「今日のカレーは美味かった」
夕ご飯を食べ終わった雪哉くんは、あぐらをかいてくつろいでいた。
「ほんと?」
「具材がぶつ切りすぎだけどな」
「い、いいじゃん!ボク、具材大きい方が好きなんだもん」
「はいはい……そういうことにしといてやるよ」
くすりと笑う雪哉くん。
心外だと言わんばかりの顔をするボクと対極だ。
……和やかな雰囲気。
でも、ボクは今からそれを壊すかもしれない。
「ね、ねぇ雪哉くん、お風呂入ってきたら?」
ボクの提案に眉をしかめる雪哉くん。
「……食べたばかりだぞ?」
「雪哉くん、あとでーって言って入らないじゃん。今日は風呂キャン許さないよ」
「……わかったよ。入ればいいんだろ」
「よろしい!……お風呂にお湯入れてるから、ゆっくり入ってね?」
「はいよ……んじゃあ片付け任せるわ」
「うん、まかせて!」
浴室に向かう雪哉くんを見送ると、食べ終わった皿を流しに置く。
お皿を洗っている間、ボクの心は穏やかではなかった。
夏生くんからアドバイスをもらってから、ずっと考えていた。
――中途半端な気持ちで踏み込んだら、壊れるのは自分や。
わかってた、そんなこと。
でも、知りたくなくて、目を背けていた。
……考えて、考えて、そして決めた。
クローゼットを、ボクの手で掃除しようって……暴くんじゃない、掃除なんだって言い聞かせた。
だって……あのクローゼットの中にカビが潜んでるかもしれないし、変な虫がいるかもしれないんだから。
――ひどい、言い訳だ。暴きたいだけのくせに。
洗い終えた皿を、水切りかごにカチャリと入れる。
濡れた手をタオルで拭きながら、クローゼットを見る。
ただのクローゼットのはずなのに、今のボクにはそびえ立つ大きな壁に見えた。
「掃除、掃除だから……」
言い訳みたいに呟いて、取っ手に手をかけた。
引き返すなら今だと体が言っている。
きっと、このままでいた方が……楽だ。
でも――ここで引き返したら、雪哉くんとの関係は止まる。
たとえ嫌われても、ボクは雪哉くんのことを知りたい。
ボクは雪哉くんと一緒に、歩んでいきたいんだ。
覚悟を決めて、扉をぐっと引く。
「……あ、あれ?」
が、まったく微動だにしない。
ごとり、と奥の方で重いものが落ちる音がする。
どうやらなにかが引っかかってるみたいだ。
負けじと、ぐぐっと引っ張る。
今度はガサガサと乾いた音が響いた。
引っ張ったことで隙間が少しできて、そこからひらりと紙が落ちてきた。
「なに、これ?」
落ちてきた紙を拾い上げると、目を見開いてしまった。
だって、それは――
「ボクの……絵だ」
幼稚園の頃に描いた、ボクの絵。
絵の中で雪哉くんとボクは手を繋いでニコニコと笑っている。
……今見ると下手くそな絵だ。
「雪哉くん……これ、取っててくれたの?」
今の今までボクでさえ存在を忘れてたものを……。
こうなると、他になにがあるか気になってきた。
クローゼットの取っ手を掴むと、ふん!と力を込めて引っ張った。
ぎぃぃぃっとゆっくりと扉が開く。
「あ、開いた!」
中を見た瞬間、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「……これって」
積み重ねられた紙の束。
開かれていないアルバムが何冊もある。
あの頃遊んでいたリバーシの盤もあった。
そして――
雪哉くんにプレゼントしたボクの描いた絵が、ぎっしりと奥まで詰め込まれていた。
「雪哉くん……」
胸の奥がじんわり、あたたかくなる。
それと同時に、言いようのない違和感が押し寄せる。
「これ……全部取ってたの?」
喉が、ひくりと鳴った。
息が詰まる感覚もある。
ドン引き……とまではいかない。けど、背中が冷えた。
雪哉くんの思いがけない一面を見てしまった。
だって、こんなの……まるで祭壇だ。
アルバムの背表紙には年代が書いてあって、ボクの絵はファイルに丁寧に入っている。
それに……折り目のついた手紙は同じ場所だけが擦れている。
ボクとの思い出の品なのに……とてもそうとは言い切れない量だった。
胸の奥だけ、変にあたたかかった。
チラリと下に視線を送ると、キラリと光るものがあった。
「これ……マラソン大会で一位になった雪哉くんにあげた金メダルだ」
金色の折り紙をダンボールでペタペタ貼った今見たら不格好な金メダル。
こんなものまで取ってくれるなんて……まるで親みたいだ。
つい、くすりと笑ってしまう。
