約束はミックスジュースで

 翌日以降も放課後は湊と二人で遊んだ。いつもグループで遊んでいるから、二人で遊ぶのは新鮮だった。学校周辺の案内という名目で、毎日つるむようになった。
「今日はカラオケ行ってみたい」
 湊はあれがやりたいこれがやりたいと希望を口にしてくれるのがありがたかった。俺は飯に行くにしても遊びに行くにしても“何でもいい派”なので決めてくれる相手の方が気楽だ。ナツがいい意味で遠慮がないので、俺も気を遣いすぎずに済む。

 カラオケにフリータイムで入る。湊が歌ったのは有名なアニソンだ。音ゲーが下手なことからリズム感がないことは容易に想像できたが、音程も大きく外していた。得意苦手がここまではっきりしている奴も珍しい。ステータスを可視化したら、だいぶ尖った形になるのだろう。
 俺も知っている曲だったので合いの手を入れると湊はあからさまにテンションが上がって、歌うとき左右に激しく揺れていた。
 湊に合わせて俺もアニソンを入れた。サビの部分で湊がハモってきた。湊のハモリは何をどうしたらこうなるのかという有様だった。全部の音が逆に難しいレベルで外れていて、完全に不協和音だ。でも、湊本人は満足そうなのでよしとする。
 何曲か歌うと湊がばてた。病気は完治しているとはいえ、肺活量は今も低いらしく長く歌うと疲れるらしい。
「休憩するか。飲み物とってくるけど、何がいい?」
「俺も行く。外の空気吸いたい」
 ドリンクバーに湊を連れていく。湊はカルピスとメロンソーダで迷っていた。
「飲み放題なんだからどっちも飲めば? なんなら混ぜたっていいし」
「混ぜちゃうの?」
「みんなやってるよ。ミックスジュース作って自分の名前つけてる。今俺が作ってんのは森スペシャル」
 レモネードとオレンジジュースを半々で注いだグラスを見せた。
「じゃあ、俺もやってみよ」
 湊がメロンソーダとカルピスを注いだ。
「見て見て、湊スペシャル!」
「残念だけどもう名前ついてる。それは安井スペシャルだな」
「うわー、先越された」
「ちなみに、騙されたと思ってコーラとカルピス混ぜてみ。俺のイチオシ。ウズラスペシャル」
「やるやる!」
 湊はさっそくもうひとつグラスを出して俺の言ったドリンクを作り始めた。部屋に戻ると、湊はどちらから飲むかを少し迷った後、ウズラスペシャルに口をつけた。
「ウズラスペシャル、美味しいね」
「だろ?」
「すごいね、ナツってほんと何でも知ってるね」
「いやー、そんなことねえよ」
 俺は凡人だ。あまり面と向かって褒められたことはない。なんだか照れくさくて話題をそらした。
「ソフトクリームも作れるからさ、あとで作りに行こうぜ」
「すごい、そんなこともできるの?」
 何曲か歌った後、再びドリンクバーに行った。
「これさ、氷思いっきりたくさんいれてから飲み物注いで、その上でソフトクリーム作ればフロートになるんだよ」
 アイスコーヒーとアイスココアを混ぜて、お手本の感覚でモカフロートもどきを作る。湊が同じようにグラスを氷で満たした後、ミルクティーを入れる。いざソフトクリームマシンのバーを倒すと、思いきり倒しすぎたのか機械が暴走した。
「うわっ! 何これ、止まんないんだけど。助けて、ヤバいヤバい」
 湊がパニックになっていたので代わりにバーを元に戻してやった。しかし、時すでに遅し。ソフトクリームはコップを完全にはみ出して垂れ下がってぐちゃぐちゃだ。
「交換してやろっか?」
「ありがと。ナツ優しい、神」
 湊はまるで手のかかる弟みたいだ。もし俺に弟がいたらこんな感じなのだろうか。
 部屋に戻ってフロートを飲んで、また軽く歌う。しばらくすると、湊はドリンクバーの使い方を覚えたようで一人でコップを持って部屋を出ていった。数分後、満面の笑みで勢いよくドアを開けた。
「じゃーん! 湊スペシャルのできあがり!」
 湊がもっていたコップにはドブのように濁った液体が入っていてぎょっとした。
「それ何混ぜたの?」
「飲んだやつ全部美味しかったから全部混ぜてみた。コーラとコーヒーとココアとミルクティーとカルピスとメロンソーダとレモネードとオレンジジュース!」
「お、おう」
 俺が引いていることにも気づかず、湊がコップに口をつけ、くいっと飲む。
「うおえっ!」
 予想できたことだが、あまりのまずさに少し吐き出してえずいている。口から湊スペシャルと名づけられたドブ水が垂れていた。
「まずい……しちゃいけない味がする」
「コーラとかコーヒーは混ぜた時の事故率高いんだよ。ミックスジュースのセンスなさすぎだろ」
