秘密の僕らは、音で触れ合う。

 二人ともテンションが上がって食事も忘れて動画の構成を考え続ける。夕方になって空腹に気付き、ファミレスに出掛ける。実は近くに住んでいた眞の家の近くに、例の体育館があった。

「オレ時々踊ってるんだけど、もしかして知ってた?」
「@sakiに雰囲気似てる人がいるなぁって思ってた。本人だったんだね」
「うっわ、マジで? 恥ずかし。もう踊れねぇわ」
「え~今度ちゃんと見せてよぉ」

 そんなことを話しながら食事を終える。ちょうど区切りの良いところまで話を詰められたこともあって、そこでお別れして家に帰り、さっそく仮撮影の準備に取り掛かる。
 アイドル好きで息子にダンスを習わせていただけあって、うちには練習用の広いスペースがあった。窓のところにカメラを設置すれば、白い壁を背景に撮影できる状況にあった。
 眞の曲を流しながら最終確認をし、微調整しながら仮に撮って動きを確認する。
 ――もう少し見栄え欲出来そうだな。
 でも、他者の意見も聞いてみたい。眞に「仮撮りした」とLien(リアン)で送ると、すぐに通話がかかってきて、興奮した様子で早口で感想を告げられた。

『すっっごい格好い! さっすがおれの推し、最高すぎる~! 尊い、ヤバい、拝んだ。もう脳味噌沸騰する。最初の顔上げるとこの目線とかぁ、それだけでイきそ……』

 あのキラキラした歌詞を書く人間とは思えない語彙力の低下に笑う。しかし眞はよほど気に入ってくれたのか、称賛の言葉が止まらない。

「これまだ完成じゃないんだけど」
『え~? 完成じゃなくてコレぇ? ヤッバぁ! ってことは、これを見られるのは世界でおれだけ? ヤッバい、特別すぎるぅ』

 完全に言語が崩壊している眞に笑って、落ち着かせたところで意見を聞く。しかし、指先まで意識が通ってて格好良いだの、踊ってる時のオレがどれだけ色っぽいかみたいな言葉しか出てこない。

「お前さぁ、オレのこと好きすぎない?」
『え、大好き。愛してる』
「……そりゃ、ありがと……」
『引いてない? ほんと好きだよ、世界で一番』

 オタクの誇大表現出た、とまたひとしきり笑い、もう少し練ると言って通話を終えた。
 切る直前『おれ、ちょっとだけ自信ついたかも。少し自分出してやってみようかなぁ』と眞が言い出した。良いんじゃね? と軽く返したのだが、翌日からそれを非常に後悔することになった。


 翌日の昼休み。

「つっかれたぁ……」
「お前。自分を出すの方向性間違ってんだろ」

 教室にいたらみんなから囲まれる。よそのクラスからも見学が来る。
 朝から追い掛け回され、やっとのことで屋上前の踊り場に逃げてきた眞は疲れ切っていた。パックのイチゴ牛乳を渡すと、ノロノロした仕草でストローを刺して咥える。しかし吸うだけの元気はないらしく、また項垂れてしまう。

「自分を出すなら素顔からと思って」
「その顔で騒がれないと思ってたなら、どうかしてんな」
「中学まではモテの形跡もなかったからぁ、こんな追っかけまわされると思わなかったんだよぉ」

 マスクを外した眞の美少年具合を一足先に浴びていたオレは、そんなわけあるかと呆れる。素顔で投稿してきた峯田眞が、噂だけじゃなくて本当にイケメンだったと朝から学校中が大騒ぎだった。

「お前結構天然だよな。今考えてみたら弐栖が天然だったもんな。眞がズレてないはずなかったわ」
「おれ天然じゃないよ」
「自覚あるのは計算。だから、自覚ない眞は天然」
「え~?」

 ずずず、と飲み物を飲みだした彼にカレーパンを渡す。何も持たずに来た彼は、どうせ昼食を買う余裕もなかったのだろう。こうなることを見越して余分に買っておいたそれを見た眞は「甘いのがよかった」とクレームをつけてくる。

