幼なじみが身も心もボロボロなので、ボクがお世話します

「……え?誰?」

部室に入った瞬間、夏生くんはそう呟く。
目の前には雪哉くん。
いつもの通り、分厚い本を読んでいる。

けど、前と姿は違う。
前髪は目にかからない長さで整えられて、頬は髭がなく、すっきりとしている。ダボッとしたパーカーにジーンズとシンプルな服装だけど、清潔感はある。
ただ座って本を読んでいるだけなのに、まるっきり別人の姿だ。

「うわぁー……ハル、僕ら部室間違えたわ。すみません、出ていきますわ」

「間違ってないよ、夏生くん。あれは雪哉くんだよ」

「…………はぁ?錆川先輩?ほんまに?」

「うん、ほんまに」

思わず、夏生くんの関西弁が移ってしまった。
夏生くんは目を点にして、まじまじとその姿を見る。 

「え?髪切って、髭剃るだけでこんなイケメンなる?
しかも、あの服安物やろ?なのにあの人が着てるだけでブランドもんに見えるん?……不公平や、もはや詐欺やろ」

「さ、詐欺じゃないよ!本来の姿に戻っただけ!」

「意味わからん」

夏生くんは頭を抱えた。
雪哉くんは相変わらず、本から顔を上げない。

――あの日のことを思い出す。
 
美容院で雪哉くんは投げやりに言った。
 
「なんでもいいです」

ずっこけそうになった。
美容師さんは苦笑いしている。

「雪哉くん……今日は''なんでも''は禁止。ちゃんと選ぼう?」

雪哉くんは一瞬驚いた顔をするが、しばらくするとため息をついた。

「……わかったよ」

ボクと雪哉くん、美容師さんの三人で雑誌とにらめっこした。
どれがいい?と聞くと、最初は曖昧な回答しかしなかったけど美容師さんと話していくと、段々と自分から意見を言うようになった。
仕上がった姿を見て、思わず拍手をした。

「……すごい」

雪哉くんがいる。
全部じゃない。けど、確かに''ここ''にいる。
 
そのまま服を買いに行った。
試着室のカーテンが開く度に、ボクは落ち着かなかった。

「どうだ……?」

「え……う、うん、かっこいい」

「……それしか言わねぇな」

だって……待ち望んでいた好きな人が目の前にいるんだもん。

「……ほんとのことだもん」

「なんの参考にもならねぇ……」

困ったように雪哉くんは、笑ったのだった。
あぁ……その顔も好き。
胸がぎゅっと締め付けられる。
だって、好きな人が目の前に戻ってきたんだよ?正気でいろって方がおかしい。

――でも、まだ自分から好きって言えない。

「…………うるさい」

本から視線を上げて、雪哉くんは言う。

「読書に集中できないだろ」

「今は読書どころじゃないです。なんですか?その格好。クソムカくんですけど」

「……知るか、読書の邪魔だ」

視線をまた本に戻す雪哉くん。
その様子はいつもと変わらない。
仏頂面で、口数が少なくて、冷淡だ。
でも、ボクにはわかる。
本を持つ指先が少しだけリラックスしていること。
肩の力が、前より抜けていることを……。

「遅れた遅れたー!!お待たせー!部長が来たぞ!」

後ろから騒がしい声が聞こえてきた。
もちろん、秋平先輩だ。

「なんだ入口で二人とも――って誰だ!?」

…………デジャブ。
秋平先輩は目を見開いて、雪哉くんを指差していた。

「ゆ、雪哉くんです……秋平先輩」

「え?え?雪哉!?雪哉なのか!?……こ、こんなにイケメンになっちまって!どうしたんだ!!」
 
とんでもない速さで雪哉くんに迫る。

「…………とんでもなくうるさいのが来た」

雪哉くんは顔を歪めて、秋平先輩を睨む。

「あんたといい、大学の女たちといい今日は本当にうるさい」

「お、女の子!?女の子って言ったか!!」

秋平先輩は肩を震わせる。

「今日、なんか騒がしいと思ったらお前のことだったのか!!……くー!羨ましすぎる!!そうだよな、そんだけイケメンなら噂になるよなー!!顔なら負けないのにオレとお前のなにが違うってんだよー!」

