「ホントにそれでいいの?」
「うん。俺は決めたから」
大学で晴矢にお父さんたちと話した内容を詳細に伝えた。
晴矢が自分のせいだと思わないようにお母さんの暴言は割愛したが、微妙なニュアンスを晴矢は感じ取る。
「おばさんは俺のこと嫌いになったよね」
「どうして?」
「うん? だって俺が良樹と中学で会わなければこういう関係にはならなかったわけだし。中学の時からお弁当や旅行とかあんなに色々親切にしてもらっていたのに、こんな結果になって……」
「お前のせいじゃない! 絶対にそれは違うって俺はずっとお母さんにも言っている。でも思い込んだら真っ直ぐな人だから、今は放っておくしかないんだよ」
「……可哀想。あんなに良樹のこと大好きなのに。俺が愛する息子を取っちゃったみたいに感じているよね」
「晴矢……止めよう、その話は」
晴矢の言いたいこともわかる。
お母さんは俺を晴矢に取られたと思っているのだろう。
でも、それが晴矢ではなく女性であっても同じ感情になるのではないか。
母親にとって息子とはそういうものなのではないかと俺は客観的に捉えている。
「どこに住むんだ?」
「今探している。それほど家賃が高くなくて大学への通学が便利な所」
「それって俺の家じゃん」
「ムリゲーだろ、それ」
「でもさ、俺たちが今のまま付き合っていることに問題はないわけ? そこは別れたのを確認してからタイへ戻るとかは言っていないの?」
流石にそこまで強固な態度は取られてはいないが、認められていないという事実は変わらない。
かといって物理的に両親が俺たちの状況を監視する術もないわけで、そこは曖昧なままだ。
「別れましたって誓約書を出すわけでもないしな」
「……でもなんか悪いことしているような気になる」
晴矢が俺以上に落ち込んでいるように見える。
俺は晴矢が自分のせいにして別れようと言ってくることを恐れている。
何があっても別れないと言っていても、現実を知れば優しい晴矢は自ら身を引くことを厭わないだろう。
「どうした? なんか暗いな」
庄野が声を掛けてきた。
伊東さんとのやり取り以来、庄野は人が変わったように誠実な態度を取るようになった。
地方から東京へ出てきて必要以上に力んでイキっていたと自分で話してきたことによって、俺たちの庄野への信頼度は増した。
「ちょっとね……。あ、庄野ってこの駅の近くに住んでいるよな?」
「そうだよ」
「ここら辺って意外と安いのか?」
「ああ、そうだな。結局この駅って学校しかないだろ。この先の駅だと商業施設とか多いから家賃もぐーんっと上がるんだよ。なんで? お前実家住まいだろ?」
「……家を出る必要があって、部屋探しているんだよ」
「え、そうなのか? じゃあ、俺の部屋使えば?」
「はぁー?」
あまりに突拍子の無い話に俺と晴矢は顔を見合わせる。
当の庄野は満面の笑みを浮かべている。
「使えばって、どういう意味だよ」
「俺さあ、るり子と一緒に住むことにしたんだよ。だから今の部屋の契約切るからさ、ちょうど空き室になるよって話」
「そうなんだ」
「かなり条件良いと思うよ。俺も実際半年ぐらい空くのを待っていたぐらいだから競争率高いんだよ。家賃のわりには広いし、駅にも大学にも近いし。業務スーパーも近いから食料品とか安く手に入るし。超おすすめ物件」
家賃を聞くと俺は思わず庄野の手を握った。
「借りる! 借りたい! よろしく頼む!」
俺は庄野の手を握ったまま頭を深く下げた。
庄野が大声で笑いだすと、晴矢がさりげなく庄野の手を握っている俺の手をほどいた。
🔸🔸🔸
庄野の家に三人で向かう。
契約は今月末で切れるため、不動産屋に申し入れをしておけばすぐに内見出来るはずだと教えてもらう。
俺も晴矢もこの手のことは知らないことが多く、世間知らずもいいところだ。
大学から歩いて二十分。
バスだと二駅ぐらいだ。
駅からは歩いて十分と好立地だった。
部屋はワンルームだが、十畳と広くキッチンも狭くはない。
家賃を考えてもかなりの好条件なのは確かだった。
「手島の場合ベッドはダブルかキングサイズじゃないと足出ちゃうだろ? これぐらい広いと余裕で置けるよ。陽当たりも良いし、壁も意外と薄くないから隣や上下の声もほぼ聞こえない」
「伊東さんの部屋にいくのか?」
「いや、二人で新しく借りるんだ。俺、これでもかなり貯金しているからさ、家賃が少し上がっても問題ないわけよ」
「すごいな……意外と堅実」
