『いつか迎えに行くから、待っててくれ』
幼い頃にボクのヒーローと交わした約束。
ボク、白石春斗にはひとつ上の幼なじみの男の子がいた。
錆川雪哉くん。
クールでカッコよくて、ボクの憧れだった子。
泣き虫で引っ込み思案だったボクをいじめっ子から守ってくれた、ボクの頼もしいヒーロー。
父さんに男なら泣くなと怒られていたボクに
「泣いてもいいんだぞ」と頭を撫でて肯定してくれた雪哉くん。
だから、泣いたあとはいつも笑顔でいようと決めた。
気づけば、放課後の景色にいつも雪哉くんがいた。
けど、父さんの転勤で無情にもその日々は終わりを告げる。
別れの時、泣き喚いて雪哉くんから離れなかった。
雪哉くんは困った顔をしながらも、言ってくれた。
『じゃあさ、俺がいつか春斗を迎えに行くよ』
『ほんと……?』
『うん、約束』
そう言って、ボクの前髪をかけ上げると、額にキスをしてくれた。
顔が真っ赤になって、さっきまで泣いてたのが嘘みたいにピタッと涙が止まった。
そんなボクを見て、少しだけ意地悪に笑う雪哉くんの姿。
『ははっ、泣き止んだな。泣いてもいいって言ったけどさ……やっぱり春斗に泣いた顔は似合わないよ』
胸がきゅっと苦しくなった。
触れた額の熱がしばらく消えなかった。
――雪哉くん、好き……
この日、ボクは錆川雪哉という一人の男の子に恋をした。
引越ししてしばらくは、雪哉くんと手紙のやり取りをしていた。
友達ができたこと、ハマっていること、テストでいい点取ったこと――そんなたわいないことだった。
でも、嬉しかった。
――けれど、一週間に一回はあった手紙は、一ヶ月に一回、半年に一回と少なくなっていき、ついには途絶えてしまった。
不安になった。
雪哉くんが、約束を忘れてしまったんじゃないかと……それどころかボクのことを忘れてしまったのかと。
じわりと涙が出るが、ぐっと堪えた。
涙はボクに似合わないって雪哉くんが言ったから。
ウジウジしてもしょうがない。
雪哉くんが忘れてしまったんだったらボクが思い出させればいいんだ。
そして、高校三年の時、雪哉くんがいるところ周辺の大学に行かせてくれと親に頼み込んだ。
最初は怪訝な表情の両親だったが、ボクの熱い説得により最終的には首を縦に振ってくれた。
雪哉くんに会いたい。その気持ちが逃げ続けていた勉強に向き合わせてくれた。
合格発表の時は、情けないことに嬉し泣きをした。
今だけは許して欲しいと心の中の雪哉くんに謝ったぐらいだ。
そして、大学から歩いて二十分ぐらいのところのマンションを借りた。
何事もなく入学して、幸運なことに友達ができた。
光月夏生くん。
オリエンテーションで隣の席だったボクに話しかけてくれた人だ。
明るい茶髪で耳にピアスをバシバシつけてて、一瞬かまえてしまったが――
『君、どこ出身?……へぇー、戻ってきた勢なんや。俺、大阪からこっちに来たから、この辺のことなんも知らんねん。だから教えて〜』
ゆるい関西弁で拍子抜けした。
よくよく聞くと、高校まで真面目だった反動で見た目がチャラくなったらしい。
色んな人がいるんだなぁと感心した。
「なぁ〜ハル〜」
ハル――夏生くんがボクにつけたあだ名。
ハルって呼んでいい?と聞かれて、肯定したらそのまま呼ぶようになった。
正直言うと、あだ名で呼ばれたことがなかったから嬉しかったりする。
「どうしたの?夏生くん」
「僕、この前サークル見学に行ったやん?」
「うん。いいの見つかった?」
「あった!ボードゲームサークルってところやねんけどな?部長の人がおもろくてな〜」
「へぇーよかったね」
「そんでな?ハルも入らへん?」
「え……?」
突然の誘いに戸惑う。
「なんかなー?部長さんが、このサークル人少ないから友達誘ってくれん?って僕に頼んできたんよね。だから、誘ってみた♡」
「えー……どうしよう」
サークル。
興味はある。でも、未だに引っ込み思案気質なボクは自分から入る勇気がないのだ。
入って馴染めなかったら、嫌われたら――そんなマイナスなことばかり考えてしまう。
「……ハル〜、悩むぐらいなら行こ?見学」
ガシッと腕を掴まれ、そのまま引きずられるように夏生くんは動く。
「わっ!ま、待ってよ!」
「こういうのはな?最初の一歩が大事やねん。その一歩を踏み出したら、あとは楽になるで?」
まるでボクの心を読んだかのような言葉にハッとする。
そうだ……ウジウジ悩んでいてもしょうがない。
せっかく夏生くんがくれたチャンスを棒に振ったらいけない。
ここで立ち止まったら、雪哉くんに顔向けできない。
「そ、そうだよね……ボク、行くよ!見学だけならタダだもんね!」
「そうそう、その意気や!まぁ、会わんくてもちょっと僕に付き合っただけと思えばええねん。ほな、行こか」
そうして引きずられて、夏生くんはとある部屋の前で立ち止まる。
ドアには『ボードゲームサークル 部室』と手書きで書かれた紙が貼ってある。
「ここやねん。なんかボロいやろ?」
「た、確かに……」
角の奥まった部屋にあり、紙はボロボロで年季を感じる見た目だ。
「でも、そこがまた惹かれるところやねん。とりあえず入ろ?」
「う、うん……」
多少の不安を感じるが、ここまで来たからには引き下がれない。
夏生くんはぎぃっと音を立てて、中に入る。
「こんにちは〜この前、見学に来た光月夏生です。友達連れてきました〜」
「おおっ!待っていたぞ、夏生!」
一際大きな声が中から聞こえる。
ちらりと中を見ると、手を腰に当ててニコニコとこちらを見ている男の人がいた。
けど、随分と身長が低い。その辺の女の子よりも少し高いぐらいだ。
パッチリとした大きな目に可愛らしい顔立ちだ。
同学年の子かな?
