家に戻る車の中で三人とも一言も発せなかった。
助手席に座るお母さんは後ろに座っている俺をチラチラと振り返っていたが、俺は気づかないふりをしてスマホの画面を見ていた。
晴矢の家を出てからひっきりなしに晴矢がLINEを送ってくる。
――良樹がショックを受けていないか心配。絶対おじさんたちと喧嘩だけはしないで
――時間かけてじっくり話して
――父さんやキーちゃんは気にしてないから心配ないよ
――俺も大丈夫
――ロミオとジュリエットみたいだってさっき父さんたちと話していた
――そんなにロマンチックな関係かな? ってちょっとウケた
――良樹がロミオならぴったりタイツ履かないとな。想像するだけでキモいけど
なるべく深刻にならないように俺に気を遣って書いているのがわかる。
晴矢もこの展開に不安になっているはずなのに、自分の気持ちについては触れていない。
――俺がタイツ履くならお前にドレス着せてやらなきゃなー185㎝が着られるドレスってどこで売っているんだよ
――キーちゃんが作ってくれるって!
――マジか!?
――絶対俺が着たらキレイだよ。お前惚れ直すと思う
「ぷはっ」
俺はこのやりとりに思わず噴き出した。
こんなに不安な状況になっても笑えるんだな……
やっぱり俺を笑顔にするのは晴矢だ。
「何、呑気に笑っているのよこの子は」
助手席のお母さんが不満そうな声を出して振り向いた。
🔸🔸🔸
家に着くとお父さんにリビングのソファに座るように促された。
お母さんは相変わらず大きなため息をつく。
「さっき話した通り、もうお前も二十歳だ。あのお宅にお世話になる必要は無い。この家に一人で暮らしなさい。授業料や生活費は今までと変わらずお父さんが出す」
「家に行かないだけじゃなくて、晴矢くんとの付き合いも止めてちょうだい。友達なら他に幾らでもいるでしょ? ヘンな影響を受けて欲しくないのよ。あのご家庭はちょっと普通じゃないし」
俺はお母さんの言い方が気に喰わなかった。
「俺もいつまでも晴矢の家にお世話になるのは悪いと思っていたから、お父さんの言う通りにする。でも、晴矢とは別れないし、これからも関係は変わらない。それはずっと言っているよね? それにおじさんとキーちゃんの関係を知りもしないのに悪く言うのは止めてよ。それはお母さんの偏見でしかない!」
「ちょっ。どうしてこんなに反抗的なの! お父さん、叱ってやってくださいよ」
「……どうしても晴矢くんとは別れないつもりか?」
お母さんのヒステリックな声と対照的にどこまでも冷静なお父さんの声で俺の決意が揺らぎそうになる。
「どうして二人は俺たちの付き合いを反対するの? 何も悪い事はしていないよ」
「だって恋愛は男と女がするものでしょ! それが普通でしょ! 世の中はそうなっているのよ。そうでなければ認められないの!」
「それは偏見だろ!」
「女の子みたいにキレイな顔していると思ったら、最初からお前のことを狙っていたのね。まんまとあの子の罠にはまってしまって、あんたは優しいからあの子にほだされているだけなのよ? 目を覚ましなさい!」
「お母さん!」
俺は思わず立ち上がった。
晴矢を悪く言うのは許せなかった。
どっちが先に好きになったのかわからない。
でも俺は最初に晴矢を見た時から惹かれていた、まだ子供だったけど。
「良樹、座りなさい! お母さんにそんな態度を取るな! お前を育ててくれた人だぞ。もっと敬意を持って接しなさい! お母さんも感情論だけで話すな。晴矢くんに対してもその言い方はないぞ」
「だって……そうとしか思えないでしょ」
「そうは言っても、お前も晴矢くんのことを気に入って可愛がっていたじゃないか。私も彼は純粋で良い子だと思っている、その印象は変わらない」
お父さんはお母さんのようにその場の感情で話すようなことはしない。
俺と付き合っているからと言って晴矢に対しては悪い感情はもっていない。
それだけで少し救われた気がする。
「だったらどうして反対するの?」
「……親の欲目だ。自分の息子には花道だけを歩いて欲しい。失敗することなく成功した道をただただ進んで欲しいと思っているだけだ」
