俺は毎週水曜日を心待ちにしている。
水曜はまず授業の時間割がいい。音楽が二限続き、得意な英語、国語。生物に、日本史がある。
日本史は選択科目だ。一年のときに世界史か日本史かを選べと言われ、俺には海外の歴史上の人物によくある長いカタカナの羅列を覚えられる自信が全くなかったから日本史を選んだのだ。
今となっては、本当に日本史にして良かったなと思っている。
なぜなら席がいい。窓際の一番後ろが俺の席で、その前には永瀬がいる。
永瀬はクラスメイトだ。あまり近しい仲でもなかったのだが、この日本史の授業をきっかけに話すようになった。俺としては永瀬には俺の友達とも仲良くなって欲しいし、もっと親しくなりたいと思っている。
だって永瀬はかっこいい。何がって顔が。
美しい顔には黄金比があるという話を聞いたときに、あぁ永瀬の顔はその黄金比ってやつにバッチリはまっているんだと納得したものだ。あのかっこいい顔を見ているだけで癒される。
俺が永瀬の顔の造形の良さに気が付いたのは、日本史で席が前後ろになったときだ。それまでは永瀬の顔を近くで見ることはなかったし、あいつは眼鏡をかけていて、目にかかりそうな前髪が邪魔していたために一切気が付かなかったのだ。
しかし俺の前の席に座る永瀬と目が合ったときに、唐突に気が付いた。
え、こいつ、めっちゃカッコいいじゃん……、と。
日本史の時間は、正直言って最高である。
プリントを回してもらうときは永瀬の顔が見られるし、自習になったときは雑談なんてこともできる。この前なんて、俺が今ハマっているバンドの話をすると、あいつが「聞きたい」と言った。結果、俺のイヤホンを片方づつお互いの耳に付けて俺の好きな音楽を一緒に聞くなんていう、どえらい体験までしてしまった。
しかも、永瀬は優しい。
俺がうっかり消しゴムを忘れたときには自分のものを割って渡してくれたし、ごめんと言ったら「俺が忘れたときはよろしくな」と返してくれた。
日本史の時間は週に三回。
その中でも水曜日が一番いいのはなぜかというと、六限目だから。運が良ければ一緒に帰れる。
「神崎は今日もバイト?」
授業終わり、永瀬が聞いてきた。神崎というのは俺のことだ。
俺は週に三日程度、コンビニでバイトしている。俺の家は別に貧乏でもないのだが、四人兄弟でしかも一番上の俺が私立高校に通っているので余裕もない。それが分かっているので、成績が落ちないことを条件にバイトを始めたのだ。自分の携帯代と小遣いを稼ぎたかったから。
「あぁ。永瀬はダンスの日?」
「うん」
「じゃあ駅まで一緒に帰ろうぜ」
「うん」
永瀬はダンスを習っている。
どんなダンスか聞いたら、ヒップホップとかKPOP系のダンスで、小学生の頃から習い始めたという。踊るのが好きで、今でも続けているらしい。
この顔でダンスって、ちょっとカッコよすぎないか。正直ダンスの話を聞いた時は「設定盛りすぎ!」と言ってしまった。永瀬はポカンとしてた。
「バイト何時まで?」
「いつもと同じ。八時」
「寄れるかも」
「いつもありがとな。無理すんなよ」
俺のバイト先のコンビニは永瀬が通っているスタジオに近いらしい。ダンスが終わった後、永瀬は俺のレジで会計して帰っていく。
永瀬が来てくれたらテンションが上がる。ダンス帰りの永瀬は眼鏡を外し、制服とは違う緩めのスタイルで来る。正直どこのイケメンモデルだよと言いたくなる。
だからこそ思う。
なぜ、なぜ、高校ではこんな感じなんだ……!? 勿体ない。
◇
「つまり、神崎君はイケメン君が好きなんだね」
「はぁ? なに言ってんスか。俺、男ですけど」
「それは知ってるけど。俺は神崎君が男の子を好きになっちゃったっていう相談かと思った。まぁ確かにかっこいいよな、あの子」
一緒に品だしをしていた岡田さんはそう言って首を傾げた。
岡田さんはよく同じ時間帯に入っている大学生だ。余裕のあるお兄さんという雰囲気がそうさせるのか、ついつい色々と話をしてしまう。俺は下に弟と妹二人がいる四人兄弟の長男で、友達といても基本的に聞き役なことが多い。こういう人が周囲にいないので岡田さんと話すのは楽しい。しかし。
俺が永瀬を好き?
