幼なじみが身も心もボロボロなので、ボクがお世話します

翌日、三限が終わると、ボードゲームサークルの部室へ向かった。
夏生くんはどうやら四限があるみたいで「先に行ってて〜」と手を振って、教室へ消えていった。
だから今日はひとりだ。

『ボードゲームサークル』

思い切って入部をした。理由は雪哉くんがいるから。
不純な動機だし、拒絶されたら怖い、ってのが本音だ。
でも、今の雪哉くんを信じてみようって決めた。
扉の前で立ち止まる。
ドアを握る手が汗で濡れて気持ち悪い。
いつも通り、いつも通りで……自然に行けばいいんだ、白石春斗。
自分を鼓舞すると、大きく息を吸い込んで、ガチャリと扉を開ける。

「こ、こんにちはー」

口から出た言葉は震えていた。

……バカ。緊張丸出し。

中は思ったより静かだ。
秋平先輩の騒がしい声が聞こえてこない。
不思議に思って部室に入ると、ドキンと心臓が跳ねた。
中には椅子に座って、分厚い本を読む雪哉くんの姿があったからだ。
その表情は淡々としていて、冷ややかなものだ。

「ゆ、雪哉くん……こんにちは」

読書の邪魔をしちゃいけないと小声で挨拶する。
雪哉くんは頭を上げると、こちらに視線を向ける。

「春斗……?」

ぼんやりとボクの顔を見ると、ページをめくる手が止まった。
どうしたのだろう……拒否、じゃないよね?
呼吸がほんの少しだけ浅くなるのを感じる。

「なんで、ここに……?授業は……?」

「え……?雪哉くん、三限はもう終わったよ?」

「三限……?……なんだ、もうそんなに経ったのか」

雪哉くんはパタンと本を閉じると、ふわぁと欠伸を噛み殺していた。

「……いつから読んでたの?」

「……二限が終わったあと、しばらく」

「えぇ!?……お、お昼ご飯は!?」

「食べるわけないだろ、本の方が大事だ」

に、二限が終わったあとから?
しかも、ご飯より本の方が大事?
ざわり、と胸が沈む。

「だ、ダメだよ、ご飯は食べないと!えっと……あ、こ、これでいいから食べて!!」

ゴソゴソとカバンの中からおやつに取っていた個包装のチョコレートを差し出す。
勝手に体が動いていた。
だって、何かせずにはいられなかったから。

「いいって……」

「よくないの!雪哉くん、チョコレート好きでしょ?お腹にたまらないかもしれないけど、ないよりかはマシだよ」

んっ!と無理やり雪哉くんに押し付ける。
もはやここまで来ると意地だ。
雪哉くんは、はぁーっとため息をつくと、チョコレートを受け取り、包装紙からチョコを取り出し食べてくれた。

「……美味いな」

その瞬間、ボクの顔はぱぁっと明るくなった。

「でしょ?これ、ボクのお気に入りのチョコなんだ。濃厚で甘すぎなくて食べやすいんだ」
 
「ふーん……まだあるか?」

雪哉くんの口元が緩んでたように見える。

「う、うん、あるよ!食べて食べて!」

カバンの中からありったけのチョコを取り出すと、机の上に置く。

「こんなにはいらねぇ……」

――が、やりすぎたようだ。
雪哉くんは眉を少ししかめ、引いたような顔をした。

「え、あ、ご、ごめん……」

あー……バカバカ。
浮かれすぎて、限度を超えたことしすぎ。
心の中で自分を戒める。 

「まぁ、気持ちはもらっとく……」

苦笑いをしながら、雪哉くんは机の上に散らばったチョコを二個ほど取る。
そして、そのうちの一個を口に入れると、しばらく転がしていた。

「……ね、ねぇ、雪哉くん。秋平先輩は?」

さっきから気になっていたことを尋ねる。

「あぁ……さぁ?あの人、三年になっても単位足りないからヤバいって言って、とにかく講義取りまくってたから四限に行ってるんじゃないか?」

そう言いながら、食べ終わったチョコの包み紙を小さく折りたたんで、きちんと机の端に置いた。 
 
「へ、へぇー……そう、なんだ……」

笑っちゃいそうになるのを堪える。
あの人、印象が良い方にいったり、悪い方にいったりと忙しい人だ。

「そのくせ、公務員になるって言ってるんだよな……あんなのが公務員になったらこの国はいよいよ終わりだ」

無表情でぼそりと呟く。
……本音か冗談かわからなくて怖いよ、雪哉くん。

「雪哉くんは大丈夫?単位」

気になって聞いてみる。

「……俺をあの人と一緒にするな。前期後期と単位は一つたりとも落としてない」

「え!すごい!!」

「……別に、当たり前のことだろ」

照れているのか、雪哉くんは視線を明後日の方向に向けるとチョコをまたひとつ口に運ぶ。

「でも単位一つも落としてないんでしょ?赤点一つも取らなかったってことと同じじゃん!やっぱり、雪哉くんは頭いいね!」

小学校の時から雪哉くんは、いつもテストで百点ばかり取っていた。
ボク?……聞かないでほしいな。
こんなに大きくなっても、頭のいい雪哉くんがなんだか誇らしく感じてしまう。
でも――その反面……こんなにできる人なのに、ヨレヨレの服を着ているのか気になってしまう。

「……それに父さんから単位はきちんと取らないと学費は出さないって言われてるしな」

雪哉くんのお父さん――。
記憶が確かなら勉強には厳しい人だった。
小学校低学年なのに八十点台取るとめちゃくちゃ怒ってくるって雪哉くんがボクに言ってたのを覚えている。
けど、今でもそんなに厳しいのかとちょっと驚いてしまう。

