第5話 託されちゃった
――久瀬の予感が、当たった。
無事に彼氏と仲直りができたインフルエンサー・亜子は、「失くしもの、みつかりました。ありがとう、失くしもの係さん」というコメントと共に、何故か八重とのツーショットを、八重のアカウントに紐づけてSNSに上げたのだ。
それを機に、八重のフォロワーが大勢増え、更に依頼も多くなって行く。俺は、変わらず、落とし物を届けられる係だ。佐久間先生からもらった段ボールは三つに増えたし、真ん中の席だと邪魔だっていう理由で、一番後ろの久瀬の隣の席に変えられた。教室でもコンビ扱い、勘弁してほしい。
「なんか最近忙しそうな」
昼休みも放課後も、依頼に追われている。
それに気付いた坂中がそう声を掛けてきて、げっそりとした顔で「まあな」と頷くしかない。
「あんま無理すんなよー」
と俺の肩を叩いてくる坂中のスクールバックには、イルカのキーホルダーが着けられていた。
「あ、朝比奈、久瀬。頼みたいことがあるから、放課後、図書室に来てくれ」
「げ」
三限目の授業の時間の終わり際、現国の汐見先生が俺と久瀬を名指しで呼ぶ。嫌な予感が思いっきり顔と声に出て、汐見先生は笑った。
「そんな嫌そうな顔すんなって、すぐ済むからさ」
茶髪で短髪、爽やかな笑顔がよく似合う汐見先生は、今年赴任したばかりの新卒の先生だ。授業もわかりやすく、悔しいが、女子に人気がある。
そんな先生が、まさか、俺たちに……"失くしもの”を探すことを頼むなんてこと、しないよな?
ちらりと隣の久瀬を見るけれど、相変わらず、何を考えているかわからない無表情だった。
「ほんっと、ごめん! でもお願い、キミたちにしか頼めないんだ……」
そして、放課後。
指定された図書室には、汐見先生以外誰もいない。
スーツを着た年上の先生が、俺たちに向かって、九十度腰を折り曲げて両手を合わせている。
「無理です」
キッパリ断るのは久瀬だ。
「まだ何も言ってないのに!?」
「絶対厄介なことでしょう。俺たちの手に負えるわけがない」
「久瀬、せめて聞いてからの方が」
「馬鹿か、聞いたら戻れなくなるぞ」
涙目になっている汐見先生をバッサリ切り捨てるのに、流石に胸が傷んで久瀬を宥めるが、今まで聞いたどれよりも冷たい声でそう言われて、びくりとする。
「うっ、そうだよな……、いくら後がなくなっても、キミたちに頼ろうとした俺が馬鹿だった……ここは潔く理事長に伝えて、転職活動するしか……」
「えっ、転職……!?」
「馬鹿、」
汐見先生が、力が抜けたように、図書室のカウンターに手をついて身体を支え、自責の念を唱えている。
危うい単語に、つい反応してしまうと、久瀬から短く咎められた。
聞いたら、戻れなくなる。
きっと、事情を知るだけでも、危ないことなんだ。
だって、相手は、大人だ。
だけど、俺には――放っておけなかった。
「どういうことですか」
「おい、」
「うっ、うう……、昨日、飲み会があって」
「平日ど真ん中なのに!?」
「つい気持ちよくなっちゃって……気づいたら知らない場所で……USBが入ったカバンが……」
「うわ待って先生まじで聞きたくない!」
「あのUSBにはテストの点数とか成績とか個人情報モリモリ入ってたんだ……、ああ……ついに全国ニュースデビュー、懲戒免職間違いなし……終わった俺の公務員人生……」
まさに、絶望、ってヤツ。
もはや俺たちに向かってというよりも、壁に向かってのの字を書いてブツブツぼやいている内容は、久瀬の言う通り、俺たちが知っていい内容じゃあない。
「久瀬……」
久瀬を見上げると、思いっきり眉を寄せた後、大きく重いため息を吐いた。
ふい、と、俺から目を逸らし、久瀬は汐見先生と向き合う。
「どこですか」
「え」
「最後にカバンに触った場所」
「あ、」
短い問いかけに、汐見先生の瞳に少しずつ輝きが戻ってくる。それをいち早く察知した久瀬は、「見つかる保証はないです」と強く断言した。
「あくまで、見つける手伝いをするだけですから」
「あ、あ、ああ、ありがとおおおおおおおおおお」
汐見先生から、聞いたことのない、涙混じりの大声が出てきて、久瀬の手を両手で握ってぶんぶんと上下させている。
