僕は「愛し方」を知らない

 暖かい日差しがさす高校二年の三月。先輩達の卒業が間近になるこの月、クラスメイトたちは在校生代表を選ぶように言われているらしく、教室の中は賑やかな話し合いが飛び交っていた。

 「やっぱり、代表はお前だろ!」

 そう言って名前が出たのは学年一のイケメン、天宮晴。
 身長は平均よりもはるかに高く、すらっとした体型。女子人気はもちろん、告られた数は手に収まらないほどだとか。ただ彼から見れ
ば、女子は勝手に寄ってくるもの。けど、彼女のいたことがない僕にとってみれば女子なんて違う世界の人類。好意のひとかけらもないのだった。
 「いいよ、やる。」
 「よし!決まったぁ!」
 そんな中で女子はわーきゃー言って騒いでいる。

 あぁ、うるさい…。少しでも静かにしてくれないかな。

 「おーい、如月。」
 なんとなく僕の名前を呼ばれたような気がした。だけど、僕な訳ない。そう思って無視してたのに──、

 「如月湊、お前聞こえてんだろ?」

 確実に僕が呼ばれている。何か怒らせるようなことをしたかと怯えつつも恐る恐る上を向くと、思っているよりも暖かく、優しい笑顔を浮かべた晴がいた。晴のこの表情はきっと女子が見たら何かの漫画で見たいわゆる''キュン死''をするのだろう。だがそんな彼の手には数枚の用紙と、ペン。

 ──あ、これ絶対、何かを押し付けられるやつだ。

 今日は好きなアニメの放送もあるし居残りはなるべくしたくないんだけどな。
「お前、明日の打ち上げは参加しないの?記名なしだけど」
「え、打ち上げですか?」
「そう、打ち上げ。来る?」
 晴は座っている僕の顔を伺うように腰の位置を下げ、高さを合わせてくれている。なぜか僕が陽キャの集まりに招待されているようだ。まぁ、どうせ行く気はないんだけども。
「あ、でも大丈夫です。誘ってくれてありがとう。」
「ならいいけど…。」
 と晴の声音が少しだけ沈んで聞こえた気がした。
 そう言って晴が去った後、教室はもとの騒がしさに戻った。けれど、僕の鼻先には石鹸のような彼の香りが残っている。イケメンって生活面も気にしてるんだな…。なんてふと思ったりもした。

「……、あ。」

 ふと机に目を落とした時、目に入ったのは蛍光色の付箋一枚。初めは何かのゴミかと思ったがよくよく見れば絶対に僕の字ではない字体で書かれている付箋。これは晴からの一言だと思考が追いつく。
 『気分変わったら連絡して。』
 付箋には走り書きのその一言と電話番号が記され、小さく不器用なイラストが書いてあった。僕は思わず頬が緩み、小さな笑い声が漏れた後、付箋を折ったその指は微かに熱くなっていた。
 「代表は晴で決まりだな!じゃあ解散!」
 椅子を引く音と同時に僕は急いで、カバンを持って教室を出る。これからのアニメ放送に余裕を持つために。

 帰宅後、帰ってからアニメ放送時刻まではあと数十分ある。それまでの時間になにかをしようとテレビをつけたが、折りたたんだ付箋が気になり、いつもだったら何気に見ている広告さえも内容が入ってこない。気づけば、僕は付箋の番号を何度も読み返し、アニメよりも“明日”を楽しみにしていた。結局、連絡先は追加しなかったがこの付箋は念のために持っておきたい。そう強く思えたのは多分僕が晴のことを気になっているからだ。そう思っていよう。

 翌日の昼休み、僕はいつものように図書館へ向かった。この図書館は校舎の奥にあることから隠れ家とも呼ばれているらしく、人気も少なく教室の何倍も落ち着いている。僕は某アニメの原作本を借りようと図書館に来ているのだが、その本はなぜか高いところにあり、思いっきり背伸びをしてなんとか届く位置。何度か先生に頼み込んだものの直してもらえず、この高さのまま。晴だったら余裕なんだろうな、こんな高さなんて。今ここにいてくれたらいいのに。
 今日も借りようと思い切って背伸びをしたその時、スッと人の影が後ろから迫ったと思えばその影は取ろうとしていた本を手に取っていた。