「そうそう、意外とね」
部屋の前で庄野と別れ、俺と晴矢は駅に向かう。
一人暮らしをする自分を想像出来ていなかったが、実際に部屋を見ると現実味が沸いてくる。
「持つべきものは友達だね」
「え?」
「前に良樹がもっと視野を広げた方がいいって話をしたじゃん。せっかく大学に入ったんだから新しい友達を増やしたいって」
「ああ、言ったな」
「俺は嫌だって反発したけど、でもこうやって自分たちとは違う視点を持った人と繋がるのって大事だなって思った。俺たちって完全にカゴの中の鳥だよね。半径一メートル以内のことしか知らないの」
「恥ずかしいけど、ホントそう」
「庄野たちと知り合えて良かったなって思った」
「確かに、ありがたいなって思った」
「うん」
違う世界を知る。
庄野と伊東さんが俺たちの関係を知ったらどう思うのだろう?
お母さんのように嫌悪感を示すのか、お父さんのように少しは理解しようと歩み寄ってくれるのか、ブチやおじさんのように全面的に受け入れてくれるのか。
俺はそれが無性に知りたくなった。
「庄野と伊東さんに俺たちの関係を話してみようか」
「え……。どうして、今俺もそれ思っていた」
「ホントに? 良樹もそう思ったの?」
「うん。どういう反応を示すのか知りたい。第三者がどう捉えるのか知りたい」
「肉親ではない人の視点を知りたいなって思った」
晴矢も同じことを考えていた。
俺たちの関係をあらためて考える良い機会になるかもしれない。
俺は無意識に晴矢と手を繋いでいた。
🔸🔸🔸
家に帰り、お父さんたちには庄野が借りているワンルームの部屋について説明をすると承諾を得て即不動産屋に申し入れをした。
早速、借りる部屋の目安をつけてきた俺の行動力にお母さんは驚いていた。
「そんなに急がなくても……」
何をやっても当分、お母さんは文句を言いそうだ。
授業料については卒業まで、家賃については半年間負担してもらうことにした。
その間にバイトをしながら生活費は自分で出すということを決めた。
小学校から高校までのお小遣いやお年玉を貯めた貯金がそれなりの金額になっているため、当分は贅沢しなければ生活はしていけそうだった。
残すはバイトをどうするか……ぼんやり考えているとあいつから連絡がきた。
🔸🔸🔸
「やっぱ、こういう時って俺しか頼るヤツいないだろ? そうだろ、そうだろ、わかっているって」
二十歳になってもこの自分は何でもわかっている風な言い回しは変わらない。
見た目はイケメンっぽく変わったけど、中身は中学や高校の時とほぼ同じ。
「お前のタイミングの良さは相変わらずだよ、ブチ」
「俺って予知能力あるのかもな」
「ウザっ……」
「晴矢!」
すましていればモテそうなのに、ブチブチと口数が多い。
そこがブチの良い所でもあるけれど。
「良樹なら出来ると思うよ、塾講師。お前、数学得意だったし、ちょうど数学担当の人が足りないみたいでさ、俺としてはぜひお前を推薦したい」
「でも、お前みたいに偏差値高い大学じゃないけど、イケるのかな」
「俺の推薦なら問題ないよ。時給かなり良いから超オススメ」
「いいじゃん、良樹決めちゃいなよ。夕方から二、三時間ならそんなに負担も無さそうだし。ブチの援助に頼るのはありだよ」
「しかし、そんなに大変なことになっていたとはな。どうしてその最中に俺に連絡しないんだよ」
ブチは俺たちが相談しなかったことが不満なようだ。
確かに、高校の時は俺と晴矢の関係が危うくなると、すかさずブチが間に立って解決できるよう導いてくれていた。
今回の件も、ブチなら解決策を見出してくれるのだろうか。
「ブチはどうしたらいいと思う?」
「……とりあえず、晴矢が敵じゃないという誠意をおばさんに表したら?」
「え、それは晴矢には負担だよ。今のお母さんに何を言ったところで火に油を注ぐようなもんだし」
「結局、おばさんは自分が大事に育てた、愛する息子が自分ではない第三者に取られるってことが悲しいわけで、それが晴矢であろうと他の女の子であろうと誰でも同じ気持ちなわけだよな」
「そうなのかな……普通に女性と結婚して孫が欲しいのにってことなんじゃないの?」
「でもそれって将来の話だよな? まだ二十歳だよ、結婚とか孫とか今考えるか?」
「ずっと一緒に居るって話はしたけど……」
俺は認めたくなかったが、晴矢が言うようにお母さんが嘆いているのは結婚して自分の孫が望めないことなのだろうか?
