恋人は、あまえた(元)優等生。




久しぶりに名前を呼び合ったあの日から、俺の中の何かが弾けた。

皆は相変わらず月仁にご執心だけど、それは俺も同じ。
どこへ行くにも何をするにも月仁と過ごしたし、それは必然的に学校中に知れ渡っていった。

“……川音君、最近は率先して動いてないよね。
先生ともそんなに関わってないし。
あ。生徒会選挙の立候補、辞退したんだって!”

絶対何かあったよね。……という探りの念をひしひしと感じる。

“優等生”として頑張ることをやめた。
今までは品行方正のお手本、皆から好かれ、頼られる存在を目指していたけど、今以上にそのイメージが上がることはないと思えた。

大勢の中のひとりに戻るのはあっという間で、気付けば俺は誰かに引っ張り出されることはなくなっていた。

平和だ。普通ってこんなに平和だったのか。
放課後、内心感動しながら廊下を歩いてると、肩を叩かれた。

「川音。やっといいコちゃんやめたな」
「都波」
君、と付け足すと、彼は呼び捨てでいいと返した。

「どうだよ、楽だろ?」
「確かに。意識されないって、やっぱ良いね。落ち着く」

笑って返すと都波は一瞬固まった。しかしすぐに悪戯っ子のような顔を浮かべ、俺に近付いてきた。
「それなら見た目も合わせろよ。こんなきっちりネクタイ締めないでさぁ」
「わっ! ち、ちょっと!」
都波は恐ろしい手際の良さで、俺からネクタイを奪った。

「ほら、ボタンも外して。……こっちの方が断然近寄りやすいぜ」
「うん……」
「何だよ、浮かない感じだな」

彼が不思議そうに腕を組んだので、正直に告げた。

「真面目そうだから皆近付いてきてくれてたと思うんだ。……恰好変えたら、避けられないかと思って」
「はぁ? そんなわけないだろ。中身はお前なんだし」

都波は笑い、壁に寄りかかった。
「そもそもお前、全校生徒と仲良くなる気か? そんなん無理に決まってんだろ。無理して中身と真逆の恰好なんかしなくていいんだよ」
「やっぱりそうかな」
「そう。少なくとも俺は、素のお前が見たいけど?」
視線が交わる。
いつも隠してる部分を射抜くような視線に、思わず目を逸らした。

都波は、飄々としてるようでよく相手を観察している。

観察してるようで全然相手のことを見てない俺と対照的だ。その後ろめたさから、つい逃げようとしてしまう。

「ま、お前が嫌がっても徐々に剥がれてくと思ってるけどなぁ。貴島効果で」

彼はそれだけ言うと、歩いて行ってしまった。
うぅ……何か色々バレてる気がする。

謎の焦燥を抱えながら教室へ戻ると、月仁が女子からお菓子をもらってる様子が見えた。

モテモテだな……。
ここまでくると清々しいとすら思える。感情を殺したまま彼らの方へ向かうと(俺の席もそこ)、こちらに気付いた月仁が立ち上がった。

「やっと来た。帰るぞ、深白」
「え」

月仁は傍にいる女子に御礼を言うと、俺の鞄を取って渡してくれた。

教室は、月仁が俺を名前で呼んだことにどよめいてる感じだった。
普通は大したことじゃないんだけど、特定の誰かと過ごしたりしない月仁の性格を考えると、それなりの衝撃なんだろう。

妙にはしゃいでる女子達もいた。でも男子はあまり面白くなさそうで、それが少し気にかかった。

「あれ。貴島君、もう帰るの?」
「うん。バイトあるんだ。深白と」
「そうなんだ! 頑張ってね〜」

……っ。
どんどん同じバイトしてることになってくし。これは大丈夫なのか?

学校を出てから、わざと月仁の肩にぶつかった。

「急に名前で呼ぶからびっくりした」
「別にいいだろ? 同じバイトしてればそういう関係になんのも早いってことで」
「つっても、そもそもバイト見つけてないしなぁ……あっ」

ブレない月仁に感心していたけど、あることを思いついて指を鳴らす。

「貴島、皿洗い好き?」
「黙々とできるから好き」
「よし! 俺の家に行こっ」

ということで、月仁を家に連れ帰った。ちょうど店内に両親がいたので、一番にバイトの話をする。
「夜、裏方欲しいって言ってたよね? 月仁に皿洗い頼めないかな?」
「あぁ。月仁君、バイトしたいのかい?」
「あ、はい。ただたくさんシフトに入れるわけじゃないので、お役に立てないかもしれないんですけど」
「いーのいーの! 忙しい時間はいてくれるだけで助かるから!」
二人は、月仁がウチで働くことを喜んでくれた。
簡単なことならともかく、基本は皿洗い担当として。進路のこともあるから、週三から四回で三時間程、という契約。

「月仁君、無理はしないでね。あ、まかないもあるから夜は心配しないで」
「いつも急ですみません。でも、本当にありがとうございます」
「大丈夫よ。月仁君のおかげで、深白は毎日楽しそうよ」

と、母はまた悪気なく恥ずかしいことを言う。
本人がいる前でその手の話は勘弁してくれ。
なるべく真顔を保ち、静かに彼らのやりとりを見守った。

両親は今日もご飯を食べに行けばいいと言ったけど、月仁はやんわり断っていた。
遠慮しなくていいと言っても遠慮してしまうのは、月仁の良いところでもあり、抱え込みやすい性質も表してると思う。

二人で外に出てから、改めて彼に向き直る。

「急だったけど、決まって良かったな! ……ってか勢いで連れて来ちゃったけど、ほんとにウチで良かった?」
「あぁ。……有り難いし、嬉しいし……未だに現実感がない」