幼なじみが身も心もボロボロなので、ボクがお世話します

「よし!酒は飲むなよー法律を守ってこそ大人の仲間入りだからな!」

秋平先輩は居酒屋の席で笑いながらそう言った。
料理とアルコールの匂いが漂い、楽しそうな声がひっきりなしに聞こえてくる。

……ちなみにだけど、守部先輩と呼んだら、
『秋平先輩って呼べ!』と謎の圧をかけられたので、呼び方を直すのにまだ慣れない。
ダンジョンパスというゲームを遊び尽くしたあと、秋平先輩が『せっかくだからご飯を食べに行こう!』と言ってきた。
夏生くんは『行きます!』と即答。ボクもそれに倣って行くことにした。
……意外にも雪哉くんも一緒に来た。
秋平先輩は『珍しいな……』と眉を上げていたから、普段はこういった場に来ないようだ。

「というか雪哉、お前どういう風の吹き回しだよー去年はオレが引きずらないと来なかったくせに」

「……別に。貴方一人だけだと一年が大変だと思ったからです」

そう言いながら、視線はボクの方を見た気がした。
……そんな態度をされると期待をしてしまう。

「失礼な!……まぁいい!オレはとりあえずビール!!皆は何飲むんだ?」

メニューを見ながら秋平先輩は言う。 

「ボクはどうしようかな〜……あ、この店ノンアルコールのカクテルあるんや。んじゃあ、ボクはこの『ベリースカッシュ』にします。ハルはどうする〜?」

「えっと……烏龍茶で」

迷った結果、無難なものを選んだ。
 
「OK!……雪哉は何にするんだ?」

「…………いちごミルク」

「わぁー、錆川先輩可愛いもの飲むんですね」

「うるさい……好きだからいいだろ」

いちごミルク……。
雪哉くんが幼い頃、好んで飲んでた飲み物だ。

『いちごと牛乳って最高の組み合わせだよな!何倍でも飲める!』

ニコニコと言ってたのを思い出す。
そういうところは変わっていないとわかると、自然と口角が上がってしまう。

「雪哉、前回もドリンクバーかよってぐらいばかばか飲んでたよな〜OK!んじゃあ……あとは、適当にポテトとか唐揚げとか頼むとして、なんか他に食べたいのあるか?」

「はーい。ボク、チーズ揚げとチーズスティックと冷やしトマト食べたいです」

「夏生ーお前女子みたいなの食べるな、しかもチーズだらけ」

「別にええやないですかー。チーズ美味いんですもん」

「それについては完全に同意だな!春斗は?」

「あっ、ボクはポテトとか唐揚げで大丈夫です」

「おけおけ!雪哉はー?」

「……だし巻き玉子」

「はいよ!んじゃあ注文するぞーすみませーん!!」

ビシッと手を挙げて、秋平先輩は店員さんを呼ぶと慣れたように注文する。
頼み終わって、少し雑談してるうちにテーブルの上には次々と料理が運ばれてきた。
グラスの置かれる音、氷が鳴る音、揚げ物の匂いとテーブルの上が賑やかになっていく。

「よーし!じゃあ乾杯するか!」

秋平先輩がジョッキを掲げたので、皆それに倣い、グラスを掲げた。
……雪哉くんは面倒くさそうにしてたのは秘密だ。

「かんぱ〜〜い!!」

「かんぱーい!」

秋平先輩と夏生くんは楽しそうにグラスをカチャンと鳴らした。

「ほらほら、春斗もかんぱ〜〜い!」
 
「え、は……はい。か、乾杯」

強引に秋平先輩はボクのグラスとぶつけ合う。
夏生くんもグラスを差し出してきたのでカチャリと控えめに当てる。
……あとは、雪哉くんだけだ。

「ゆ、雪哉くん……か、乾杯しよ?」

前に座る雪哉くんにグラスを恐る恐る差し出す。 

「…………ん」

ほんの少しだけ肩をすくめて、雪哉くんはこちらにグラスをコツンと当ててくれた。
それだけで、心がくすぐったくなった。

「くぅ〜〜〜!やっぱこれだよこれ!!」

ぐびぐびとビールを飲んだ秋平先輩は、可愛らしい見た目に似つかわしくないオヤジ臭いことを言う。

「可愛い見た目なのにオヤジ臭〜」

「ふふん、ギャップ萌えってやつだ!!」

「えー、萌え感じひんわ〜」

ゲラゲラと二人は楽しそうに笑い合う。
昨日会ったばかりなのに、まるで昔からの友達みたいだ。
楽しそうで、なんだか二人の会話に入るのをはばかられてしまう。
チラリと雪哉くんを見る。
いちごミルクをもう半分以上飲み干している。

