六月も終わりに近づいた頃、湊に突然手を合わせて頼みごとをされた。
「ナツ、一生のお願いなんだけど」
「気軽に一生のお願い使いすぎじゃね?」
湊は俺にお願いをすることに躊躇しない。頼られるのは嬉しいが、俺は湊と違って人に頼みごとをするのが苦手なので少し羨ましい。
「いつ死ぬかわかんない人生送ってきたから出し惜しみって概念ないんだよ。折り紙は金と銀から使う派」
そういえば湊はショートケーキの苺を最初に食べる派だったな、と思い出す。
「ドブ水の時にもう使っただろうが。で、何?」
「実は俺の友達がナツに会いたいって言ってて」
「は? 友達?」
湊が転校してきてだいぶ経つが、俺以外の人と絡んでいるところはあまり見たことがない。転校初日の挨拶が挙動不審な不思議ちゃん全開だったこともあり、周りもどう接していいかわからなかったのだろう。中間テストで百点を取った時は隣の席の女子に「市野君頭いいんだね」と褒められたとドヤ顔で報告されたけれど。
「ほら、俺入院してたじゃん? その時仲良くなった友達。今も毎日ラインでやりとりしてるんだけど、ナツの話したら会ってみたいって言っててさ。優弥って言うんだけど」
湊に俺よりも付き合いが長い友達がいる。毎日連絡を取っている友達がいる。何もおかしなことではないはずなのに、なかなか湊の言葉が頭に入って来なかった。
「優弥は今も入院してるんだけど、久々にお見舞いがてら行こうと思って。で、その時にナツのこと紹介したいなって……ってナツ、聞いてる?」
湊が両手で頬を挟んで、俺の顔を自分の方に向けさせた。そのまま頬を押して潰してくる。
「聞いへう」
頬をつぶされたせいでタコ口になりうまく話せない。
「じゃ、今日の放課後、花霞総合病院ね」
またしても強引に決められてしまった。
気は乗らなかったが、引き受けたことなので放課後約束通り湊の友達に会いに行った。病室には既に先客がいた。見舞客らしき人は、近隣の進学校の制服を着ていた。
「あ、湊。久しぶり」
湊の友達、優弥が手を振ってきた。
「優弥久しぶり。朔も久しぶり」
「おう」
朔と呼ばれた見舞客は不愛想な印象だ。こちらも知り合いなのだろう。
「紹介するね、こっちが優弥。俺が転院してきてからだから三年くらいの付き合い、なのかな。こっちが朔。優弥の幼馴染ですごく頭いいんだよ。お医者さん目指してる。で、こっちがナツ。同じクラス」
湊は中間テストの点数がどの教科も俺より二十点以上高く、学年でも成績はトップレベルだ。その湊が言うのだから本当に頭がいいのだろう。
「うわー、本物だー」
優弥が俺を珍しい物を見るような目で見て放心している。
「急にお邪魔してすみません」
「いやいや、会ってみたいって頼んだの僕だし。ていうか、湊の友達なんだしタメ語でいいよ。ねっ、朔」
朔が黙ってうなずく。優弥はノリが湊に似ている。テンションがここまで正反対の朔と優弥が何で一緒にいるのかはよくわからない。
「初めまして。優弥です。いつも湊がお世話になってます」
「初めまして、鶉坂ナツです」
俺が名乗ると優弥が目を輝かせた。
「鶉坂って苗字かっこいいね。五文字苗字憧れる。そうそう、湊もかっこいい苗字に憧れてるって前に言ってたよね。そういえばペンネームって決まったんだっけ?」
「ペンネーム?」
「わー! ストップ、ストップ!」
俺が聞き返すと、湊が急に慌てだした。
「ちょっと、ナツには秘密って言ったじゃん!」
「ごめん、忘れてた。ナツ君、やっぱ今の無し」
人を呼びつけておいて内緒話か。少しイラっとしたが、相手は病人だ。笑顔でやり過ごす。
「ほんと、優弥って忘れっぽいよね」
「いや、湊の方が抜けてるっしょ。朔もそう思うよね?」
「どっちもどっちだろ」
「えー、だって湊って去年さあ……」