「雪哉くん、下手くそって言って笑ったのに……素直じゃないなぁ……」
涙がポロリと頬を伝う。
嬉しいのか、怖いのか……自分でもわからなかった。
……ダメだ。今は感傷に浸ってる時間はないんだから。
顔を上げて、さらに奥の方を探る。
そこには小さな箱があった。
「なんだろ……これ」
伸ばしかけた手を、つい引っ込めてしまった。
……バカ。
息を呑んで、もう一度箱に触れた。
手に取ってよく見ると鍵がかかっていた。
「えぇ……これだけ厳重なの?」
ため息をつく。
どうやら、鍵は四桁の数字をダイヤルで回して開けるタイプのものらしい。
「暗証番号かー……」
カチカチとダイヤルを動かす。
''1215''
試しに雪哉くんの誕生日の数字を合わせてみる。
……鍵は開かない。
「やっぱり、そんな簡単じゃないか……」
ため息をつく。
その時ふと、カレンダーの赤丸が脳裏に宿る。
カチカチとダイヤルを動かす。
''1018''
ボクと雪哉くんが別れた日。
約束した日。忘れたくても忘れない日。
……やっぱり開かない。
「そう簡単じゃないよね……」
息を吐く。頬につうっと汗が伝う。
じゃあ、一体何を暗証番号にして――
「…………あ」
ひとつ思いついた。
「え、まさか……ね」
カチッ、カチッと震える手でダイヤルを回す。
''0320''
ボクの誕生日に数字を合わせた。
カチン――
「あ、開いた……?」
背中がぞわりとした。
雪哉くん……それは流石にやり過ぎだよ。
箱の中を確かめないと、呼吸ができない気がした。
胸の音がうるさい。
見たら本当に引き返せないかもしれない……でも、見ないで後悔するより、見て傷ついた方がいい。
覚悟を決めて、パカりと開ける。
「これは……」
中に入っていたのは、大量の手紙の束だった。
「手紙のやり取り……これも取っていたんだ」
いつの間にか、なくなってしまった雪哉くんの手紙……。
それでも大事に取っていたことに、胸がきゅうっとなった。
指先が、紙の束に触れた。
その感触だけで、喉が詰まりそうになる。
箱の中から手紙をひとつ取り出し、封を開ける。
『ゆきやくん、ぜったいぼくをむかえにきてね!!やくそくまもってね!』
幼いボクの字で、そう書かれていた。
夕ご飯を食べ終わった雪哉くんは、あぐらをかいてくつろいでいた。
「ほんと?」
「具材がぶつ切りすぎだけどな」
「い、いいじゃん!ボク、具材大きい方が好きなんだもん」
「はいはい……そういうことにしといてやるよ」
くすりと笑う雪哉くん。
心外だと言わんばかりの顔をするボクと対極だ。
……和やかな雰囲気。
でも、ボクは今からそれを壊すかもしれない。
「ね、ねぇ雪哉くん、お風呂入ってきたら?」
ボクの提案に眉をしかめる雪哉くん。
「……食べたばかりだぞ?」
「雪哉くん、あとでーって言って入らないじゃん。今日は風呂キャン許さないよ」
「……わかったよ。入ればいいんだろ」
「よろしい!……お風呂にお湯入れてるから、ゆっくり入ってね?」
「はいよ……んじゃあ片付け任せるわ」
「うん、まかせて!」
浴室に向かう雪哉くんを見送ると、食べ終わった皿を流しに置く。
お皿を洗っている間、ボクの心は穏やかではなかった。
夏生くんからアドバイスをもらってから、ずっと考えていた。
――中途半端な気持ちで踏み込んだら、壊れるのは自分や。
わかってた、そんなこと。
でも、知りたくなくて、目を背けていた。
……考えて、考えて、そして決めた。
クローゼットを、ボクの手で掃除しようって……暴くんじゃない、掃除なんだって言い聞かせた。
だって……あのクローゼットの中にカビが潜んでるかもしれないし、変な虫がいるかもしれないんだから。
――ひどい、言い訳だ。暴きたいだけのくせに。
洗い終えた皿を、水切りかごにカチャリと入れる。
濡れた手をタオルで拭きながら、クローゼットを見る。
ただのクローゼットのはずなのに、今のボクにはそびえ立つ大きな壁に見えた。
「掃除、掃除だから……」
言い訳みたいに呟いて、取っ手に手をかけた。
引き返すなら今だと体が言っている。
きっと、このままでいた方が……楽だ。
でも――ここで引き返したら、雪哉くんとの関係は止まる。
たとえ嫌われても、ボクは雪哉くんのことを知りたい。
ボクは雪哉くんと一緒に、歩んでいきたいんだ。
覚悟を決めて、扉をぐっと引く。
「……あ、あれ?」
が、まったく微動だにしない。
ごとり、と奥の方で重いものが落ちる音がする。