「……雪哉くん、まだ好きなんだ。いちごミルク」

勇気を出して声をかける。

「……あぁ」

沈黙。
き、気まずい……。手汗がすごいのがわかる。
あ、諦めたらダメだ。


「えっと……な、なんか、昔と見た目変わったね?」

「……そりゃ、十年以上経ったら変わるだろうよ」

ストローでいちごのカケラを崩しながら、ボクから視線を逸らしていた。

「そ、そう、だよね……」

うぅ……会話下手くそ。
夏生くんや秋平先輩みたいに上手くできない……。

「……春斗」
 
絶望に打ちひしがれていると、雪哉くんはボクに声をかけてきた。

「別に無理に話しかけなくていい……」

「え……?」

突然そんなことを言われて戸惑う。

「俺なんかに話しかけると変な噂がたつぞ」

「へ、変な……?」

「……大学じゃ俺は浮浪者って言われてんだ。そんな噂のやつに話しかけたら、煙たがられる」

「そんなこと……」

……完全に否定はできない。
確かに今の雪哉くんの見た目は、そう言われても仕方がないほどボロボロだから。
でも――

「……ボクは、雪哉くんだから話したいんだ。昔、一緒に遊んだ雪哉くんと話したい……それじゃあダメかな?」

真っ直ぐ、雪哉くんの目を見て話す。
カランと、氷の鳴る音が響く。
雪哉くんのストローを握る指にギュッと力が入ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……お前は変わらないな」
 
ストローがカチ、と鳴った。
 
「え?そ、そうかな……で、でも雪哉くんも昔と同じでいちごミルク好きだよね?」

「……そういうんじゃねぇよ」

そう言った雪哉くんは……歯を食いしばって、手を強く握りしめていた。
低く押し殺した声に、背筋がひやりとした。

「え……?」

「……ごめん、トイレ行ってくる」

雪哉くんは立ち上がると、そのまま逃げるようにトイレへ向かう。

「……雪哉くん」

ボク、何か悪いことを言っちゃったかな……
胸がざわざわして仕方ない。

「ん?どうした、春斗?」

落ち込むボクを見て、秋平先輩は声をかけてくれた。

「えっと……ボクの発言で雪哉くんを傷つけちゃったかもって」

「ん?なんか言ったのか?」

「……えっと、昔と変わらないねって」

思い切って胸につっかえていたものを吐き出してみることにした。

「昔?……そういや、雪哉と知り合いだっけ?」

「は、はい」

「へ〜ハルは錆川先輩とどういう仲なの?」

そこに夏生くんも会話に入ってくる。

「え……?」

「さっきから気になってな〜昔ってことは幼なじみとか〜?」

「う、うん……幼稚園の頃からの幼なじみ。小学三年の時に離れ離れになっちゃったけど」

「へーそうなんや」

「……でも、見た目は昔と全然違うんだ。あんな、ボロボロじゃなかった……」

「あー……あれなー」

秋平先輩はどこか遠い目をしながら、ビールを飲む。

「あいつなー……一年の時はもうちょいマシな見た目だったんだよなー髪がボサボサなぐらいでな。段々と髭伸ばしっぱなしで服にもかまわなくなってさ」

「そう、なんですか」

一年前からあんな感じなのか……。

「春斗、お前は雪哉と幼なじみって言ったよな」

「は、はい」
 
「じゃあ知っといた方がいいよな……今から言う話は噂だ。それを念頭に置け……絶対雪哉に言うなよ」

秋平先輩は急に声を潜める。

「オレの友達に雪哉と同じ中学のやつがいてな?そいつから聞いたんだけど、雪哉の両親小学校五年の頃に離婚したらしい」

「え……?」

雪哉くんの両親、仲良さそうだったのに。
ショックを隠せない。

「そのあとから、今みたいに見た目にかまわなくなったってさ……そいつの話だから本当かどうかわかんないけどな?まぁ、あいつなりに色々抱えてるんだろうな」

呆然とする。
大好きだった雪哉くんにそんな過去があったなんて……。
目の奥がじんとして、鼻がつんとする。
何も知らないまま、昔のままの感覚で「変わらないね」と笑った自分が恥ずかしくて仕方ない。

「ふ〜ん……あの人も大変なんやな。でもな?ハル。ここで折れたらあかんよ?ああいうタイプは突き放してくるけど、押したらこっちのもんや。諦めたらあかん。
それに追わずに後悔するより、追って後悔した方があとで泣く時、うじうじせんよ?」

夏生くんは優しくそう言うと、頭を撫でてくれる。
……やばい、泣きそうになる。耐えないと。

「いい言葉だな、夏生!!そうだ!やらないよりもやる後悔!それを胸に抱いて雪哉に接しろよ、春斗!」

「は、はい!」

急に大声で言うものだから、驚いて背筋がピンッと伸びてしまう。
そんなボクの姿を見て、くすくすと夏生くんは笑う。

――よし、決めた。
ボク、逃げない。逃げたくない。
せっかく友達と先輩が背中を押してくれたんだ。
ここで逃げたら男がすたる。
たとえ傷ついても、向き合いたい。
そう胸に言い聞かせた。

……早く、ボクの知ってる『雪哉くん』を隣に立たせないと。

うん……戻ってきたら、また、雪哉くんと話そう。

店の奥からトイレのドアの開く音がした。