幼なじみが身も心もボロボロなので、ボクがお世話します

「ふぅー……とりあえず一旦、これでいいよね」

何袋目かわからないゴミ袋を縛り上げる。
腰を伸ばすと、ゴキゴキッと鳴った。
これがあとどのくらい続くのか……。
まだ掃除してないところがあると考えるとこれは手強い。

「春斗、もう夕方だぞ。今日はもういい」

本をダンボールに詰め込みながら雪哉くんは言う。

「え……?もうそんな時間?」

スマホの画面をつけて、時間を確認する。

――十七時三十分。

「わぁ!そんな時間だった!」

もう、夕ご飯の時間だ。
……待てよ?これはチャンスでは……?

「雪哉くん!」

「お、おう……なんだ」

ボクの弾んだ声に、雪哉くんは露骨に身構える。

「夕ご飯!ボクが作るよ!」

「……はぁ?」

――こいつ、何言ってんだ?
 
そんな顔をする雪哉くん。

「雪哉くん、普段食べてないし、たまに食べてもどうせピザばかりでしょ?だからボクがご飯作る!」

「……お前が?」

訝しげな目でボクを見てくる。

「ガチガチのクッキー作ってきた、お前が?」

「そ、それ何歳の頃だと思ってるの!?七歳の時だよ!あの時よりかは成長してるし!」

「はいはい、記憶から消しとくよ」

「ご丁寧にありがとう!……と、とにかく作るから!いいよね!」

「いいけど、冷蔵庫の中身見て言ってるのか?」

「言ってない!でもどうせ何もないんでしょ?大丈夫、ボクの家から材料取ってくるから!」

「あー……わかった。止めやしない……ちなみに何作るんだ?」

「え、えーっと……」

ヤバい……何作るか決めてない。
でもここで料理出来るアピールして過去の出来事を払拭しないと!
……あ、そ、そうだ!

「う、うどん!あったかいうどん!」

比較的簡単にできて、料理できてる感がある料理。
確か冷蔵庫に材料があったはずだから、これしかない!
 
「……いいんじゃないか?じゃあ、美味いの作ってくれ」

雪哉くんは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「むー!今に見てなよ!」

隣の自分の部屋から材料を抱えて戻り、キッチンに並べる。
不自然なほど綺麗な台所が、逆に落ち着かない。

「雪哉くーん!台所使うねー!」

「おう」

家主の許可は得た。
よし、作るぞ!

――のはずが。

鶏肉に包丁を入れた瞬間、刃が思ったよりも入っていかない。

「あれ……?うまく、切れない」

ギコギコ動かす。

「力が弱いからかな……?」

今度は包丁に思い切り力を入れて、動かそうとするが――

「……皮」

「え?」

後ろから声が聞こえて振り向くと雪哉くんが、のそりと立っていた。

「皮が付いてるから切りにくいんだよ」

「か、皮?」

「ほら、そこの白いところ……」

「そ、そうなんだ……ど、どうやって切ればいいの?」

「……貸せ」

そう言って、雪哉くんはボクの手から包丁を取った。

「皮を上にして切るのは得策じゃない。ゴムみたいに弾くからな。だから皮を下にする」

くるりと身の部分を上に向かせる。

「そんで包丁は押すな、手前に引け……そうしたら」

雪哉くんは包丁を手前にすぅっと引く。
――嘘みたいに簡単に切れた。

「わぁ……すごい」

「わかったか?……ほら、お前ならできるからやってみろ」

包丁を雪哉くんから受け取る。
言われた通りに、包丁を手前に引いてみた。
すぅっとボクでも簡単に切れた。

「き、切れた……!」

思わず感動をしてしまう。
……実は鶏肉を切ったのは初めてなのだ。これ、雪哉くんには絶対内緒!

「雪哉くん、料理できるの?」

「……あぁ、中学の時夕飯……ひとりで作ってたから」

「そうなんだ……」

その言葉が、胸の奥に刺さった。

具材を切って、鍋に入れて、湯気がふんわりと立ち上がる。
つゆの匂いがキッチンに広がって気分が良くなる。
その横で雪哉くんが、淡々と――でもどこか楽しそうに口を出す。

