恋をしている人間は、周りの迷惑なんてお構いなしだ。
「安井、一生のお願い。ダブルデートセッティングして!」
「うるさい、耳キンキンする。あと、めんどくさい」
森が更衣室中に響き渡る声で頼み、安井が呆れている。安井の彼女と森の好きな人が親友ということもあり、頼まれたのも一度や二度ではないのだろう。
「なあ、ウズラからも頼んでくれよ。ウズラにも一生のお願い!」
突然話を振られ、反応できなかった。森も安井も話に上がった女子も全員バスケ部で、帰宅部の俺は蚊帳の外だ。恋に切実な森とうんざりしている安井、どちらの味方をすればいいのか判断がつかない。
「そんなに付き合いたきゃさっさと告れよ」
「それは一理ある。じゃあその前に花霞神社で神頼みしてくるか。ウズラ、暇だろ。一緒に来てくれよ」
花霞神社、町はずれのちょっとした山にある神社には言い伝えがあるらしい。そこの神様に真剣にお祈りすると一生に一度だけ、何でも願いを叶えてくれるという。昔、大阪や茨城に住んでいた時も、一生に一度の願いを叶えてくれる神社が近所にあった。しかし、気軽に行くようなところではなく、厳かで神聖な場所だった。
「あんまりウズラを困らせるな。ウズラ、森が色々ごめんな。つーか、今日の体育もごめん」
森の代わりに安井に謝られた。体育のバスケのアップで二人組を作るとき、俺が余ったことを言っているのだろう。
「いいよ。安井と一緒の方が、森も好きな子にいいとこ見せられるだろ」
友達の恋に協力するのは学生のマナーだ。体育がバスケの間は俺が余ることになるが、幸いにも適当な人と組む程度のコミュ力はある。
高校生が友情より恋愛を優先するのは当然だ。その協力者としてより価値の高い安井を森が選ぶことは仕方のないことなんだ。
◇
週明け、転校生が登校してきた。本来は始業式の日に来るはずだったが、体調を崩したらしく、先週はずっと休んでいた。担任に連れられて教室に入ってきた男子生徒はパッと見たかぎりでは俺より背が高いが、幼い印象を受けた。細身なこともあって制服を着ているというより着られているという言葉の方が適格だ。
「市野湊です。漫画が好きです。好きな作品は……」
市野は上ずった声でメジャー、マイナー合わせて十作品ほど早口で列挙した。軽く頭を下げた後、ぎこちない足取りで席に向かってきた。相当緊張しているのだろう。市野の席はちょうど俺の目の前だった。席に着いた後もきょろきょろして落ち着きがない市野の肩を叩く。市野が振り返って俺を見ると目を見開いた。
「うわ、三次元。本当にそっくりだ」
無意識かもしれないが、こいつは大きな独り言をいうようだ。今までの友人にはあまりいなかったタイプだ。
「何? 俺、漫画のキャラに似てんの?」
「あ、はい。最推しっていうか、大体そんな感じ」
俺も人並みに漫画は読むが俺に似たキャラに心当たりはない。おそらく知らない漫画だが、最推しに似ているというのは誉め言葉だろう。悪い気はしなかった。
「俺、鶉坂ナツ。わかんないことあったら何でも聞けよ」
新天地で心細いであろう転校生の力になったって罰は当たらないだろう。市野は目を細めて笑った。
「ありがとう。俺、この学校選んでよかった」
まだ三言しか会話してないのに大げさな奴だ。でも、満更でもなかった。
一時間目は体育なので市野を体育館まで案内した。前回同様、パス練のために二人組を作れと言われた。このクラスの男子の人数は奇数だ。転校早々余ったら可哀想なので、市野に声をかけようとしたところ、市野の方が食い気味に誘ってきた。
「鶉坂君と組みたいんだけどいいかな?」
「ん、いいよ」
俺は即答した。「転校生には優しく」は俺のモットーみたいなものだ。
しかし、実際にパス練が始まると問題が発生した。市野は絶望的なまでに運動音痴だった。
「あっ、ごめん」
市野が投げたボールは俺まで届かないか、明後日の方向に飛んで行く。俺のパスはろくに捕れない。十六年間ボールに触らずに生きてきたのかというレベルだ。しかも、数分でもう息が上がっている。
「鶉坂君バスケうまいね。」
満身創痍の市野に言われたが、俺はバスケが特別うまいというわけではない。運動神経は平均レベルだ。
「うん、鶉坂君に迷惑かけないように次の体育までに練習しとくね」
「別に迷惑じゃねえよ。でも、うまくなりたきゃ練習くらいなら付き合う。俺も教えられるほどうまくねえけど」
結局市野は授業後半のミニゲームでもへばって使い物にならなかった。それどころか休み時間になってもなかなか立ち上がれず、市野が着替えるのを待っていたら次の授業に遅刻した。