「おっ!その子は友達か?」
「そうです。どこのサークルに入るか迷ってたんで誘いました〜」
「ほぉ、いいじゃないか。ようこそ、ボードゲームサークルへ!オレは守部秋平。法学部三年生でここの部長だ」
「え、あっ……し、心理学部の白石春斗、です」
さ、三年生……同学年どころか先輩だったのか。
内心、驚きを隠せないでいた。
「おう、よろしくな!んで、このサークルにはもう一人いるんだが――おい、雪哉。新人だぞ!挨拶しろよ!」
守部先輩がこちらに背を向けて読書している人に声をかける。
「……雪哉?」
聞き覚えのある名前に思わず呟いてしまう。
まさかと思い、ドキドキと胸が高鳴った。
声をかけられたその人は、くるりとこちらを振り向く。
――絶句した。
ボサボサの髪、伸ばしっぱなしの無精髭、目の下の濃いクマ、毛玉だらけの服。
――そして、どこか面影のある顔立ち。
「……雪哉くん?」
変わり果てた彼に声をかけた。
「…………春斗?」
記憶の中にある声よりも低い声。
けど、雪哉くんだと確信できた。
「ん?なんだ知り合いか?」
守部先輩が、不思議そうな顔をして聞いてくる。
「あっ、は、はい……」
「……小さい頃、遊んでただけです」
その一言で、ボクのすべてを否定されたような気がした。
冷たい声色。
まるで、すべてがどうでもいいと言わんばかりだ。
幼い頃にボクのヒーローと交わした約束。
ボク、白石春斗にはひとつ上の幼なじみの男の子がいた。
錆川雪哉くん。
クールでカッコよくて、ボクの憧れだった子。
泣き虫で引っ込み思案だったボクをいじめっ子から守ってくれた、ボクの頼もしいヒーロー。
父さんに男なら泣くなと怒られていたボクに
「泣いてもいいんだぞ」と頭を撫でて肯定してくれた雪哉くん。
だから、泣いたあとはいつも笑顔でいようと決めた。
気づけば、放課後の景色にいつも雪哉くんがいた。
けど、父さんの転勤で無情にもその日々は終わりを告げる。
別れの時、泣き喚いて雪哉くんから離れなかった。
雪哉くんは困った顔をしながらも、言ってくれた。
『じゃあさ、俺がいつか春斗を迎えに行くよ』
『ほんと……?』
『うん、約束』
そう言って、ボクの前髪をかけ上げると、額にキスをしてくれた。
顔が真っ赤になって、さっきまで泣いてたのが嘘みたいにピタッと涙が止まった。
そんなボクを見て、少しだけ意地悪に笑う雪哉くんの姿。
『ははっ、泣き止んだな。泣いてもいいって言ったけどさ……やっぱり春斗に泣いた顔は似合わないよ』
胸がきゅっと苦しくなった。
触れた額の熱がしばらく消えなかった。
――雪哉くん、好き……
この日、ボクは錆川雪哉という一人の男の子に恋をした。
引越ししてしばらくは、雪哉くんと手紙のやり取りをしていた。
友達ができたこと、ハマっていること、テストでいい点取ったこと――そんなたわいないことだった。
でも、嬉しかった。
――けれど、一週間に一回はあった手紙は、一ヶ月に一回、半年に一回と少なくなっていき、ついには途絶えてしまった。
不安になった。
雪哉くんが、約束を忘れてしまったんじゃないかと……それどころかボクのことを忘れてしまったのかと。
じわりと涙が出るが、ぐっと堪えた。
涙はボクに似合わないって雪哉くんが言ったから。
ウジウジしてもしょうがない。
雪哉くんが忘れてしまったんだったらボクが思い出させればいいんだ。
そして、高校三年の時、雪哉くんがいるところ周辺の大学に行かせてくれと親に頼み込んだ。
最初は怪訝な表情の両親だったが、ボクの熱い説得により最終的には首を縦に振ってくれた。
雪哉くんに会いたい。その気持ちが逃げ続けていた勉強に向き合わせてくれた。
合格発表の時は、情けないことに嬉し泣きをした。
今だけは許して欲しいと心の中の雪哉くんに謝ったぐらいだ。
そして、大学から歩いて二十分ぐらいのところのマンションを借りた。
何事もなく入学して、幸運なことに友達ができた。
光月夏生くん。
オリエンテーションで隣の席だったボクに話しかけてくれた人だ。
明るい茶髪で耳にピアスをバシバシつけてて、一瞬かまえてしまったが――
