水曜日は、君と会えるから



 授業時間は45分間。こんなに長いと感じたのは初めてだ。
 しかも今日は水曜日の6限だ。毎週流れでそのまま一緒に帰れる嬉しい日。しかもダンスがあって、コンビニに寄れる。

 でも、もしかしたら、それも全部おしまいかもしれない。

 神崎が俺の事を友達としか見ていないことなんて、分かっている。こいつにそれ以上を求める気なんてない。本当になかったんだ。
 授業内容なんて一切頭に入ってこない。ベランダでの会話がぐるぐると頭を占拠している。

 高校に入って、神崎と話せるようになって、楽しかった。
 日本史の時間、コンビニで。二人で話せることが特別な時間だった。ダンスを見に来てくれたのも嬉しかった。神崎が見てくれると思えば、力になった。
 俺みたいなつまらない奴と楽しそうに話してくれて、沢山俺に興味を持ってくれて、嬉しかった。

 全部、終わってしまうのか……。
 あぁ駄目だ。ちょっと泣きそうになってきた。

 そのとき、背中をトン、と指で叩かれた。
 今まで神崎からこんなことをされたことはなかった。驚いた俺が振り向くと、白い紙を手渡される。ノートを1枚破ったものを畳んである。手紙みたいだ。
 俺は恐る恐る中身を開いた。

『さっきの、どういう意味?』

 それは、走り書きで書かれていた。
 神崎はあの会話をうやむやにするつもりはないのだ。俺の真意を問いかけている。
 どうすればいい。誤魔化すか? 駄目だ。それは嫌だ。だって、俺が神崎を好きなことは、本当だから。

 だったらすることは一つ。ようやく俺は腹をくくった。

 シャープペンを持った右手が震える。

『お前のことが好き。恋愛対象として』

 教師が黒板に向かっている隙に、書いたものを神崎へ渡す。
 後ろの席から、カサリと音がした。心臓がもう破裂しそうだ。

 また、背中をトン、と指で叩かれた。
 手紙をくれるのかと後ろを向くと、神崎が指を前に指し、前を向けとジェスチャーで言った。
 何なんだ。
 戸惑いながら俺が再び前を向くと、また神崎の指が俺の背中に触れたが、今度は振り向かない。神崎はそのままゆっくりと俺の背中を滑らせていく。
 あ、これは。字を書いている……?

(お……?)

 お、と書いた、と思う。
 数秒置いて、また指が背中に触れ、字を書き始めた。
 授業なんかもう聞く気になれなくて、全神経を背中に集中させた。

(れ……も……?)

 『おれも』と書いたはずだ。俺も?
 また神崎の指が背中に触れる。

(す……)

 心臓がバクバクと、全力疾走した後よりもうるさく鳴っていた。
 まさか俺は自分に都合の良い妄想をしているのか。でも、次にくる文字なんて、それしかない。そうであってくれ。

(き)

 おれもすき。
 俺も好き——……。

 俺は思わずガタッと大きな音を立てて立ち上がった。
 そして後ろを向くと、悪戯っ子のように俺を見上げる神崎の顔があった。
 可愛い。可愛い!

「おい永瀬! 何をしてる! 座れ!!」

 鋭い教師の声が飛んできて、ハッと前を向くと、教室中の目線が俺に刺さっていた。普段静かな俺がこんなことをするなんて珍しすぎて、みんな戸惑っている。

 そうだ。今は授業中だった。

 俺は冷静になり、「すみません」と言って座る。後ろから「フハっ」と笑う声が聞こえた。何笑ってるんだよ、お前のせいだ。
 でも、そんなことはどうでもいいぐらい、舞い上がっている。今までどん底だった気持ちに羽根が生えたみたいに。


 授業が終わると同時に、俺は神崎をベランダまで引っ張っていった。
 また肌寒いベランダでまた二人になった。

「これは、返しておくな」

 神崎が手紙を取り出して、そう言ってくれた。
 やっぱり勘違いじゃなかったんだ。

「うん。もう誰かに同じことを頼まれても、俺には付き合ってる奴がいるって断ってくれたら嬉しい」
「…………っ」
「え……そう、だよな?」

 急に不安になって神崎に問いかけると、神崎は耳を赤くしながら「うん」と答えた。かと思えば次は上目遣いで俺を見つめてくる。
 うわ、すごい。あざとい。破壊力がやばい。

「可愛い……」
「はぁ!?」

 ぱっと手の甲で顔を隠した神崎が、馬鹿なこと言ってないで帰るぞ、と言って教室に戻ってしまったので、俺は慌てて追いかける。
 身体まで軽くなったみたいに嘘みたいに足取りが軽い。今ならどんなことだってできそうだ。