放課後になるとさすがに市野も回復したので、学校を案内してやることにした。森と安田は部活だが、俺は帰宅部なので時間はたっぷりある。
「市野は入りたい部活ある? 今日から勧誘期間だから部室棟案内するよ」
「漫画研究会! 絶対漫研一択!」
市野がノータイムで答えた。
「残念なお知らせだけど、うち文化部は音楽系と演劇部しかないんだよな」
いわゆるガチな部活ばかりで、俺のような趣味なし特技なしの凡人には水が合わない。そのせいか帰宅部の生徒も多い。
「えっ、俺の青春が、仲間とすごすオタクライフが……」
市野がショックを受けている。
「そう気を落とすなって。俺でよければオタトークいくらでも聞くし」
「いいの?」
「うん、他にも困ったことあったら何でも相談しろよ」
「じゃあ、湊って呼んでほしい!」
どうやら市野は受け答えが絶妙にずれている。
「いいよ」
「あと、鶉坂君のこともナツって呼んでいい?」
珍しい苗字ゆえ、友達は皆俺をウズラと呼ぶ。やっぱりこいつは変わっている。
「いいよ、湊」
「やった! ナツ、ありがと」
強引でマイペースなところはあるけれど、素直で明るい奴だと思った。
「湊は前の学校では漫研入ってたの?」
「ううん。ずっと肺の病気で入院しててほとんど学校行ったことないから」
衝撃の発言にあっけにとられた。何と言えばいいか戸惑っていたら市野が続ける。
「あ、でも手術したからもう完治してるよ。だから、体育とか水泳とかも平気。人よりちょっと体調崩しやすいけど」
「そうなんだ……、一応保健室の場所教えとくわ」
「ありがと、やっぱりナツは優しいね」
保健室をはじめ、主要な移動教室先を案内した。
「結構歩いたけど、体平気? 大丈夫そうだったら、学校の周りも案内しようか?」
「嬉しい! 俺、友達と寄り道すんの憧れてたんだよね。いっぱい歩いたらおなかすいたから買い食いしてみたいんだけどいい?」
「じゃあ、商店街寄ってくか。何食いたい?」
「甘い物! 糖分補給大事」
「じゃあ鯛焼き食うか」
さっそく商店街へと向かう。商店街に入って少し歩くと、湊は立ち止まった。
「どうした?」
「俺、あれやりたい」
湊がゲームセンターの入り口に置いてあるUFOキャッチャーを指さす。「暗闇で光る!」と書かれたポップが妙に目を引いた。キーホルダーと呼ぶには大きすぎる掌にちょうど乗るくらいの猫のマスコットが山積みになっていて、近隣の進学校のカップルが挑戦している。
「腹減ってんじゃねえの?」
「お願い、一回だけ!」
湊が手を合わせる。子供みたいに目を輝かせて頼まれたら、ノーとは言えない。
「ほら、空いたぞ。行ってこい」
カップルが諦めたようなので合図してやった。湊は前と横からガラス張りの筐体を見たあと、アームの大きさを確認した。お金を入れて、ボタンを押してアームを移動させる。その動きには迷いがなかった。アームが景品の山に突っ込む。二本の爪には一個ずつマスコットが引っ掛かっていた。そのままアームは順調にマスコットを穴へと運び、見事二つともゲットした。
「やったー!」
湊が大喜びでハイタッチを求めて来る。手を挙げてそれに応えた。ここまで楽しそうだと、見ているこっちまで楽しくなってくる。
「お前すげえな。まさか初めてで取れたの?」
「うん。正真正銘人生初ゲーセン」
「ヤバ、天才じゃん」
「えー、照れるー」
バスケで謎の動きをしていた時とは別人に見える。一芸に秀でたやつはたとえそれがゲームでもかっこよく見える。
「これナツにあげる。学校と商店街案内してくれたお礼」
突然マスコット二個のうち一個を手渡された。
「いや、せっかく初めてとったんだし記念に持っとけよ」
「じゃあ、初めて友達とゲーセン行った記念ってことでナツが持ってて」
本当に強引な奴だ。でも、その強引さが嫌ではない。
「じゃあありがたくもらっとくわ。サンキューな」
マスコットはさっそく鞄に取り付けた。湊も同じ場所につけていた。
結局そのあと何種類かゲームをして解散になった。音ゲーやエアホッケーは壊滅的に下手だったが、ずっと楽しそうだった。
「あ、鯛焼き買うの忘れてんじゃん」
家の近くまで帰ってきてからようやく気付いた。でも、そんなことも忘れるくらいに俺も楽しかった。こんなに楽しいと感じたのは本当に久しぶりだった。
日が落ちて、鞄のマスコットがライトグリーンの光を放ち始めていた。笑顔でハイタッチを求める湊の顔を思い出した。
