向かった先は近所の体育館。イベントでもやっていない限り、夜に開いているような場所ではない。用があるのは、この建物のガラス窓だった。
全身が映る大きさがあって、スマホで流す音なら近所迷惑にならないくらいに周辺の建物から離れている。敷地を囲うように植わっている木などのおかげで踊っているところが見えにくく、ごく少数の体育館の敷地を抜けてショートカットしようとする人以外が近くを通りかかることもない。ここは、ダンスの練習にうってつけだった。
最初はウォーミングアップ代わりに、沁みついている振りで踊る。アイドル好きだった母親に、小さい頃からダンスを習わされていた。普段は猫背気味だと注意されることが多いけれど、手足が長いから見栄えがすると言われたことも一度ではない。自分でもそれなりに得意だという自覚はあった。
徐々に大きくなる動きに、通りかかった人が足を止めて眺めていく視線を感じる。ストリートパフォーマーではないからこれで小遣い稼ぎをすることはない。しかし、酔っ払いや気のいい人が差し入れなどを置いて行ってくれることもある。今日もすぐ近くの自販機で買ってくれたスポドリのペットボトルが1本、スマホの横に置かれていた。
「うっわ、ダンサーじゃん」
夢中になってステップを踏んでいると、ケラケラと笑う声が近付いてきた。
「あれって誰かに見せたいんかな。それとも自己満?」
「ってか結構マジでやってるくね? こんなとこでダンス練習とかえっぐ」
「カッコイー」
明らかに馬鹿にした口調に気分を削がれそうになる。ちらっと見れば、それは見知った顔だった。
――うわ、最っっ悪。
その声を発したのはクラスの陽キャグループの連中で、どうやら例のファミレス合コンの帰りのようだった。
ここでクラスメイトに会ってしまうとは思っていなかった。よく考えれば彼らが行くと言っていたファミレスはこの近辺ではこの駅にしかなかったし、体育館は駅の近くなんだから、今までクラスメイトに会わなかったのはただただラッキーなだけだったのだ。
顔を見られないようにフードを深く被りなおし、彼らに完全に背中を向けて軽くステップ踏み続ける。ここでダンスをやめて立ち去ろうとしたら、そっちの方が目立つ。早くどっか行けよ、という気持ちも空しく、ダンスをしている人間が珍しいのか、あろうことかやつらは立ち止まって好き勝手なことを言いだした。
「ってかさぁ、一人で踊ってんのって寂しくね?」
「あ、この曲知ってる」
本当に早く帰れって、と苛立つオレの耳に「帰ろ~?」という静かな声が聞こえてきた。
――この声、峯田?
ガラスの反射で確認すると、峯田はニヤニヤとこちらを見ているグループから少し離れた場所に立っていた。あの時間に教室にいたから、彼は合コンメンバーではないのだと思っていた。けれどあの後合流したようで、少しの間こちらを眺めていた彼は、すぐに飽きたようで自分のスマホに視線を落とし、ポケットにしまう。
「真剣にやってるのを笑うのは失礼かもぉ」
そう言った峯田は、オレになど興味のなさそうな態度でそのまま歩き出す。楽しくオレを冷やかしていた連中はすっかり水を差されたらしく、白けた顔で後をついて行ってしまった。
――アイツ、あんなこと言ってグループからハブられんの怖くないのか? リーダーっぽいから、なに言っても平気なのかな。
なにはともあれ助かった。気を取り直したオレは、新しい曲の振りを完璧にすべく、動画を再生しながらの練習を再開した。
* * *
数日後の昼休み、オレは続々と届く通知を見てにんまりしていた。
陽キャ連中にからかわれた後、完全に覚えた振りを撮影し、速攻で編集して投稿したショート動画が伸びている。PosTonの公開告知ポストにもイイネがたくさん届いていた。
オレは、ネットの世界では@saki《アサキ》と名乗っている。メインはダンス動画の投稿。最近ではフォロワー数も順調に伸びていて、PosTonでも1万後半、ショート動画中心のTiCTaCTeC、通称3Tは2万を超えた。今ではありがたいことに、投稿すればそこそこの人数に見てもらえているようになっている。
私生活はこんなに冴えない陰の者なのに、格好良いファンアートを描いてくれる子までいる。かなり美化されてはいるが、マスクはしていても顔を全部隠しているわけではないので、そのイメージを膨らませてくれているのだろう。当然オレには一切似てなくて、どこの漫画のイケメンキャラだよ、と恥ずかしくなるばかりだ。でも、どこの誰とも知れない自分のために時間を割いて描いてくれることが嬉しくて、いつも感謝の気持ちでいっぱいになりながらイイネを押す。
@sakiとしての活動の時は必ず黒いマスクをつけ、学校では髪でなるべく隠している目元だけを出している。目立たない。友人もいない。いてもいなくても同じようなクラスメイト。そんな自分の活動のことは、逆立ちしたって学校の連中にバレるはずがない。声も出していないのだから、身バレは絶対にしない。オレは、そう高を括っていた。
