幼なじみが身も心もボロボロなので、ボクがお世話します

「…………え?」

「こうして、俺がやさぐれていても……お前はきっとどこかで笑顔で暮らしている……そう思えたから、生きてられた」

「ボクの……おかげ?」

嬉しいなんて言葉じゃ足りない。
でも、それ以上に――胸が痛かった。

開いたクローゼットの奥が、脳裏に蘇る。
絵。アルバム。手紙。金メダル。

「だから……あれ、取ってたの?」

喉が詰まる。絞り出した声は震えていた。

「キモイだろ……?」

吐き捨てるように雪哉くんは言った。
返事が遅れる。
否定したら、嘘になる。肯定したら雪哉くんが壊れるかもしれない……そう思うと即答できなかった。
 
「正直、ゾッとした……でも、嬉しいのは本当」

「そうか……」

雪哉くんは、顔を強く歪める。
 
「……でもさ、あれがないと、俺……なんにもなくなるんだよ」

ぎゅっとボクを抱き締める雪哉くん。
まるで、子どもみたいに必死に。

「あれを捨てたら……本当に生きていけなくなる気がした。捨てたらお前まで消えてなくなるんじゃないかって……」

「そんなことないよ……」
 
「そんなことあるから今の俺がいるんだよ。……それで、お前の手紙見てたら……楽しかった時のこと思い出して、もうちょっとだけ生きてみようって……。
けど、そんなの……お前を理由に生きているみたいで、嫌だった。手紙を読むことで自分を正当化してるみたいで……嫌だった」

壊れるんじゃないかと思うほどの強い力だ。
でも、振りほどくなんて、できやしない。

雪哉くんの背中を、ゆっくりと撫でる。
壊れ物に触れるみたいに、大事に、ゆっくりと。

「そっか……」

それ以上、声が出なかった。
嬉しい……けど、震えるぐらい重くて、怖い。
普通の人のそれと違う執着だ。
 
でも――離すもんか。

「……ねぇ、雪哉くん。手紙、何回も……きっと毎日見てくれてたんだよね」

クローゼットの奥が、脳裏でまた開く。
箱の中に乱雑に詰め込まれているのに、ホコリはうっすらとしか積もっていない。
何度も、触れてきたのがわかった。

こくり、と雪哉くんが頷く。

「お前の手紙……何度も読んだ。変わろうとした。でも、ダメだった……体が、やめろって拒むんだよ」

ひくりと嗚咽が漏れ出る。

「変わろうとしたら……なにも手がつかなくなる。無気力になって……しまいにはお前のことを忘れそうになるんだ」

それは、とっても苦しかったことだろう。
想像するだけで、息が詰まる。
きっと雪哉くんは、生きるためにいろいろと犠牲にしてきたんだ。

「…………じゃあさ、雪哉くん。ボクが手伝うよ」

「……え?」

「いきなり全部は無理だから……ひとつずつ。自分は生きてるって実感できるようにさ。
だからまずは、髭剃ろう?ボクが手伝う……いや、手伝わせて」

「……ははっ、不器用なお前が?」

「ボ、ボクだってできるよ!……それでさ、髪の毛も切って、服も着替えていこ?ちょっとずつ……ね?」

「……なんで」

ぽつり、と雪哉くんは呟く。

「……なんで、そこまでするんだよ」

「えー?雪哉くん、頭良いのにわからないの?」

「……わかんねぇよ、そんなの」

「……ボクね、雪哉くんの未来が潰れるなんて嫌なんだ。雪哉くんは、ボクのヒーローだった。なら、今度はボクの番」

雪哉くんの背中をとんとん、と叩く。

「まずは、なにしようか……髪を切る?髭を剃る?服を買いに行く?」

「…………こんな格好で服なんて行きたくない」

「そっか、言ってくれてありがとう。もう夜遅いから、ここでできる事やらない?美容院も閉まってるだろうし」

「……髭、剃る」

「うん。やろうよ」

ボクの胸に寄りかかる雪哉くんを起こす。
見上げた顔は、くしゃくしゃで涙が頬を伝ってひどい有様だった。

「道具、取ってくるよ……確か、洗面台にシェーバーあったよね?」

掃除をしてた時に、棚にあったのを思い出す。

「……あぁ」

「じゃあ、洗面所に行こっか」

雪哉くんの腕を掴んで、洗面所に向かう。
洗面台の棚の奥には、古い電動シェーバーがあった。
掃除中に見つけた時は……ホコリを被っていた。
でもボクが掃除をして綺麗にした。
それを掴むと、雪哉くんに向き合う。

「じゃあ、やろうか。雪哉くん」

雪哉くんは、涙を腕で必死に拭っていた。
その姿に心苦しくなる。

「雪哉くん、少し屈んで?」

両手で肩をぽんぽんと叩いて、屈むように促す。
少し戸惑った顔をしながらも、屈んでくれた。
 
「よし、いくよ」

シェーバーのスイッチを入れると、低い振動音が洗面所に響く。
ちゃんと動いてくれたことに安心する。

「触るね」

指先が、雪哉くんの頬に触れる。
チクチクとした触り心地とひんやりとした体温に驚くが、手は決して離さなかった。

「動かないでね……」

そっと、シェーバーを頬に当てる。
シェーバーが触れた瞬間、雪哉くんの肩がびくりと震えた。

「い、痛かった?」

慌てて、電源を止める。

「いや、大丈夫だ」

言葉とは裏腹に視線は合わせてくれなかった。

「そ、そう?……じゃあ、続けるね」

再び電源を入れる。
ぶぶぶと低い音がまた辺りに響く。
雪哉くんの頬に手を添え、剃っていくともさもさだった髭がどんどん無くなっていく。
ふと、雪哉くんを見ると体が震えていた。
痛いのかなと不安になったけど……違うとわかった。
震えは止まらない。目だけが、鏡を避けている。
ボクは雪哉くんの頬にもう一度手を添えると、息を吐く。

「雪哉くん、大丈夫……大丈夫だよ?ボクがついてるから」

励ましの言葉を送りながらも剃っていく。
口元に差し掛かると、ついピタリと動きが止まってしまう。
近すぎて――息がかかる。

「……春斗、どうした?」

不審に思った雪哉くんが訝しげな顔をする。

「あっ……な、なんでもない!」

頭を振って、邪な心を振り払う。
今は、髭剃りに集中しないと……。
口の周りをゆっくり丁寧に剃っていく。
傷つけたら大変だ。
……次は顎の付近。

「雪哉くん、顎上げれる?……うん、そう……あ、上げすぎ。もうちょい下げて」

反対の頬も同じように剃っていく。
そして――。

「……で、できた」

ほっと一息つく。
多少の剃り残しもあるけど、そこもご愛嬌。

「わぁ……すごい、あの頃の雪哉くんがいる」

記憶の中にある雪哉くんをそのまま大きくしたような顔。
まだ全部が戻ったわけじゃない。けど、ちゃんと''ここ''にいる。

「鏡見てよ、雪哉くん」

鏡を見るよう雪哉くんに促す。

「……鏡なんて、もう何年も見てない」

「怖い?」

こくりと頷く。

「……大丈夫だよ、ボクが手を握っててあげるから」

雪哉くんの手をぎゅっと握る。
冷えきった手に、ボクの体温が移るよう強く。
雪哉くんは俯いていた顔を上げると、恐る恐る鏡をのぞき込む。

「…………あぁ、''俺''がいる」

そう呟くと、目を伏せた。

「……春斗」

呼ばれて、ボクは顔を上げる。

「ありがとな」

握った手が、あたたかかった。