こちら、失くし物係です。










第4話 増えちゃった








日々、失くしものの依頼は増えていて、朝登校する度に、八重が良い笑顔で「今日はこれだけ来てたよ」と大量の付箋を俺の机の上に置いていく。
さらに、顔も名前も知らないヤツから、「これ落ちてたから渡しとく」「これ拾ったんだけど」と、落とし物を押し付けられる。
自分の物以外の細かいものが増えてきてしまって、見かねた佐久間先生が「コレやるから、突っ込んどけ」と段ボール箱を一箱くれた。やる気のない担任の先生もこの騒動は把握していて、黙認してくれているらしい。いやむしろ、助けてほしいんすけど……。
「どーすんのこれ……」
「むしろ好都合だ」
放課後、俺の机の横にゴチャッとしたもので溢れた段ボールと、付箋。それを見てげんなりしていると、久瀬が立ち上がって、短く言った。
どういうこと、と聞く前に、久瀬は付箋の束を拾い上げ、一枚ずつ捲っては、段ボールの中に手を突っ込んで落とし物を掴む。
空いた席の机の上に、付箋と、落とし物をセットで置いて行っている。
「え、もしかして」
「落とし物には探し主がいるってことだな」
「歩き回って探すより楽ってこと!?」
「おまえがこのまま磁石になってれば」
磁石ってなに……落とし物を引き寄せるってこと?
俺の身体に吸い付く細かい小物たちを想像して、辟易とした。
迷う様子なく依頼の付箋と小物をマッチングする久瀬を横目に、目的の物がなくてあぶれた付箋を何気なく手に取る。
「一万円分のQUOカード……?」
「それは絶対嘘だ」
「超人気アイドルの握手券?」
「それもだな」
「宝くじの当たり券……」
「もはや願望だ」
「うわ」
付箋に書かれた、イタズラでしかないそれらを読み上げると、久瀬が的確なツッコミを入れてくれる。
これらは俺らにはどうすることもできません、って、付箋をぐしゃっと握りつぶそうとしたとき、見落としていた一枚の付箋が目に入り、思わず声を出した。
それに気付いた久瀬が視線を上げてくるから、かわいらしい丸文字で書かれた付箋の文字を見せる。
『恋心』
その一言に、久瀬の眉が思い切り顰められた。
「破棄だ」
「だよね」
「ちょっと待った!」
俺もそうしようと思ってた、って、他の付箋と同じように握りつぶそうとしたら、教室の出入り口から入って来た八重が、勢いよく止めに入ってくる。
「その依頼は絶対話聞かなきゃダメ!」
「は?」
「なんで?」
すごい剣幕だ。
解せない俺たちの前に、八重は、スマホの画面をずいっと差し出してくる。
「依頼主が、フォロワー三万人の校内インフルエンサー・亜子だからよ!」
画面の中には、黒と白のゴシックなワンピースを着て、かわいらしく首を傾げた女の子がいる。
なるほど、聞いたことがあるような……ないような。
「探し出せなくても、これを機に亜子とつながりを持つことができるかもしれない……!」
「いや完全な私情じゃん!?」
「うるさいなファンなの!」
「開き直った!」
八重は取り繕うわけでもなく胸を張る。コイツのこういうところ、本当、強いと思うぜ……。
気づいたら、全ての付箋をチェックして、今来ている落とし物とマッチングを終えていた久瀬が立ち上がり、緩く首を横に振る。
「面倒な予感しかしない」
「同感」
「今から亜子のところに行くよ!」
おまえが会いたいだけでしょーが!
俺のツッコミは声になることはなく、いつものように、八重に強引に連れて行かれるのであった……。












八重に連れて来られたのは、手芸部だ。家庭科室の中で、女子部員がバタバタと忙しそうに走り回っている。その中央には、人形のように整った姿の女の子が、撮影用の、豪華な椅子に座って、ぼんやりと宙を見据えていた。八重によると、亜子は、手芸部お抱えの校内モデルなんだそうだ。手芸部の部員が作った服を着て、写真部が写真を撮り、SNSにアップする。評判がとてもよく、先輩の中には、亜子のおかげで進路が決まった人もいるぐらいらしい。今日も何かの撮影があり、それが終わるまで、横で待っていろと言われた。八重は目をハートにして亜子を見つめていて、久瀬は心底興味なさそうに、壁に寄りかかってスマホを弄っている。
「ごめんなさいね、お待たせしたわ」
声を掛けてきたのは、手芸部の部長だ。男子の制服を着ていて、黒髪短髪のイカつい人……なのだが、喋り方は丁寧だ。
「いや、大丈夫っす」
「亜子、この子たちが、例の係の子よ」
何も言わない久瀬に代わって首を横に振り、顔を上げると、撮影を終えた亜子が、俺たちの方に向かって歩いて来ていた。
表情はないのに、オーラがある。
黒と白の派手なゴシックワンピースを着こなし、艶のある長い黒髪が、彼女が歩く度にふわりと舞って、良い匂いがした。
八重はもう耳先まで真っ赤になっていて、使い物になりそうにない。
「待ってた。……来て」
「は、はい」
短い声は、ひたすらに甘い。
流石に、部員たちがたくさんいるこの部屋で話す気はないようで、促されて歩き出す。
不自然に丸いシルエットのスカートも、分厚い底のハイヒールも、それが当然であるように着こなしていて、ファンが多いのも頷けた。
よほど緊張しているのか手と足を同時に動かしている八重を放っておき、俺たちが案内されたのは、家庭科準備室だった。
ここなら、誰もいないし、声も届かないだろう。
「あんたら、亜子に変なことしたら承知しないからね!」
と言い残し、部長は準備室のドアを閉めて、再び部活へと戻って行った。










