それからも、弐栖との交流は続いた。
ほぼ連日お互いにイイネを送りあったり、リプをつけたり、時々DMで話をしたり。仲良くなってきて私生活のことも話すようになり、普段の投稿内容について尋ねると、やっぱり彼も高校生だった。
『テストだるい』
『早く終わるといいのにね』
『って言っても、終わったところで誰と遊びに行く予定もないんだけどな』
『@sakiが? トモダチ多いんじゃないの?』
『ないない
実際は大陰キャよ、オレ』
そんな、普通の友達と交わすような文字だけのやり取り。
本当の友達になれたような気分になると、実際に話してみたいと思うようになった。SNSに投稿されていた写真から、彼の生活範囲が近そうだということにも気付いていて、もしかしたらどこかで擦れ違ったことがあるのかも、と想像して勝手に落ち着かない気分になったこともある。
でも、いくら推しだと言っても、ネットで知り合った人に簡単に会いに行くような度胸はなかったし、弐栖から会おうと言ってくることもなかった。だから、このまま彼とは実際に会うチャンスはないのだと思っていた。
ネットで何度プチバズっていようと、現実世界のオレは冴えない高校生のままだ。オレには3万以上もフォロワーがいるんだぞ、なんてことでマウントを取ろうとも思わないし、誰かに教えるつもりもない。第一、今のオレがそんなことを言ったところで、イジリのネタ提供にしかならないだろう。誰かのおもちゃになどなりたくないから、学校では誰にも見られないような場所を探して、こそこそSNSの確認をしていた。
例えば、屋上に出る扉の前の階段。外に出ることは禁止されているから、ここに来る人はそう多くない。しかも、人目がないといっても音は響くから、校舎内でイチャつきたい連中の溜り場はまた別にあった。
昼休み、いつもの場所でスマホをチェックしていたオレは、誰かが上がってくる足音に気付いて慌てて立ち上がった。しかし、逃げようと思った時にはもう、その人は踊り場を回ってきてしまっていた。
「あれぇ? アカリじゃん。昼休み、いつもいないと思ってたけど、こんなところにいたんだぁ」
「峯田、くん」
「シンでい~よ」
峯田はへらへら笑いながらやってきて、オレの隣に迷わず座った。相変わらずの愛想の良さと距離感のなさに、またどん引く。
元々が人懐こい性格なのか、こいつはオレにも平気で話しかけてくる。放課後の教室で会ったあの日以来、仲間と一緒にいる時にまで構ってくれるものだから、彼のオトモダチ連中からは嫌われたようだ。笑顔で挨拶してくる眞の後ろで、どこか行けと言いたげな顔で睨まれることなどしょっちゅうだった。
話しかけてくれと頼んだ覚えはない。峯田が勝手に声をかけてくるだけだ。
そんなことを言ってみたところで「シンは良いやつだからお前みたいな陰キャもほっとけないんだよ。お前が遠慮しろ」と返される想像しかできない。オレは、正直迷惑していた。
しかし、そんなことを直接本人に言えるわけもなく、峯田にとってオレは、ちょっとだけ話すクラスメイトの一人というポジションに置かれてしまったようだった。
「もう行っちゃうとこ? まだ時間あったらちょっと話そ~よ」
「え、なんでオレと」
「興味あるから」
「興味、って、オレの話なんてつまんない、と思う……んだけど」
ぐいぐい来られるのを突っぱねるにもコミュ力が必要だ。峯田に言い返すことができず、諦めて階段に座り直したオレの手元を見て、彼は目を丸くした。
――なんだ?
