その日を境に、俺たちの関係は少しずつ、けれど確実に変わっていった。
放課後の俺たちは、図書室で勉強する代わりに屋上で寝転んだ。そして「あの雲、何に見える?」なんて、小学生のような会話をした。
「……綿あめ」
「センスないな、あれはでっかいクジラだろ」
そっけない夜月に対して俺が返す。
夢の中でクジラを泳がせていた夜月に、現実の雲をクジラだと言い張るのは、なんだかおかしな気分だった。
それでも、夜月が相変わらず昼間に眠るのだけは変わらなかった。
二限目の英語の時間。
窓際の最後列に目をやると、夜月は机に突っ伏したままだ。
夜月にとっては現実よりも、まだあの夢の中のほうが居心地がいいのだろうか。
何か、根本的に変えないといけない。
そのためには、まず自分が変わらないといけないことに、俺は思い至った。
「……よし、決めた」
その瞬間、俺はガタッと椅子から立ち上がった。
それはもう、ほとんど衝動だった。
クラス中の視線が俺に向く。
「どうした、トイレか?」という友人の声を無視して、俺はずんずんと夜月の席まで歩いていく。
「おい夜月、起きろ」
「……え、何、どうしたの」
眠そうに目をこする夜月が、珍しく目を丸くしている。
「俺は『正しい青春』を教えるのは無理だ。だから、代わりにお前には『不健康な青春』に付き合ってもらう」
俺は夜月の腕を掴んで、強引に立たせる。
そして二人分の鞄を掴むと「すみません、早退します」と言って、夜月の腕を引いて教室を飛び出した。
やや遅れて、クラスからざわめきが起こるのが遠くに聞こえた。
「ちょっと、どこ行くんだよっ」
「だからさっき言っただろ、これから俺とお前で不健康な青春を全部やるんだよ……っ!」
校舎を出て辿り着いたのは、学校の裏門にある普段は誰も通らない通用口だった。正門は不審者対策でセンサーとカメラが設置されているから通れないが、裏門なら抜け道として申し分なかった。
「ねえ、ここ鍵かかってるけど」
「知ってる。だから、越えるんだよ」
「は……!?」
俺は制服のブレザーを脱いで腰に結びつけると、勢いよく金網のフェンスに足をかけた。
優等生で通ってる俺が、人生で初めて「門を越える」という行為に及んだ瞬間だった。
「ちょっと君キャラ崩壊してるって!」
「うるさいな、いいから来いよ!」
「本気で言ってんの!?無理に決まってるじゃん!」
「お前、夢の中じゃ空を飛べるんだろ?フェンスくらい余裕だろうが!」
夜月は呆れ果てた顔をしながらも、俺に急かされてフェンスに足をかける。俺は慎重に夜月の手を取った。足をかける場所を教えてやると、夜月もどうにかフェンスを乗り越えた。
「……あーあ、これで今日から『元・優等生様』だね」
「いいんだよ。今だけは、ただの高瀬光でいい」
フェンスの内側では、脱走した俺たちに気がついた先生たちが向かってきている。
何事か叫ぶ声に、俺たちは慌てて走り出した。
笛の音が短く鳴り、戻れ!という声がはっきりと耳に届いた。
息が切れて、喉が焼けるように痛い。
視界の端が白く滲みながらも、足だけは止まらない――お互いの手をしっかりと握りながら、俺たちは全力で駆け抜けた。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。人生で初めての『サボり』。
肺に吸い込む空気は、いつもより少しだけ尖っていて、ひどく美味しかった。
俺たちはそのまま駅のほうへと向かった。
路線図とスマホの地図アプリを見比べながら、俺は夜月を見る。
「どっか行きたいところとかある?」
「嘘でしょ、まさか本気でノープランなわけ?」
夜月が信じられないとでも言うように、大げさにため息をつく。
「夜月は行きたいところないのかよ、夢の中以外で」
「ないよ。夢の中ならどこへでも行けるし、なんでもできる。わざわざ重い身体を動かしてまで行きたい場所なんて、この現実には存在しない」
夜月はまだ肩で息をしながら、いつものように冷めた声で言い捨てた。
俺はそのとき、初めて彼に見せられたあの夢の景色を思い出した。
クジラが泳ぎ宝石の砂が輝く、現代アートを何倍にも派手にしたような、綺麗すぎる海。
「……じゃあ、本物の海を見せてやるよ」
「はあ?今から?」
「そう、今から」
俺はスマホで行き先を検索すると、二人で改札をくぐり電車に飛び乗った。
