「俺は心底嫌だ。今からでもペアを変えてもらう」
「無理だろうな。ほら見てみなよ。皆もう打合せを始めている。水を差すわけにはいかないだろう?」
見れば、教室の中には、文芸部と美術部の生徒が入り交じり、二人組で作業を始めていた。
「誰も文句を言っている者なんていない。いつまでも嫌がっているのは君くらいなものだ。さあ、分かったなら早く進めようぜ、ワガママこうちゃん」
左神は、己の頭の血管がぶち切れる音を聞いた。
「うるせえ! てめえに絵なんか描かせるか! マスでも掻いてろクソゲイ野郎!」
左神は叫んだまま、荷物を引っ掴んで教室を出て行った。
生徒たちは茫然として、開いたままのドアを不思議そうに眺めている。
金井だけが止まった時間を動かすように右堂に近付き、
「彼、面白いでしょう?」
と蠱惑的な微笑を浮かべた。
右堂も唇に弧をつくり、
「ああ。でも、仲良くはなれないだろうね」
と瞼を伏せ苦笑した。
***
左神は坦々と日々を過ごしていた。
部活の合同誌のことも、右堂のことも考えず、時間があれば自分が書きたい物語を書いて暇を潰していた。部室からも足が遠のいていた。部員との関わりが途絶えると、友人のいない左神は、校内で本当に独りになったように感じてしまう。
ノートパソコンを片付け、二年一組の教室を後にする。昇降口に出ると、北風を受けた体がぶるりと震えた。辺りはもう真っ暗で、駐輪場の粗末な灯りが悪目立ちして見えた。
自転車で川沿いを走る。
前方に見える半円形の橋には、渋滞にスピードを落として通り過ぎていく車のテールランプが、いくつも尾を引いていた。
その橋に近付いて行くにつれ、左神の視界の隅には不思議な赤い点が映るようになった。橋の下にいる蛍のような小さな光が、暗闇の中をほんの僅かに動いたり、止まったりする。
それが煙草の火だと分かるのに大した時間は要さなかった。
そこは時折、不良の溜まり場となっていて、不潔なゴミや吸殻が大量に放置されている場所だった。そういう輩が一服しているのだと思い、すみやかに通り過ぎようとした。
橋の手前まで来ると、街路灯に照らされたその人物の後ろ姿が浮かんだ。
真っ白いワイシャツに、皺のない黒のズボン。
傍らには、金色のボタンが並んだ学生服が脱ぎ捨てられている。
不可解に思い、ペダルを踏む足を止めた。
色素の薄い、ゆるいパーマのかかった頭髪が、煙を吐き出している。
くゆる紫煙が、凍えるような暗闇をゆっくりと上っていく。
指に挟んでいるのは煙草だった。
左神は見てはいけないものを見た、罪悪感のようなものを感じて、一刻も早くその場を離れようとペダルを踏んだ。
しかしその時、チェーンが引き攣れる音が鳴った。
それはひどく小さな音で、車の走行音に搔き消される程度のものだった。
なのに、奴は振り向いた。
大きな瞳で左神を見上げて首を傾げた。そして表情を変えず軽く手を振ると、再び背中を向けて、雑草のはびこる土の上へ指先の灰を落としたのだった。
学校ではしつこく話し掛けてくるくせに、やけに呆気なく対応された左神は、呆けたように右堂の背中を見つめた。
あの美貌は確かに右堂のものなのに、別の誰かが右堂の皮を被って立っているのではないかと疑いたくなるような、軽薄な仕草だった。喫煙のことよりも、素気無い態度を取られたことに動揺していた。世界には自分しかいないような孤独感を食らい、言いようのない空しさを感じる。
左神は衝動に突き動かされるままに自転車を降り、土手を下って右堂のもとへ向かった。
右堂は驚いた様子も無く左神を見つめると、「吸う?」と胸ポケットから煙草の箱を取り出した。
「未成年だろ、お前」
左神が厳しい顔で言うと、右堂は人差し指と中指の間に挟んだ吸いさしに口をつけて、左神の顔を避けて紫煙を吐き出した。
「隠れて吸うくらいいいでしょ」
いつもの愛想笑いを消した男は、氷の彫像のように美しく、冷たい雰囲気を纏っていた。
「ヒダリ君は真面目なんだな」
「お前が変なんだ。消せよ、それ。服に匂いが移るだろ」
「シャツなんか洗濯すれば消えるよ。あーあ、面倒な奴に見つかっちゃったな」
右堂が、フィルターしか残っていない煙草を足元に落として潰す。
つまらなそうに引き結ばれた口が「学校で言ってもいいけど、きっと誰も信じないよ」と凹凸の無い声で呟いた。
じゃあね、そう言って右堂が土で汚れたスクールバッグを持ち上げた時、――左神は反射的にその腕を掴んだ。
