あ、やばい。俺何言ってんだ。
「……川音?」
ハッとして振り返る。案の定、貴島は心配そうにこちらを見ていた。
「ごめん! 帰ろう!」
彼から顔を背けて歩き出そうとした。が、後ろから腕を掴まれ、バランスを崩してしまう。
「わわっ!」
危うく転びかけたが、貴島の胸にすっぽり抱き込まれた。
「大丈夫か?」
「おぉ……」
まだ心臓がバクバク鳴ってる。早く先に行こうと思うのに、貴島の手はまだ前に回ってる。踵に力を入れて進もうとしたものの、やんわり阻まれた。
これ、何が何でも離す気ないな。
「貴島。どした?」
一体どうしたというのか。
恐る恐る後ろを見ると、彼は消え入りそうな声で零した。
「俺も本当は、これぐらいの距離でいたい」
「え」
体がフリーズした。
うなじに彼の吐息が当たりそうだ。このまま振り返ったらいけない部分に触れる気がして、顔を前に戻した。
貴島は静かに、しかし掠れた声を紡ぐ。
「俺だけが、昔の可愛いお前を知ってるって言いふらしたい」
「やめろ」
それは自殺案件だ。
一気に血の気が引くけど、先程とは打って変わって明るい笑い声が聞こえた。
「お前と過ごした時間は、俺にとって宝物なんだよ。確かに誰かに見せたい気もするけど、最終的には俺とお前だけ知ってればいいか。って気になる。……まだ俺達だけのものにしておきたい」
「貴島……」
彼がそんな風に考えていたことに、正直驚いていた。
俺と彼は考えが真逆だ。俺は大事だから人に見せたくて。でも彼は、大事だからこそ秘密の宝箱に仕舞っておきたいと思ってる。
その対比に戸惑ったけど、彼が昔を大事に思ってくれていたことは変わらない。
昨日と同じ。彼も、同じ気持ちになってくれてる。
それが分かったら嬉しくて、むしろさっきより彼に背を預けた。
「でも、寂しい思いさせてすまない」
「ううん。……今は……はは、嬉しい」
彼の肩に後頭部を乗せ、思わず笑った。
「てか何で俺、こんなにモヤモヤしてたんだろ。変なの」
「分からないで言ってたのか」
貴島は驚き半分、呆れ半分で俺のつむじを押した。
「俺が誰かにとられそうで、不安だったんじゃない?」
確かに。モヤモヤは、言い換えれば焦りでもある。貴島が知らないところに行ってしまいそうな、漠然とした不安に押し潰されそうだった。
でもそれって。
「俺、貴島の周りに焼きもちを焼いてた。ってこと?」
「……そうじゃないの?」
「ええ……恥ず……」
尋常じゃなく恥ずかしいよ、それ。
振り返ることができずに俯いてると、今度は頬を指でつつかれた。
「良いじゃんか。俺も逆だったら、普通に妬くぞ」
「そうかなぁ。お前クールじゃん」
「お前に関しては別」
貴島は俺の背中を軽く押し、今度こそ離れた。
「人がくる」
「あ。うん」
距離をとった直後に、他の生徒が廊下の先から歩いてきた。
ふざけて触れ合うぐらいのことは普通だけど、俺はそういうキャラでは通ってない。超がつく真面目人間だ。加えて転校初日の貴島とひっついてたら何事かと思われる。
ほんとはもっと近くにいたいのに……ふぅ。
しんど。
疲れが顔に出ていたのか、貴島は可笑しそうに笑った。
「帰るか」
「あぁ」
貴島は以外とお茶目で、でも強かで。そんで、どうしようもなく優しい。
彼の好きなところを……どんどん思い出していく。
踵が浮きそうになる。しっかり歩いてるのに、俺の心と体はまだふわふわしていた。