でもそれ自体、俺にはどうすることも出来ない。
だからずっとこの先も平行線のままだ。
「俺が誠意を見せたら、少なくともおばさんは良樹に対してはもうキツく当たらないかな」
「晴矢、何を考えている? 余計なことしなくていいよ」
「嫌だよ。おばさんと良樹はあんなに仲良かったんだから、俺のせいで喧嘩はして欲しくない」
「だからそういう話じゃなくて……」
「まあ、まあ。良樹も晴矢のことを信用してやれば? こいつ、高校の時よりもずっと大人になったし、しっかりしているよ」
「どうして、一緒にいないブチがわかるんだよ」
「わかるに決まっているだろ。俺たちは心の友なんだよ。すべてが透けて見えている」
「なんか、大学でスピリチュアルにでも目覚めたか? 若干胡散臭くなっているぞ」
「バレたか」
晴矢とブチが笑い合っている中、俺は晴矢が何をするのか心配だった。
誠意を見せるって何をする気だ。
「真面目な話、やっぱり難しい問題ではあるよな」
「うん。好きって感情だけで満たされていた高校生の時とは違うよな」
「ブチはりっちゃんとは順調なんだろ?」
「おお。順調そのもの。でも、俺が共学だからかマメにチェックが入る」
「え、そうなの?」
「まあ、話さなければブチもぎりイケメン枠に入りそうだしな」
「晴矢、それ褒めているのか?」
「褒めているよ!」
ブチとりっちゃんの交際期間は俺と晴矢の交際期間と大して変わらない。
高校生の時にWデートをした後はりっちゃんとは会っていないけど。
「そうだよな、未だにりっちゃんは俺たちのこと受け入れてないし」
「でも高校の時よりかは考え方も柔軟になっているけどな。女子大でもやっぱり色々なタイプがいるらしくて、そこで少しは免疫ついているみたいだし」
「そっか」
「俺、大学入ってみてどれだけ井の中の蛙だったのかって改めて思ったよ。俺と晴矢は特に小学校からだから十二年間温室育ちみたいなもんだし、大学でいきなり荒野に立たされたみたいなさ。大げさかもだけど」
「大げさじゃないよ。晴矢も言っていたけど、実際俺たち半径一メートル以内のことしか知らなかったりするんだよな」
常識知らずなわけではないが、世間にも人にも揉まれてない分、知らないことが多すぎて戸惑うことが多い。
「それでも、着実にブチは大学生活謳歌しているじゃん。大学の勉強だって大変なのに、ちゃんとバイトして、デートして、新しい友達作って」
「いきなり一人ポツンと荒野に立たされたら、自分で全て切り開いていくしかないよ。周りを探しても晴矢も良樹もいないからさ。だから友達はちゃんと選ぼうと思った。その場のノリじゃなくて、良いことも、悪いことも言い合えるお前たちみたいに一生付き合っていけるような奴をね」
「そこ大事だよね」
ブチは親元を離れて一人暮らしをしているわけではないが、精神的に自立しているように見えるし、より達観して物事を捉えているように感じる。
俺はブチの考え方に刺激をもらい、少し前向きになれた。
「うん。俺は決めたから」
大学で晴矢にお父さんたちと話した内容を詳細に伝えた。
晴矢が自分のせいだと思わないようにお母さんの暴言は割愛したが、微妙なニュアンスを晴矢は感じ取る。
「おばさんは俺のこと嫌いになったよね」
「どうして?」
「うん? だって俺が良樹と中学で会わなければこういう関係にはならなかったわけだし。中学の時からお弁当や旅行とかあんなに色々親切にしてもらっていたのに、こんな結果になって……」
「お前のせいじゃない! 絶対にそれは違うって俺はずっとお母さんにも言っている。でも思い込んだら真っ直ぐな人だから、今は放っておくしかないんだよ」
「……可哀想。あんなに良樹のこと大好きなのに。俺が愛する息子を取っちゃったみたいに感じているよね」
「晴矢……止めよう、その話は」
晴矢の言いたいこともわかる。
お母さんは俺を晴矢に取られたと思っているのだろう。
