学校なんてつまらない、などと言い切れるほどに学校生活に身を入れてもいないし、キラキラした青春群像劇みたいなものの登場人物になれるなんて期待もしていない。
いや、本当に期待してないのはきっと、自分自身に対してだ。
「あーもー、ダルっ」
クラス替えからもうすぐ一ヶ月。最近は夏が来るのが早い。気温は毎日のように上がっていて、今日はまだ四月だというのに夏日になるという予報だった。しかし、暑い暑いと騒いだところで涼しくはならない。そうやって教室で大声を出される方がよっぽど鬱陶しい。もう少し声のボリュームを落とせないのか? と思いながら、賑やかな集団をチラ見する。
――うわっ。
何の気なく視線を向けただけだったのに、タイミング悪くその中の一人と目が合ってしまった。ガン飛ばしてるって思われたかも、と瞬時に考え、絡まれたくなくて慌てて視線を逸らす。けれど、しばらく経っても何も言われない。ウゼェなんていう声も聞こえない。
助かったと思うと同時に、目が合ったと思ったのは自分だけだったのかも、と自意識過剰に恥ずかしくなって、眠くなったようなフリで机に突っ伏す。
――クラスメイト相手になにビビってんの、オレ。
クソダセェ、と誤魔化すように耳たぶを触れば、指先にいくつか穴が開いているのを感じる。
――クラスでも地味目で目立たない陰の者が、こんなバチクソにピアス開けてるとか。あいつらに知られたら、すげぇ絡まれそう。
面倒事は避けたい。耳にイヤホンを突っ込み、これ以上周囲の声が聞こえないようにする。長く伸ばしている前髪でピアスの穴を念入りに隠し、曲に合わせてリズムを刻んで動き出しそうになる手足を意識的に抑え込む。ただリズムに乗っているだけなのに、貧乏揺すりするなとケチをつけられてはたまらない。
――早く放課後にならねぇかな。
溢れそうになった小さな溜息を、オレはそっと飲み込んだ。
そして放課後。
想像通りと言うかなんと言うか、教室に残されたのはオレ一人だった。今週掃除当番になっている陽キャ連中は「俺ら、どーしても外せない用事あるんだよね。手伝えなくてごめーん」なんて言いながら、申し訳なさそうな素振りもなく帰っていった。
――手伝うじゃねぇだろ。お前たちの仕事なんだよコレは。
外せない用事というのがただのファミレス合コンだというのは、連中が昼休みに大声で話していたから把握済みだ。
――その合コン、全員でやればほんの一〇分程度で終わる掃除も出来ないほどに重要なのか? 重要なんだろうな、あの手のヤツらにとっては。
オレはぶつくさ言いつつ掃き掃除を済ませ、ゴミ捨て場に向かう。
「ぅあー、オレだって早く帰りてぇんだって」
廊下を歩きながら、ついつい独り言が漏れる。
数日前、昼休みにチェックしたSNSのPosTonで、お気に入りの歌い手が新作アップの告知をしているのを見つけた。しかも、カバーじゃなくてオリジナルだ。推しの新曲に興奮するなというのは無理な話だ。公開日時を知ってからずっと楽しみにしていたこともあって、公開日である今日は朝から落ち着かなかった。公開時刻は夜だから、今すぐ帰ったところですぐに聞けるわけじゃない。だけど、あと何分で聞けるんだ、とスマホを握りしめて待っているあの時間がとんでもなく楽しい。
「弐栖のオリ曲、久し振りだよなー」
どんな曲調で来るのかと想像してはニヤニヤが止まらない。カバー曲も流行りを押さえた上で、彼の声や歌い方に合っているものばかりだから何度もリピートしている。でもオレには、弐栖という名前の男性歌い手が作るオリジナル曲がとても刺さった。例え有名曲のカバーより再生数が少なかったとしても、オレは弐栖の作る歌が大好きだった。
山になっていたゴミを捨て、空になったゴミ箱を抱えて教室に戻る。面倒なことを押し付けられてもやもやしていたけど、今夜のお楽しみを思い出せば案外簡単に機嫌は直った。弾む足取りを押さえられず、廊下に誰もいないのをいいことに跳ねるように歩いてきたオレは、教室のドアに手をかけたところで、なにか小さく聞こえてきた気がして動きを止めた。
――誰か、いる?
教室を出た時には、もう誰もいなかった。気のせいか? と思いながら、息を殺して耳を澄ます。いや、確かに中から澄んだ綺麗な声が聞こえる。誰かが歌っている。
――あれ。この声って……
記憶の隅の何かに歌声が引っ掛かる。でも、具体的に何が気になっているのかは掴めなくて、胸の辺りがむずむずした。
聞いた覚えのないメロディは、今の流行りの曲ではないようだ。鼻歌のようで歌詞は聞こえてこない。だが、その切ない旋律に興味を惹かれた。
――もうちょっとハッキリ……
ゴッ!
「……あ。」
耳をドアにつけようとして、うっかりゴミ箱をぶつけてしまった。人気のない廊下と教室に鈍い音が響き、途端に歌声は聞こえなくなる。やっちまった、と冷や汗をかきながらも声の主を見たくて、逃げられる前に勢いよくドアを引いた。
「え……?」
窓にもたれるように立ってきたのは、昼休みに目があった陽キャ軍団の中心人物。他に誰かいないのか? と教室内を見回してみるが、誰もいない。
――ということは、あの歌声はこいつの……?