「そんなの最初に教えてよ。ナツの馬鹿。うえっ……口の中やばい。地獄広がってる」
「バカはお前だろ」
 あまり友達を馬鹿とは言いたくないが、さすがに毒舌にもなる。先に馬鹿と言ったのは湊だし別にいいだろう。罰ゲームで飲むようなドリンクを勝手に作って自爆して涙目になっている状況が湊には悪いが面白かった。
「ちなみに、ドリンクバーで遊んで残すと警察に通報されて逮捕される」
 ちょっとからかってみたくなり、軽い冗談を言う。
「え、やばいじゃん。俺、捕まんの?」
 想像以上にあたふたしている。可哀想なのですぐネタばらしする。
「さすがに嘘。冗談だよ。でも、受付で学生証出しただろ? 名前控えられてるから、学通報されて出禁になる」
 これは本当だ。先輩の中には罰ゲームで作ったミックスジュースを大量に残したりトイレの洗面台に流して汚しっぱなしにしたりして出禁になった人たちがいるらしい。
「うえっ、じゃあ頑張って飲む。出禁は嫌だし」
 湊が意を決してもう一度ドブ水を飲んだ。が、二口でギブアップした。
「ナツ、一生のお願いなんだけど」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃん」
「予想できるから断ってんだよ」
 湊がコップを持ったまま固まっている。その後、さらに飲んだが一向にグラスの中身は減らない。
「ナツ……」
「じゃあ、カラオケの採点勝負で勝ったら残りは俺が飲んでやるよ」
「ほんとに?」
「おう。約束破る男はクソって『菊花の約』にも書いてあったからな。男に二言はない」
 国語の授業で今やっている単元『菊花の約』を引き合いに出した。義兄弟の契りを交わした男との約束を命がけで守った武士の物語だ。ただ、俺は武士ではないので絶対に勝てる勝負しかしない。あんなドブ水飲みたくない。
 勝負の結果は湊62点、俺86点と圧勝だった。湊はしぶしぶ残りに口をつけるが、やはり最後までは飲めなかったようだ。口元を拭ってもう一回挑戦しようとしているが、体が拒否しているのか、動きがやたらゆっくりだ。
 フリータイムとはいえ退室時間が迫っている。一度は突き放したものの、連帯責任で俺も出禁になるかもしれない。
「しゃあねえな。あと一口だけがんばれ。残りは俺が飲んでやるから」
 俺が声をかけると、涙目だった湊の顔が少し明るくなった。
「う、うん。がんばる」
 湊が一口飲んで、ほんの少しだけ残ったコップを渡してきた。鼻をつまんで、一気に飲み干す。まずい。ジュース同士の味が喧嘩を通り越して抗争をしている。コーヒーの苦みや柑橘系の酸味が最悪のアクセントになっている。味わってはいけない。心を無にして無理矢理飲み込み、コップを机にたたきつけた。
「ありがと、ナツ。助かったぁ」
「ったく、湊スペシャルは今日限りで封印な。こんなもんこの世に存在しちゃいけねえレシピだよ」
「はい……ごめんなさい」
「わかればよろしい」
「今の言い方、お兄ちゃんっぽかった。同じコップでジュースのんだから実質義兄弟の盃だね」
 『菊花の約』にも義兄弟の契りを交わす描写があったが、その際には同じ盃で酒を分け合うらしい。
「こんなドブみたいな義兄弟の盃があってたまるか。大体もう少し反省しろ」
 別に本気で怒っていないが、湊に軽くデコピンをした。
「うう……ごめんなさい兄者」
 その時、ちょうどフロントからの電話が鳴った。
「さっさと荷物まとめて帰る準備しろ弟分」
「はい、兄者!」
 ドブ水は最悪だし二度と飲みたくないが、こうして義兄弟ごっこをするのは悪くない。散々迷惑をかけられたが、簡単に絆されるあたり俺はだいぶチョロいのだと思う。カラオケ店を出た後、湊が妙にニコニコしていても苛立ちはしなかった。
「いやー、ナツと義兄弟の契りって感慨深いなあ」
「『菊花の約』に影響受けすぎだろ」
「違うよ。俺が影響受けたのはひいじいちゃん。戦争行く前に、一番の親友と義兄弟の盃交わしたって言ってたよ」
 言ってたよ、ということは物心ついた時点であるいは今も存命なのだろう。
「ひいじいさん長生きだな」
 俺の曽祖父は戦死したらしい。亡き曾祖母曰く、俺は隔世遺伝で曽祖父にそっくりだとか。
「去年の夏に死んじゃったけどね。百歳の大往生」
「めちゃくちゃ長生きじゃん」
「うち長寿家系らしいよ。俺は長生きできるかわかんないけど」
「できるんじゃね? 今日みたいにドブ水飲まなければ」
「やっぱりナツって優しいよね」
 幾度となく言われた言葉をまた言われた。外は暗くなっていて、湊にもらったマスコットが淡く光っていた。