こちら、失くし物係です。




第3話 頼られちゃった












「だから、あなた達に依頼が来てるの」
くい、と、掛けてもいないメガネを掛ける真似をして、彼女が言った。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、威圧感がある。
どこかの映画のようなセリフに、くらりとする。
横に立つ長身の男をちらりと見上げたら、心底興味なさそうに、息を吐いた。
「なんの話だ」
そう、俺と久瀬は、朝登校するなり、「ちょっと来て」と、この女の子に手を引っ張られ、廊下へと連れ出された。
俺は教室に入ったばかり、久瀬は席についていたタイミングで、だ。
強引すぎる手口に驚く暇もなく、彼女は、俺たちに何枚もの付箋を見せる。
「何、これ」
「依頼よ」
「は?」
「だから、あなた達に依頼が来てるの」
そこで冒頭のセリフ、というわけである。
だからも何も、意味がわからない。
瞬いて首を傾げると、久瀬が無言で歩きだそうとした。しかし、すぐさま、彼女に制服を引っ張られて引き止められる。
この体格の久瀬に力負けしないなんて、一体何者……?
廊下の角は、登校してくる人たちからはちょうど隠れてしまう。例え、坂中たちの姿を見つけられたからと言って、助けを求めることは難しそうだ。
「失くしものを探すんだから、失くしもの係っていうのはどう?」
「は?」
「仲介は私に任せて」
「いや、えーと」
「あ、言ってなかったっけ。私、八重すみれ。一応クラスメイトなんだけど」
こうも人の話を聞かない人は珍しい。
自己紹介した彼女――八重は、にっこり笑った。
「これからどんどん、失くしもの、探していきましょ」
「勝手に決めるな」
「どういう流れ!?」
俺たちの戸惑いもどこへやら、八重は、やる気満々だ。
瞳がキラキラ輝いていて、一体何が彼女をそんなにさせるのかが、わからない。
久瀬は久瀬で、無表情のくせに、「面倒くせえ」と全身で表している。
詳しい話を聞く前に、キンコンカンコンと予鈴が鳴って、八重がはっとした。
「いけない、時間! じゃあ、詳しいことは、昼休みに話すから。逃げないでよね!」
そう言い残し、パタパタと教室に入って行ってしまう。
残された俺は、久瀬と目を合わせた。
「失くしもの係、だって」
「知らない」
「あは、俺もしーらない」
なんて笑っていられるのは、ある種の現実逃避なのかもしれない。










「さ、行きましょ!」
「え」「は?」
午前の授業が終わり、さあ昼休みだ昼メシだ、と椅子から立ち上がろうとした俺を阻む圧がある。そう、八重だ。
「何、ワタルどしたん」
「いやどうもこうも」
「ちょっと朝比奈くん借りるから! 久瀬くんも!」
「おー、行ってらー」
山下がひらひらと手を振り、坂中も川上も同様に見送ってくれる。
そういう奴らだよ、おまえらは!
朝と同様に、背中をぐいぐいと押され、やむを得ず教室を出る形になる。心底面倒そうにしている、久瀬も同様だ。
ああ、俺たちはこれから、どこに連れていかれるのでしょうか……。






向かった先は、学食だ。昼食を食べに来ている生徒たちで、ごった返している。
「久瀬って学食派?」
「ああ」
「俺購買だからな、昼会わねーよな」
八重について行きながらも軽口を叩いていると、八重が立ち止まった。
4人分が空いている席に座り、「座って」と促されて、俺と久瀬は横並びで腰掛ける。
「今日は私が奢ってあげる」
「えっ、マジで!?」
「いらない」
ぱっと顔を輝かせて食いつく俺と、即答で断る久瀬を交互に見て、八重がぶはっと吹き出した。
「正反対すぎでしょ、おもしろ! 何がいい? リクエストがないなら日替わり行っちゃうけど」
「はいはい! 俺唐揚げ定食!」
「おい……」
「りょーかい、久瀬くんも同じのね」
止める間もなく、八重は立ち上がって、上機嫌に券売機へと向かって行った。
「なんなんだ……」
「それな。あ、女の子に奢ってもらうのってカッコ悪かった?」
「そういう問題じゃねえだろ……ホイホイ乗っかるな」
「ホイホイは乗ってねーって!」
「メシの代わりに、探せって言われたら?」
「う」
久瀬は本当、人の痛いトコをつくのが得意だ。
半眼で見下されて、八重とは違う意味の圧を感じ、そっと視線を逸らす。
「そん時ゃ、期待してまーす……」
「巻き込むなよ」
「もう無理、俺たちセットだもーん」
今だって、ほら。
学食にいる、今まで絡んだこともない学生たちが、「あれじゃね? なんだっけ、落とし物係?」「ばか、失くしもの係だろ」「なんでも探してくれるんだってよ」「マジかよ便利」と、俺たちを見てコソコソと話をしている。
それを聞くたびに、身が縮こまる。
一体、何がどうしてこうなった。