 「湊、これ借りたかったんでしょ。」

 「え!?」

 驚きのあまり上を向くと優しく微笑む晴の顔がはっきりと僕の瞳に映し出される。噂をしたところに現れる彼を見てこれは幻なのだろうかと疑ってしまう。まさか、こんなところで会えるだなんて…!彼を見た途端に僕の胸はきゅーっと締めつけられるように苦しくなり、顔が一気に熱くなる。
 「えぇっと…、取ってくれてありがとう」
 「…、どういたしまして」
 晴は取った本を僕の頭に優しく乗せて背を向けて歩いていってしまった。足音が遠ざかっていくのを感じながら僕はその後ろ姿があまりにもカッコよくて見惚れてしまうのを本で隠し、その場を離れ、読書スペースに足を運んだ。
 読書スペースに着いても落ち着きが薄れないまま。ゆっくりと本に目を通しつつも、どうしても無意識のうちに晴を目でおってしまう。手に取った本、よく見ているコーナー。何もかもが観察の対象になる。でも、なんでこんなにクラスメイトのことなんかを気にしてんだろ、僕。今までに感じたことのない違和感を覚えつつも気付かないふりをしてしまっている僕はおかしいのか…。

 静かな図書館には椅子を引く音、ページが捲られる音が何もかも鮮明に聞こえる。それは僕の高なる心臓の音さえも聞こえてしまいそうなほどに。

 いつのまにか時計の針は休み時間終了の五分前を指している。校舎奥にあるこの図書館から教室までは早くても五分はかかる。早く戻らなければ授業に遅れると僕は焦って立ち上がり、図書館を後にする。
 「湊、戻るの?」
 どこから出てきたんだ?あれ、僕が図書館を出た時は…。いや、背後についてきてたのか。晴ならやりかねない。と気づけば晴は僕の横に並び、無邪気な笑顔を見せる。あぁこれ、本当に心臓に悪い。
 「なんですか、ついてきたりして」
 「クラスメイトだし、一緒にいること自体はおかしくないでしょ?」
 とピースサインを見せる彼だが、僕にとってみればおかしいどころか気になりまくってしまう。なんでいつもいるはずのない図書館に彼がいたのか、取ろうとしていた本がなんでわかってたのか。僕は彼の裏の顔は知らない。何を考えていたのかなんて、本人じゃないからわかりもしない。ただ、そんな彼の感情を知りたがってる僕がいるのは明らかで、どうしても、彼の言動にずっと目で追ってしまう。

やっぱり今日の僕は変だ。これは、僕の勝手な妄想であってください!

 「あのさ、湊って図書館によく行ってるよね?」
 「…え、あ、うん。だって図書館はなんとなく落ち着く…し?」
 「たしかに、わかる。教室じゃうるさいもんな。」
 んえ?今、晴が〈教室じゃうるさい〉っていった!?ちょっと待って、待って。晴がいるから教室が明るいんじゃないの?昨日の帰りの話し合いとか、晴中心に騒ぎが大きくなってたよね。もしかして晴って案外大人数苦手だったりする?いや、そんなわけない?だって、いつもあんな大人数で話してるし、帰り道も横に広がって話しているじゃん!?そもそも、こんなに僕に優しいのも、やっぱり変な気がする。
 「そうだ。結局、打ち上げは来る?今日なんだよねー」
 あぁ、そうか。そういえばそう言ってたな。まぁ、正直なところ晴がいるなら行きたいところなんだけれども…、でも他の子達とは話せないしなぁ、無駄にお金も使いたくないし。
 「ううん、遠慮しておく。何度もありがとう。」
 「そう?じゃあこれ渡しておくわ」
 そう言って渡されたのは一つの栞。その栞に書かれたイラストは付箋に書かれていたものに似ていて、思わず「あ。」と声が溢れる。
 「これって…?」
 「あぁ、それ?昨日の付箋のやつ!可愛いっしょ?湊に書いてたらいいのできたから作った。」
 「いいの、?ありがとう!!」
 まさか僕にだけ渡してくれたのかな?と思いつつも、まぁ違うかと期待を捨てる。

 「あ、なんかあったら連絡してね」

 そんなこんなで教室に着き、晴は何事もなかったかのように平然と席に座る。僕も席についたがやはり、晴のことが気になって目で追ってしまう。自席で考えた末に行き着いた結論はこれが僕にとっての“初恋”なのかもしれないということ。まだ、確信を持つことはできないが、そんなことを考えながらも胸が熱くなり、僕は密かな恋心を振るわせている途中。
 気にしてばっかでは授業に集中できないと、気持ちを切り替えようとするも今までの平常心はどこへいったのやら…。気づけば目で追ってるし、他の人に笑顔を向けてるとなんか心が苦しくなる。このままではダメだなんてわかっていても心は揺れ動くばかり。恋が辛いだなんて初めて知った。とは言っても相手は男子だ。そもそも、女の子とも付き合ったことない陰キャがあんなキラキラした人と一緒にいられていることだけですごいことなのに、なにを僕はそれ以上になりたいだなんて考えてしまっているんだろう。…本当に、馬鹿だな。僕は。ただ、それでも嫌じゃないなんて思っている自分がいるのが、一番厄介だった。一度考えてしまえばもう止まらない。

