「もーボク、もう十八歳なんだから泣き喚かないよ?」
「俺の中のお前はまだ泣いてるんだよ」
「むっー失礼!」
心外だと頬をぷくっと膨らませる。
「でも、負けず嫌いなところは変わってないだろ」
「そう、だけど……」
それに関しては反論できない。
だって、今さっきの連戦連敗が証明してるから。
「で、でも雪哉くんも変わってないからね!ボクが泣いてるのを見てあたふたして!」
「仕方ないだろ?お前に何回泣かれたと思ってるんだ」
「うっ!……わ、忘れてよ〜!ボクの名誉に関わることなんだから!」
幼い頃とはいえ、好きな人にあんな醜態見せるなんて……恥だ!末代までの恥だ!
「気が向いたら忘れとく」
「やだ!絶対忘れて!」
「無理だろ……忘れるわけない」
雪哉くんは頬杖をついて、そっぽを向く。
「……俺が俺であった頃のことだ。忘れたら……ダメだろ」
一瞬、胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。
さっきまで笑っていたのに、急に冷たくなった。
聞き返したかったのに、喉に小骨が刺さったみたいに声が出なかった。
''俺が俺であった頃''――
その言い方が少し怖かった。
雪哉くんの中にボクが知らない''錆川 雪哉''がいる気がして……。
「……それって、どういう意味なの?」
好きな人のことだと、覚悟して恐る恐る聞いてみる。
「……生きてりゃ、いろいろある」
下手くそな笑顔を浮かべて雪哉くんは言う。
それがすごく、距離を感じた。
「……それより、またやろうぜ?今度は俺にハンデつけてもいいぞ」
……話を逸らされた。流石にボクでもわかる。
そうか……これ以上は聞いちゃいけないんだね。
「ハンデなんてヤダ。正々堂々やって勝つもん」
聞きたい気持ちを無理やり押し込んで、笑顔を浮かべる。胸がひりつくのを無視する。
「……言ったな?また泣くなよ?」
雪哉くんは、わざとらしく肩をすくめて見せる。
ちょっと皮肉っぽい口調。
でも――声は柔らかかった。
「泣かないもん。だって、絶対勝つから」
そう言って、白い石を取る。
……雪哉くんのことを知りたい。
でも、それには――何かが足りない。
足りないなら……歩み寄ればいい。
そうだよね。
パチリ、と盤に石が置かれる。
静かな部室に、小さな音が何度も響く。
「……角また忘れてんな?ほら、一列黒になった」
「え!あ、ち、違う!あ、あえてだもん!」
「はいはい……」
くすりと雪哉くんは笑う。
「えっと……じゃあ、ここ」
パチンと石を盤にゆっくりと置くと、間に挟まれた黒が白に変わる。
ここに置けば、次上手い具合に二枚取れる……はず。
でも雪哉くんは、はぁーっとため息をつく。
そして、黒い石を取り、パチンと盤に置く。
ボクが得意気に置いた白がぱた、ぱたっと一瞬で真っ黒に変わる。
「え?え?なんで……?」
情けない声が漏れる。
「あのな……それは完全に俺に有利な手だからな?」
「え、ゆ、有利な手……?」
角に近いところを打っていたのに?
「お前は''次の取れる石だけ''しか見てないからそうなるんだ。広く視野を持って盤面を見ろ……。一度さっきの盤面に戻すぞ」
ぱたん、ぱたんと黒いところが白に戻っていく。
「ほら、よく見ろ」
「う、うん……」
冷静になって、今一度盤面をよく見てみた。
「……あ」
気づいた。
さっきボクが喜んで石を置いた場所――そのすぐ下の白い列の後ろに……黒がある。
「わかったか?お前は目の前の石だけ見て、後先考えずに打ったんだ。でも、実際はお前が打ったところ……その下の列が全部俺の石に変わる」
パチン、と黒石が盤に吸い込まれる。
ぱた、ぱた、ぱた
容赦なく白が黒に染まっていく。
「角は取れるなら必ず取れ。角は取れば裏返らない。けど、角の手前は危険な手だ。そんで、目先の利益だけ追うのはやめろ」
静かな声で、淡々と雪哉くんは言う。
責めているわけではない……ただ、事実を突きつけているだけの声色だ。
――目先の利益だけ追うのはやめろ。
その言葉を頭の中で反芻する。
確かに、今までのゲームも目の前の石を取ることだけしか考えていなかった。
……ようやく自分が愚かな行為をしていたことに気がつく。
グッと拳を握りしめ、顔を上げる。
「わかった。よろしく、雪哉くん」
「おう……ほら、お前の番だ。まだ挽回できる範囲だぞ?」
「う、うん……!」
促され、スッと石を取る。
落ち着いて……よく盤面を見るんだ。
まだ挽回できるって雪哉くんが言ってた……ならボクはそれを信じて諦めない。
「雪哉くん……ボク、負けないから!」
そう言うと、盤に石を置く。
「言ってろ……泣き虫め」
――雪哉くんの目が一瞬、あの頃に戻った気がした。
結局、その後も負け続けて、夏生くんと秋平先輩が部室に来るまで勝負は続いていた。
最後まで勝てなかった。でも、不思議と負けることは嫌じゃなかった。
むしろ――嬉しかった。
机の端には、小さく折りたたまれたチョコの包み紙が重なっていた。
「俺の中のお前はまだ泣いてるんだよ」
「むっー失礼!」
心外だと頬をぷくっと膨らませる。
「でも、負けず嫌いなところは変わってないだろ」
「そう、だけど……」
それに関しては反論できない。
だって、今さっきの連戦連敗が証明してるから。
「で、でも雪哉くんも変わってないからね!ボクが泣いてるのを見てあたふたして!」
「仕方ないだろ?お前に何回泣かれたと思ってるんだ」
「うっ!……わ、忘れてよ〜!ボクの名誉に関わることなんだから!」
幼い頃とはいえ、好きな人にあんな醜態見せるなんて……恥だ!末代までの恥だ!
