ」
「ブチみたいなのもいる。一ヵ所に落ち着かなくてぐるぐる回っている」
「柄もブチだしな」
「お、キーちゃんっぽいのもいる」

 観賞用の席に座り、俺も晴矢も魚を指さしながら例を挙げては爆笑していた。
 隣に居る晴矢が笑う度に俺に身体をぶつけてきて、それも可笑しくて仕方がなかった。
 久々にこんなに笑った気がする。

「魚は自由に泳いでいるなって思うけど、こうやって展示されていることは不自由じゃないのかな」
「それはまた答えの出ない質問だな」
「答えが出せないことってあるよね」

 晴矢の声のトーンが急に落ちる。
 さっきまであんなに楽しそうに笑っていたのに。
 俺は晴矢が言いたいことを何となく察している。

「なんでも白か黒かで考えなきゃいけないのかな。そんなこと言ったら俺たちはずっと答えが出せない世界で生きていかないといけないよな」
「でも答えが欲しい人もいるだろ。白か黒かはっきり提示して欲しいって」
「……晴矢はお母さんに何もしなくていい。ずっと俺はそう言っているよな?」
「大丈夫。良樹が悲しむようなことはしないよ、絶対に」

 晴矢の手が俺の手を握る。

「今日は誘ってくれてありがとう。良樹と一緒にいればどこに居ても楽しいけど、やっぱりデートは特別だね」

 水槽のブルーライトに照らされている晴矢の顔が寂しそうに見えて、俺の不安は増す。

「もっと色々な所に行こう。時間はいくらでもあるから」

 俺は晴矢に握られている手を強く握り返した。