「安井、一生のお願い。ダブルデートセッティングして!」
「うるさい、耳キンキンする。あと、めんどくさい」
森が更衣室中に響き渡る声で頼み、安井が呆れている。安井の彼女と森の好きな人が親友ということもあり、頼まれたのも一度や二度ではないのだろう。
「なあ、ウズラからも頼んでくれよ。ウズラにも一生のお願い!」
突然話を振られ、反応できなかった。森も安井も話に上がった女子も全員バスケ部で、帰宅部の俺は蚊帳の外だ。恋に切実な森とうんざりしている安井、どちらの味方をすればいいのか判断がつかない。
「そんなに付き合いたきゃさっさと告れよ」
「それは一理ある。じゃあその前に花霞神社で神頼みしてくるか。ウズラ、暇だろ。一緒に来てくれよ」
花霞神社、町はずれのちょっとした山にある神社には言い伝えがあるらしい。そこの神様に真剣にお祈りすると一生に一度だけ、何でも願いを叶えてくれるという。昔、大阪や茨城に住んでいた時も、一生に一度の願いを叶えてくれる神社が近所にあった。しかし、気軽に行くようなところではなく、厳かで神聖な場所だった。
「あんまりウズラを困らせるな。ウズラ、森が色々ごめんな。つーか、今日の体育もごめん」
森の代わりに安井に謝られた。体育のバスケのアップで二人組を作るとき、俺が余ったことを言っているのだろう。
「いいよ。安井と一緒の方が、森も好きな子にいいとこ見せられるだろ」
友達の恋に協力するのは学生のマナーだ。体育がバスケの間は俺が余ることになるが、幸いにも適当な人と組む程度のコミュ力はある。
高校生が友情より恋愛を優先するのは当然だ。その協力者としてより価値の高い安井を森が選ぶことは仕方のないことなんだ。
◇
週明け、転校生が登校してきた。本来は始業式の日に来るはずだったが、体調を崩したらしく、先週はずっと休んでいた。担任に連れられて教室に入ってきた男子生徒はパッと見たかぎりでは俺より背が高いが、幼い印象を受けた。細身なこともあって制服を着ているというより着られているという言葉の方が適格だ。
「市野湊です。漫画が好きです。好きな作品は……」
市野は上ずった声でメジャー、マイナー合わせて十作品ほど早口で列挙した。軽く頭を下げた後、ぎこちない足取りで席に向かってきた。相当緊張しているのだろう。市野の席はちょうど俺の目の前だった。席に着いた後もきょろきょろして落ち着きがない市野の肩を叩く。市野が振り返って俺を見ると目を見開いた。
「うわ、三次元。本当にそっくりだ」
無意識かもしれないが、こいつは大きな独り言をいうようだ。今までの友人にはあまりいなかったタイプだ。
「何? 俺、漫画のキャラに似てんの?」
「あ、はい。最推しっていうか、大体そんな感じ」
俺も人並みに漫画は読むが俺に似たキャラに心当たりはない。おそらく知らない漫画だが、最推しに似ているというのは誉め言葉だろう。悪い気はしなかった。
「俺、鶉坂ナツ。わかんないことあったら何でも聞けよ」
新天地で心細いであろう転校生の力になったって罰は当たらないだろう。市野は目を細めて笑った。
「ありがとう。俺、この学校選んでよかった」
まだ三言しか会話してないのに大げさな奴だ。でも、満更でもなかった。
一時間目は体育なので市野を体育館まで案内した。前回同様、パス練のために二人組を作れと言われた。このクラスの男子の人数は奇数だ。転校早々余ったら可哀想なので、市野に声をかけようとしたところ、市野の方が食い気味に誘ってきた。
「鶉坂君と組みたいんだけどいいかな?」
「ん、いいよ」
俺は即答した。「転校生には優しく」は俺のモットーみたいなものだ。
しかし、実際にパス練が始まると問題が発生した。市野は絶望的なまでに運動音痴だった。
「あっ、ごめん」
市野が投げたボールは俺まで届かないか、明後日の方向に飛んで行く。俺のパスはろくに捕れない。十六年間ボールに触らずに生きてきたのかというレベルだ。しかも、数分でもう息が上がっている。
「鶉坂君バスケうまいね。」
満身創痍の市野に言われたが、俺はバスケが特別うまいというわけではない。運動神経は平均レベルだ。
「うん、鶉坂君に迷惑かけないように次の体育までに練習しとくね」
「別に迷惑じゃねえよ。でも、うまくなりたきゃ練習くらいなら付き合う。俺も教えられるほどうまくねえけど」
結局市野は授業後半のミニゲームでもへばって使い物にならなかった。それどころか休み時間になってもなかなか立ち上がれず、市野が着替えるのを待っていたら次の授業に遅刻した。