 取り返しがつかないとわかっているのに、気持ちだけはずっと溢れてる

 ふと気がつくと終わっていた授業。どうやら寝ていたらしい。記憶があるのは授業終了の十分前くらいだし、そこら辺から寝落ちしてたのかな。僕も人間、こう言うことがあるのも普通だ。…うん、普通だ。
 「おーい、如月〜?」
 「は、はい!」
 呼んでいたのは晴の友人である仲村。僕が寝てたから起こしてくれようとしたのかな?もしそうだったら申し訳ない…。だって、関係のない人に話すっていうのはたとえクラスメイトだとしてもめんどくさい。特に僕は、話せないから。
 でも、流石は晴の友人。顔もそうだけど、性格も良さそうだ。そりゃそっか、晴にはこのくらいのイケメンがついていないと釣り合わないだろうし!?
 「如月、なにぼーっとしてんの」
 「えぇ……。」
 ただ、口調は強いようだ。僕はこの圧が苦手。なんか、問い詰められてるみたいになって居心地悪いんだよなぁ。ここにいても意味ないな、よし…帰ろ。
 「じゃあ…、僕は帰るね」
 「そう。」
 なんか素っ気ないな。ホントイケメンに多いよな、こういう人。それでもイケメンの覇気はすごい伝わってくるんだけどね。もし僕がこんなことしたらただの態度悪い奴だとしか見られないだろう…。やっぱり結局、世の中顔なんだ。女の子は良いも悪いも寄ってくるし、朝起き鏡見た時自分の顔に絶望しているのは事実。そうなるとどうも言えないけど。

 家に帰って少し時間がたった後、なんとなくSNSを覗くといつフォローしてたのかわからないクラスメイトの垢に、[一年ありがとう]という一言を添えてクラスメイト達が載っている。これ、打ち上げの画像かな?いいな、楽しそう。僕はこっそりと、そこに映る晴を見つけ、そこだけをホーム画面に設定した。ロック画面だと見られそうだし、ホーム画面ならパスワードを打たない限り見えないからいいだろう。スマホケースには昨日貰った付箋。いつか、連絡しようかな。なんて言う思いを馳せながら。
 「やっぱ、好きだなぁ。晴。」

──ピロン

「ん……、」
 着信音と同時に僕のスマホが光る。時刻は午後19時を指している。
【お母さん:不在着信】
 なんだ、お母さんか。とりあえず、掛け直さないと!!

──「もし…、もし?」
『湊ごめん!今日帰れないから、好きなもの食べてて!』
「あぁ、うん…、わかった。コンビニでもいってくるよ」
『ごめんね、ありがとう!』

 そう言って電話は何事もなかったかのように切られる。
 はぁ…、今日も一人か。最近一人だけでいるの多いな。眠いし、サッといってご飯食べて寝ようかなぁ。でもなぁ、
 「カップラーメンとかは…、ないか。」
 そういえば、カップラーメンは昨日食べたな。ってことはやっぱ、買いに行かなきゃいけない感じ?なら。自転車出さなきゃいけないか。さっきしまったばっかな気がするのに!

 とりあえず、どこに行くかは決めずに、暗い道を一人でゆっくりと自転車を漕いでゆく。
 公園に通りかかった時、大きな綺麗な木が釘付けになる。せっかくだし、少し、降りて見てから行こうか。

 この木は桜の木かな、かわいい蕾がついてる。春が近づいてるんだって、知らせてくれてるんだね。桜が咲いたら、またここの道を通って、写真でも撮ろうかな。どうせなら、晴とかと…?いや、こんなのに付き合ってはくれないか。あの顔と、絶対に映えるのにな。とりあえず、街灯に照らされる木も撮っておこうか?

 「お腹すいたな、」

 ふと、思い出したが、そういえば僕はごはん探しに自転車走らせてたんだった。忘れるところだった、危ない。

 コンビニに着き、真っ先に向かったのは弁当コーナー。今日は何が食べたい気分かな。昨日のアニメに出てきたナポリタンとか、カレーとかがいいな。そうだな、何がいいのかな。
 「どれもうまそうだけど…」

 「…、あれ?湊じゃない⁉︎」
 「噂をしたらいたね」
 「マジでやめて…」

 考えていた時に背後から聞こえたのはおそらく、晴とその周りの男子。合計3人くらいか。