「同性を好きだということは、失敗なの?」
「……運転している間、先野さんが言っていたこと反芻していた。高尚な人間ではないから肯定も否定もせずにただ受け入れる。その時はなにを格好つけた事を言っているんだと呆れたが、冷静に考えてみると一理あるなと思ったよ」
「お父さん、何を血迷ったこと言っているんですか!」
「失敗ではない。息子のことを受け入れたいと思っているが、お父さんは準備が出来ていない。まだまだお前はお父さんたちにとっては幼い子供だ」
ずっと無表情だったお父さんが優しく微笑んだ。
お父さんたちにとって俺はまだまだ幼い子供なのか……。
俺は膝の上に置いた拳を強く握る。
「俺はもう子供じゃない。二十歳になったし、独り立ちする時だと思っていた」
「何を言い出すの? まだ何も出来ないでしょ?」
「この前、晴矢の家でも話していた。自立してみるのはどうかって。色々な経験をしていくことはこの先プラスになるはずだって」
俺はキーちゃんが話してくれたことを自分なりに解釈してお父さんに伝える。
「今まで授業料も生活費もお父さんに出してもらっていたけど、これからは俺が自分で稼ぐ。今すぐ全額自分で賄えないけど、卒業までの二年間、就職してからも少しずつお父さんに返していく」
「な、何をこの子は急に」
「良い考えだな。悪くはない」
何の勝ち筋もないまま口にしたことだけど、俺は自分で自分を鼓舞した。
これから先、ずっと晴矢と居るためには自分自身がもっと強くならなければならない。その一歩が親からの自立だ。
「俺が自立出来たら、お父さんもお母さんも俺の事にちゃんと向き合ってくれる?」
「お前が自分で全て対処出来るようになったら、一人の大人としてお父さんたちもお前に接する。その時改めてお前と話し合おう。それは約束する」
お父さんの言葉に俺は強く握っていた拳を開く。
少しは歩み寄ってくれた。
それが嬉しかった。
お父さんの隣に座って聞いていたお母さんの貧乏ゆすりが激しくなる。
俺が小さい時から見てきた思い通りにいかない時のお母さんの癖だ。
「バイトだってやったことないのに、何で稼ぐつもりなの?」
「何でもとりあえずやってみる。バイトはずっとやろうと考えていたんだ」
「バイトばっかりで授業とか疎かになったらどうするの?」
「大丈夫だよ。助けてくれる友達はいる。大学で新しい友達が出来たんだ」
「どこで暮らすつもりなの? アパートでも借りる気なの? その家賃はどうするの?」
「最初から良樹のヤル気をそぐな。我々が日本に居る間に全てを決めるには時間が足りないが出来るだけ具体的な話はしていこう。息子の自立を親が止めてはいかん」
お母さんは納得がいかないのか憮然とした顔を俺に向ける。
確かにバイトも部屋探しも何のアテも無い俺はマイナスからのスタートだ。
俺に出来るだろうか……
いや、『出来る』ではなく『やれる』
自分の気持ち次第で世界は変わる。
そう自分に言い聞かせた。
助手席に座るお母さんは後ろに座っている俺をチラチラと振り返っていたが、俺は気づかないふりをしてスマホの画面を見ていた。
晴矢の家を出てからひっきりなしに晴矢がLINEを送ってくる。
――良樹がショックを受けていないか心配。絶対おじさんたちと喧嘩だけはしないで
――時間かけてじっくり話して
――父さんやキーちゃんは気にしてないから心配ないよ
――俺も大丈夫
――ロミオとジュリエットみたいだってさっき父さんたちと話していた
――そんなにロマンチックな関係かな? ってちょっとウケた
――良樹がロミオならぴったりタイツ履かないとな。想像するだけでキモいけど
なるべく深刻にならないように俺に気を遣って書いているのがわかる。
晴矢もこの展開に不安になっているはずなのに、自分の気持ちについては触れていない。
――俺がタイツ履くならお前にドレス着せてやらなきゃなー185㎝が着られるドレスってどこで売っているんだよ
――キーちゃんが作ってくれるって!
――マジか!?
