第7話 見つかっちゃった
久瀬と並んで学校に戻る頃には、すっかり日が傾いていた。
職員室に顔を出して汐見先生をこっそり呼んで、久瀬が見つけたUSBを渡したら、先生はぶわっと号泣して感謝していた。
その後のことは知らないが、汐見先生の名前が、全国ニュースに流れることはなかったし、以前よりもやる気満々で授業をしていて女生徒から更にキャーキャー言われていたのだった。
USBが見つかったことを八重に伝えると、『よかったあ、ちょっと焦ってたんだよね』と返信が来て、その直後に、「USB無事に見つかりました☆ 懸賞金は当選者に追って返させていただきます」と報告し、バチボコに炎上していた。残念ながら、同情はできない。
俺はというと、
「あー……つっかれたあ」
帰宅早々、ベッドにダイブ。
安心したせいか、疲れが一気に込み上げてきた。
気がついたら、シャワーも浴びずに、眠りこけてしまった。
――夢を見る。
真っ白な空間に、幼い頃の俺が、一人でぽつんと立っている。
「渉なら、ひとりで大丈夫よね」「いい子だもの」
母さんからの言葉は、まるで呪縛だ。
「ワタルなら大丈夫だろ」
初めてできた友だちも、俺に向かってそう言った。
いつだってそうだ。
明るく、適当に、そして、当たり障りなく。
誰にだって、都合の良い人。
本音を言い合える友だちなんていなかったし、必要だと思ったこともなかった。
だって、それが、楽だから。
でも、いつしか、失くしてしまったのかもしれない。
本気とか、本音とか、本当の自分、とか。
他人の胸ぐらを掴むなんて、きっと、最初で最後だ。
ああ、明日、久瀬にどんな顔で会おう……。
現実的なことを考えたら、一気に、辺りが真っ暗になった。
――身体が、熱い。
頭の中がふわふわする。
でも、学校に行かないと。
久瀬に謝らないといけないし、汐見先生の様子も心配だし、八重からも何か話があるかもしれない。
坂中には心配をかけたし、山下と川上にも、一応声を掛けておきたい。
ああ、でも、もう少しだけ。
毎朝聞いているピピピというスマホのアラームのおかげで浮上した意識は、アラームを止めた後、再び闇の中に沈んでしまった。
「――、おい、」
聞き慣れてしまった声が、遠くから聞こえる。
前は、同じ教室にいたって、視線も言葉も、交わすことがなかったのに。
失くしものを探す中で、出会ってしまった。
でも俺は相変わらず、久瀬のことを何も知らない。
ひとりであそこに佇んでいた理由を、深堀りすることもしなかった。
もしかして、俺のこと、心配してくれたの。
なんて、自惚れだったら、恥ずかしいから。
ふ、と。
目を開けた先に見えたのは見慣れた天井、使い慣れた掛け布団、そして、ここにいるはずのない、黒髪長身無表情の男の顔だった。
「ッ、見つけた」
男は俺と目が合うと息を飲み、そう言った。
そして、いつかの俺がそうだったように、深く息を吐いて、その場に座り込む。
「よかった……」
「え、なに、なにこれどういう状況?」
「スマホ見ろ、馬鹿」
そう言われて起き上がろうと腕に力を入れるが、身体に力が入らない。
頭はぼんやりしているし、ふわふわして、全身がじんじんしている。
これは、もしかして……。
「俺、今日学校……」
「来ないから来た」
「うそお。え、不法侵入?」
「違う。……お母さんが、通してくれた」
「え」
母さんが、仕事を休んだ? 俺のために?
いつだって仕事命だと思っていた母親の意外な行動に目を丸める。
「そっか、」
ふ、と、身体から力が抜けていく。ぽすり、と、再び枕に頭を沈めた。
「なんかさあ」
久瀬を見上げて、緩く笑う。
「俺も、見つけてもらっちゃったな」
「は?」
怪訝気な久瀬にふふっと笑って、俺は再び、目を閉じた。
今度はなんだか、ふわふわと、心地よい夢を見た気がする。
もう一度起きたらすっかり夜で、久瀬の姿を見たのも夢だったんじゃないかと思ったぐらいだ。夕飯を用意してくれた母さんが、「お友達、いい男ね~」と冷やかすように言ってきたから、現実だと知るんだけど。
学校から、俺が登校していないと連絡があって、慌てて仕事場から帰って来たら、高熱にうなされている俺がいて驚いたことを話していた。
心配をかけて申し訳ない気持ちと、心配してくれてうれしい気持ちが混在して、複雑な気持ちで礼を言うと、母さんが笑って、「母親なんだから当然でしょ」「むしろもっと頼ってくれないと」と言うのに、ふっと肩が軽くなる気がした。きっと、俺が勝手に、遠慮していただけだった。
次の日には熱も下がり、心配する母に大丈夫だと告げて学校へと向かう。
最寄り駅を降りたら、相変わらずうるさい三人組が「ワタル! 心配したぜ」「連絡よこせよなー」「なんもなくてよかった」と口々に言ってくるから、妙に照れくさい。心配させた謝罪と礼を言うと、坂中が、ぽん、と背中を叩いてくる。その視線の先には、久瀬がいた。
「行って来いよ」
「え」
「探してたんだろ?」
「いや」
「見つかってよかったなあ」
「えー」
そうだ、あれだけ必死に久瀬を探してしまったんだった。
俺は躊躇いながらも、三人の後押しに逆らえず、久瀬の元へと向かう。
「お、おはよ」
「もう大丈夫なのか」
久瀬は、自然と俺を受け入れている。
ああ、やっぱり昨日のことは、夢じゃなかった。
「あー、のさ、」
ちらりと視線を持ち上げて、口を開く。
「おまえって、割と心配性だったりする?」
「は?」
「いや、だって。俺たちの無事を一日中考えてたり、わざわざ俺ん家来てくれたり?」
「…………」
「いや嘘怒んなって! あとこないだ胸ぐら掴んでごめん!」
無言の圧はこわい。
慌てて言い募ると、久瀬が、小さく息を吐いた。
「そうかもな」
そして、認めた。
「え」
「行くぞ」
「ええ」
「あと、連絡ちゃんと返せ」
「あ、はい」
早足に教室に向かう久瀬の顔はよく見えなかったけれど、意外な一面をまた発見してしまった。
もしやこいつ、恥ずかしがり屋か。
それから、俺の周りは、少し変わった。
坂中が俺たちに恥ずかしそうにカノジョを紹介してきたり、八重がSNSを自重していたり、今まで依頼してきた人たちが「こないだはありがとな」「助かった」と声を掛けてきたり。
今までの日常に、少しだけの非日常がプラスされている感じだ。
それが、案外、悪くない。
俺は休み時間と放課後は、自然と、隣の席の久瀬と話す時間が多くなった。
「あ、失くし物? それならほら、あのふたり」
クラスメイトが、教室の入口で、俺らのことを示している。
それに頭を下げて、教室に入って来るのは、後輩らしい男の子だ。
「す、すみません」
と恐縮しているのに、俺は笑って手招きした。
「どうぞー、こちらが、失くし物係です!」
いつでもご依頼受け付けます、久瀬が。
終わっちゃった。