どうやらなにかが引っかかってるみたいだ。
負けじと、ぐぐっと引っ張る。
今度はガサガサと乾いた音が響いた。
引っ張ったことで隙間が少しできて、そこからひらりと紙が落ちてきた。
「なに、これ?」
落ちてきた紙を拾い上げると、目を見開いてしまった。
だって、それは――
「ボクの……絵だ」
幼稚園の頃に描いた、ボクの絵。
絵の中で雪哉くんとボクは手を繋いでニコニコと笑っている。
……今見ると下手くそな絵だ。
「雪哉くん……これ、取っててくれたの?」
今の今までボクでさえ存在を忘れてたものを……。
こうなると、他になにがあるか気になってきた。
クローゼットの取っ手を掴むと、ふん!と力を込めて引っ張った。
ぎぃぃぃっとゆっくりと扉が開く。
「あ、開いた!」
中を見た瞬間、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「……これって」
積み重ねられた紙の束。
開かれていないアルバムが何冊もある。
あの頃遊んでいたリバーシの盤もあった。
そして――
雪哉くんにプレゼントしたボクの描いた絵が、ぎっしりと奥まで詰め込まれていた。
「雪哉くん……」
胸の奥がじんわり、あたたかくなる。
それと同時に、言いようのない違和感が押し寄せる。
「これ……全部取ってたの?」
喉が、ひくりと鳴った。
息が詰まる感覚もある。
ドン引き……とまではいかない。けど、背中が冷えた。
雪哉くんの思いがけない一面を見てしまった。
だって、こんなの……まるで祭壇だ。
アルバムの背表紙には年代が書いてあって、ボクの絵はファイルに丁寧に入っている。
それに……折り目のついた手紙は同じ場所だけが擦れている。
ボクとの思い出の品なのに……とてもそうとは言い切れない量だった。
胸の奥だけ、変にあたたかかった。
チラリと下に視線を送ると、キラリと光るものがあった。
「これ……マラソン大会で一位になった雪哉くんにあげた金メダルだ」
金色の折り紙をダンボールでペタペタ貼った今見たら不格好な金メダル。
こんなものまで取ってくれるなんて……まるで親みたいだ。
つい、くすりと笑ってしまう。
「雪哉くん、下手くそって言って笑ったのに……素直じゃないなぁ……」
涙がポロリと頬を伝う。
嬉しいのか、怖いのか……自分でもわからなかった。
……ダメだ。今は感傷に浸ってる時間はないんだから。
顔を上げて、さらに奥の方を探る。
そこには小さな箱があった。
「なんだろ……これ」
伸ばしかけた手を、つい引っ込めてしまった。
……バカ。
息を呑んで、もう一度箱に触れた。
手に取ってよく見ると鍵がかかっていた。
「えぇ……これだけ厳重なの?」
ため息をつく。
どうやら、鍵は四桁の数字をダイヤルで回して開けるタイプのものらしい。
「暗証番号かー……」
カチカチとダイヤルを動かす。
''1215''
試しに雪哉くんの誕生日の数字を合わせてみる。
……鍵は開かない。
「やっぱり、そんな簡単じゃないか……」
ため息をつく。
その時ふと、カレンダーの赤丸が脳裏に宿る。
カチカチとダイヤルを動かす。
''1018''
ボクと雪哉くんが別れた日。
約束した日。忘れたくても忘れない日。
……やっぱり開かない。
「そう簡単じゃないよね……」
息を吐く。頬につうっと汗が伝う。
じゃあ、一体何を暗証番号にして――
「…………あ」
ひとつ思いついた。
「え、まさか……ね」
カチッ、カチッと震える手でダイヤルを回す。
''0320''
ボクの誕生日に数字を合わせた。
カチン――
「あ、開いた……?」
背中がぞわりとした。
雪哉くん……それは流石にやり過ぎだよ。
箱の中を確かめないと、呼吸ができない気がした。
胸の音がうるさい。
見たら本当に引き返せないかもしれない……でも、見ないで後悔するより、見て傷ついた方がいい。
覚悟を決めて、パカりと開ける。
「これは……」
中に入っていたのは、大量の手紙の束だった。
「手紙のやり取り……これも取っていたんだ」
いつの間にか、なくなってしまった雪哉くんの手紙……。
それでも大事に取っていたことに、胸がきゅうっとなった。
指先が、紙の束に触れた。
その感触だけで、喉が詰まりそうになる。
箱の中から手紙をひとつ取り出し、封を開ける。
『ゆきやくん、ぜったいぼくをむかえにきてね!!やくそくまもってね!』
幼いボクの字で、そう書かれていた。