全身が映る大きさがあって、スマホで流す音なら近所迷惑にならないくらいに周辺の建物から離れている。敷地を囲うように植わっている木などのおかげで踊っているところが見えにくく、ごく少数の体育館の敷地を抜けてショートカットしようとする人以外が近くを通りかかることもない。ここは、ダンスの練習にうってつけだった。
最初はウォーミングアップ代わりに、沁みついている振りで踊る。アイドル好きだった母親に、小さい頃からダンスを習わされていた。普段は猫背気味だと注意されることが多いけれど、手足が長いから見栄えがすると言われたことも一度ではない。自分でもそれなりに得意だという自覚はあった。
徐々に大きくなる動きに、通りかかった人が足を止めて眺めていく視線を感じる。ストリートパフォーマーではないからこれで小遣い稼ぎをすることはない。しかし、酔っ払いや気のいい人が差し入れなどを置いて行ってくれることもある。今日もすぐ近くの自販機で買ってくれたスポドリのペットボトルが1本、スマホの横に置かれていた。
「うっわ、ダンサーじゃん」
夢中になってステップを踏んでいると、ケラケラと笑う声が近付いてきた。
「あれって誰かに見せたいんかな。それとも自己満?」
「ってか結構マジでやってるくね? こんなとこでダンス練習とかえっぐ」
「カッコイー」
明らかに馬鹿にした口調に気分を削がれそうになる。ちらっと見れば、それは見知った顔だった。
――うわ、最っっ悪。
その声を発したのはクラスの陽キャグループの連中で、どうやら例のファミレス合コンの帰りのようだった。
ここでクラスメイトに会ってしまうとは思っていなかった。よく考えれば彼らが行くと言っていたファミレスはこの近辺ではこの駅にしかなかったし、体育館は駅の近くなんだから、今までクラスメイトに会わなかったのはただただラッキーなだけだったのだ。
顔を見られないようにフードを深く被りなおし、彼らに完全に背中を向けて軽くステップ踏み続ける。ここでダンスをやめて立ち去ろうとしたら、そっちの方が目立つ。早くどっか行けよ、という気持ちも空しく、ダンスをしている人間が珍しいのか、あろうことかやつらは立ち止まって好き勝手なことを言いだした。
「ってかさぁ、一人で踊ってんのって寂しくね?」
「あ、この曲知ってる」
本当に早く帰れって、と苛立つオレの耳に「帰ろ~?」という静かな声が聞こえてきた。
――この声、峯田?
ガラスの反射で確認すると、峯田はニヤニヤとこちらを見ているグループから少し離れた場所に立っていた。あの時間に教室にいたから、彼は合コンメンバーではないのだと思っていた。けれどあの後合流したようで、少しの間こちらを眺めていた彼は、すぐに飽きたようで自分のスマホに視線を落とし、ポケットにしまう。
「真剣にやってるのを笑うのは失礼かもぉ」
そう言った峯田は、オレになど興味のなさそうな態度でそのまま歩き出す。楽しくオレを冷やかしていた連中はすっかり水を差されたらしく、白けた顔で後をついて行ってしまった。
――アイツ、あんなこと言ってグループからハブられんの怖くないのか? リーダーっぽいから、なに言っても平気なのかな。
なにはともあれ助かった。気を取り直したオレは、新しい曲の振りを完璧にすべく、動画を再生しながらの練習を再開した。
* * *
数日後の昼休み、オレは続々と届く通知を見てにんまりしていた。
陽キャ連中にからかわれた後、完全に覚えた振りを撮影し、速攻で編集して投稿したショート動画が伸びている。PosTonの公開告知ポストにもイイネがたくさん届いていた。
オレは、ネットの世界では@saki《アサキ》と名乗っている。メインはダンス動画の投稿。最近ではフォロワー数も順調に伸びていて、PosTonでも1万後半、ショート動画中心のTiCTaCTeC、通称3Tは2万を超えた。今ではありがたいことに、投稿すればそこそこの人数に見てもらえているようになっている。
私生活はこんなに冴えない陰の者なのに、格好良いファンアートを描いてくれる子までいる。かなり美化されてはいるが、マスクはしていても顔を全部隠しているわけではないので、そのイメージを膨らませてくれているのだろう。当然オレには一切似てなくて、どこの漫画のイケメンキャラだよ、と恥ずかしくなるばかりだ。でも、どこの誰とも知れない自分のために時間を割いて描いてくれることが嬉しくて、いつも感謝の気持ちでいっぱいになりながらイイネを押す。
@sakiとしての活動の時は必ず黒いマスクをつけ、学校では髪でなるべく隠している目元だけを出している。目立たない。友人もいない。いてもいなくても同じようなクラスメイト。そんな自分の活動のことは、逆立ちしたって学校の連中にバレるはずがない。声も出していないのだから、身バレは絶対にしない。オレは、そう高を括っていた。