俺の知らない話で盛り上がられても、心を無にする。森と安井がバスケ部の内輪ネタで盛り上がっている時だってそうしてきた。
「そんなわけで、湊って勉強はできるけどちょっと天然ボケ入ってるからさ、色々迷惑かけるかもしれないけど仲良くしてやってね」
「あっ、うん」
モヤモヤしながらもそれしか言えなかった。どこから目線だよ。後方兄貴面か。いや、落ち着け。勝手にマウントを取られた気になるのはよくない。友達同士で嫉妬をするのはおかしいことだ。自分に言い聞かせ、笑顔で相槌を打つ。ちらっと朔を見る。二人だけで盛り上がっていても特に気にしている様子はなかった。
「朔君は、家この辺?」
居心地が悪すぎる。帰りたい。絶対に湊に伝わるはずがないと思いつつも家というワードを出して帰りを促す。
「歩いて五分くらい」
朔はぶっきらぼうに答えたあと、湊に声をかける。
「湊、あんまり遅くなると親御さん心配するんじゃねえの」
朔はそのつもりはないと思うが、俺にとっては助け船だ。
「そうだな。初対面なのに長居してごめん。そろそろお暇するよ」
「えー、全然迷惑じゃないよ。また来てよ」
優弥が湊と笑い方が似ているのが無性に腹が立った。全部飲み込んで精一杯の笑顔を向けて病室を後にした。
「ナツ、今日はありがと。優弥も楽しそうだったし、また付き合ってよ」
湊は優弥と話している時の方が楽しいのだろうか。湊は俺に心を開いてくれていると思っていた。でも、俺には話せないけど優弥には話せることがある。それが悔しかった。
「いいけど、ペンネームって何の話か教えろよ」
「うわー、それ聞いちゃうかー」
湊が恥ずかしげな顔をして悶えている。
「早く言えよ」
「あー、バレちゃったなら仕方ない。俺、実は漫画描いてます!」
湊はそう言った後、目をそらした。
「何であいつには言えるけど俺には言えないんだよ」
言った瞬間に後悔した。小学生の頃、友人に似たようなことを言って女々しいと言われたことがある。また同じ失敗をしてしまった。しかし、湊は気にした様子もなく、照れながら答えた。
「えっとですね、今描いてる漫画の主人公のビジュアルがですね。ナツにそっくりでして」
頭が混乱した。そういえば転校初日に俺が漫画のキャラに似ていることを匂わせていた気がする。入院中に漫画を描いていたということは俺と出会う前の話だ。偶然主人公がそういうビジュアルになって、自分の生み出したキャラに俺が似ていたから俺を慕うようになったのだろうか。複雑な気持ちだ。
「見せろよ、その漫画」
俺に似たキャラを俺と出会う前に描いていたなんて気になるに決まっている。
「え、無理。だって学校って漫画持ち込み禁止じゃん。没収される」
ごまかしているのか素で言っているのかはわからない。しかし、そのどちらでも同じことだ。
「売ってる漫画を持ち込むなって意味だよ。自分で描いたやつはノーカン。じゃないと、教科書に四コマ漫画の落書きしてる森は教科書没収されちまうだろうが」
「なるほど。ナツ頭いいね」
どうやらただの世間知らずだったらしい。
「でも、人に見られるの恥ずかしいし。うーん……」
「俺に似てんなら俺に肖像権あんだろ」
肖像権のことは詳しくないし、無茶苦茶なことを言っている自覚はあるが、押し切れるような気がした。湊は少し考えた後、ふうっと息をついて答えた。
「わかった。学校持っていくのは嫌だけど、俺の家で見るならいいよ。明後日学校休みだし、うち泊まりに来てよ。積もる話もあるしさ」
そんなにもったいぶることないだろ、と文句の一つもつけたくなったが、言葉を飲み込んだ。
「わかった」
「おっけー。部屋片づけておくね。ていうか、家に友達呼ぶの人生初だ。楽しみ。漫画見せるのはちょっと恥ずかしいけど」
友達の家に遊びに行ったことはあるけど、泊まりに行くのは俺も初めてだ。モヤモヤは見て見ぬふりをした。友達を独り占めしたいなんて感情は異常なことだ。そう自分に言い聞かせて解散した。