峯田の視線を追って、自分の手元のスマホがつきっぱなしだったことに気付く。
慌てて裏返すが、やらかした、と思ってバクバクと心臓が鳴りだす。そろりそろりと峯田を見れば、なにか思い出そうとしているような表情を浮かべていた。
「あー……あのさ、見た?」
「ごめん、見えちゃった」
運悪く、今見ていたのはPosTonの@sakiのアカウントで、しかもDMチェックをしていたところだったから、本人確定。と言っても、峯田にスマホを弄る様子はない。すぐに鍵をかけてアイコンを変えてしまえば、彼から特定されることはないはず――
そう頭をフル回転させるが「あ!」という峯田の声にビクっと肩が跳ねた。何かに気付いたのか、覚えがあったのか、峯田はキラキラした目になる。
@sakiとリアルの自分を結び付ける要素は何一つない。気付かれることなんて絶対にない。落ち着け、と自分に言い聞かせ、引きつりそうになる口元を必死で抑える。
「ねぇねぇ! もしかして、@saki名前『はなさきあかり』から取ってる?」
「っ!?」
一瞬で特定された。どうして。なんで。
峯田の言う通り、オレのネット上の名前は本名からつけたものだ。苗字の最後の二文字と、名前の最初の一文字を、続けて読んで引っ繰り返したもの。
とはいえ、三万フォロワーいると言っても、日本の人口を思えば有名人とは言えない。フォロワーの中には、なんとなく流れてきたのを見てフォローしただけで、その後ロクに見ていない人も多いと思う。そんな中で、同級生が@sakiを知っていて、それどころかアイコンだけで特定されるほどに自分のアカウントを覚えている可能性は想定していなかった。
「うわ~マジかぁ。あれ、アカリなの?」
祈るような形に組んだ両手で口元を覆っている峯田の両肩を思い切り掴む。
「誰にも言わないで」
勢いに目を丸くする彼に顔を近付けて声をひそめる。
「へ、なにを?」
「内緒にして。クラスの連中とかに、アレ知られたくない。ってか、オレ程度のこと言いふらしても面白くないと思うし、@sakiなんて誰も知らないと思うし、それに、あんなの見てたら峯田のイメージだって悪くなるぞ」
「待って待って、ちょっと待ってよぉ」
身バレの恐怖に青褪めるオレに、峯田はへらへらと笑いかけてきた。笑い事じゃないと腹が立つ。
「@sakiの動画見てたからって、イメージ悪くなんてならないでしょ」
「なるだろって」
「落ち着いて? それにさぁ、名前呼びしてって言ったの聞こえてなかった? 名字じゃなくて、名前で呼んでよ」
「峯田、オレ真面目な話してんだけど」
「シン」
「……眞」
「おっけ」
名前で呼べば、彼は満足したように頷いて右手の人差し指を立てた。
「落ち着いて聞いてね? おれは、アカリが@sakiだってこと、誰にも言わない。内緒にしてってわざわざ言わなくても、言いふらすつもりなんてないよ。だから安心して?」
約束ね、と小指を強引に絡められる。
「ホントか?」
「ほんと、ってゆ~かね」
彼は手を離すと尻ポケットからスマホを取り出してアプリを起動させる。
「これ」
ずいっとあまりにも近く差し出された画面を見るために身体を離し、眉を寄せる。そこにあったのは弐栖のプロフィールページだった。
「あ?」
――最近弐栖と仲良くしてるみたいじゃないか、という意味か?
また、ほんの少しの苛立ちを覚える。しかしそんなオレに、峯田は想像もしていなかったことを言い出した。
「あのね、これ、おれ」
「は?」
ぽかんと開いた口が塞がらなくなる。
聞こえてきた言葉を理解するのに時間がかかる。
読み込みが終わらずに硬直したオレの目の前で、峯田は手をパタパタと振る。
「信じれない? じゃあさ」
頭が真っ白になっているオレの耳に、峯田は許可もなくイヤホンを捻じ込んでくる。何するんだ、と峯田に目をやった瞬間聞こえてきたのは、アカペラの歌だった。
「声、聞き覚えない?」
「……ある」
聞き慣れた、弐栖の歌声。あれだけ毎日聞いていたんだ。聞き間違えるわけがない。
――どういうことだ?
まだ理解が追い付かない。
「これ、今度出す歌みた動画の元音源。どう? 本人だって信じてくれる?」
この歌はまだ弐栖は歌ってない。動画のアップどころか、告知も、歌うというほのめかしすらされていない。そもそもミックス前? の音源のようだ。そんなものを持っているのは、本人かミックス師か、どちらにせよごく近しい人物だということになる。
――……マジで、本人?
