潔癖症の俺が汗と涙にまみれた団長服を着る羽目になった件





 前のグループの出し物が終わったあと少しざわついていた体育館が、その男がステージに立った途端にしんと静まり返った。
 丈の長い古びた長ランは僕が着るとぶかぶかだったのに、彼だと窮屈そうに見える。
「当日までは見せません」と言って頑なに拒否られたから、彼の団長服姿を見たのは初めてだった。
 それだけで、ここに来るまでの紆余曲折が思い出され、胸がじんと熱くなる。
 彼の後ろに控える一年生たちも、僕がいたときよりずっと堂々としていて、大きく見えた。

「あいつまたデカくなったんじゃねーの?」
 
 後ろにいた新庄雅樹が、僕の肩に顎を預けるように話しかけてくる。
 颯真の視線が一瞬こちらを睨んだようにも見えたけど、気のせいだろう。これだけ大人数の生徒がいる中で、僕を見つけられるはずがない。
 
「一番最近の計測で189cmって言ってたから、さすがに止まったんじゃないかな」
「マジか~越されたわ~」

 太鼓や団旗が並び、陣形が整えられる。
 フロアにいる女子たちは一斉にスマホのカメラをステージに向けた。

「りーちは撮らんでいいの?」
「反省会用の動画を撮影してるはずだから。あとでコピらせてもらう」

 腕を組み、真っすぐに直立した長身が一瞬体を弓反りにする。

「不肖、日向台高校応援団団長、一条がーーー……三年生にエールを送りますっ!」

 床から地響きがするように、腹の底から発せられた低音が、直接体にビリビリと響いてくる。

 駄目だ……。
 目に焼き付けるためにスマホを構えなかったのに。すでに視界が潤んでしまっている。

 太鼓の一打が鳴り、颯真が手袋をした長い手を振り上げる。

「フレー――!」

 先輩たちが積み重ねてきた伝統が、彼の体を通して、まったく別の色を帯びて放たれていく。
 いつだったか、自分が颯真に言ったことを思い出した。

『練習を重ねて、気持ちを込めて演舞するほど、勇気をもらう人は僕だけじゃなくなるんだ。……だから、意味がないなんてことは絶対にないんだよ』

 きっと彼は、あの言葉を一日たりとも忘れたことはなかった。
 あの言葉を胸に、毎日、何度も何度も何度も練習を重ねたはずだ。
 それがわかるような、美しく、気持ちのこもった演舞だった。

 指先までピンと伸ばし、もう片方の腕が同じ軌道を描く。

「フレー――!」

 彼の送るエールが、波紋のように体育館に感動を広げていく。

 僕はこの光景を一生忘れない。
 きっと人生で辛いことがあるたびに、この日を思い出すのだろう。