「…………」
亜子は、喋らない。
長い睫毛が頬に影を作り、ただ黙っているだけでも絵になるというのは強い。
八重はただ見惚れているし、久瀬はこういうときは立っているだけだ。
仕方なく、俺が切り出した。
「あの。恋心を失くしたって」
どういうことすか。
そう聞こうとして、ぎょっとした。
作り物みたいな大きなまあるい瞳から、ぼろ、と涙が溢れたからだ。
「えっ、え」
「ちょっと朝比奈、何亜子様を泣かせてんの!」
「いや違、え!?」
同時にはっとして動き出した八重に首を締められる。ついに様付けになっているが、気にしていられない。
ほろほろ、はらはら。
壊れた水道みたいに、亜子の瞳から涙がこぼれ、上質な服を濡らしていく。
「わたしじゃ、ない」
「え?」
「あのひとがね、失くしちゃったの」
どこか幼い、甘ったるい声が、ゆっくりとそう紡ぐ。
その瞬間、どくり、と心臓が跳ねた。


ああ、これは。
俺たちが立ち入っていい領域じゃあ、ない。










亜子が、ぽつりぽつりと、事の顛末を話してくれた。
彼女の甘い声で紡がれると寝物語のようにも聞こえるが、つまりは、よくある話だ。
彼氏が最近冷たい、他の女の子と仲良くしている、それって私への恋心を失くしちゃったから?
でも彼氏に聞く勇気がない。
だから、最近ウワサになっている、「なんでも探し出せる失くし物係」に依頼をした、と。
「う」
全て聞き終え、俺は、なんとも言いようのない気持ちになる。
亜子は、きっと、見た目以上に純粋なんだろう。
そこに、悪戯心も、悪意もない。
ただ、縋りたかっただけ。
応えられない、応えちゃいけないとわかっちゃいるが、胸の奥がずしりと重たくなる。
あーあ、なんで俺、こんなことやってんだろ。
「ねえ、さがしてくれる?」
カラコンなのか地なのか、丸く大きい瞳は薄茶色だ。
その瞳でまっすぐ見つめられると居た堪れなく、思わず目を逸らしてしまう。
「無理だ」
なんて言って断ろうか逡巡している間に、隣に立つ久瀬が、キッパリと断言する。
「いやおまえ、」
思いやりとか配慮とか、どこに忘れて来ちゃったの!?
「人の心なんて、探し出せるもんじゃない」
「でも、だって、だって、」
「どうしてもほしいなら、自分で掴め」
「じぶん、で」
「聞くなり、話すなり、なんでもあるだろ」
「こわいの」
「うっ、亜子様……亜子様を泣かせるなんて、そんな男、私がいくらでも殴ってあげますからね……」
再びはらはらと涙を流し出す亜子を見て、八重が拳を握りしめながら不穏なことを言っている。
久瀬が眉を顰めて何か言い出そうとして俺が慌てたとき(だってコイツの一言は、本当に容赦なく心の中を抉ってくる)、バタンと大きい音がして、準備室のドアが開けられた。
「亜子!!」
現れたのは、スーツ姿の男性だ。
明らかにここの生徒ではないし、先生でもない。
でも、無駄に顔が整っていて、オーラがある。
「たかちゃん……?」
ぱち、と亜子が瞬いた瞬間、たかちゃん、と呼ばれたスーツの男が、勢いよく亜子を抱きしめた。
「ふえ」
「ごめん、俺が悪かった」
「なんなのアイツ呪っていい?」
間髪入れずに拳を震わせる八重を「落ち着け」と言って引き止め、ふたりの様子を見る。
「最近、新しいアイドルのマネージャーをすることになったんだ。急に忙しくなって連絡が取れなくなったと思ったら、おまえが、怪しい二人組に何か頼んでいるっていうのを聞いて居ても立っても居られなくて」
「たかちゃん……わたしのこと、すき?」
「当たり前だろ!」
そして二人は俺たちの目の前で……。
流石に空気を呼んで、真っ赤になったり真っ青になったりしている八重を引きずって、準備室を後にした。
めでたしめでたし、だけど、どっと疲れが込み上げてくる。










手芸部の部長に声を掛け、家庭科室から出ると、だんだんと暗くなっている空が廊下の窓から見える。
「いやー、しんどかったな……」
八重は、「精神統一してくる」と、心の整理をしに一人でどこかに行った。
隣の久瀬にぽつりと言うと、久瀬が息を吐き出した。
「あいつが、余計なこと言わないといいんだが」
「あいつ?」
「俺たちのおかげで心を取り戻したとか、そういう」
「あー……ね」
有り得る。十分有り得る。
今回は、俺たちは全く関係ない。ただの偶然、ナイスタイミングで、彼氏が亜子の元に誤解を解きに来たってだけだ。
でもそれが、広まってしまったら?
三万人のインフルエンサー、という言葉を思い出して、ずしりと腹が重くなる。
「これさあ、いつまで続くのかなー」
本音を吐き出すと、久瀬が、いつもの声のトーンで言った。
「やめたきゃいつでもやめられる」
「つーか、始めた覚えもねえし!?」
「それだ」
深々と頷く久瀬を見て、「初めて気が合ったなー」と笑った。
校舎から出ると、暗くなった空には、一番星がキラリと輝いていた。