でも、それが晴矢ではなく女性であっても同じ感情になるのではないか。
母親にとって息子とはそういうものなのではないかと俺は客観的に捉えている。
「どこに住むんだ?」
「今探している。それほど家賃が高くなくて大学への通学が便利な所」
「それって俺の家じゃん」
「ムリゲーだろ、それ」
「でもさ、俺たちが今のまま付き合っていることに問題はないわけ? そこは別れたのを確認してからタイへ戻るとかは言っていないの?」
流石にそこまで強固な態度は取られてはいないが、認められていないという事実は変わらない。
かといって物理的に両親が俺たちの状況を監視する術もないわけで、そこは曖昧なままだ。
「別れましたって誓約書を出すわけでもないしな」
「……でもなんか悪いことしているような気になる」
晴矢が俺以上に落ち込んでいるように見える。
俺は晴矢が自分のせいにして別れようと言ってくることを恐れている。
何があっても別れないと言っていても、現実を知れば優しい晴矢は自ら身を引くことを厭わないだろう。
「どうした? なんか暗いな」
庄野が声を掛けてきた。
伊東さんとのやり取り以来、庄野は人が変わったように誠実な態度を取るようになった。
地方から東京へ出てきて必要以上に力んでイキっていたと自分で話してきたことによって、俺たちの庄野への信頼度は増した。
「ちょっとね……。あ、庄野ってこの駅の近くに住んでいるよな?」
「そうだよ」
「ここら辺って意外と安いのか?」
「ああ、そうだな。結局この駅って学校しかないだろ。この先の駅だと商業施設とか多いから家賃もぐーんっと上がるんだよ。なんで? お前実家住まいだろ?」
「……家を出る必要があって、部屋探しているんだよ」
「え、そうなのか? じゃあ、俺の部屋使えば?」
「はぁー?」
あまりに突拍子の無い話に俺と晴矢は顔を見合わせる。
当の庄野は満面の笑みを浮かべている。
「使えばって、どういう意味だよ」
「俺さあ、るり子と一緒に住むことにしたんだよ。だから今の部屋の契約切るからさ、ちょうど空き室になるよって話」
「そうなんだ」
「かなり条件良いと思うよ。俺も実際半年ぐらい空くのを待っていたぐらいだから競争率高いんだよ。家賃のわりには広いし、駅にも大学にも近いし。業務スーパーも近いから食料品とか安く手に入るし。超おすすめ物件」
家賃を聞くと俺は思わず庄野の手を握った。
「借りる! 借りたい! よろしく頼む!」
俺は庄野の手を握ったまま頭を深く下げた。
庄野が大声で笑いだすと、晴矢がさりげなく庄野の手を握っている俺の手をほどいた。
🔸🔸🔸
庄野の家に三人で向かう。
契約は今月末で切れるため、不動産屋に申し入れをしておけばすぐに内見出来るはずだと教えてもらう。
俺も晴矢もこの手のことは知らないことが多く、世間知らずもいいところだ。
大学から歩いて二十分。
バスだと二駅ぐらいだ。
駅からは歩いて十分と好立地だった。
部屋はワンルームだが、十畳と広くキッチンも狭くはない。
家賃を考えてもかなりの好条件なのは確かだった。
「手島の場合ベッドはダブルかキングサイズじゃないと足出ちゃうだろ? これぐらい広いと余裕で置けるよ。陽当たりも良いし、壁も意外と薄くないから隣や上下の声もほぼ聞こえない」
「伊東さんの部屋にいくのか?」
「いや、二人で新しく借りるんだ。俺、これでもかなり貯金しているからさ、家賃が少し上がっても問題ないわけよ」
「すごいな……意外と堅実」
「そうそう、意外とね」
部屋の前で庄野と別れ、俺と晴矢は駅に向かう。
一人暮らしをする自分を想像出来ていなかったが、実際に部屋を見ると現実味が沸いてくる。
「持つべきものは友達だね」
「え?」
「前に良樹がもっと視野を広げた方がいいって話をしたじゃん。せっかく大学に入ったんだから新しい友達を増やしたいって」
「ああ、言ったな」