「ナツ、一生のお願いなんだけど」
「気軽に一生のお願い使いすぎじゃね?」
湊は俺にお願いをすることに躊躇しない。頼られるのは嬉しいが、俺は湊と違って人に頼みごとをするのが苦手なので少し羨ましい。
「いつ死ぬかわかんない人生送ってきたから出し惜しみって概念ないんだよ。折り紙は金と銀から使う派」
そういえば湊はショートケーキの苺を最初に食べる派だったな、と思い出す。
「ドブ水の時にもう使っただろうが。で、何?」
「実は俺の友達がナツに会いたいって言ってて」
「は? 友達?」
湊が転校してきてだいぶ経つが、俺以外の人と絡んでいるところはあまり見たことがない。転校初日の挨拶が挙動不審な不思議ちゃん全開だったこともあり、周りもどう接していいかわからなかったのだろう。中間テストで百点を取った時は隣の席の女子に「市野君頭いいんだね」と褒められたとドヤ顔で報告されたけれど。
「ほら、俺入院してたじゃん? その時仲良くなった友達。今も毎日ラインでやりとりしてるんだけど、ナツの話したら会ってみたいって言っててさ。優弥って言うんだけど」
湊に俺よりも付き合いが長い友達がいる。毎日連絡を取っている友達がいる。何もおかしなことではないはずなのに、なかなか湊の言葉が頭に入って来なかった。
「優弥は今も入院してるんだけど、久々にお見舞いがてら行こうと思って。で、その時にナツのこと紹介したいなって……ってナツ、聞いてる?」
湊が両手で頬を挟んで、俺の顔を自分の方に向けさせた。そのまま頬を押して潰してくる。
「聞いへう」
頬をつぶされたせいでタコ口になりうまく話せない。
「じゃ、今日の放課後、花霞総合病院ね」
またしても強引に決められてしまった。
気は乗らなかったが、引き受けたことなので放課後約束通り湊の友達に会いに行った。病室には既に先客がいた。見舞客らしき人は、近隣の進学校の制服を着ていた。
「あ、湊。久しぶり」
湊の友達、優弥が手を振ってきた。
「優弥久しぶり。朔も久しぶり」
「おう」
朔と呼ばれた見舞客は不愛想な印象だ。こちらも知り合いなのだろう。
「紹介するね、こっちが優弥。俺が転院してきてからだから三年くらいの付き合い、なのかな。こっちが朔。優弥の幼馴染ですごく頭いいんだよ。お医者さん目指してる。で、こっちがナツ。同じクラス」
湊は中間テストの点数がどの教科も俺より二十点以上高く、学年でも成績はトップレベルだ。その湊が言うのだから本当に頭がいいのだろう。
「うわー、本物だー」
優弥が俺を珍しい物を見るような目で見て放心している。
「急にお邪魔してすみません」
「いやいや、会ってみたいって頼んだの僕だし。ていうか、湊の友達なんだしタメ語でいいよ。ねっ、朔」
朔が黙ってうなずく。優弥はノリが湊に似ている。テンションがここまで正反対の朔と優弥が何で一緒にいるのかはよくわからない。
「初めまして。優弥です。いつも湊がお世話になってます」
「初めまして、鶉坂ナツです」
俺が名乗ると優弥が目を輝かせた。
「鶉坂って苗字かっこいいね。五文字苗字憧れる。そうそう、湊もかっこいい苗字に憧れてるって前に言ってたよね。そういえばペンネームって決まったんだっけ?」
「ペンネーム?」
「わー! ストップ、ストップ!」
俺が聞き返すと、湊が急に慌てだした。
「ちょっと、ナツには秘密って言ったじゃん!」
「ごめん、忘れてた。ナツ君、やっぱ今の無し」
人を呼びつけておいて内緒話か。少しイラっとしたが、相手は病人だ。笑顔でやり過ごす。
「ほんと、優弥って忘れっぽいよね」
「いや、湊の方が抜けてるっしょ。朔もそう思うよね?」
「どっちもどっちだろ」
「えー、だって湊って去年さあ……」
俺の知らない話で盛り上がられても、心を無にする。森と安井がバスケ部の内輪ネタで盛り上がっている時だってそうしてきた。