「おい、鶏肉切ったまな板は洗えよ?そのまま切るとえらいことなる」

「え、そ、そうなの?」

「洗わないと食中毒コースだぞ?」

「えぇ!?……あ、洗う!」

慌ててゴシゴシと洗った。
鍋に戻り、鶏肉、長ネギ、かまぼこの順番で材料を鍋に入れていく。
……いい匂い。お腹空いてきたかも。

ぐうぅ〜

お腹の鳴る音がリビングに響く。
瞬間、雪哉くんはぷっと吹き出す。 

「っ……ははっ、そうだよな……お前が一番働いてたもんな。そりゃ腹減るわ」

……顔が赤くなるのを感じる。

「そ、そうだよ!ボク一生懸命動いてたもん!……だ、だからお腹鳴っても仕方ないもん!!」

恥ずかしさのせいか、大声になってしまう。
そんなボクを見て、雪哉くんはケラケラと笑う。

「ははは……俺が悪かったからふくれっ面やめてくれ……ほら、鶏もう煮えてるんじゃないか」

「え?……あ、ほんとだ」

切り口を見ると、赤かった身が白くなっている。

「卵落とすならこのタイミングだぞ」

「う、うん!」

コンコンと卵を叩いて、鍋に落とす。
二人分だから二個落とした。

「雪哉くん、半熟がいい?ボクは固いのも半熟も好きだよ」

「……半熟の方がいい」

「おっけー、このタイミングで火止めてもいいかな?」
 
少し不安になって、雪哉くんに聞く。

「いいんじゃないか?」

「じゃあ、止めまーす」

つまみを掴んでカチッと火を止めた。

「できた……かも!」

完成したうどんは湯気が立っていて美味しそうだ。
太すぎる長ネギや太さがバラバラのかまぼこは、ご愛嬌ってことで許してほしい。

「雪哉くん、食べよ!あっ、しまった、器と箸を用意しないといけないね……」

「いい、俺が取ってくる」

雪哉くんは立ち上がり、キッチンに戻ると、茶碗と箸を二人分持ってきてくれた。

「あ、ありがとう……」

「別に……作ってもらったんだから、これぐらいやって当たり前だろ」

しれっと、なんでもないように言う雪哉くん。
……かっこいい。
い、いやいやダメダメ!ここで簡単にメロついてたら雪哉くんと会っただけでダメになっちゃう!

「あ、た、食べてみて、雪哉くん!!」

「……毒味か?」

「味見!!」

「冗談だよ」

雪哉くんは苦笑いをすると、うどんを取り分けると、ずるると音を立ててうどんを食べた。

「ど、どう……?」

緊張の一瞬。

「……うん、美味い」

「ほ、ほんと?」

胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
努力が報われて良かった……。

「……まぁ、長ネギ太すぎて笑えるけど、美味いよ」

「えへへ、長ネギは春斗シェフのこだわりだから!」

「そうかよ……お前も食べろ。腹減ってんだろ?」

「うん!!」

雪哉くんに促されて、ボクもうどんを食べる。
くたくたになったうどんに、つゆの味が染みててとっても美味しい。

「美味しい!いくらでも食べられちゃうかも!」

「本当にな……こんな飯食うの久しぶりだ」

どこか遠い目をして雪哉くんは呟く。
雪哉くん……読書に夢中で食べなかったり、食べてもピザばかりなんだろうな。
そうだ!

「ね、ねぇ雪哉くん!夜ご飯、これからもボクと一緒に食べない?」

「は?」

「だって雪哉くん放っておいたら偏食するんでしょ?だったらボクが作る!」

「……いいよ、そんなこと」

「ダメ!!」

思っているより大きな声が出てしまって、はっとする。
心臓がバクバクいっている。

「……ボク、今から雪哉くんの健康管理係になったから!」

「はぁ?」

眉をしかめて、呆れた顔をする雪哉くん。
……ここで引いたら、負けだ。

「不健康極まりない雪哉くんには、ボクみたいな係が必要だって今日でよくわかったから!」

「いや、だからって……」

「決めたんだから!!」

むんっと口を閉じる。
一歩も引かないぞ!そんなオーラを出す。

「はぁー、そういう頑固なところも変わんねぇのかよ」

「頑固じゃないもん!意思が強いって言って!」

「同じ意味だろうが……」

ため息をつきながら、雪哉くんはうどんをつるつると食べている。

「……わかったよ。金は折半な」

その言葉を聞いて、ぱぁっと顔が明るくなる。

「やった!約束ね?あっ、それならお昼のお弁当も作っちゃおっか?」

「そんなのお前の負担になるだけだろ」

「いいの!雪哉くん学校ある時、お昼食べてないんでしょ?だったらボクが作るの!そうしたら雪哉くんは健康になって、ボクも節約になる――ウィンウィンな関係じゃん!」

「あーわかったわかった。それでいい」

半ば諦めムードの雪哉くん。
ふふふ、なんて好都合なんだ!

「やった!あ、あと片付けてないところあったよね?お風呂とかトイレとか……ここのクローゼットとか――」

固く閉ざされたクローゼットに触れる。

「……開けるな」

バンッ!と雪哉くんが反射的に扉を押さえた。
取り付く島もないぐらい低い声だった。

「え……?」

「勝手に触るな……。他のところは好きにしろ」

「なん、で……?」

「……なんでもだ」

それ以上、聞いちゃいけない気がした。
雪哉くんは、ボクから視線を逸らすと、黙ってうどんを食べる。
縮まった距離が、ひゅっと離れた気がした。

「わ、わかった……プライベートな空間だもんね……その代わり雪哉くんがちゃんと掃除してよ」

「わかってる……」

そう言って、長ネギをもぐもぐと食べる雪哉くん。
太いって文句を言ってたのに……ちゃんと食べてくれてる。
嬉しいのに、今は素直に喜べない。

だから、勇気を一歩出して――

「……ねぇ雪哉くん、明日……朝ご飯作りに来ていい?」

雪哉くんの箸が、止まる。
カチリ、と陶器の音がやけに大きく響いた。
 
――沈黙が続く。

鍋の香りだけが、部屋に漂っている。
踏み込みすぎたかもしれない……そう思った時――

「…………好きにしろ」

低く、短い声。
息をほっと吐く。
緊張が解けて、体のこわばりが消えた気がする。
けど、これは肯定というより……ただ拒んでいないって感じがした。

「……うん、好きにする」

そう答えた声が、少し震えていた。

明日は何を作ろう……。
目玉焼き?卵焼き?……ははっ、どっちも卵料理じゃん。
心の中で笑う。

けれど、ふと……背中が冷えた。

『触るな』

叩きつけるように押さえられたクローゼット。
あの音が、耳にこびりついて消えない。

雪哉くんは何も言わずに、ただうどんを食べている。
その表情は、それ以上何も聞くなと言っているみたいだった。
同じ部屋で、同じものを食べているのに……すごく、遠い。

だから――口を閉じた。

「……そうだ!明日、大学の帰りにスーパー寄ろうよ!雪哉くんのリクエストにも答えるよ!」

箸が器を探る。

「……なんでもいい」