恋人は、あまえた(元)優等生。




月仁は深い黒の瞳をこちらに向け、息をついた。

「この世の終わりってこういうことを言うんだな、って思った」
「あははっ。俺もそう」

誰にも言えない苦しみを押さえ込んで、より暗い場所に潜ろうとしていた。
今だから笑って言えるけど、当時は大泣きしたっけ。

「月仁と離れたくない、って……毎晩ひとりで泣いてた」

十一歳の頃だ。枕に顔をうずめて、泣き疲れて眠るという毎日を送っていた。今思うとどんだけ月仁に依存してんだ、って恥ずかしくなるけど。

「……月仁?」
「……そういうこと、さらっと言うなよ……」
「えー。だって恥ずいし」

月仁は何故か額を押さえてため息をついた。
恥ずかしい告白なんだから俺が頭を抱えるところだと思うけど。反応が逆なのか可笑しい。

「とにかく! 今こうして傍にいられるのが嬉しいよなっ?」
「……お前ってほんとに素直だな」

月仁は心底不思議そうに座り直し、背もたれに手をかけた。

「モテる見た目で、中身まで完璧。でも良いことばっかじゃなかっただろ」
「それはそうだけど……俺は目標があるから耐えられたよ」
「目標って?」
「だから、月仁に成長した姿を見せたい! って目標」

高らかに言うと、彼はまたため息をついた。
反応薄すぎて虚しくなるけど、彼の頬は妙に赤らんでいた。

「月仁は俺の目標を軽んじてるな」
「別に軽んじてるわけじゃない。俺といるのに何でそこまでエリートでいようとするのか理解できないだけ」

だからそれは……と返しそうになって、珈琲を飲むことで押し込んだ。堂々巡りだけど、羨望の的の月仁の傍にいるには、それ相応のスペックが必要なんだ。

小さい頃、月仁はクラスの中心にいた。皆が月仁と遊びたがっていたけど、当の月仁はクラスで一番大人しい俺といたから、それなりにやっかみもあった。

「とにかく、昔の弱い俺だと色々問題があるの」
「……そっか。でも、そうだな。気付いてやれなくてごめん」

月仁が急に申し訳なさそうに頭を下げたから、驚いて椅子を引いた。

「いやっお前は何も悪くないから!!」
「お前が辛い想いしてた、ってだけで駄目だ。子どもの頃は特に、俺はお前を守れてるって過信して、勝手に誇らしく思ってたし」

また、指先が痛んだ。今度は触れてないのに、テーブルの上に乗せてるのが辛いほど。
強く握り締めたけど、月仁の辛そうな顔を見たら頭の中が真っ白になってしまった。

「俺の方こそ、ごめん……全部俺が弱いからだ」
「それは違うって。攻撃してくる奴が悪いに決まってんだろ」

月仁は諭すように告げた後、スマホを少しだけ触り、またテーブルに置いた。

「深白が転校した後は、つまんない毎日だったよ」
「え」
「当たり前だよな。よく考えたら、お前以外に友達いなかったし」
「いやいや。何言ってんだよ、全員と仲良かったじゃん」

冷静に返すも、月仁は「表面上はな」と首を横に振った。

「中学に上がってからはずっと嫌がらせの標的にされたよ」
「は!? 何で!」
「まぁ、普通に目障りだったんだろ。今と同じで、妙に女子から話しかけられるからさ……」

それは……。
月仁がイケメンだからだよな。絶対。

自覚なさそうだけど、どちらにしろ月仁は何も悪くない。

「最低過ぎるだろ、そいつら……!」

息が苦しくなるほどの怒りが込み上がってくる。
いくら子どもだからって許せないと思った。逆恨みすることはあっても、実際に攻撃するのはわけが違う。
そして、それを知らずのうのうと過ごしてた自分も歯痒かった。

「とりあえず目立たないようにしとこうと思って、眼鏡かけてガリ勉のふりしてた。成績は上がったから結果オーライだよ」

お前と同じ学校に入れたし、と月仁は窓の外を眺める。

「何で月仁がそんな我慢しなきゃいけないんだよ……」
「はは、大丈夫だよ。あんなの大したことない。お前と離れた時の痛みに比べたらな」

マグを掴もうとした手が空振りした。

また心拍数がおかしなことになってる。馬鹿みたいに口を開けたまま、正面の彼を見返した。

「色々あって性格ねじ曲がったけど。お前とまた会えたから、もう良いんだ」

月仁は前に傾き、テーブルの上で眠るような体勢になった。

「……っ」

俺はと言うと、嬉しいやら恥ずかしいやらでフリーズしていた。

だって意味分からない。
同級生の嫌がらせより俺と離れる方が辛かったとか。
こんないじらしい存在、一生捜しても見つからないと思う。

可愛すぎるだろ……。

気付いたら手を伸ばし、彼のつむじをわしゃわしゃ撫でていた。

一番大事な親友が、自分のことを想ってくれている。
その幸せに戸惑いながら、改めて決意した。

「月仁」

俺は絶対、彼に辛い想いはさせない。

「俺は月仁とずっと一緒にいる! だから安心して。もう大丈夫だから……!!」