水曜日は、君と会えるから



 音楽イベントは、市内で一番大きい公園で開かれていた。簡易のステージを使って演目をやり、同じ公園内に出店も出ている。出店目当ての人も多いようで、公園はいつもとくらべものにならない程の人で賑やかだった。

 永瀬が出るのは昼のステージなので、俺は昼前に公園に着いた。公園の奥にあるステージの前には観覧スペースが設けられていて、椅子などはないが、好きな時に自由に移動できる形式だった。俺は永瀬が出るという右寄りの位置に立って次々と変わる演目を見ていた。

「あれ、神崎君?」
「ん?」

 ぼんやりと知らない人が歌う知らない歌を聞いていると、声を掛けられた。振り向いた先にはクラスメイトの女子三人が立っていた。クラスでも可愛いとよく言われている子たちで、近くにいれば普通に話す程度の仲だ。

「神崎君は一人?」
「そうだな」

 今日は誰か誘おうか迷ったが、永瀬はダンスのことを知られたくなさそうだったので結局一人で来たのだった。知り合いに会うと思わなかったが、地元のイベントだし、普通にありうることだった。

「お前らは? 誰か見に来たん?」
「うん。次のダンスに友達が出るんだ」
「そっか。俺も」

 念のため永瀬が出るとは言わないでおく。
 どうやら永瀬と同じダンススクールに彼女たちの小学校時代の友達が通っているらしい。そんな話をしている内に、今やっているバンドの演奏が終わった。

 次だ。

 俺は会話を切り上げ、ステージに集中する。

 司会者の紹介と共に音楽が流れ、黒い衣装を身に付けたダンサーたちが出てきた。その中に永瀬を見つける。定位置に着いたのか、全員がピタリと同じポーズで止まった。

 スピーカーから重低音が響く。舞台上の彼らは踊り始めた。最近流行りの歌だ。知っている歌だからか、素通りしていた客が集まりだした。
 音楽に合わせてフォーメーションが次々に変わっていく。俺は息をするのも忘れて永瀬だけを見ていた。

 二曲目は去年流行っていた海外アーティストの歌だ。
 曲調がアップテンポになり、それに合わせ動きもアクロバティックになる。

 永瀬の体幹はブレず、手足の動きにキレがあるし、身体をひらりと動かす動きには目を惹かれてしまう。ダンスのことはよく知らないけど、すごく上手いんじゃないか。
 何よりも、全身で自分を表現している。あの永瀬が。

 曲が変調し、永瀬がバク転した。

(すげぇ……)

 菫さんが永瀬の隣にきた。菫さんは長い髪の毛をポニーテールにしていて、カッコいい印象だ。そこでハッと思い出した。
 そういえば、感想を聞かせてって言ってたな、と思い出したところで曲が終わった。

 ダンサーたちが揃って礼をすると、大きな拍手が起きた。俺も勿論両手を上げて手を叩く。
 顔を上げた永瀬が俺の方を見て、ふっと笑った。

(——……!)

 あいつは観覧エリアにいた俺に気付いていたらしい。その笑みに、俺は息を呑んだ。
 また心臓がおかしくなる。

「カッコいい……!」
「ねぇ神崎君。あれ、永瀬君だよね?」

 女子たちが興奮した様子で俺に聞いてくる。俺に聞いている体をとっているが、確信を持っているようだ。
 永瀬め。何がバレないだよ。
 誤魔化すのは難しそうだ。否定しようかとも考えたが、諦めることにした。

「あー……うん」
「やっぱり! ヤバい、どうしよう」
「……私、前から永瀬君が隠れイケメンかもって実は思っててさ」
「そうなの!?」

 そうだよなぁ。俺が気付いたんだから、他の誰かが気付くのも当たり前だ。
 永瀬のカッコよさに気付いてしまった女子たちは、顔を真っ赤にしている。彼女たちが盛り上がっているので、俺はそっとその場を離れた。