峯田の歌声なら音楽の授業で聞いたことがあるが、弐栖のものとは少し違っていたと思う。似ているとも思わなかった。でも、歌の上手い人がいろんな声で歌うことができることは知っているし、本気の時とそうでない時で歌声が違うことだってあるのかもしれない。
なによりも、オレは峯田が、まだ世の中に出回ってない弐栖のオリジナル曲の一節を歌っていたのを聞いたこともある。あの時にも、彼らが近い距離にいるのかもしれないと疑ったではないか。
でもまさか、同一人物だったとは――
ほぼ連日お互いにイイネを送りあったり、リプをつけたり、時々DMで話をしたり。仲良くなってきて私生活のことも話すようになり、普段の投稿内容について尋ねると、やっぱり彼も高校生だった。
『テストだるい』
『早く終わるといいのにね』
『って言っても、終わったところで誰と遊びに行く予定もないんだけどな』
『@sakiが? トモダチ多いんじゃないの?』
『ないない
実際は大陰キャよ、オレ』
そんな、普通の友達と交わすような文字だけのやり取り。
本当の友達になれたような気分になると、実際に話してみたいと思うようになった。SNSに投稿されていた写真から、彼の生活範囲が近そうだということにも気付いていて、もしかしたらどこかで擦れ違ったことがあるのかも、と想像して勝手に落ち着かない気分になったこともある。
でも、いくら推しだと言っても、ネットで知り合った人に簡単に会いに行くような度胸はなかったし、弐栖から会おうと言ってくることもなかった。だから、このまま彼とは実際に会うチャンスはないのだと思っていた。
ネットで何度プチバズっていようと、現実世界のオレは冴えない高校生のままだ。オレには3万以上もフォロワーがいるんだぞ、なんてことでマウントを取ろうとも思わないし、誰かに教えるつもりもない。第一、今のオレがそんなことを言ったところで、イジリのネタ提供にしかならないだろう。誰かのおもちゃになどなりたくないから、学校では誰にも見られないような場所を探して、こそこそSNSの確認をしていた。
例えば、屋上に出る扉の前の階段。外に出ることは禁止されているから、ここに来る人はそう多くない。しかも、人目がないといっても音は響くから、校舎内でイチャつきたい連中の溜り場はまた別にあった。
昼休み、いつもの場所でスマホをチェックしていたオレは、誰かが上がってくる足音に気付いて慌てて立ち上がった。しかし、逃げようと思った時にはもう、その人は踊り場を回ってきてしまっていた。
「あれぇ? アカリじゃん。昼休み、いつもいないと思ってたけど、こんなところにいたんだぁ」
「峯田、くん」
「シンでい~よ」
峯田はへらへら笑いながらやってきて、オレの隣に迷わず座った。相変わらずの愛想の良さと距離感のなさに、またどん引く。
元々が人懐こい性格なのか、こいつはオレにも平気で話しかけてくる。放課後の教室で会ったあの日以来、仲間と一緒にいる時にまで構ってくれるものだから、彼のオトモダチ連中からは嫌われたようだ。笑顔で挨拶してくる眞の後ろで、どこか行けと言いたげな顔で睨まれることなどしょっちゅうだった。
話しかけてくれと頼んだ覚えはない。峯田が勝手に声をかけてくるだけだ。
そんなことを言ってみたところで「シンは良いやつだからお前みたいな陰キャもほっとけないんだよ。お前が遠慮しろ」と返される想像しかできない。オレは、正直迷惑していた。
しかし、そんなことを直接本人に言えるわけもなく、峯田にとってオレは、ちょっとだけ話すクラスメイトの一人というポジションに置かれてしまったようだった。
「もう行っちゃうとこ? まだ時間あったらちょっと話そ~よ」
「え、なんでオレと」
「興味あるから」
「興味、って、オレの話なんてつまんない、と思う……んだけど」
ぐいぐい来られるのを突っぱねるにもコミュ力が必要だ。峯田に言い返すことができず、諦めて階段に座り直したオレの手元を見て、彼は目を丸くした。
――なんだ?