「お父さん、まだ厳しいの?」

「そう、だな……まぁでもあの人はそれ以外は口出してこないからお前が思ってるよりかは気楽だ」

その言葉で胸がもやもやしてしまう。
それって、気楽なのかな。
勉強以外は口出してこないって……雪哉くんがこんな姿でも何も言ってこないってことだよね?
胸の奥が、じわりと冷えた。

「……それより、何か遊ぶか?」

気のせいかもしれないけど、ほんの少しだけ声が柔らかい気がした。

「え?」

「二人いるなら、ボードゲームができるだろ」

「で、でも、雪哉くん本を読んでたんじゃ……」

「……本なんていつでも読めるからいい」

ぷいっとそっぽを向いて答える雪哉くん。
言葉とは裏腹に、指先が忙しなく動いていた。
突き放すようなことを言ったくせに……なんでボクに優しくしてくれるのかわからなくなる。
でも……正直嬉しくて頬が緩む。

「雪哉くん、ありがとう」

「別に……嘘じゃないから……」

ぷいっとそっぽを向く雪哉くんに、ふふっと笑みを浮かべてしまう。
こういうところ、年上だけど可愛いな。

「じゃ、じゃあリバーシやろう?他のボードゲームはまだよく知らないからさ」

ボクは棚からリバーシの盤を見つけると、机の上にポンっと置く。

「……お前、本当にいいのか?」

眉を思いっきりしかめる雪哉くんに、ボクは頭にはてなを浮かべてしまう。

「あれ?嫌だった……?」

「いや、嫌とかじゃなくて……はぁー、いいや。やろう」

深くため息をつくと、雪哉くんは机に座る。
どうしたんだろ……?ルールを知らないわけじゃないだろうし……。
うんうんと唸るが、結局答えは出てこない。
……まぁ、いっか。
思考を放棄して、ボクも机に座る。

「雪哉くん、白と黒どっちにする?」

「どっちでもいい」

「じゃあ……ボク、白にするね」

「あぁ……」

白と黒の石を盤の中央に四マスに置く。

「これでいいよね……?えっと、先行後攻ってどう決める?」

「一応、黒が先行になるぞ」

「え?そうなの?」

「正確に言うと、先行後攻の決め方があるらしいんだがな……まぁ今はいいか」

「へぇー雪哉くん、色々知ってるね」

「……たまたま情報が視界に入ってきただけだ。それじゃあ、始めるぞ」

パチン、パチンと石の音が続く。
最初は互角だった。

――けど、流れが変わっていった。

どんどんと黒が増えていって……ついには、一列全てが黒になってしまった。

「え?……え?……な、なんで?」

「……角、残しすぎだ」

「か、角……?」

……目先の石ばかりに囚われてて忘れてた。
気づいた時にはもう遅い。
あっという間に盤面が埋まっていき、白は片手で数えるほどの数であとは黒で全部埋め尽くされてしまった。
こ、こんなはずじゃ……
バッと顔を勢いよく上げ、雪哉くんを睨みつける。

「も、もう一回!!」

「あ、あぁ……」

ボクの勢いに若干、雪哉くんは引いているが関係ない。
――勝つまでやる。
その気持ちだけがボクの心の中に渦巻いていた。

それから三戦やった――が、全部惨敗。

「……春斗、もういいだろ」

ボクに気を使っている優しい声色だ。
その真っ直ぐな優しさにじわりと目に涙が浮かんでしまう。
……あぁ、思い出した。

『ゆきやくん!もういっかい!もういっかい!!』

『は、春斗……落ち着けって!な?な?』

『おちついてるもん!だから、もういっかいやるの!ぼくが、かつまでやるんだもん!』

幼い頃、リバーシで雪哉くんに負け続けてギャン泣きしたことを。
盤を物理的にひっくり返すんじゃないかと思うほど暴れ回っていた。
――恥ずかしい。

「は、春斗、泣いてるのか?」

ぎょっと目を見開いたまま固まったあと、椅子をガタンと鳴らして雪哉くんは、ばねみたいに立ち上がった。

「う、嘘だろ……?泣くのか?……いや、お前なら泣くよな……クソッ、もう大丈夫だと思って油断してた!」

「ゆ、雪哉くん……?」

行動から言動まで焦っているのが丸わかりだ。

「か、勘弁してくれ……!お前が泣くと俺はどうしたらいいかわからなくなるんだよ!あークソ……!やっぱりリバーシするって言われた時、全力で止めたら良かった!」

歯を食いしばりながら、頭をがしがしと掻き回し、立ったり座ったりと落ち着きなく動き回る。
そのくせ、チラチラとこちらを伺っているから――つい、ぷっと笑ってしまった。

「ゆ、雪哉くん……必死すぎだよ。ボク、もう子どもじゃないんだよ?」

「え……あっ……ご、ごめん。取り、乱した」

雪哉くんはそう言うと、ゆっくりと椅子に座る。
 
「はははっ!……雪哉くん、慌てすぎ!」

なんだか可笑しくなって、大声で笑ってしまう。

『あー、どうしよ!春斗〜泣き止んでくれよー俺はお前のその顔に弱いんだよ』

そう言って、おろおろしてボクを泣き止ませようとしていた雪哉くんを思い出す。
……うん、やっぱり変わってない。
ボクのことを考えてくれて、優しくて、ちょっとカッコつかないけど、そこもまた可愛い……そんな愛しい人。

――やっぱり、好きだ。

「……よかった。笑ってくれて」

ほっとした顔をして雪哉くんは笑う。