秘密の僕らは、音で触れ合う。

「マジで、弐栖……?」
「うん」
「え、でも」

 以前弐栖の弾き語り配信の時に首や腕なら見えていたが、どちらかといえば色白といわれる部類だった。しかし目の前の峯田はこんがりと焼けた色の肌をしていて、この差はライティングでどうこうできるものではないように思える。そんな疑問をぶつければ、峯田は周囲を見回してから、もっと近くに、と手招いてきた。
 素直に耳を寄せると、彼は小さな声で耳打ちしてきた。

「これ、実はセルフタンニングって言ってね、日焼けしてるように見せる化粧してるんだ」
「……あァ?」
「メイクってこと。一日二日で落ちるものじゃないけど、塗り続けてないと白くなっちゃうんだよねぇ」

 あの配信も長期休みの時だったでしょ、と言われれば、確かにそうだった。
 ――にしても、どうしてわざわざ化粧で色黒に見せているんだ?
 化粧品だって安くはない、と女子が話しているのをよく聞く。わざわざメイクなどしなくても、普通に日焼けすればいいのではないだろうか。新たに浮かんだ疑問は「日焼けしようと思っても、赤くなるだけで黒くなってくれないし、日焼けあんまり好きじゃないし」という峯田の言葉であっけなく解消する。

「なんでそんなことしてるんだ? 色白ならそのままでいいだろ」
「遊んでる風に見せるため?」
「別に、色白でも遊んでるやつはいるだろうが」
「そうなんだけど、ほらぁ。イメージってものがあるでしょ?」

 だからメイクで日焼け肌を演出しているんだ、という彼の保ちたいイメージがどういうものなのかさっぱりわからない。
 ひとまず、峯田が本当に弐栖ならば、これまでの彼とのやり取りから感じた人柄を信じて、オレのネットでの活動について誰かに言いふらす気がないということを信じても良い。

「本当に、言いふらさないんだな?」
「言わないよぉ、もったいない」

 なにがもったいないんだ、と聞くと峯田はやっぱりへらへら笑って、もう一度指切りをしてきた。安心した途端に気が抜けて、大きく息を吐いて項垂れる。

「クッソ心臓に悪ぃ」

 唸ると、指を繋いだままの峯田が顔を覗き込んできた。顔を返せば、その目がやたらキラキラしていた。どうしてそんな顔をしているんだ? と眉をひそめれば、オレの手を両手で握り直した峯田は満面の笑みを浮かべた。

「高校生だって聞いてたし、話してるスケジュールもウチの学校と似てるなぁって思ってたけど、@sakiこんな近くにいたんだ! 嬉しいなぁ。ネットで話してただけじゃなくて、毎日ほんとに会ってたんだねぇ。嘘みたい信じられない」
「早口だな、お前」

 一息に言い切った峯田のテンションの高さに、オレは呆れ顔を隠せない。普段は間延びした喋り方のくせに、今の彼はやたら早口だった。

「あははっ! その喋り方、@sakiと話してる時みたい。学校でのアカリって、おれのことちょっと警戒してるでしょ。ず~っと気になってたんだ。そっちの方がいいよ。いつもはもっと距離感じるもん。ネットみたいに気楽に話してくれると嬉しいなぁ」

 心底嬉しそうな峯田に対し、オレは複雑な心境だった。
 会いたいと思っていた人。憧れの人。大好きな、推し。
 が、クラスメイトで、苦手意識を持っていた相手だった。
 この状況、会いたいと思っていたことを考えれば喜んでもいいのかもしれないが、峯田のチャラついたイメージは、落ち着いていて、なにより真面目な弐栖とは違いすぎる。ちょっとすぐにはギャップに追いつけそうもない。
 とは言え、それはオレ自身にも言えることだ。ネット上ではそれなりに格好良いとか評価してもらえることもあるけど、それが普段の自分には繋がっていない。現実の自分の冴えなさにげんなりするのはいつものことだ。
 こんな形で身バレしてしまったのは正直予定外で、峯田のように喜ぶことは出来なかった。
 唯一救いがあるとすれば、ネットであれだけ格好つけている@sakiの正体がこんなド陰キャでも、彼が幻滅していないように見えることだろうか。
 現実のオレは地味で、控えめといえば聞こえのいい、ただの陰の者。学校でも人前に出たり目立ったりすることを想像すると鳥肌が立つほどに前に出たくないたちだった。
 かといって、今は偽りの姿で、ネットの姿が本当のオレだなんて言うつもりはないが、どっちが本当の自分なのかと問われたら、答えは難しかった。
どっちも嘘ではないが、どちらかが真の姿というわけでもない。リアルとネットでのギャップを埋めるのは、自分でも困難に思えた。

「あ~どうしよ。興奮して午後授業どころじゃないかも。このままサボっちゃおっかな」
「授業サボるようなキャラじゃないだろ、お前」
「うわぁ、よく見られてるぅ」

 にこにこしている峯田はまだ会話を続けたそうに見えたが、残念ながら昼休み終了のチャイムが鳴ってしまっていた。

「先、教室戻れよ」
「なんでぇ? 一緒に戻ろ~?」
「そんなの無理だろ」

 無邪気に誘ってくる峯田を突っぱねる。
 一緒に教室に戻ったら、また峯田の仲間たちから睨まれる。どうして一緒にいたんだと絡まれたくはない。悪目立ちもしたくない。
 拒否したオレを不服そうに見ていた峯田は、黙ってスマホの画面に映ったQRコードを差し出してきた。意図を察してメッセンジャーアプリの友達登録用のそれを読み込めば、あちらにもオレのIDが通知された。満足そうに頷いた峯田は、マスクの口元にスマホを当てて「あとで連絡するねぇ」と目を細めて、軽やかに去っていった。

「あとで、っていつだよ」

 面倒臭いことになった、と思いながらオレは髪をかきあげた。