……なんて自己評価の高い人なんだ。
いや、秋平先輩も顔立ちは整っている……整っているんだけど……。

「そりゃ、そんだけ小さいと恋愛対象に入りませんよ。しかも先輩は''かっこいい''より''かわいい''顔立ちですもん。錆川先輩と比べたらあきません」

「……!?ひ、人が気にしてることを堂々と……最近の若いやつはズバズバ言い過ぎだ!」

「その発言、じじくさいですよ。まぁ、秋平先輩もいつか良い出会いありますよ」

「いつかっていつなんだー!!……ゆ、雪哉!お前のそばにいたら女の子集まってくるか!?」

「……来たとしても追い払うし、よしんば集まったとしても貴方は絶対呼びません」

「そ、そんな……!」

床に膝をついて項垂れる秋平先輩にボクは苦笑いをする。

「はっ!というか雪哉、お前急にどうしたんだ!!モテ神様にお告げがあったのか!?」

「なんですか、その神様……。お告げなんてないです。ただ……背中を押してくれたやつがいただけです」

雪哉くんの視線がボクに向く。
どきりと胸が高鳴る。
雪哉くん……そんなふうに思ってくれたんだ……嬉しい。

「ん〜?なんで春斗を見てるんだ?」

視線に気づいた秋平先輩がじろじろとボクと雪哉くんを交互に見る。

「……別に、たまたまですよ」

「いーや!絶っ対、見てた!俺の目は誤魔化せないぜ!」

……すごい、普段は鈍感な人なのにこんな時だけ鋭い。それを普段の勉強やゲームで活かせばいいのに……。

「……秋平先輩ー。そんなん今更ですよ。あんたこの数週間なにを見てたんですか」

「え……?なにって、遊んでただろ。四人でゲームして」

「…………うーわ、マジか。四人でゲームしてるのに錆川先輩は春斗のことじーっと見つめてるし、ハルは錆川先輩をチラチラ見返してる。……帰る方向も一緒で家は隣同士。こんなんバカでも気づきますよ?」

「ば、バカな……俺だけ気づいていないということなのか!!」

「はい」

恐ろしく早い断言。
……この人、本当に鈍いんだな。

「なんてこった……た、確かに、今思えば仲が良すぎる言動が多かった……何故……何故早く気づかなかったんだ!!」

「バカだからとちゃいます?」

「なんだとー!!夏生!先輩を敬え!!」

「…………うるせぇ」

あ、雪哉くんが口調が崩れてる……イラついてるんだな。

「ゆ、雪哉くん……落ち着いて?ほ、ほら!チョコあげるよ!甘いもの食べて落ち着こうよ」

カバンからチョコレートを取り出して、雪哉くんに差し出す。
じーっとチョコを見たかと思うと、口をあ、と開ける。
その行動に首を傾げてしまう。

「…………食べさせろ」

「え、えぇ!?」

そ、それって……あーんの催促!?
ぼっ、と顔が沸騰する。

「ゆ、雪哉くん……ここ部室……」

「だから?俺は今すぐチョコを食べたい」

「ほ、本を閉じればいいじゃん!」

「…………お前にやってほしい……ダメか?」

雪哉くんは眉を八の字に下げ、視線を逸らす。
 
そ、そんな顔をしたって…………好き!

包装紙を剥がすと、指先でチョコを掴む。
雪哉くんの口元に近づける。

「あ、あーん」

なにいってんだ。こ、こんなの――

「おぉ!カップルみたいなことしてるな!二人とも!」

……横から秋平先輩の大声が聞こえてくる。
キラキラとした純粋な目で見てるから余計に恥ずかしい。

「…………秋平先輩ー。コンビニ行きましょ、コンビニ」

「え?なんでだ?」

「僕、アイスとかお菓子食べたなりましたわ。買いに行きましょ」

「えぇー!?なんでオレがそれについていかないといけないんだよ」

「……ええから行きましょ!」

ガシッと秋平先輩の腕を掴むとずるずると引きずっていく。

「え!?ちょっ!?力強!!ぼ、暴力反対!!」

「暴力ちゃいますー。行きましょ、先輩♡可愛い後輩とデートの時間ですよー。……ほな、お二人さんごゆっくりー」