放課後になるとさすがに市野も回復したので、学校を案内してやることにした。森と安田は部活だが、俺は帰宅部なので時間はたっぷりある。
「市野は入りたい部活ある? 今日から勧誘期間だから部室棟案内するよ」
「漫画研究会! 絶対漫研一択!」
市野がノータイムで答えた。
「残念なお知らせだけど、うち文化部は音楽系と演劇部しかないんだよな」
いわゆるガチな部活ばかりで、俺のような趣味なし特技なしの凡人には水が合わない。そのせいか帰宅部の生徒も多い。
「えっ、俺の青春が、仲間とすごすオタクライフが……」
市野がショックを受けている。
「そう気を落とすなって。俺でよければオタトークいくらでも聞くし」
「いいの?」
「うん、他にも困ったことあったら何でも相談しろよ」
「じゃあ、湊って呼んでほしい!」
どうやら市野は受け答えが絶妙にずれている。
「いいよ」
「あと、鶉坂君のこともナツって呼んでいい?」
珍しい苗字ゆえ、友達は皆俺をウズラと呼ぶ。やっぱりこいつは変わっている。
「いいよ、湊」
「やった! ナツ、ありがと」
強引でマイペースなところはあるけれど、素直で明るい奴だと思った。
「湊は前の学校では漫研入ってたの?」
「ううん。ずっと肺の病気で入院しててほとんど学校行ったことないから」
衝撃の発言にあっけにとられた。何と言えばいいか戸惑っていたら市野が続ける。
「あ、でも手術したからもう完治してるよ。だから、体育とか水泳とかも平気。人よりちょっと体調崩しやすいけど」
「そうなんだ……、一応保健室の場所教えとくわ」
「ありがと、やっぱりナツは優しいね」
保健室をはじめ、主要な移動教室先を案内した。
「結構歩いたけど、体平気? 大丈夫そうだったら、学校の周りも案内しようか?」
「嬉しい! 俺、友達と寄り道すんの憧れてたんだよね。いっぱい歩いたらおなかすいたから買い食いしてみたいんだけどいい?」
「じゃあ、商店街寄ってくか。何食いたい?」
「甘い物! 糖分補給大事」
「じゃあ鯛焼き食うか」
さっそく商店街へと向かう。商店街に入って少し歩くと、湊は立ち止まった。
「どうした?」
「俺、あれやりたい」
湊がゲームセンターの入り口に置いてあるUFOキャッチャーを指さす。「暗闇で光る!」と書かれたポップが妙に目を引いた。キーホルダーと呼ぶには大きすぎる掌にちょうど乗るくらいの猫のマスコットが山積みになっていて、近隣の進学校のカップルが挑戦している。
「腹減ってんじゃねえの?」
「お願い、一回だけ!」
湊が手を合わせる。子供みたいに目を輝かせて頼まれたら、ノーとは言えない。
「ほら、空いたぞ。行ってこい」
カップルが諦めたようなので合図してやった。湊は前と横からガラス張りの筐体を見たあと、アームの大きさを確認した。お金を入れて、ボタンを押してアームを移動させる。その動きには迷いがなかった。アームが景品の山に突っ込む。二本の爪には一個ずつマスコットが引っ掛かっていた。そのままアームは順調にマスコットを穴へと運び、見事二つともゲットした。
「やったー!」
湊が大喜びでハイタッチを求めて来る。手を挙げてそれに応えた。ここまで楽しそうだと、見ているこっちまで楽しくなってくる。
「お前すげえな。まさか初めてで取れたの?」
「うん。正真正銘人生初ゲーセン」
「ヤバ、天才じゃん」
「えー、照れるー」
バスケで謎の動きをしていた時とは別人に見える。一芸に秀でたやつはたとえそれがゲームでもかっこよく見える。
「これナツにあげる。学校と商店街案内してくれたお礼」
突然マスコット二個のうち一個を手渡された。
「いや、せっかく初めてとったんだし記念に持っとけよ」
「じゃあ、初めて友達とゲーセン行った記念ってことでナツが持ってて」
本当に強引な奴だ。でも、その強引さが嫌ではない。
「じゃあありがたくもらっとくわ。サンキューな」
マスコットはさっそく鞄に取り付けた。湊も同じ場所につけていた。
結局そのあと何種類かゲームをして解散になった。音ゲーやエアホッケーは壊滅的に下手だったが、ずっと楽しそうだった。
「あ、鯛焼き買うの忘れてんじゃん」
家の近くまで帰ってきてからようやく気付いた。でも、そんなことも忘れるくらいに俺も楽しかった。こんなに楽しいと感じたのは本当に久しぶりだった。
日が落ちて、鞄のマスコットがライトグリーンの光を放ち始めていた。笑顔でハイタッチを求める湊の顔を思い出した。



