幼なじみが身も心もボロボロなので、ボクがお世話します

――土曜日の昼過ぎ。

ボクは505号室の前に立っていた。

ここに来た理由はひとつ――雪哉くんと会いたいからだ。

けど……チャイムを押す勇気がまだ出ない。
さっきから押すぞ!と意気込んでは待って!と身体が言うことを聞かない。
それをかれこれ五分は繰り返している。

バカバカバカ!!
今日は学校お休みだから部室で会えない……だから遊びに来たんだろ、春斗!
それに……あんな悲しそうな顔をした雪哉くんを放っておきたくない。

ふぅーと息を吐いて、深く吸い込む。
 
――よし、行くぞ!!

ピンポーン

チャイムが鳴り響く。

『……春斗?』

インターホンから雪哉くんの声が聞こえてきた。
ほんの少しだけ、間が空いていた。
突然の訪問に驚いているように聞こえた。

「う、うん!ボ、ボクだよ」

『どうした?』

声色が優しくて、少し落ち着く。

「えっと……あ、遊びに来たんだけど……い、忙しい?」

『……別に暇だけど、お前も暇だな。ちょっと待ってろ』

インターホンが切れる。
ボクの心臓はドキドキと鳴りっぱなしだ。
すると、中からドタバタと慌ただしい音が聞こえたかと思うと、ガチャリと音を立てて扉が開く。
 
――瞬間、緊張なんて吹き飛んだ。

だって、扉が開いた瞬間……寝癖だらけでシワだらけのパジャマを着た雪哉くんと大量のダンボールの山が見えたからだ。

「……おはよう」

ふわぁーっと大欠伸をして、挨拶する雪哉くん。

「お、おは……よう」

絶句しながらも挨拶を返す。
え……?おはようって今起きたの?昼過ぎてるよ?
そんなツッコミを一旦飲み込む。

「ゆ、雪哉くん……このダンボールは何?」

この際、寝癖と服は後回しだ。
今はそれが気になって仕方がない。

「……あぁ、これ?本が入ってる」

「え、ほ、本……?」

「気になってるの片っ端から通販で買ってるから読むの間に合ってない」

雪哉くんらしいと言えばそうだけど……ちょっとこれは……流石に……

「……まぁ、上がれよ」

「あっ……うん」

促されて、中に入る。
玄関は足の踏み場がないほどのダンボールの山だ。
チラリと視線を奥にやると、更に大量のダンボールが積まれていて、目眩がする。

「ゆ、雪哉くん……ここ暮らしてる部屋なんだよね?」

「?そうだけど……」

何を今更……と顔に書いてある。
驚きつつも、奥の方へ進む。
 
――開いた口が塞がらなかった。

積まれたピザ箱。カップ麺の容器。
タワーのように積まれた本の山。
カビ臭くてどこか酸っぱい匂いが部屋にこもっている。足を踏み入れると、床がぬめっとしているのがわかる。
信じられないことに、その感触は靴下を履いたままでもわかるのだ。
 
なにこれ……?
頭の中がその言葉で埋め尽くされる。
人が住んでいるはずなのに、ちゃんと暮らしてる気配がない。
どう言えばいいのかわからない。
でも、放っておいたらダメだと思った。
傷つけたくない。でも、恐れてたら雪哉くんはこのままだ。
 
――もう、我慢できない。

「雪哉くん!!」

「お、おう……」

突然大声で呼びかけたボクに引く雪哉くん。
けど、そんなの関係ない!