「気が向いたら忘れとく」
「やだ!絶対忘れて!」
「無理だろ……忘れるわけない」
雪哉くんは頬杖をついて、そっぽを向く。
「……俺が俺であった頃のことだ。忘れたら……ダメだろ」
一瞬、胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。
さっきまで笑っていたのに、急に冷たくなった。
聞き返したかったのに、喉に小骨が刺さったみたいに声が出なかった。
''俺が俺であった頃''――
その言い方が少し怖かった。
雪哉くんの中にボクが知らない''錆川 雪哉''がいる気がして……。
「……それって、どういう意味なの?」
好きな人のことだと、覚悟して恐る恐る聞いてみる。
「……生きてりゃ、いろいろある」
下手くそな笑顔を浮かべて雪哉くんは言う。
それがすごく、距離を感じた。
「……それより、またやろうぜ?今度は俺にハンデつけてもいいぞ」
……話を逸らされた。流石にボクでもわかる。
そうか……これ以上は聞いちゃいけないんだね。
「ハンデなんてヤダ。正々堂々やって勝つもん」
聞きたい気持ちを無理やり押し込んで、笑顔を浮かべる。胸がひりつくのを無視する。
「……言ったな?また泣くなよ?」
雪哉くんは、わざとらしく肩をすくめて見せる。
ちょっと皮肉っぽい口調。
でも――声は柔らかかった。
「泣かないもん。だって、絶対勝つから」
そう言って、白い石を取る。
……雪哉くんのことを知りたい。
でも、それには――何かが足りない。
足りないなら……歩み寄ればいい。
そうだよね。
パチリ、と盤に石が置かれる。
静かな部室に、小さな音が何度も響く。
「……角また忘れてんな?ほら、一列黒になった」
「え!あ、ち、違う!あ、あえてだもん!」
「はいはい……」
くすりと雪哉くんは笑う。
「えっと……じゃあ、ここ」
パチンと石を盤にゆっくりと置くと、間に挟まれた黒が白に変わる。
ここに置けば、次上手い具合に二枚取れる……はず。
でも雪哉くんは、はぁーっとため息をつく。
そして、黒い石を取り、パチンと盤に置く。
ボクが得意気に置いた白がぱた、ぱたっと一瞬で真っ黒に変わる。
「え?え?なんで……?」
情けない声が漏れる。
「あのな……それは完全に俺に有利な手だからな?」
「え、ゆ、有利な手……?」
角に近いところを打っていたのに?
「お前は''次の取れる石だけ''しか見てないからそうなるんだ。広く視野を持って盤面を見ろ……。一度さっきの盤面に戻すぞ」
ぱたん、ぱたんと黒いところが白に戻っていく。
「ほら、よく見ろ」
「う、うん……」
冷静になって、今一度盤面をよく見てみた。
「……あ」
気づいた。
さっきボクが喜んで石を置いた場所――そのすぐ下の白い列の後ろに……黒がある。
「わかったか?お前は目の前の石だけ見て、後先考えずに打ったんだ。でも、実際はお前が打ったところ……その下の列が全部俺の石に変わる」
パチン、と黒石が盤に吸い込まれる。
ぱた、ぱた、ぱた
容赦なく白が黒に染まっていく。
「角は取れるなら必ず取れ。角は取れば裏返らない。けど、角の手前は危険な手だ。そんで、目先の利益だけ追うのはやめろ」
静かな声で、淡々と雪哉くんは言う。
責めているわけではない……ただ、事実を突きつけているだけの声色だ。
――目先の利益だけ追うのはやめろ。
その言葉を頭の中で反芻する。
確かに、今までのゲームも目の前の石を取ることだけしか考えていなかった。
……ようやく自分が愚かな行為をしていたことに気がつく。
グッと拳を握りしめ、顔を上げる。
「わかった。よろしく、雪哉くん」
「おう……ほら、お前の番だ。まだ挽回できる範囲だぞ?」
「う、うん……!」
促され、スッと石を取る。
落ち着いて……よく盤面を見るんだ。
まだ挽回できるって雪哉くんが言ってた……ならボクはそれを信じて諦めない。
「雪哉くん……ボク、負けないから!」
そう言うと、盤に石を置く。
「言ってろ……泣き虫め」
――雪哉くんの目が一瞬、あの頃に戻った気がした。
結局、その後も負け続けて、夏生くんと秋平先輩が部室に来るまで勝負は続いていた。
最後まで勝てなかった。でも、不思議と負けることは嫌じゃなかった。
むしろ――嬉しかった。
机の端には、小さく折りたたまれたチョコの包み紙が重なっていた。