『君、どこ出身?……へぇー、戻ってきた勢なんや。俺、大阪からこっちに来たから、この辺のことなんも知らんねん。だから教えて〜』
ゆるい関西弁で拍子抜けした。
よくよく聞くと、高校まで真面目だった反動で見た目がチャラくなったらしい。
色んな人がいるんだなぁと感心した。
「なぁ〜ハル〜」
ハル――夏生くんがボクにつけたあだ名。
ハルって呼んでいい?と聞かれて、肯定したらそのまま呼ぶようになった。
正直言うと、あだ名で呼ばれたことがなかったから嬉しかったりする。
「どうしたの?夏生くん」
「僕、この前サークル見学に行ったやん?」
「うん。いいの見つかった?」
「あった!ボードゲームサークルってところやねんけどな?部長の人がおもろくてな〜」
「へぇーよかったね」
「そんでな?ハルも入らへん?」
「え……?」
突然の誘いに戸惑う。
「なんかなー?部長さんが、このサークル人少ないから友達誘ってくれん?って僕に頼んできたんよね。だから、誘ってみた♡」
「えー……どうしよう」
サークル。
興味はある。でも、未だに引っ込み思案気質なボクは自分から入る勇気がないのだ。
入って馴染めなかったら、嫌われたら――そんなマイナスなことばかり考えてしまう。
「……ハル〜、悩むぐらいなら行こ?見学」
ガシッと腕を掴まれ、そのまま引きずられるように夏生くんは動く。
「わっ!ま、待ってよ!」
「こういうのはな?最初の一歩が大事やねん。その一歩を踏み出したら、あとは楽になるで?」
まるでボクの心を読んだかのような言葉にハッとする。
そうだ……ウジウジ悩んでいてもしょうがない。
せっかく夏生くんがくれたチャンスを棒に振ったらいけない。
ここで立ち止まったら、雪哉くんに顔向けできない。
「そ、そうだよね……ボク、行くよ!見学だけならタダだもんね!」
「そうそう、その意気や!まぁ、会わんくてもちょっと僕に付き合っただけと思えばええねん。ほな、行こか」
そうして引きずられて、夏生くんはとある部屋の前で立ち止まる。
ドアには『ボードゲームサークル 部室』と手書きで書かれた紙が貼ってある。
「ここやねん。なんかボロいやろ?」
「た、確かに……」
角の奥まった部屋にあり、紙はボロボロで年季を感じる見た目だ。
「でも、そこがまた惹かれるところやねん。とりあえず入ろ?」
「う、うん……」
多少の不安を感じるが、ここまで来たからには引き下がれない。
夏生くんはぎぃっと音を立てて、中に入る。
「こんにちは〜この前、見学に来た光月夏生です。友達連れてきました〜」
「おおっ!待っていたぞ、夏生!」
一際大きな声が中から聞こえる。
ちらりと中を見ると、手を腰に当ててニコニコとこちらを見ている男の人がいた。
けど、随分と身長が低い。その辺の女の子よりも少し高いぐらいだ。
パッチリとした大きな目に可愛らしい顔立ちだ。
同学年の子かな?
「おっ!その子は友達か?」
「そうです。どこのサークルに入るか迷ってたんで誘いました〜」
「ほぉ、いいじゃないか。ようこそ、ボードゲームサークルへ!オレは守部秋平。法学部三年生でここの部長だ」
「え、あっ……し、心理学部の白石春斗、です」
さ、三年生……同学年どころか先輩だったのか。
内心、驚きを隠せないでいた。
「おう、よろしくな!んで、このサークルにはもう一人いるんだが――おい、雪哉。新人だぞ!挨拶しろよ!」
守部先輩がこちらに背を向けて読書している人に声をかける。
「……雪哉?」
聞き覚えのある名前に思わず呟いてしまう。
まさかと思い、ドキドキと胸が高鳴った。
声をかけられたその人は、くるりとこちらを振り向く。
――絶句した。
ボサボサの髪、伸ばしっぱなしの無精髭、目の下の濃いクマ、毛玉だらけの服。
――そして、どこか面影のある顔立ち。
「……雪哉くん?」
変わり果てた彼に声をかけた。
「…………春斗?」
記憶の中にある声よりも低い声。
けど、雪哉くんだと確信できた。
「ん?なんだ知り合いか?」
守部先輩が、不思議そうな顔をして聞いてくる。
「あっ、は、はい……」
「……小さい頃、遊んでただけです」
その一言で、ボクのすべてを否定されたような気がした。
冷たい声色。
まるで、すべてがどうでもいいと言わんばかりだ。