「そんなわけで、湊って勉強はできるけどちょっと天然ボケ入ってるからさ、色々迷惑かけるかもしれないけど仲良くしてやってね」
「あっ、うん」
モヤモヤしながらもそれしか言えなかった。どこから目線だよ。後方兄貴面か。いや、落ち着け。勝手にマウントを取られた気になるのはよくない。友達同士で嫉妬をするのはおかしいことだ。自分に言い聞かせ、笑顔で相槌を打つ。ちらっと朔を見る。二人だけで盛り上がっていても特に気にしている様子はなかった。
「朔君は、家この辺?」
居心地が悪すぎる。帰りたい。絶対に湊に伝わるはずがないと思いつつも家というワードを出して帰りを促す。
「歩いて五分くらい」
朔はぶっきらぼうに答えたあと、湊に声をかける。
「湊、あんまり遅くなると親御さん心配するんじゃねえの」
朔はそのつもりはないと思うが、俺にとっては助け船だ。
「そうだな。初対面なのに長居してごめん。そろそろお暇するよ」
「えー、全然迷惑じゃないよ。また来てよ」
優弥が湊と笑い方が似ているのが無性に腹が立った。全部飲み込んで精一杯の笑顔を向けて病室を後にした。
「ナツ、今日はありがと。優弥も楽しそうだったし、また付き合ってよ」
湊は優弥と話している時の方が楽しいのだろうか。湊は俺に心を開いてくれていると思っていた。でも、俺には話せないけど優弥には話せることがある。それが悔しかった。
「いいけど、ペンネームって何の話か教えろよ」
「うわー、それ聞いちゃうかー」
湊が恥ずかしげな顔をして悶えている。
「早く言えよ」
「あー、バレちゃったなら仕方ない。俺、実は漫画描いてます!」
湊はそう言った後、目をそらした。
「何であいつには言えるけど俺には言えないんだよ」
言った瞬間に後悔した。小学生の頃、友人に似たようなことを言って女々しいと言われたことがある。また同じ失敗をしてしまった。しかし、湊は気にした様子もなく、照れながら答えた。
「えっとですね、今描いてる漫画の主人公のビジュアルがですね。ナツにそっくりでして」
頭が混乱した。そういえば転校初日に俺が漫画のキャラに似ていることを匂わせていた気がする。入院中に漫画を描いていたということは俺と出会う前の話だ。偶然主人公がそういうビジュアルになって、自分の生み出したキャラに俺が似ていたから俺を慕うようになったのだろうか。複雑な気持ちだ。
「見せろよ、その漫画」
俺に似たキャラを俺と出会う前に描いていたなんて気になるに決まっている。
「え、無理。だって学校って漫画持ち込み禁止じゃん。没収される」
ごまかしているのか素で言っているのかはわからない。しかし、そのどちらでも同じことだ。
「売ってる漫画を持ち込むなって意味だよ。自分で描いたやつはノーカン。じゃないと、教科書に四コマ漫画の落書きしてる森は教科書没収されちまうだろうが」
「なるほど。ナツ頭いいね」
どうやらただの世間知らずだったらしい。
「でも、人に見られるの恥ずかしいし。うーん……」
「俺に似てんなら俺に肖像権あんだろ」
肖像権のことは詳しくないし、無茶苦茶なことを言っている自覚はあるが、押し切れるような気がした。湊は少し考えた後、ふうっと息をついて答えた。
「わかった。学校持っていくのは嫌だけど、俺の家で見るならいいよ。明後日学校休みだし、うち泊まりに来てよ。積もる話もあるしさ」
そんなにもったいぶることないだろ、と文句の一つもつけたくなったが、言葉を飲み込んだ。
「わかった」
「おっけー。部屋片づけておくね。ていうか、家に友達呼ぶの人生初だ。楽しみ。漫画見せるのはちょっと恥ずかしいけど」
友達の家に遊びに行ったことはあるけど、泊まりに行くのは俺も初めてだ。モヤモヤは見て見ぬふりをした。友達を独り占めしたいなんて感情は異常なことだ。そう自分に言い聞かせて解散した。



