秘密の僕らは、音で触れ合う。

 気もそぞろな状態で夕食を終え、準備万端でパソコンの前に座る。
 ヘッドホンを着け、モニターに映っている動画サイトの弐栖のチャンネルアイコンをクリックする。一番上にあるのは、これから公開される曲の予告サムネイルだ。公開時間の二〇時まではあと七分。手元のスマホの画面にはPosTon(ポストン)を開き、いつでも感想を投げられるようにしてあった。
 待機し始めた段階で自分だけだった視聴者が、時間が近付くにつれ一人二人と増えていく。

『待機。』
『楽しみにしてた!』

 などポツポツとコメントが書かれていく。流しているのは全部同じアイコンで、いつもコメント欄で見かける常連の人だった。オレも楽しみ、と思いながらぽつりぽつりと流れていくコメントを眺める。二分前になりカウントダウンがはじまった。

『きた!』

 という嬉しそうな言葉に大きく頷き、ドキドキしている心臓を押さえる。

『あと一分。』

 ぽん、と表示された少し目立つようなアクセントのつけられたコメントは、チャンネル主のものだ。

 ――あ。今、弐栖も一緒に見てんだ……コレ。

 日本の、もしかしたら海外のどこかにいる彼と、本当に同じ世界、同じ時間に生きているんだと実感して嬉しくなる。そんなの当たり前じゃないかと思ったり、この程度のことで見ず知らずの人に対して妙な親近感を覚えてしまった自分にも苦笑いしながら、残り数秒が表示された画面を瞬きも忘れて見つめる。同時視聴しているのは五人。ささやかすぎる人数ではあるが、これを投稿者の彼はどう思っているのだろう。
 これしか見てくれない?
 それとも、5人もが自分のために時間を割いてくれてる?
 そんなことを考えながら、カウント10あたりから一緒に数える。

 ――5、4、3、2、1……

 ゼロになると同時に、画面が青くなる。視点が上へ移動して青い空が映った。真っ白い雲が、じりじりと皮膚を焼く熱い夏の日の晴れた日を効果的に表現している。流れてくるイントロからして既に、爽やかな夏の歌だった。
 オレは無意識に全身でリズムを取り出す。ぱんっと弾けるようなインパクトと共に耳に飛び込んできたボーカルは、張りのある瑞々しい爽やかな声で、楽しそうに歌っている雰囲気が伝わってきて、聞いている自分までも笑顔になる。

 ――気持ちいー。

 このメロディに合わせるのならどんなステップがいいだろう、と頭の中で躍りだしそうになるのを必死で堪えて、彼のメロディに、歌に、歌詞に集中する。
 爽やかな声と音で紡がれるのは、青臭さと苛立ちをほんのり感じさせる内容で、強い共感を覚えた。明るいメロディの中に潜んでいる切なさに、ぐっと心を掴まれる。曲が流れている最中にもコメントが流れているが、集中しているオレには打ち込む余裕どころか、それを読む余裕もない。

「ふ、っ……はぁ……」

 最後の1音が消えていってやっと、短く息を吸って、溜息を吐く。その行動で、呼吸も忘れて聞き入っていたことに気付いた。

「今回のも、サイコー」

 感動を忘れないうちに、高評価ボタンを押して「最高!リピする」と短いコメントを送る。それからすぐPosTonに弐栖の新作動画のURLを引用しながら『今回のも最高!踊りたい』と投稿する。
 こうやって投稿したところで、たいした拡散力があるわけではない。宣伝効果など皆無だろう。それでも、好きなものを好きだと世界中に言いふらしたかった。

「もう一回聞こ」

 再生をタップして最初から聞き直す。やっぱりイイ、と指先でリズムをとっていたのだが、ラスサビ前のフレーズに引っ掛かりを覚えた。

「あれ……このメロディどこかで……」

 さっき聞いたから覚えがあるわけではない。そうじゃない、最近コレどこかで――

「あ!」

 記憶を探って、声が出る。
 ――これ、もしかして放課後の教室で峯田が歌っていたメロディなんじゃないか?
 まさか……単なる偶然? いや、偶然でこんなに似る?
 混乱しながら、もう一度ラスサビ前を再生する。たった今発表されたばかりの弐栖の新曲なのに、峯田が歌っていたのはこれだと確信できてしまうほどにメロディラインが似通っているように思えた。
 初回でピンとこなかったのは、推しの新曲、しかも本人も同時に見ているというのにドキドキしてあまり冷静に聞けていなかったせいかもしれない。改めて聞いてみれば、今日の夕方クラスメイトが歌っていた曲にそっくりだと気付いてしまって、どういうことなのかと疑問が渦巻く。
 峯田が歌っていたのが、もし本当に今聞いたばかりの弐栖の曲だったなら。
 ――峯田は、発表前にそれを聞ける立場にいるってことか?
 クラスメイトが好きな歌い手の知り合いかもしれない。そう気付いて、一度落ち着いた心臓がまたバクバクいいだす。どうしよう、明日、峯田に話しかけて――などと思ったところで冷静になった。
 友達の友達なんてものは他人だ。そもそも、峯田とは友人でも何でもない。いつも人に囲まれている彼に話しかけるなんて、考えるまでもなく無理な話だった。
 ――第一、話しかけるタイミングを見つけられたとしてなんて言うんだ?

「弐栖の新曲聞いた?」

 勘違いだった場合、とんでもない空気になることは想像に難くない。想像してゾッとする。
 一瞬でも変なことを思ってしまったことに落ち込み、深い溜息を吐いてベッドに転がる。スマホからは、自動再生で弐栖の過去投稿が流れ出していた。有名な曲のカバーは、彼の投稿作品の中でも再生数が多いものの一つだ。

「オリ曲もいいのになぁ」

 ぼーっと聴きながら、この曲の振り付けは~……と動画系SNSで流行っているダンスを手だけで踊る。そのうちに手だけでは物足りなくなって全身を使って踊りたくなる。
 と言っても、家の中で全力で踊ったら親からうるさいと怒られる。でも、踊りたい。
 もやもやした気持ちを吹き飛ばすべく、「ちょっとコンビニ行ってくる」と口実を作って家を飛び出した。