恋人は、あまえた(元)優等生。




貴島の横顔は、ほんのり赤く色づいていた。
火傷でもしたんじゃないかと言うほど。耳まで赤くなってる。

「口に合ったみたいで良かった」
「美味くないわけない」
「それは言い過ぎだろ」

笑って返すも、貴島は真剣な表情のままだ。両手を合わせ、「ご馳走様でした」と呟いた。
「すごいな、川音」
「別に何も。毎日やってれば、それっぽいもんは作れるよ」
「いいや、お前は特別だよ。頑張れば何でもできる。俺なんかいなくても」
え。
一体どういう意味だろう。
思わず見返すと、貴島は俯き、少し暗い面持ちをしていた。

貴島が何を思ってるのか、俺には分からない。
でもひとつだけ言えることがある。

「俺は、貴島がいたから頑張れたんだよ。……貴島にまた会えると思ったから。だから、お前がいなかったら、今も何もできなかった」

本音だった。
ある意味盛大なポンコツ宣言だけど……どうしようもなく事実だ。

「弱くて泣き虫で、学校が怖かった時期も、お前が引っ張ってくれるから通えてた。でもお前はどこに行っても人気だから……お前の隣にいても恥ずかしくないように、必死にやってきたんだよ」
「川音……」

決死の告白に、貴島は驚いていた。
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。笑われるのは仕方ないけど、引かれないか心配で心配で……息するのもやっとだった。

「空港で会った日、昔のままでいい、って言ってくれたけど。それじゃ駄目なんだ。俺は貴島の隣にいる資格がない」
「資格って何だよ。むしろ俺みたいな転校生の方が肩身が狭いよ。お前は学校代表みたいだし……傍にいて当たり前、みたいな顔するなって思われてる」
「そんなことない!」
「なら、お前だってそうだよ。そんなことない」

言葉の打ち返し。熱くなり、しばらく無言で見つめ合う。
でも次第に可笑しくなって、吹き出してしまった。

「つまり、俺達の自意識過剰。ってことで良いだろ?」
「そだな。別に一緒にいてもいい。………んだよな」
「当たり前だろ」

貴島は俺の方に椅子を向ける。

「他人にどう思われたっていい。俺はお前といたくて 転校してきたんだ。お前といられないなら、何もこの学校じゃなくて良かったと思ってる」
「ほんと?」
「本当。……どれだけお前に会いたかったと思ってんたよ」

彼は口角を上げ、俺の頭を撫でた。温もりを確かめるように、下ろした手を優しく頬に添える。

「幼馴染ってことを隠したって何も問題ない。俺はお前から離れる気ないしな」
「ん……」

何かすごいこと言われてる気がするんだけど。嬉しいの方が勝って、あまりツッコめない。
狼狽える俺に、貴島はさらに質問してきた。

「お前は? 俺のこと嫌い?」
「なっ! 嫌いなわけないだろ!」
「じゃあ好き?」
「あぁ!」

強い語調で返す。すると俺達の後ろを通りがかった父が足を止めた。

「最近は、男同士でもそういう……意思確認が流行ってるのか?」

ワッッ。
一番聞かれたくないひとに聞かれてしまった。

青ざめる俺と対照的に、貴島は平然と頷いてみせた。

「そうですね。やっぱり大事なことなので、定期的に実施してます」

面談か? とツッコみたくなったけど、父がまたはぁ〜っと納得して去って行ったからヨシとした。
胸を撫で下ろしてると、貴島は冷静な顔で腕を組み、告げた。

「川音は俺のことが好きで、俺も川音が好き。これで解決だな」
「解決?」

何が? と目を丸くすると、鼻先をつつかれた。

「まだよそよそしい。俺に遠慮してるだろ」
「あ……」
「最近は声掛けるの躊躇ったり。遠巻きに視線感じたりもしてたから、どうしたのかと思ってたんだ。周りなんて気にしないで、堂々としてろよ」

貴島は目を細め、わずかに前に屈んだ。

「昔みたいに、一緒にいよう? 深白」
「……っ」

再会してから初めて、名前で呼ばれた。

それがたまらなく嬉しくて、考えるより先に頷いてしまっていた。

「うん。……月仁」

そのひと言を振り絞るのは、中々勇気が必要だった。
昔は当たり前のように呼んでたけど、再会したら妙に気恥ずかしくて苗字呼びになってしまったんだ。

でも声に出して、音にした瞬間、俺は本当に彼が好きなんだと痛感した。

せめてこれがバレないといいけど。目を合わせたまま動けないから、かなり際どい。

「……あ! そろそろ時間かも」
「あぁ」

壁にかかった時計を見て、席を立つ。もう少ししたら暖簾を出さないといけない。食器を片付けようとすると、月仁も手伝ってくれた。
「お皿洗いたいけど、厨房の中入るのはまずい?」
「あ、俺がやるからヘーキヘーキ」
ひとまず洗い場に置いて、彼の手を引く。お金を払おうとしたから、それは俺と母で全力で止めた。
「月仁君、また遊びに来てね。今度は旦那がちゃんとご飯作るから」
「俺だってちゃんと作ったよ!」
「はいはい、ありがと。深白、月仁君のこと駅まで送りなさいよ?」
「お忙しいときに来てすみません。ありがとうございます」
月仁が頭を下げると、父と母は嬉しそうに手を振った。