久瀬は面倒そうにその手を外して、「で、どこですか」とどこまでも冷静に聞いている。
――個人情報の入った、USB。
しかも、校外。
俺は小さく息を飲んで、知らないうちに、拳を強く握っていた。
久瀬の事情聴取により、汐見先生は、『警察に相談していないこと』『同僚にも伝えていないこと』『最後に目が醒めたのは知らないマンションの敷地内だったこと』『USBを持ち帰ったことは校内の管理ファイルに書いていること』等、当日の情報を全て話してくれた。淡々と追い詰める久瀬は探偵さながらで、青ざめてぼそぼそと覇気なく答える汐見先生は、容疑者そのものだった。
どこまでも冷静な久瀬は、『今週中に見つからなかったから、必ず警察と学校に伝えてください。もちろん、俺たちの名前は一切出さずに』と最後に条件を付け加え、汐見先生はこくこくと頷くしかなかった。
そして今、俺と久瀬は、夕方の繁華街を歩いている。
「あーあー、どうしてこんなことになっちゃったかなー」
「おまえが踏み込んだんだろ」
「う、そうでした」
久瀬の忠告を無視したのは、俺だ。
制服のポケットに両手を突っ込んで、項垂れる。
学校の外で久瀬と一緒にいるのは初めてだが、それを新鮮だと思う余裕もない。
放課後の繁華街は、夕焼けに染まっている。
女子高生や男子高生、カップル、スーツ姿のくたびれた社会人が、それぞれの人生を背負って歩いている。
俺たちが探しているUSBに、汐見先生の人生がかかっているんだ。
一つのスマホを探すところから始まったこの活動が、まさかこんな、重いものに繋がっていくなんて。
「帰っていいぞ」
重く深いため息を吐いていると、上から、相変わらず温度のない声が降ってくる。
「は?」
「あとは俺ひとりでいい」
「何?」
「誰かと話すわけでもない、見つけるだけだ」
「なっ、」
「隣で辛気臭い顔されてちゃやりにくい」
「!」
久瀬は、決して俺と目を合わせずにそう言い放った。
ムカムカと、腹の奥底から苛立ちが込み上げてくる。
あっそう、そーですか!
まあ、勝手にコンビ扱いされてるだけですし、そもそも探し物名人なのは久瀬であって、俺は成り行きで一緒になっちゃってただけだし、俺がいなくたって久瀬はなんにも感じないんだろう。
そう頭で思うとずしりと胸の奥が重くなり、足を止めた。
「わかった」
「あ?」
「後はもうおひとりでどーぞ! 帰る!」
帰れって言ったのは久瀬なんだから、俺が罪悪感をビリビリ感じる必要なんてどこにもない! ……はず、だ。
踵を返してずんずん歩き出し、ちらりと後ろを振り返ると、意外にも足を止めたままの久瀬が見えた。
見ない振りをして、また歩く。
あーあ、もう、ほんっと、ろくなことがない!
電車に乗って、いつもの通学路を歩いて、自宅に帰る。
電気のついていない家は、「ただいま」と言っても返事はない。
立派な一軒家で、何不自由なく育ったけれど、静かな家の中はいつだって慣れない。
そのまま電気もつけず、自分の部屋まで行って、制服のままベッドの上にダイブした。
――スッキリしない。
目を閉じた脳裏に浮かぶのは、雑踏の中で立ち止まった久瀬の姿だ。
何か言いたそうに見えたのは、俺の都合の良い解釈か。
でも、役立たずだと言われたみたいで、無性に腹が立った。
「…………」
そうだ。
俺にだって、出来ることがある、はず。
ポケットからスマホを取り出し、普段は見る専になっているSNSを開く。
なんとなく癪だからフォローしていなかった八重のアカウントを検索すると、巨大なパフェに挑戦している八重の写真がまず飛び込んできた。
楽しそうで何より……と思いつつ、画面をタップして、DMの画面を出す。
少し躊躇ってから、文字を打ち込んだ。
これが、俺に出来ること、だ。
『失くしもの係が依頼ってどゆこと?』
すぐに八重からDMの返事が来る。ベッドに横になったまま、俺は返信を打った。
『あくまでこっそり、秘密裏に、内々にしてほしいんだけど』
『あー、苦手なやつー』
『なるはやで、情報回して。USBの失くしもの』
この選択が、最善手だと、その時の俺は信じて疑わなかったんだ。