「俺は嫌だって反発したけど、でもこうやって自分たちとは違う視点を持った人と繋がるのって大事だなって思った。俺たちって完全にカゴの中の鳥だよね。半径一メートル以内のことしか知らないの」
「恥ずかしいけど、ホントそう」
「庄野たちと知り合えて良かったなって思った」
「確かに、ありがたいなって思った」
「うん」
違う世界を知る。
庄野と伊東さんが俺たちの関係を知ったらどう思うのだろう?
お母さんのように嫌悪感を示すのか、お父さんのように少しは理解しようと歩み寄ってくれるのか、ブチやおじさんのように全面的に受け入れてくれるのか。
俺はそれが無性に知りたくなった。
「庄野と伊東さんに俺たちの関係を話してみようか」
「え……。どうして、今俺もそれ思っていた」
「ホントに? 良樹もそう思ったの?」
「うん。どういう反応を示すのか知りたい。第三者がどう捉えるのか知りたい」
「肉親ではない人の視点を知りたいなって思った」
晴矢も同じことを考えていた。
俺たちの関係をあらためて考える良い機会になるかもしれない。
俺は無意識に晴矢と手を繋いでいた。
🔸🔸🔸
家に帰り、お父さんたちには庄野が借りているワンルームの部屋について説明をすると承諾を得て即不動産屋に申し入れをした。
早速、借りる部屋の目安をつけてきた俺の行動力にお母さんは驚いていた。
「そんなに急がなくても……」
何をやっても当分、お母さんは文句を言いそうだ。
授業料については卒業まで、家賃については半年間負担してもらうことにした。
その間にバイトをしながら生活費は自分で出すということを決めた。
小学校から高校までのお小遣いやお年玉を貯めた貯金がそれなりの金額になっているため、当分は贅沢しなければ生活はしていけそうだった。
残すはバイトをどうするか……ぼんやり考えているとあいつから連絡がきた。
🔸🔸🔸
「やっぱ、こういう時って俺しか頼るヤツいないだろ? そうだろ、そうだろ、わかっているって」
二十歳になってもこの自分は何でもわかっている風な言い回しは変わらない。
見た目はイケメンっぽく変わったけど、中身は中学や高校の時とほぼ同じ。
「お前のタイミングの良さは相変わらずだよ、ブチ」
「俺って予知能力あるのかもな」
「ウザっ……」
「晴矢!」
すましていればモテそうなのに、ブチブチと口数が多い。
そこがブチの良い所でもあるけれど。
「良樹なら出来ると思うよ、塾講師。お前、数学得意だったし、ちょうど数学担当の人が足りないみたいでさ、俺としてはぜひお前を推薦したい」
「でも、お前みたいに偏差値高い大学じゃないけど、イケるのかな」
「俺の推薦なら問題ないよ。時給かなり良いから超オススメ」
「いいじゃん、良樹決めちゃいなよ。夕方から二、三時間ならそんなに負担も無さそうだし。ブチの援助に頼るのはありだよ」
「しかし、そんなに大変なことになっていたとはな。どうしてその最中に俺に連絡しないんだよ」
ブチは俺たちが相談しなかったことが不満なようだ。
確かに、高校の時は俺と晴矢の関係が危うくなると、すかさずブチが間に立って解決できるよう導いてくれていた。
今回の件も、ブチなら解決策を見出してくれるのだろうか。
「ブチはどうしたらいいと思う?」
「……とりあえず、晴矢が敵じゃないという誠意をおばさんに表したら?」
「え、それは晴矢には負担だよ。今のお母さんに何を言ったところで火に油を注ぐようなもんだし」
「結局、おばさんは自分が大事に育てた、愛する息子が自分ではない第三者に取られるってことが悲しいわけで、それが晴矢であろうと他の女の子であろうと誰でも同じ気持ちなわけだよな」
「そうなのかな……普通に女性と結婚して孫が欲しいのにってことなんじゃないの?」
「でもそれって将来の話だよな? まだ二十歳だよ、結婚とか孫とか今考えるか?」
「ずっと一緒に居るって話はしたけど……」
俺は認めたくなかったが、晴矢が言うようにお母さんが嘆いているのは結婚して自分の孫が望めないことなのだろうか?