「掃除!するよ!!」

「え……?」

「こんな部屋……住んでたらダメになる!!……ねぇ、雪哉くん。これは……人が住んでいい部屋じゃないよ」

声が震えている。
怒ってるんじゃない……悲しいからだ。

「……別にいいだろ」

雪哉くんは、ため息をする。
受け流すみたいな声だ。

「屋根がある部屋で食って、趣味に興じて、寝る。それの繰り返しで俺は困ってない」

そう言った声は、どこか虚しくて、薄っぺらかった。

「そ、そうかもしれないけど……」

両手を力強く握る。

「雪哉くんがよくても、ボクが嫌なの!」

グッと距離を詰める。
泣きそうになるのを必死に堪えた。
キョトンとした顔の雪哉くんがボクの瞳に映っていた。
 
「雪哉くんには、健康な生活を送ってほしいんだ!生きてるだけの生活なんて……上手く言えないけど、そんなの嫌だ」

掛け値なしの本音だ。
雪哉くんは目を瞬かせ、頭をポリポリと掻いた。
その表情は呆れているが、どこか笑っているようにも見える。

「お節介って言うんだぞ?それ」

「お、お節介でもボクがやりたいから!……いいでしょ!」

「……」

しばしの沈黙。

「……勝手にしろ。けど、無理すんな。倒れたら……俺が困るんだからな」

一言、そう言ってくれた。
ぶっきらぼうに言ってるけど、優しさが隠しきれてなくてキュンとしてしまう。

「う、うん!じゃあやるね!……とりあえず、このゴミの塊捨てるよ?」

カップ麺とピザのゴミの山を指差す。

「あぁ……」

「もー!あぁ……じゃないよ!雪哉くんも一緒に片付けるの!」

「え?俺もか……?」

「そうだよ!二人でやった方が早く終わるでしょ?」

「俺、飯食ってる途中なんだけど……」

チラリと机……といっていいのかわからない、物が乱雑に積まれたところに視線を送る。

「……それもどうせピザなんでしょ?」

「わかってるじゃん」

何故か誇らしげに胸を張る雪哉くん。

「もー!またピザなんて……不健康な!前もピザ食べたって言ってたよね!」

「美味いのがいけない」

「怠惰を正当化しないで!……しかもこれ昨日の残りだったりする?」

足の踏み場をなんとか探して、机をのぞき込む。

「よくわかるな」

「だって……冷めてるんだもん。温めないの?」

「面倒だろ。それに、味なんて変わらない」

「変わるよ……もー、食べていいから終わったら手伝ってよ?ゴミ袋どこ?」

「……さぁ?」

こてんと首を傾げる雪哉くんにギョッとする。

「さぁ!?え、ゴミ出しとかしてるの?」

「……覚えていない」

絶句する。
冗談で言ってる気配はない。このトーンは本気で言ってる。
この様子だと掃除機もあるかどうかわからないレベルだ。
ボクは踵を返した。
 
「ちょっとゴミ袋取ってくるから食べてて!」

自分の部屋からゴミ袋を抱えて戻り、片っ端からゴミを詰め込んでいく。
それだけで袋がひとつパンパンになった。

――これ、終わるの?

そんな疑問が頭を駆け巡る。
   
視線を上げると本棚が見えた。
隙間なく詰められていて、差し込む場所はないのに床には本のタワーが積まれている。

「……本棚こんなにいっぱいなのに新しく本買うの?」

ふと、気になって聞いてみた。

「……そういやそうだな」

盲点だったと言わんばかりの発言にボクはため息をつく。

「ちなみに、売る気はある?」

「ない。本は俺の魂だ。売ることは許されない」

いつも淡々としている雪哉くんが、こんなにはっきりと「嫌だ」と言うなんて……。
なんだか、胸の奥があたたかくなる。

「でも、魂が地面にあるのはどうなの?」

「地面にあっても魂は魂だ。それ以上でもそれ以下でもない」

うーん……意味不明。
でも、大切なことは伝わった。

「……じゃあ、リビングにある本は一旦ダンボールに詰めちゃっていい?」

「……いいぞ」

「それじゃ、食べ終わったら読んだ本とこれから読む本って分けてね?そしたら詰めるから」

「あぁ……」

……今の会話、なんかいいかも。
ふふっとひとりで笑ってしまう。
って、今はそんな浮ついたこと考えるなよ!
ふんっと喝を入れる。

「はーい、捨てるよー」

今度は机の上のゴミの山をゴミ袋に入れていく。
雪哉くんは頬にピザを詰め込むと、食べ終わったピザのケースを「んっ」とボクに渡してくる。

「はいはい、ありがとう」

渡されたピザ箱を袋に詰めた。