恋人は、あまえた(元)優等生。




「何があったか言いなって。俺が力になるけど?」

彼は地面に膝をつき、息が当たりそうなほど顔を近付けてきた。
匂いのことも気になるけど、それ以上にこの空気はまずい、と思った。腰に手を当てられ、顎を掴まれている。

まさか、同性愛者か。
力が抜けて立てないものの、後ろに身を引いた。

「ほ、本当に何でもないって」
「強がんなって。そんな顔して言われても、むしろ逆効果だし」

彼の手が、さらに下へと伸びる。
こんな外で何かするわけない。そう思ってはいるけど、────どうしよう。

「いやだ……っ」

助けて。……月仁。

瞼を伏せ、心の中で叫んだとき……彼の手が離れた。

「……何してんだ?」
「月仁……っ!」

彼の腕を押さえ、俺から引き離したのは月仁だった。いつもと同じ無表情だけど、息を切らしている。走って来てくれたことはすぐに分かった。

「いってえな! いきなり何すんだよ、ぶっ飛ばすぞ!」
「かまわないけど、そしたら先生に来てもらうよ。殴ったことより、ヤニ臭い方を問い詰められると思うけど」

月仁も気付いたようだ。バツが悪くなったのか、慌てて手を振り払い、少年は校舎の中へ去って行った。

怖かったけど解放されて、また力が抜けてしまった。
両手を地面について俯くと、目の前に月仁の靴が見えた。

「深白」
「月仁。さっきはマジでごめ……わっ!?」

謝ろうとしたものの、突然視界が急上昇してパニックになる。
有り得ないことに、月仁にお姫様だっこされていた。

「ちょっとちょっと! 何だよ急に!」
「暴れんなって。大人しくしてろ」

月仁は静かに言うと、そのまま倉庫室に入っていった。一番奥まで向かい、棚の影に隠れる。
ようやく下ろしてもらえたけど、大きな声を出してはいけない気がした。壁に背を預けながら、目の前に屈む月仁を見つめる。

「大丈夫か? さっきの奴に何された」
「あ……ううん、大丈夫。何かされる前に月仁が来てくれたから」

少しはだけた襟元を押さえると、月仁は明らかに苦しそうな表情を浮かべた。

「この学校は危険だらけだな」
「あはは……たまたまだよ。何も心配ないって」
「泣いてるのに?」

目元に月仁の指が触れる。
教室にいた時はともかく、今はもう大丈夫だと思ったのに。……月仁の指と膝には、俺の頬を伝う雫が零れていた。

嘘。そんな怖かったのか。っていうか……。
月仁が助けに来てくれたことが、本当に嬉しくて。だからこれは、嬉し泣きだ。

「深白。もう隠すな。自分の本当の気持ち」
「本当の……?」
「怖いなら怖いって言え。辛いことも悲しいことも、耐える必要なんてない。俺がいるんだから……! 俺だってずっと、お前を守りたいと思ってたんだから……!!」

肩を掴まれ、上向きになる。
恐る恐る見上げた月仁の瞳は、わずかにぬれて光っていた。

「お前の意地っ張りなところ、どう撲滅しようか考えてたけど。やっぱり力ずくが一番だな」
「撲……? 月仁、ちょっと怖いぞ」
「なら甘えろよ。俺はずっとお前に寄りかかってほしかった。今までは必死に抑えてただけだ」

月仁は額を押さえ、赤く腫れた目元に影を落とした。

「お前にはお前のプライドがあるから、それを傷つけたくなかったし。でもこんな泣き顔を誰かに見せるぐらいなら、もっと早くに壊せば良かった。って後悔してる」
「それは横暴だろ! 俺は弱くないし! ……弱くなかったんだ! 月仁が来るまでは!」

それまで抑え込んでた感情が爆発して、自分がいる場所も考えずに叫んだ。

「皆から頼られてた。ひとりでも問題ない人間になったと思ってたんだ。……でも今は不安で仕方ないんだよ。好きだから……月仁のことが大好きだから、怖い。男同士だし、昔みたいな距離感でいるわけにいかないし、ふえっ……俺のせいでまた迷惑かけたらって思うと……」
「だから迷惑じゃないっての」

支離滅裂に泣き喚いたものの、とてもクールに制された。月仁は溢れて止まらない俺の涙をすくい、優しく微笑む。

「俺はお前の全てを知ってたい。正直、お前以外のことなんてどうでもいいんだ。なのに迷惑とか思うわけないだろ」

互いの額がこつんと当たる。しゃくり上げる俺の頭を、月仁は撫で続けた。

「俺はお前を忘れた日なんて一日もない。離れてからずっと、お前を甘やかす日を夢見てたんだ。……叶えさせてよ」

月仁は古い記憶を辿る。

あの優しくてか弱い少年が、知らない地でひとりでやってけるのか。
烏滸がましいが、本気で心配する夜を送った。成長した姿なんてまるで想像できなかった。
本心は、想像したくなかったのかもしれない。いつまでも、自分に頼ってくる彼のままでいてほしかった。

深白にはそんな勝手な願望を抱き、嫌がらせをしてくる同級生には失望した。時間が止まってるのは、自分の方。

だからもう変わらないといけない。
彼が自分の為に変わろうとしてくれたように……今の関係から進まないといけないんだ。