でもそれ自体、俺にはどうすることも出来ない。
だからずっとこの先も平行線のままだ。
「俺が誠意を見せたら、少なくともおばさんは良樹に対してはもうキツく当たらないかな」
「晴矢、何を考えている? 余計なことしなくていいよ」
「嫌だよ。おばさんと良樹はあんなに仲良かったんだから、俺のせいで喧嘩はして欲しくない」
「だからそういう話じゃなくて……」
「まあ、まあ。良樹も晴矢のことを信用してやれば? こいつ、高校の時よりもずっと大人になったし、しっかりしているよ」
「どうして、一緒にいないブチがわかるんだよ」
「わかるに決まっているだろ。俺たちは心の友なんだよ。すべてが透けて見えている」
「なんか、大学でスピリチュアルにでも目覚めたか? 若干胡散臭くなっているぞ」
「バレたか」
晴矢とブチが笑い合っている中、俺は晴矢が何をするのか心配だった。
誠意を見せるって何をする気だ。
「真面目な話、やっぱり難しい問題ではあるよな」
「うん。好きって感情だけで満たされていた高校生の時とは違うよな」
「ブチはりっちゃんとは順調なんだろ?」
「おお。順調そのもの。でも、俺が共学だからかマメにチェックが入る」
「え、そうなの?」
「まあ、話さなければブチもぎりイケメン枠に入りそうだしな」
「晴矢、それ褒めているのか?」
「褒めているよ!」
ブチとりっちゃんの交際期間は俺と晴矢の交際期間と大して変わらない。
高校生の時にWデートをした後はりっちゃんとは会っていないけど。
「そうだよな、未だにりっちゃんは俺たちのこと受け入れてないし」
「でも高校の時よりかは考え方も柔軟になっているけどな。女子大でもやっぱり色々なタイプがいるらしくて、そこで少しは免疫ついているみたいだし」
「そっか」
「俺、大学入ってみてどれだけ井の中の蛙だったのかって改めて思ったよ。俺と晴矢は特に小学校からだから十二年間温室育ちみたいなもんだし、大学でいきなり荒野に立たされたみたいなさ。大げさかもだけど」
「大げさじゃないよ。晴矢も言っていたけど、実際俺たち半径一メートル以内のことしか知らなかったりするんだよな」
常識知らずなわけではないが、世間にも人にも揉まれてない分、知らないことが多すぎて戸惑うことが多い。
「それでも、着実にブチは大学生活謳歌しているじゃん。大学の勉強だって大変なのに、ちゃんとバイトして、デートして、新しい友達作って」
「いきなり一人ポツンと荒野に立たされたら、自分で全て切り開いていくしかないよ。周りを探しても晴矢も良樹もいないからさ。だから友達はちゃんと選ぼうと思った。その場のノリじゃなくて、良いことも、悪いことも言い合えるお前たちみたいに一生付き合っていけるような奴をね」
「そこ大事だよね」
ブチは親元を離れて一人暮らしをしているわけではないが、精神的に自立しているように見えるし、より達観して物事を捉えているように感じる。
俺はブチの考え方に刺激をもらい、少し前向きになれた。



