明くる日も、二学年は貴島フィーバーをしていた。
あれだけ俺に頼み事をしてきた生徒達も全然声を掛けてこない。都波の言う通り、若干ショックでもある。
でも相手が貴島なら仕方ない。貴島が皆に好かれるのは嬉しいから。
( 嬉しい……んだけど、何だこれ )
貴島がひっきりなしに誰かに連れて行かれるから、疎外感と孤独感が膨れ上がって大変なことになってる。
もっともっと貴島に人気が出てほしいと思いつつ、俺はもう用済みですか? と訊きたくなる。
「あ〜〜……っ!!」
情緒不安定。感情のジェットコースター。
相反する気持ちを踏んづけながら、ひとりで頭を抱える。息苦しくて、初めてネクタイを緩め、襟元を開けた。
「あ、いたいた。川音、生徒会選挙の演説文考えた?」
抜け殻のように廊下を歩いていると、三年生の国木先輩に声を掛けられた。
生徒会選挙?
一瞬きょとんとして固まったが、彼が前生徒会長だということを思い出し、かぶりを振った。
「いえっまだです。ははは……そういえばありましたね。……ん!? いつまででしたっけ!?」
「一ヶ月後か。まだ応募の段階だから焦らなくてもいいけど」
国木先輩は笑いながら去年撮ったという演説例文の動画を見せてくれた。
イカ────ン。
立候補したときはやる気満々だった。嘘じゃない。
でも急遽貴島が転校してきて、何やかんや俺が優等生ということを彼に知ってもらって。
もうこれ以上“完璧”を追い求める必要はないんじゃ?
……と思い始めてる自分がいた。
部活も委員会も生徒会も所属してるし、あとは成績だけキープしていれば内申点も問題ない。
充分じゃないか。貴島は俺なんかいなくても楽しくやっていけそうだし……。
「川音、どした。顔色悪いぞ」
「いや、大丈夫です。でもすみません。……選挙のこと、一度考え直してもいいですか。自分に務まるのか不安になっちゃって」
「ああ、そりゃもちろん……でもお前がなったら皆納得すると思うけどなぁ」
全然そんなことない。
先輩に申し訳ないと思いながら別れた。
俺は今最高に自分勝手で、孤独で、やさぐれてる。
ドMではないけど、いっそすごい罰を与えてほしい。ため息を飲み込みながら教室に戻ると、ちょうど貴島が帰り支度をしていた。
あ……。
前なら普通に「帰ろう」と声を掛けていたのに、不安になってる。また振り出しに戻ったみたいだ。
潮の満ち引きのよう。掴んだと思ったらすり抜けていく。
「……川音?」
「!」
名前を呼ばれ、目が合う。ちょっとぎこちないけど、何とか彼の方に行けた。
「おつかれ〜。今帰るところ?」
「あぁ」
「……そ、か」
貴島は立ち上がり、鞄を肩にかける。
あれれ。
マジで俺は何を遠慮してるんだ。一緒に帰ればいいだけなのに。
どうしよう……。
鞄をとって、彼の隣に並ぶ権利があるのか分からずにいる。
「貴島、今帰りー?」
「!」
そのとき、どこかに行っていたクラスメイト達も教室に戻ってきた。
彼らはこちらへやってくると、貴島に向かって声を掛けた。
「なぁ、前に言ってたカラオケに行かね? 女子も誘ってさ」
「そーそー。あ、予定ないなら川音も。お前らいたら女子来る率百パーセントだし」
いつも彼女が欲しいと言ってる彼らだから、カラオケという名の合コンだろう。
俺はとても行く気にはなれない。でもどうしよう。貴島が「行く」と言ったら────。
暗い視界のまま視線を落とす。貴島の返事を待とうと思ったが、不意に引き寄せられた。
「ごめん。今日バイトの面接がある」
貴島は俺の腕を掴み、毅然と告げた。
クラスメイト達はがっかりした様子で、じゃあしょうがないか、と零した。
「あ、じゃあ川音は?」
「川音君もバイトしたいんだって。だから二人で受けようと思って。ね?」
貴島は俺に向かって微笑んだ。
何言ってるんですか? と思ったものの、慌ててぶんぶん首を縦に振る。
「そ、そう! 高校生の間に、一回ぐらいバイトしたいと思って!」
「ふえ〜。分かった。頑張れよ」
貴島は短い挨拶をし、俺の手を引いて教室の外へ引っ張り出した。
かたや教室に取り残された男子達は互いの顔を見合わせ、首を傾げる。
「川音、部活と委員会と生徒会とバイトやる気?」
「マジでやべえな。倒れるぞ」
「ってか、貴島と同じ場所でバイトするって……そこまで仲良かったんだな」
「あぁ…………」
確かに。
全員声を揃え、不思議そうに頷いた。
校門を抜け、茜色の歩道に乗り出す。梅雨前の過ごしやすい気温だが、夜に向かうにつれ少し肌寒くもあった。
「貴島。カラオケ、行かなくて良かったの?」
「彼女作るための場なら、行ってもしょうがないから」
お前は? と言って、貴島は振り返った。
俺も鞄をかけ直し、静かに頷く。
「俺も」
「じゃ、断って正解だな」
軽く背中を押される。
さっきはどうなることやらと思ったけど、また二人で帰れて良かった。
締まったり緩んだり。俺達を繋ぐ糸はとても心許ない。
でも、解けることだけはないと信じたい。
学校の最寄り駅に着き、二人で改札を抜ける。いつもより薄暗いホームに降りると、貴島は思い出したように手を叩いた。
「そうだ。バイト先探さないと」
「え。あれ本気だったのか?」
「今の生活費は振り込まれるから大丈夫なんだけど。卒業した後もこっちで暮らしたいから、その為の資金を貯めたい」
「なるほど……!」