放課後の俺たちは、図書室で勉強する代わりに屋上で寝転んだ。そして「あの雲、何に見える?」なんて、小学生のような会話をした。
「……綿あめ」
「センスないな、あれはでっかいクジラだろ」
そっけない夜月に対して俺が返す。
夢の中でクジラを泳がせていた夜月に、現実の雲をクジラだと言い張るのは、なんだかおかしな気分だった。
それでも、夜月が相変わらず昼間に眠るのだけは変わらなかった。
二限目の英語の時間。
窓際の最後列に目をやると、夜月は机に突っ伏したままだ。
夜月にとっては現実よりも、まだあの夢の中のほうが居心地がいいのだろうか。
何か、根本的に変えないといけない。
そのためには、まず自分が変わらないといけないことに、俺は思い至った。
「……よし、決めた」
その瞬間、俺はガタッと椅子から立ち上がった。
それはもう、ほとんど衝動だった。
クラス中の視線が俺に向く。
「どうした、トイレか?」という友人の声を無視して、俺はずんずんと夜月の席まで歩いていく。
「おい夜月、起きろ」
「……え、何、どうしたの」
眠そうに目をこする夜月が、珍しく目を丸くしている。
「俺は『正しい青春』を教えるのは無理だ。だから、代わりにお前には『不健康な青春』に付き合ってもらう」
俺は夜月の腕を掴んで、強引に立たせる。
そして二人分の鞄を掴むと「すみません、早退します」と言って、夜月の腕を引いて教室を飛び出した。
やや遅れて、クラスからざわめきが起こるのが遠くに聞こえた。
「ちょっと、どこ行くんだよっ」
「だからさっき言っただろ、これから俺とお前で不健康な青春を全部やるんだよ……っ!」
校舎を出て辿り着いたのは、学校の裏門にある普段は誰も通らない通用口だった。正門は不審者対策でセンサーとカメラが設置されているから通れないが、裏門なら抜け道として申し分なかった。
「ねえ、ここ鍵かかってるけど」
「知ってる。だから、越えるんだよ」
「は……!?」
俺は制服のブレザーを脱いで腰に結びつけると、勢いよく金網のフェンスに足をかけた。
優等生で通ってる俺が、人生で初めて「門を越える」という行為に及んだ瞬間だった。
「ちょっと君キャラ崩壊してるって!」
「うるさいな、いいから来いよ!」
「本気で言ってんの!?無理に決まってるじゃん!」
「お前、夢の中じゃ空を飛べるんだろ?フェンスくらい余裕だろうが!」
夜月は呆れ果てた顔をしながらも、俺に急かされてフェンスに足をかける。俺は慎重に夜月の手を取った。足をかける場所を教えてやると、夜月もどうにかフェンスを乗り越えた。
「……あーあ、これで今日から『元・優等生様』だね」
「いいんだよ。今だけは、ただの高瀬光でいい」
フェンスの内側では、脱走した俺たちに気がついた先生たちが向かってきている。
何事か叫ぶ声に、俺たちは慌てて走り出した。
笛の音が短く鳴り、戻れ!という声がはっきりと耳に届いた。
息が切れて、喉が焼けるように痛い。
視界の端が白く滲みながらも、足だけは止まらない――お互いの手をしっかりと握りながら、俺たちは全力で駆け抜けた。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。人生で初めての『サボり』。
肺に吸い込む空気は、いつもより少しだけ尖っていて、ひどく美味しかった。
俺たちはそのまま駅のほうへと向かった。
路線図とスマホの地図アプリを見比べながら、俺は夜月を見る。
「どっか行きたいところとかある?」
「嘘でしょ、まさか本気でノープランなわけ?」
夜月が信じられないとでも言うように、大げさにため息をつく。
「夜月は行きたいところないのかよ、夢の中以外で」
「ないよ。夢の中ならどこへでも行けるし、なんでもできる。わざわざ重い身体を動かしてまで行きたい場所なんて、この現実には存在しない」
夜月はまだ肩で息をしながら、いつものように冷めた声で言い捨てた。
俺はそのとき、初めて彼に見せられたあの夢の景色を思い出した。
クジラが泳ぎ宝石の砂が輝く、現代アートを何倍にも派手にしたような、綺麗すぎる海。
「……じゃあ、本物の海を見せてやるよ」
「はあ?今から?」
「そう、今から」
俺はスマホで行き先を検索すると、二人で改札をくぐり電車に飛び乗った。