「あるだけありがたいと思えよ」
「辛いの苦手ぇ。だからそれちょ~だい」

 オレの齧りかけのウィンナーパンを勝手に取り上げた眞は、迷うことなく食べ始める。

「それ、食べかけ」
「気にしな~い」
「オレが気にするっつーの」

 と言っても、既に口をつけられたそれを取り返す気はない。食べられないと言われたカレーパンを口に運ぼうとすると、じっとこっちを見た眞は真面目な顔で言った。

「気になるのって、間接キス?」
「おま……ッ、そういう冗談やめろって! バカなこと言ってんじゃねぇよ」
「アカリ、ファーストキスまだって言ってたから、もしかしたら初間接キスかなぁ、とか」
「オモチャにすんな」
「してないよ~」

 にまにましている眞にさっきまでの疲れ切った様子はない。少しでも気分転換になったならいいか、と流しながら昼食を終える。

「今日、遊びに来る?」
「なんで」
「例のショートのコメント、一緒に見たいなぁって」

 だめ? と上目遣いにおねだりされて、うっ、とたじろぐ。

「その顔反則」

 圧に負けて頷くと、眞は嬉しそうに顔を綻ばせる。教室に戻りながら、一度家に帰って着替えてから行くとか、そんな話をする。廊下の角を曲がったところで、たむろっていた女子に見つかった。

「シンくん! ねえ写真撮らせて――」
「うわぁっ!」
「おっ、おい!」

 スマホを構えた女子を前にして、眞は反射的に逃げ出す。その手に、オレの手を握って。

「待ってよぉ」
「おれ、用事あるから!」

 走りながら女子に言った眞の口元が緩んでいる。
 ――こいつ、なに楽しんでるんだ?
 食後に全速ダッシュさせられているオレの横っ腹は痛くなってくる。

「オレを巻き込むなよ」
「巻き込まれてよ。マブダチでしょ」
「いつから!」
「この前から。ほら、死なば諸共ってやつぅ」
「一緒に死にたくねえ」

 笑いながら教室に飛び込んだ眞は、当然のごとく注目を集めた。彼がしっかりと手を握って駆け込んできて、肩を組んで自席に連れていったオレにも好奇心の目が送られる。
 普段接点はないのだから、周囲が驚くのも理解できる。なんであの二人、と怪訝そうな顔をされると胃が痛む。普段眞とつるんでいる連中なんか、目玉がこぼれるのではないかと思うくらいに大きく目を見開いていた。

「お前、覚えてろよ……」

 視線だけでこんなに疲れるとは知らなかった。好奇の視線を浴びた午後をなんとかやりすごしたオレは、放課後の教室で机に突っ伏していた。その前の席に座った眞は、この時間になるまで逃げ回っていたらしく汗を吹きながらオレの飲みかけのお茶を飲んでいる。

「なにがぁ?」

 のんびりした口調の眞を、長い前髪の隙間から睨みつける。

「オレの平穏な学生生活をぶち壊しやがって」
「壊してないよぉ」
「お前がオレとトモダチとか宣言しやがるから、目立たず生きるって目的の達成が難しくなったじゃねぇか」

 自分がどれだけ目立つか自覚があるのか、と詰めると彼はきょとんとして、それから弾かれたように笑い出した。

「そっかぁ、予定狂っちゃったんだ」
「狂った、眞のせいだ」
「ってことは、これから学校でも一緒にいてくれるって意味だよね」

 よく考えれば学校でも一緒に行動するという前提がなければこんな発言は出てこない。人の噂などすぐに消える。しかもそのうちに夏休みを挟むのだから、眞を無視して生活すれば、あとちょっとだけ好奇の視線を我慢すればいいだけの話だった。
 でも今のオレに、眞と一緒にいないという選択肢はなかった。気付いたら、完全に懐柔されていた。

「ちゃぁんと責任取るよ。これからもず~っとアカリと一緒にいるね」

 くふっと笑った眞は、立ち上がって手を差し出してくる。繋ぐものか、と叩き落としたのに、彼はなぜか楽しそうに笑った。