秘密の僕らは、音で触れ合う。

『こっちでもよろしくね』

 そんなメッセージは、五限の途中に届いた。
 授業中、ポケットに突っ込んでいたスマホのバイブが震えて肝が冷えた。先生に見つかったらどうするつもりだ、なに授業中に送ってきてるんだ、と非難する気持ちで後方を見れば、峯田の目元がにんまりと笑っているように見えた。
 遊ばれているのか? と少々不快になって目を逸らす。チャラそうに見えて、授業をサボったり寝ていたりすることのない彼らしくもない行動に、正直腹が立った。

 放課後、また一人掃除を押し付けられていたオレのところにやってきた峯田は、パチンと手を合わせて頭を下げた。

「ごめ〜んっ! 怒ってる? ちょっと嬉しいの抑えられなくて送っちゃったぁ。ああやって連絡されるの、やっぱり迷惑?」
「迷惑に決まってんだろ。もう二度と送ってくんな」
「……二度と……だよねぇ……」

 がっくりと肩を落とした峯田に「授業中はやめろ」と付け加えてやれば、パッと顔を上げた彼は目を輝かせていた。本当に嫌だったんだぞ、と不愉快を顔に出すと、困ったように眉を下げて上目遣いになる。

「ちょっと言い訳していい?」
「なんだよ」
「だってさぁ、ず〜っと好きだった子がクラスメイトだったってわかって、Lien(リアン)のIDまで教えてもらっちゃって。ついついテンションあがっちゃったの」
「はっ? す、好きぃ?!」

 ――なに言ってるんだ、コイツ。
 限界まで目を見開いたオレは、じわじわと頬が熱くなっていくのを感じる。動揺するオレに対して、相変わらず人懐こい雰囲気の峯田は照れたように頬を掻いた。

「うん。ほんとは、フォロー返すだいぶ前から@sakiのこと知ってたんだぁ。ダンス格好いいなぁってずっと思ってたけど、おれフォローしたりあんましないからこっちからするタイミングわからなくなっちゃって。だからいつもこそこそ覗いてたの。あ、チャンネル登録はしてるよぉ。毎日動画見るの楽しみにしてた、@sakiのファンっていうか……ねぇ? 友達が本人だったって知ったら、感情セーブできなくなっちゃったぁ」

 朗らかな表情と声の峯田に、ファンだという以上の感情があるようには見えない。本当にネット上の@sakiを応援してくれていて、知り合いだとわかって嬉しくなってしまった、という以外の意味はないのだろう。なのにオレときたら。

「あ、そういういう意味か……」
「え?」

 ほっとしたついでに赤くなった顔を腕で隠したオレを見て、峯田はニヤける。

「ちょ、面白! なにテレてんのぉ?」
「笑うなって! こういうの慣れてないから、ちょっとした言葉で勘違いすんだよ!」

 友達同士でも好きだとか言い合う文化圏で育っていない。リアルな個人に対する「好き」なんて言葉は、オレにとっては告白の時にしか使われないものであって、今まで言ったことも言われたこともなかった。だから、峯田のその言葉に、同性にもかかわらず勘違いしかけた。
 誤解の内容を察した峯田は、大きな声で笑い出す。

「はっ、ははっ! あ~、そういうこと? はははっ、か~わい〜!」
「からかうなよっ!」

 つんつん、と楽しそうに頬をつついてくる手を払い除け、じんわり浮かんだ汗を袖で拭う。
 峯田のこの距離感には、まだまだ慣れそうもない。やっぱり、陽の者と陰の者が仲良くできる気はしない。DMで同じネット民としてやり取りしている時は気楽だったのに、現実世界では彼を前にするだけで緊張する。
 峯田眞(みねた しん)という男はクラスの中心人物で、花咲明莉(はなさき あかり)は底辺層のさらに一番底にいる。イケメンと十人並み以下。周囲が仲良くなるのを許すはずがない。身の丈を知れと他人から言われるまでもなく、このまま平穏に目立たなく過ごしたいのなら、彼とはこれ以上仲良くなってはいけないとわかっていた。
 ――ネットでの付き合いもこれまでか。
 少し寂しく思いながら、数歩彼から距離を取る。オレの足元をじっと見つめた峯田は、小さな溜息を吐いた。

「からかってごめん。……でも、物理的にまで距離取られると、さすがのおれも傷つくかも。DMの時みたいに、こっちでも気楽に喋ってほしいって思うのって、無理な話?」

 小首を傾げる彼は、それだけで絵になっている。どう考えても住んでいる世界が違っていた。オレはゆっくり首を左右に振る。

「って言っても、お前はクラスのカースト上位でオレは」
「そういうの、気にせず話せて嬉しかったんだよ」

 峯田は寂しそうに眉を下げる。

「こんな派手な見た目で、遊んでる風で、テキトーで誰にでも優しそうに見えるように振る舞ってて、でも実は誰とも特別に仲良くなんてなくて。心ではみんなから距離取ってて、気を許せてる相手なんていなくてさぁ。そんなおれが、素の自分でいられるのは、ネットで@sakiとDMで喋ってる時だけだったの。あっちで仲良くなれて、おれのことも受け入れもらえてるような気になってたのかも。『アカリ』にも『おれ』を受け入れてもらえてるって勘違いして、距離感間違っちゃったぁ」

 あはは、と笑った峯田は目を伏せて、組んだ手を落ち着かない様子で動かす。

「……峯田……」
「あのね、おれ、本気でアカリと仲良くなりたいんだぁ。もっといっぱい、いろんなこと話したいし、一緒にいたい。おれのことも、知ってほしい」
「そう、言われても……」
「今つるんでる子には、趣味の話とかできないよ。きっと、ちょっとだけ興味を持った後でネットに投稿してるなんて、ってバカにされそうで怖いし。おれ、@sakiみたいにフォロワーが多いわけでも、再生数多いわけじゃないから余計に、ねぇ?」

 ――峯田でも、あいつらのこと怖いんだ。
 いつもの顔ぶれにも物怖じせずに発言しているように見えたから、彼の発言が意外でならない。

「ネットで@sakiと表で話すのも、擦り寄りって言われるんじゃないかっていつもヒヤヒヤしてる」

 その顔は、きっと苦笑いだったのだろう。
 ――峯田が、弐栖が、オレに引け目を感じてた?
 偶然数度拡散された結果増えただけのフォロワー数。
 フォロワー数が多いから、UPすればそこそこ見てもらえる動画。
 峯田のアカウントとオレのアカウントでは、投稿している内容が違うという前提はあっても、その再生数には大きな差があった。
 現実世界ではクラスのカースト上位にいる峯田と、目立たないオレ。
 でもネットの世界では、投稿しても曲が有名でなければそんなに聞いてももらえない弐栖と、投稿すればそれなりの数見てもらえる@saki。
 オレたちは真逆の存在のようだと、その時初めて思った。