神崎のお勧めなだけあって、白玉みるくパフェは美味かった。
礼を言いたいけど、明日は日本史がない。きっと神崎と話せる機会はないだろう。
「永瀬」
初めて言葉を交わしたとき、神崎は当たり前のように俺の名前を呼んだ。俺は影が薄いから、彼に名前を覚えられていたことに驚いた。
親しい友達が少ない俺と違い、神崎は友達が多い。ただ選択科目の日本史で、前後ろの席になっただけで、それまでは特別な接点もなかった。
俺達の高校は大学を持つ総合学園の高等部である。一度入るとよっぽどでない限り内部進学で大学まで進める。大学受験を避けたかったことと、家の引っ越しが重なったことが決め手となりこの高校を選んだ。
高校には幼稚園から内部で進学してきたメンバーが多いなか、神崎は俺と同様に高校で入学した少数派の中の一人だった。
俺はあまり話が得意ではないし、容姿を理由に揉め事が起きたことが何度もあったので、高校では目立たないように過ごそうと決めていた。眼鏡で顔を隠し俯いていれば、思惑通り俺は教室の空気のような存在になった。
一方で神崎はあっという間に元からいた生徒たちに馴染んでいた。
神崎は目立っていた。猫を思わせる大きなつり目でよく笑い、明るく声が大きい。人当たりがよく成績優秀。俺のような陰気な奴とは違い、彼が人気者になるのは自然なことだと思った。
永瀬がコンビニで働いていることに気が付いたのは、入学後すぐだった。
小学生の頃から通っているダンススタジオ近くのコンビニには練習終わりによく行っていた。ある日いつものようにコンビニへ行くと神崎がレジを打っていたので驚いた。彼がアルバイトをしているとは知らなかった。ここでも神崎は店員同士で楽しそうに話している。
いつでも笑顔なんだな、と素直に凄いと思ったのだ。
ダンスは好きだ。
元々小学生の頃に内向的な俺を心配した親が薦めたことで始めたのだが、今は自分も楽しんでいる。
音楽に合わせて体を動かすことは楽しい。難しい動きでも踊れるようになると嬉しい。ダンスなら自分を表現できる。
「永瀬君、お疲れ」
「……お疲れ様です、蒼井さん」
スタジオを出たところで、さっきまで一緒に踊っていたメンバーの一人が声をかけてきた。一つ年上の女性の先輩で、気さくな人だ。あまり俺の顔に興味がないらしく、変に近付いたり触ってきたりしないので接しやすい。
そのまま通り過ぎるかと思ったら、蒼井さんは俺の隣で歩き始めた。今日は俺と一緒に帰るつもりらしい。今日は神崎が働いているか分からないが、蒼井さんがいるならコンビニには寄れないなと思う。しかし彼女はコンビニの灯りが見えるとこう言った。
「肉まんでも奢ってあげようか」
「いや、大丈夫です」
「遠慮しなくていいよ! 私が食べたいんだよね。ほらほら」
彼女に無理やり引っ張られてコンビニに一緒に入店する。
神崎と話すようになってから、ダンス帰りはほぼ必ずコンビニに寄るようになったが、誰かと一緒に入ったことはない。神崎がいませんようにと願うが、その願いはあっさりと敗れた。
「あ、永瀬。お疲れー」
「……神崎」
「なになに、友達?」
蒼井さんが興味津々といった表情で俺に問いかけた。
神崎は意外そうに俺と蒼井さんを交互に見比べ、なるほど、と言った。
おい、何に納得したんだ。お前の中でどんな結論がでたんだ。何だかまずいことになっている気がするが、おかしなことを口走りそうで何も言葉が出ない。
「こんにちはー、永瀬君の友達?」
「はい。クラスメイトで……」
「そうなんだ。永瀬君にこんなに素敵なお友達がいたんだねぇ。紹介してよ」
友達。
俺と神崎は、友達なのか……?
何だかそう言うのも少しおこがましい気がして、何も言葉が出てこない。
「…………」
「いや、なんか喋れよ!」
ツッコミを入れた神崎に、ふふ、と蒼井さんが笑った。
そんな彼女を見て、神崎が少し頬を赤らめている。
蒼井さんは美人で独特の雰囲気がある。ダンススクールのメンバーにも、彼女のことを真剣に狙っている奴らがいるらしい。
「神崎。この人はダンスの先輩で、蒼井さん……」
「蒼井菫っていうの。菫って呼んで?」
「ハ、ハイ。菫さん……」
「かわいー!」
また神崎がはにかんだ。何だかムカムカする。神崎といると、いつも楽しくなるのに何かおかしい。
次に蒼井さんに顔を向ける。
「蒼井さん、こいつはクラスメイトの神崎……」
「神崎です。週何回かはここで働いてるんで、また寄ってください!」
「うん、そうするね! じゃあ今日は神崎君から肉まん貰おうかな。二つ」
「はい!」
レジをしながら、俺が口を挟む間もなく二人の間でポンポンと会話が進んでいく。
社交的な奴は凄いなと思う。俺は初めて会った相手とこんなに話をすることはできない。
「私も出るよ、週末のイベント」
「そうなんですね。永瀬を見に行く予定だったので菫さんも探します!」
「ありがとー! 頑張っちゃう」
「蒼井さん。神崎は今、仕事中だから……」
このままだと無限に話が続きそうなので無理やり割り込んだ。実際、店内には他に客がいる。
蒼井さんは「確かに」と俺の指摘に素直に納得してくれた。
「神崎君、イベント見に来てくれるんなら、また感想聞かせてね」
「はい、もちろん!」
「ごめんな、神崎。また明日」
神崎はいつも通り手を振ってくれている。俺も手を振り返し、コンビニを出た。
蒼井さんはさっき買った肉まんを一つ俺に渡してくれたので、行儀は悪いが口に入れながら駅まで歩くことにした。蒼井さんも器用にかぶりついている。
俺は甘党なので自分では買わないが、ほかほかの肉まんは思いのほか運動後の体に染みた。
「可愛い子だね、神崎君」
「はい」
同意を求められたので、俺は頷いた。
神崎は俺にも他の奴と変わらない態度で接してくれるいい奴だ。くるくる変わる表情や、笑顔が可愛い、と密かに思っている。
蒼井さんは俺の反応が意外だったようで、目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「そんな顔するんだ、永瀬君。ふーん」
「何ですか……」
「頑張ろうね、イベント」
俺はまた「はい」と頷いたが、俺は明日は神崎と少し話をしないと、という考えで頭がいっぱいだったのだった。