――絶対俺が着たらキレイだよ。お前惚れ直すと思う
「ぷはっ」
俺はこのやりとりに思わず噴き出した。
こんなに不安な状況になっても笑えるんだな……
やっぱり俺を笑顔にするのは晴矢だ。
「何、呑気に笑っているのよこの子は」
助手席のお母さんが不満そうな声を出して振り向いた。
🔸🔸🔸
家に着くとお父さんにリビングのソファに座るように促された。
お母さんは相変わらず大きなため息をつく。
「さっき話した通り、もうお前も二十歳だ。あのお宅にお世話になる必要は無い。この家に一人で暮らしなさい。授業料や生活費は今までと変わらずお父さんが出す」
「家に行かないだけじゃなくて、晴矢くんとの付き合いも止めてちょうだい。友達なら他に幾らでもいるでしょ? ヘンな影響を受けて欲しくないのよ。あのご家庭はちょっと普通じゃないし」
俺はお母さんの言い方が気に喰わなかった。
「俺もいつまでも晴矢の家にお世話になるのは悪いと思っていたから、お父さんの言う通りにする。でも、晴矢とは別れないし、これからも関係は変わらない。それはずっと言っているよね? それにおじさんとキーちゃんの関係を知りもしないのに悪く言うのは止めてよ。それはお母さんの偏見でしかない!」
「ちょっ。どうしてこんなに反抗的なの! お父さん、叱ってやってくださいよ」
「……どうしても晴矢くんとは別れないつもりか?」
お母さんのヒステリックな声と対照的にどこまでも冷静なお父さんの声で俺の決意が揺らぎそうになる。
「どうして二人は俺たちの付き合いを反対するの? 何も悪い事はしていないよ」
「だって恋愛は男と女がするものでしょ! それが普通でしょ! 世の中はそうなっているのよ。そうでなければ認められないの!」
「それは偏見だろ!」
「女の子みたいにキレイな顔していると思ったら、最初からお前のことを狙っていたのね。まんまとあの子の罠にはまってしまって、あんたは優しいからあの子にほだされているだけなのよ? 目を覚ましなさい!」
「お母さん!」
俺は思わず立ち上がった。
晴矢を悪く言うのは許せなかった。
どっちが先に好きになったのかわからない。
でも俺は最初に晴矢を見た時から惹かれていた、まだ子供だったけど。
「良樹、座りなさい! お母さんにそんな態度を取るな! お前を育ててくれた人だぞ。もっと敬意を持って接しなさい! お母さんも感情論だけで話すな。晴矢くんに対してもその言い方はないぞ」
「だって……そうとしか思えないでしょ」
「そうは言っても、お前も晴矢くんのことを気に入って可愛がっていたじゃないか。私も彼は純粋で良い子だと思っている、その印象は変わらない」
お父さんはお母さんのようにその場の感情で話すようなことはしない。
俺と付き合っているからと言って晴矢に対しては悪い感情はもっていない。
それだけで少し救われた気がする。
「だったらどうして反対するの?」
「……親の欲目だ。自分の息子には花道だけを歩いて欲しい。失敗することなく成功した道をただただ進んで欲しいと思っているだけだ」
「同性を好きだということは、失敗なの?」
「……運転している間、先野さんが言っていたこと反芻していた。高尚な人間ではないから肯定も否定もせずにただ受け入れる。その時はなにを格好つけた事を言っているんだと呆れたが、冷静に考えてみると一理あるなと思ったよ」
「お父さん、何を血迷ったこと言っているんですか!」
「失敗ではない。息子のことを受け入れたいと思っているが、お父さんは準備が出来ていない。まだまだお前はお父さんたちにとっては幼い子供だ」
ずっと無表情だったお父さんが優しく微笑んだ。
お父さんたちにとって俺はまだまだ幼い子供なのか……。
俺は膝の上に置いた拳を強く握る。
「俺はもう子供じゃない。二十歳になったし、独り立ちする時だと思っていた」
「何を言い出すの? まだ何も出来ないでしょ?」
「この前、晴矢の家でも話していた。自立してみるのはどうかって。色々な経験をしていくことはこの先プラスになるはずだって」
俺はキーちゃんが話してくれたことを自分なりに解釈してお父さんに伝える。
「今まで授業料も生活費もお父さんに出してもらっていたけど、これからは俺が自分で稼ぐ。今すぐ全額自分で賄えないけど、卒業までの二年間、就職してからも少しずつお父さんに返していく」
「な、何をこの子は急に」
「良い考えだな。悪くはない」
何の勝ち筋もないまま口にしたことだけど、俺は自分で自分を鼓舞した。
これから先、ずっと晴矢と居るためには自分自身がもっと強くならなければならない。その一歩が親からの自立だ。
「俺が自立出来たら、お父さんもお母さんも俺の事にちゃんと向き合ってくれる?」
「お前が自分で全て対処出来るようになったら、一人の大人としてお父さんたちもお前に接する。その時改めてお前と話し合おう。それは約束する」
お父さんの言葉に俺は強く握っていた拳を開く。
少しは歩み寄ってくれた。
それが嬉しかった。
お父さんの隣に座って聞いていたお母さんの貧乏ゆすりが激しくなる。
俺が小さい時から見てきた思い通りにいかない時のお母さんの癖だ。
「バイトだってやったことないのに、何で稼ぐつもりなの?」
「何でもとりあえずやってみる。バイトはずっとやろうと考えていたんだ」
「バイトばっかりで授業とか疎かになったらどうするの?」
「大丈夫だよ。助けてくれる友達はいる。大学で新しい友達が出来たんだ」
「どこで暮らすつもりなの? アパートでも借りる気なの? その家賃はどうするの?」
「最初から良樹のヤル気をそぐな。我々が日本に居る間に全てを決めるには時間が足りないが出来るだけ具体的な話はしていこう。息子の自立を親が止めてはいかん」
お母さんは納得がいかないのか憮然とした顔を俺に向ける。
確かにバイトも部屋探しも何のアテも無い俺はマイナスからのスタートだ。
俺に出来るだろうか……
いや、『出来る』ではなく『やれる』
自分の気持ち次第で世界は変わる。
そう自分に言い聞かせた。