峯田の視線を追って、自分の手元のスマホがつきっぱなしだったことに気付く。
慌てて裏返すが、やらかした、と思ってバクバクと心臓が鳴りだす。そろりそろりと峯田を見れば、なにか思い出そうとしているような表情を浮かべていた。
「あー……あのさ、見た?」
「ごめん、見えちゃった」
運悪く、今見ていたのはPosTonの@sakiのアカウントで、しかもDMチェックをしていたところだったから、本人確定。と言っても、峯田にスマホを弄る様子はない。すぐに鍵をかけてアイコンを変えてしまえば、彼から特定されることはないはず――
そう頭をフル回転させるが「あ!」という峯田の声にビクっと肩が跳ねた。何かに気付いたのか、覚えがあったのか、峯田はキラキラした目になる。
@sakiとリアルの自分を結び付ける要素は何一つない。気付かれることなんて絶対にない。落ち着け、と自分に言い聞かせ、引きつりそうになる口元を必死で抑える。
「ねぇねぇ! もしかして、@saki名前『はなさきあかり』から取ってる?」
「っ!?」
一瞬で特定された。どうして。なんで。
峯田の言う通り、オレのネット上の名前は本名からつけたものだ。苗字の最後の二文字と、名前の最初の一文字を、続けて読んで引っ繰り返したもの。
とはいえ、三万フォロワーいると言っても、日本の人口を思えば有名人とは言えない。フォロワーの中には、なんとなく流れてきたのを見てフォローしただけで、その後ロクに見ていない人も多いと思う。そんな中で、同級生が@sakiを知っていて、それどころかアイコンだけで特定されるほどに自分のアカウントを覚えている可能性は想定していなかった。
「うわ~マジかぁ。あれ、アカリなの?」
祈るような形に組んだ両手で口元を覆っている峯田の両肩を思い切り掴む。
「誰にも言わないで」
勢いに目を丸くする彼に顔を近付けて声をひそめる。
「へ、なにを?」
「内緒にして。クラスの連中とかに、アレ知られたくない。ってか、オレ程度のこと言いふらしても面白くないと思うし、@sakiなんて誰も知らないと思うし、それに、あんなの見てたら峯田のイメージだって悪くなるぞ」
「待って待って、ちょっと待ってよぉ」
身バレの恐怖に青褪めるオレに、峯田はへらへらと笑いかけてきた。笑い事じゃないと腹が立つ。
「@sakiの動画見てたからって、イメージ悪くなんてならないでしょ」
「なるだろって」
「落ち着いて? それにさぁ、名前呼びしてって言ったの聞こえてなかった? 名字じゃなくて、名前で呼んでよ」
「峯田、オレ真面目な話してんだけど」
「シン」
「……眞」
「おっけ」
名前で呼べば、彼は満足したように頷いて右手の人差し指を立てた。
「落ち着いて聞いてね? おれは、アカリが@sakiだってこと、誰にも言わない。内緒にしてってわざわざ言わなくても、言いふらすつもりなんてないよ。だから安心して?」
約束ね、と小指を強引に絡められる。
「ホントか?」
「ほんと、ってゆ~かね」
彼は手を離すと尻ポケットからスマホを取り出してアプリを起動させる。
「これ」
ずいっとあまりにも近く差し出された画面を見るために身体を離し、眉を寄せる。そこにあったのは弐栖のプロフィールページだった。
「あ?」
――最近弐栖と仲良くしてるみたいじゃないか、という意味か?
また、ほんの少しの苛立ちを覚える。しかしそんなオレに、峯田は想像もしていなかったことを言い出した。
「あのね、これ、おれ」
「は?」
ぽかんと開いた口が塞がらなくなる。
聞こえてきた言葉を理解するのに時間がかかる。
読み込みが終わらずに硬直したオレの目の前で、峯田は手をパタパタと振る。
「信じれない? じゃあさ」
頭が真っ白になっているオレの耳に、峯田は許可もなくイヤホンを捻じ込んでくる。何するんだ、と峯田に目をやった瞬間聞こえてきたのは、アカペラの歌だった。
「声、聞き覚えない?」
「……ある」
聞き慣れた、弐栖の歌声。あれだけ毎日聞いていたんだ。聞き間違えるわけがない。
――どういうことだ?
まだ理解が追い付かない。
「これ、今度出す歌みた動画の元音源。どう? 本人だって信じてくれる?」
この歌はまだ弐栖は歌ってない。動画のアップどころか、告知も、歌うというほのめかしすらされていない。そもそもミックス前? の音源のようだ。そんなものを持っているのは、本人かミックス師か、どちらにせよごく近しい人物だということになる。
――……マジで、本人?
峯田の歌声なら音楽の授業で聞いたことがあるが、弐栖のものとは少し違っていたと思う。似ているとも思わなかった。でも、歌の上手い人がいろんな声で歌うことができることは知っているし、本気の時とそうでない時で歌声が違うことだってあるのかもしれない。
なによりも、オレは峯田が、まだ世の中に出回ってない弐栖のオリジナル曲の一節を歌っていたのを聞いたこともある。あの時にも、彼らが近い距離にいるのかもしれないと疑ったではないか。
でもまさか、同一人物だったとは――