あまりにも意外で、数度瞬きをしたオレは驚きを隠せないまま相手を見つめた。
いや、本当に期待してないのはきっと、自分自身に対してだ。
「あーもー、ダルっ」
クラス替えからもうすぐ一ヶ月。最近は夏が来るのが早い。気温は毎日のように上がっていて、今日はまだ四月だというのに夏日になるという予報だった。しかし、暑い暑いと騒いだところで涼しくはならない。そうやって教室で大声を出される方がよっぽど鬱陶しい。もう少し声のボリュームを落とせないのか? と思いながら、賑やかな集団をチラ見する。
――うわっ。
何の気なく視線を向けただけだったのに、タイミング悪くその中の一人と目が合ってしまった。ガン飛ばしてるって思われたかも、と瞬時に考え、絡まれたくなくて慌てて視線を逸らす。けれど、しばらく経っても何も言われない。ウゼェなんていう声も聞こえない。
助かったと思うと同時に、目が合ったと思ったのは自分だけだったのかも、と自意識過剰に恥ずかしくなって、眠くなったようなフリで机に突っ伏す。
――クラスメイト相手になにビビってんの、オレ。
クソダセェ、と誤魔化すように耳たぶを触れば、指先にいくつか穴が開いているのを感じる。
――クラスでも地味目で目立たない陰の者が、こんなバチクソにピアス開けてるとか。あいつらに知られたら、すげぇ絡まれそう。
面倒事は避けたい。耳にイヤホンを突っ込み、これ以上周囲の声が聞こえないようにする。長く伸ばしている前髪でピアスの穴を念入りに隠し、曲に合わせてリズムを刻んで動き出しそうになる手足を意識的に抑え込む。ただリズムに乗っているだけなのに、貧乏揺すりするなとケチをつけられてはたまらない。
――早く放課後にならねぇかな。
溢れそうになった小さな溜息を、オレはそっと飲み込んだ。
そして放課後。
想像通りと言うかなんと言うか、教室に残されたのはオレ一人だった。今週掃除当番になっている陽キャ連中は「俺ら、どーしても外せない用事あるんだよね。手伝えなくてごめーん」なんて言いながら、申し訳なさそうな素振りもなく帰っていった。
――手伝うじゃねぇだろ。お前たちの仕事なんだよコレは。
外せない用事というのがただのファミレス合コンだというのは、連中が昼休みに大声で話していたから把握済みだ。
――その合コン、全員でやればほんの一〇分程度で終わる掃除も出来ないほどに重要なのか? 重要なんだろうな、あの手のヤツらにとっては。
オレはぶつくさ言いつつ掃き掃除を済ませ、ゴミ捨て場に向かう。
「ぅあー、オレだって早く帰りてぇんだって」
廊下を歩きながら、ついつい独り言が漏れる。
数日前、昼休みにチェックしたSNSのPosTonで、お気に入りの歌い手が新作アップの告知をしているのを見つけた。しかも、カバーじゃなくてオリジナルだ。推しの新曲に興奮するなというのは無理な話だ。公開日時を知ってからずっと楽しみにしていたこともあって、公開日である今日は朝から落ち着かなかった。公開時刻は夜だから、今すぐ帰ったところですぐに聞けるわけじゃない。だけど、あと何分で聞けるんだ、とスマホを握りしめて待っているあの時間がとんでもなく楽しい。
「弐栖のオリ曲、久し振りだよなー」
どんな曲調で来るのかと想像してはニヤニヤが止まらない。カバー曲も流行りを押さえた上で、彼の声や歌い方に合っているものばかりだから何度もリピートしている。でもオレには、弐栖という名前の男性歌い手が作るオリジナル曲がとても刺さった。例え有名曲のカバーより再生数が少なかったとしても、オレは弐栖の作る歌が大好きだった。
山になっていたゴミを捨て、空になったゴミ箱を抱えて教室に戻る。面倒なことを押し付けられてもやもやしていたけど、今夜のお楽しみを思い出せば案外簡単に機嫌は直った。弾む足取りを押さえられず、廊下に誰もいないのをいいことに跳ねるように歩いてきたオレは、教室のドアに手をかけたところで、なにか小さく聞こえてきた気がして動きを止めた。
――誰か、いる?
教室を出た時には、もう誰もいなかった。気のせいか? と思いながら、息を殺して耳を澄ます。いや、確かに中から澄んだ綺麗な声が聞こえる。誰かが歌っている。
――あれ。この声って……
記憶の隅の何かに歌声が引っ掛かる。でも、具体的に何が気になっているのかは掴めなくて、胸の辺りがむずむずした。
聞いた覚えのないメロディは、今の流行りの曲ではないようだ。鼻歌のようで歌詞は聞こえてこない。だが、その切ない旋律に興味を惹かれた。
――もうちょっとハッキリ……
ゴッ!
「……あ。」
耳をドアにつけようとして、うっかりゴミ箱をぶつけてしまった。人気のない廊下と教室に鈍い音が響き、途端に歌声は聞こえなくなる。やっちまった、と冷や汗をかきながらも声の主を見たくて、逃げられる前に勢いよくドアを引いた。
「え……?」
窓にもたれるように立ってきたのは、昼休みに目があった陽キャ軍団の中心人物。他に誰かいないのか? と教室内を見回してみるが、誰もいない。
――ということは、あの歌声はこいつの……?
あまりにも意外で、数度瞬きをしたオレは驚きを隠せないまま相手を見つめた。

