文芸部の一匹狼は、美術部の王子様を放っておけない


 放課後、部室でミーティングが行われた。

 顧問の教師が部員の前に立ち、目尻の皺を深くして喋り始める。
 その内容に、室内にいた誰もがざわめいた。

 ――文化祭では毎年文芸誌を発行しているが、部費が削減され、今年はそれが難しくなった。また同様に、美術部で発行している画集も、制作出来ない状況にある。よって、この遺憾な問題を解決するために、両部による合同誌を作ることを、顧問らの合意によって決定した。

 ……と、そういう趣旨の説明を、好々爺の教師は語ったのだった。
 そして更にこう付け加えた。

「文芸部が、詩か短編小説を書いて、その小説の挿絵を美術部の子らに描いてもらうことになった。ペアになってやるから、その組み合わせは先生たちが勝手に決めておいた。詳細はプリントで確認してね」

 教師の手から生徒たちにプリントが渡っていく。
 一番後ろの席で聞いていた左神は『美術部』という名前が出た途端、ギクリとした。
 あの右堂の花園に足を踏み入れるなんて、絶対に嫌だった。花の芳香がしてきそうな気味の悪い想像を払拭するために、人差し指の関節でこめかみを揉む。

「左神君」

 凛とした声に顔を上げると、三年生の部長、金井ルナ(かないるな)が、左神の前の席でプリントを差し出していた。

「あ、ざす」

「面白いことが書いてあるから、早く見た方がいいわよ」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、絹のように艶やかで長い黒髪を軽やかに揺らし、優美な動作で左神に背中を向ける。

 金井も、右堂ほどでは無いが、人間離れした妖しい雰囲気をまとう人だ。その個性的な雰囲気に圧倒され、学生のなかには彼女を敬遠している者をいるようだ。しかし大多数は、比較しようのない美貌と自信に満ちた振る舞い、少々の奇行にさえ魅了されている。

 左神は、金井の言う『面白いこと』を確かめるために、プリントに目を落とした。


『合同誌制作ついての概要と説明』

 そしてプリントの下部には、下手な線のあみだくじがあり、各々の出発点には文芸部員の名前が、終着点には美術部員の名前が書かれていた。周囲が騒ぎ始めたのを機に、左神は忌々しげにそれを――右堂親行の名前を確かめてから、自分のところから出て行く線を目で辿って行った。

 右に曲がり左に曲がり。比較的話しやすい生徒の名前が近付くと、その終着点に『辿りついてくれ』と願った。
 しかし無常にも、それははすべて裏切られ、線が行きついたのは『右堂親行』と書かれた憎かりし名前だった。


「あらあら左神君、残念ね。嫌いな王子サマに当たっちゃって。大丈夫。彼は誰にでも愛情を向けるけど、誰彼構わず襲ったりしないわ。案外、信用できる人よ」

 再び後ろを向いた金井が左神の顔を覗き込む。白粉を叩いたような肌に近付かれると、右堂にされた耳打ちを思い出してゾクリとした。左神は金井の小さな頭を優しく押し退けると「それでも苦手なんすよ。くそ、最悪だ」と忌々しげに呟き、ぐしゃりとプリントを握り潰した。

 そんな発表があってから、浮かれた部員たちは意気揚々と作業に取り掛かり始めた。
 ノートパソコンやタブレット、スマホをポチポチと打ちながら執筆する者。メモ用紙に手書きする者。
 様々なスタイルで書いていく部員に混じり、左神も嫌々ながら執筆を始めた。左神は基本的に構想やプロットはノートに書き、本文はノートパソコンで作るやり方を貫いている。

 机上でノートを開き、ヘッドフォンで聞き慣れたゲームのBGMを流せば、書く準備が出来る。
 左神は頬杖をつきながら窓の外を見ていた。寒々しい風が、枯れ木に残った葉を吹き飛ばす。


 冷たい風――。

 死んでいく秋――。

 帰るところを失った鳥――。

 振り返ってはいけない帰り道――。


 左神は殴り書きしたアイデアの種に首を傾げる。
 あまりに寒々し過ぎる……。
 ヘッドフォンからも、雪に埋もれたダンジョンの音楽が聞こえてくる。

 発想を変え、温かさを意識して真っ先に思い出したのは、右堂の『蝋燭を見つめる少女』の絵だった。一度勝手にモチーフに使い短編小説を書いたことがあったが、出来としてはイマイチだった。少女の心の芯を描けていないような気がした。

 左神は妄想に耽る。


 小さな火が、乾燥した木の欠片を焼いていく――。

 その周りには誰がいるのか、火の中には何がいるのか――。

 焼けている――生き物が――弔われている――。

 殺しているのか――生まれ変わるのか――その炎の意味は――――……。



「やあ。ヒダリ君!」

 物語の創造に夢中になっていた左神の意識を引き戻したのは、星が弾けたような男の声だった。

「やはり縁があったね! 君と僕がペアだそうじゃないか」

 目前には両手を腰に当て、偉そうに立ちはだかる右堂がいた。
 一瞬にして左神の顔が引き攣る。目が合ってしまった以上、知らぬふりは出来なかった。