 観覧エリアから出て、公園の隅のベンチに腰掛ける。
 何となく出店に並んでフードを買う気にもなれず、自販機でジュースを買って蓋を開けた。

 次の出し物は近くの中学校の吹奏楽部のようだ。トランペットやユーフォニアム、ドラムなんかの音が重なり、聞き覚えのあるメロディーとなって公園に響いている。俺はペットボトルに口をつけた。炭酸が喉をシュワシュワと抜けていく。

 空は青く澄んでいて、人がいっぱいいて。友達は思った通りカッコよくて。
 それで俺はなんでこんな気持ちになっているんだろう。

「神崎くーん!」
「……菫さん!」

 ベンチの隣に誰かが座ったと思ったら、菫さんだった。
 なぜここに。先ほどと同じ衣装のままだ。チームの方はいいのだろうか。俺の隣に座った菫さんはじっと俺の方を見ている。綺麗な人にこんな風に見られると緊張する。

「ねぇ、見てくれたんでしょ。どうだった?」
「俺、ダンスのことは詳しくないですけど、凄かったです。良かったっていうか……。なんかすみません、語彙力がなくて」
「ふふ。ありがとう」

 菫さんは俺の頭の悪い感想にも嬉しそうに微笑んだ。

「永瀬君はどうだった?」
「カッコよかった! なんか華があって……びっくりしました」

 永瀬が人並み外れて整った顔をしていることは知っていたけど、それ以上にダンスが凄すぎて、目を奪われてしまった。当然それは俺だけじゃなかった。女子たちも、その他の人だって、永瀬に釘付けだった。

「そうだよねぇ。特に今日は楽しそうだったよ」
「そうなんですか」
「うん。神崎君のおかげかな?」
「えっ……なんで」
「あはは。可愛い反応」

 また可愛いって言われた。俺のどこが可愛いっていうんだ。どう考えてもからかわれている。

「今日は、って、ダンスのときは楽しそうじゃないんですか」
「うーん。私、小学校からダンス習っててさ。永瀬君も私のすぐ後ぐらいに入ってきたから結構長い付き合いなんだ。最初はもっと明るかったんだよ。そんで昔から死ぬほどモテてて」
「そうでしょうね……」
「永瀬君を巡って小競り合いもあったけど、うちのスクールは結構厳しいから、永瀬君目当てで入会した子はすぐ辞めていくの。だからメンバーはそんなに気にしてないんだけど永瀬君はだんだん他人と壁を作るようになっちゃった。今も辞めないってことはダンス自体は好きなんだと思う。でもパフォーマンスは内向きになったし……」

 学校での永瀬がまさにそうだ。
 俯いて人と関わりを持とうとしない。元々の性格が違ったんなら、きっとダンスだけじゃなく、中学でも色々あったんだろうな。

「でも、今日みたいなパフォーマンス、初めて見たかも。私も踊ってて嬉しくなっちゃった!」

 菫さんは嬉しそうに言った。
 彼女は本当にダンスが好きで、今日のイベントで永瀬がいい踊りをしたことが嬉しいんだな。

 羨ましい、と思ってしまった。

 永瀬と同じものを共有して、同じ景色を見られる彼女が羨ましい。
 昔の永瀬を知っていて、変化してしまった彼を心配できる彼女が羨ましい。

「神崎……! 蒼井さん、なんで」
「あー、永瀬君じゃん!」
「蒼井さん、何してるんですか。もう円陣終わりましたよ……撤収もあるし」
「ごめんごめん。神崎君に感想を聞いてただけ」

 菫さんはやっぱり抜け出してきていたらしい。自由な人だな。

「神崎、来てくれてありがとう。この後……」
「あー、ごめん。家の用事があって」
「そっか……。また学校で」

 俺はベンチから立ち上がり、手を振った。
 本当は永瀬に、どれだけお前がカッコよかったかを伝えたかったけど、何となく突き付けられてしまったような何かを、見ないようにしなければならないと思った。