思ってもなかったことを言われ驚いた。ただかっこいい友達がいるんだよっていう話をしただけだったんだけどな。
「近くのダンススタジオってあそこだよな。角のビルの」
「そうみたいっすね」
「今度音楽イベントあるけど、去年確かあそこのダンスチームが踊ってたよね。そのイケメン君も出るのかな?」
近くにある広い公園では毎年地域の音楽イベントが開かれている。バンドや強豪の吹奏楽部、シンガーによる歌やダンスなどの演目が開かれ、その周囲で地域の飲食店が出店を出すのだ。
永瀬がダンスをずっとやっていることは聞いているけど、発表会とか、活動みたいなこともしているのかとか、そういう話はしたことがない。
「どうだろ。知りません」
「聞いてみたらいいじゃん。もし出るなら見に行けるし」
「確かに……」
永瀬が踊っている姿、見たい!
思わずグッと握りしめたところで、店の自動ドアが開き、客が入ってきた気配がした。ちらりと確認すると、話題の永瀬だった。
永瀬はゆるっとしたスエットにパーカーという格好だ。今日は髪を耳にかけていて、いつも隠れている耳が見えている。きれいな顔がよく見えて、めちゃくちゃかっこいい。
永瀬は俺を見つけると、少し表情を緩めた。
「お疲れ、永瀬」
「うん。神崎も。そろそろバイト終わり?」
俺は店の壁にある時計を見上げた。時間は19時50分。
「そうだな。あと十分ぐらい」
「じゃあ待ってるわ」
お、一緒に帰れるのか。
永瀬はスイーツの置いてある棚で止まった。こいつは意外と甘党なのだ。しかも和スイーツ好きで、毎回あんこ系か抹茶系のスイーツを買って帰っている。あまりにも毎回買うので好みは大体把握してしまった。
「新作の白玉みるくパフェ、結構あんこがしっかりしてて良かったぞ。お前好きそう」
昨日食べて、絶対永瀬が好きなやつだと思ったので一応薦めておく。
永瀬は切れ長の大きな目を見開くと、少し頬を染め、えっなんで、と呟いた。まさか俺に自分の和スイーツ好きがバレてないと思っていたのだろうか。
時間になったので岡田さんに「あがります」と伝えてバイトを終える。永瀬はコンビニの前で待っていた。その手には白玉みるくパフェが入ったビニール袋がある。
歩きながら、岡田さんが言っていたことを思い出した。
「なぁ、もしかして今度の音楽イベントに出たりする?」
「え……うん。出るけど」
「マジか! 見に行っていい?」
やっぱり出るのか。見たい見たい。
俺が勢いこんで言うと、永瀬は少し眉を寄せた。
「……イベント、もしかして誰かと行く予定だった?」
「いや、さっき聞いたとこだから。永瀬が出るなら行こうかなって。一人で行ったほうがいい?」
永瀬はなぜか少しホッとしたように表情を緩めた。
「そっか。いや、別に誰かと来てもいいけど……俺が出てることは内緒な」
「いや、バレるだろ。普通に」
「言わなきゃバレないよ」
今まで永瀬は何回も地元のイベントに出ているけど、誰にもバレたことがないそうだ。
確かに学校の永瀬は正直ダサいから、今みたいな爆イケの姿と結びつけるのは難しいかもしれない。
とりあえず近々の楽しみができたことに俺は嬉しくなった。