「もう、こんなに依頼が来てるの」
八重が持って来てくれた唐揚げ定食を有り難く頬張りながら、八重の話を聞く。不服そうにしながらも、久瀬も唐揚げを口に運んでいた。
八重が見せたのは、クリーム色の付箋紙だ。正方形をしている。一枚ずつ、学食のテーブルに広げられる。
「えーと? 消しゴム、シャーペン、USB……?」
「失くしものか」
「さすが久瀬くん、察しが良い」
「いや待って、なんで俺たちじゃなくて、八重に話が行ってるの……?」
「ふふ、それはね……」
依頼っていうんなら、せめて、俺たちに直接話があるべきではないでしょーか……。
唐揚げを飲み込んでから疑問を口にしたら、待ってましたと言わんばかりに、八重がスマホの画面を突きつけてきた。
「私が、校内フォロワーが多い人ランキングに入ってるからよ!」
それはSNSのプロフィール画面で、確かに、フォロワーは4000人もいるらしい。
俺は見る方専門で、友達ともアカウントを交換しない性質だから、それはとても多い数に思えた。
「昨日から、失くしもの係の話題が上がっててね。探してほしいものを募集したらまずはこれだけ来て」
「いやおかしいでしょ! せめて俺らに断って!?」
「断ってるじゃない。今」
「ええ!?」
きょとんと言われて思わず戸惑う。
えっ、俺おかしいこと言ってる……?
隣の久瀬に助けを求めると、久瀬はじっと八重を見ていた。
「どうしてこんなことを」
「決まってるでしょ?」
八重は、悪意の欠片もなく、きれいに笑う。
「面白そうだから」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞくりとした。
久瀬は、大きく息を吐き出す。知り合って間もないけれど、久瀬のこれは、諦めるときに出るヤツだ。
「まずはどれから手をつければいい」
「やってくれるの?」
「ただし条件がある」
「なーに?」
「あんたがこれから失くしものを募るとき、必ず見つかる保証はないことと、依頼をするときには身分を明らかにすることを条件にしろ」
久瀬が真剣な眼差しで八重を見て、低い声でそう告げる。
久瀬がたくさん喋るのは珍しいから、唐揚げを噛むのも忘れて、思わずその横顔を見つめてしまった。
「その2つがハッキリすれば、依頼を受けてくれるってこと?」
「見つかる保証はないが」
「十分! じゃあ、匿名で来たこの依頼はなかったことにして、と」
八重は、付箋を折り畳んで制服のポケットにしまい、スマホに何か文字を打ち込んでいる。
「――これで、契約成立、ね?」
八重が見せつけてきたのはSNSの画面だ。そこには、
『失くしもの係本格始動! 探し物がある人は、実名を添えてDMを。※見つかる保証はありません』
と書かれている。
久瀬が言った条件そのもので、俺は息を飲んだ。
これって、もしかして。
もう、逃げられない流れじゃない?
相変わらず表情が読めないこの男は、最後の唐揚げを飲み込んで、ついでに水も飲んでいた。
あれ、案外、動揺してる?












そしてその結果が、この付箋の数である。
八重がSNSに投稿した後、怯まずに実名つきで依頼をしてきた人たちがいた。
まず消しゴム。クラスメイトの井山からの依頼で、久瀬が話を聞いたら、隣の席の机の中から出て来た。
次はシャーペン。これは隣のクラスの女子からの依頼だ。久瀬が話を聞いたら、隣の席のヤツのカバンのポケットから出てきた。
USBは、三年の先輩からの依頼で、久瀬が出会って三秒で「ポケット」とブレザーのポケットの中にあることを見抜いた。
どの依頼人も感謝すると同時に、「本当だったんだ!」「友達に言わなきゃ!」と何故か拡散の約束までしてくれるから、次の日には依頼が倍に増えた。
放課後はすっかり、久瀬と一緒に、失くしものを探すのが定番になってしまった。
あっという間に、久瀬と知り合ってから、二週間も経ってしまう。
「イヤホンの片耳ってなんであんなに失くなるんだろーな」
「整理整頓しないからだろ」
「そりゃそうなんですけど」
軽口を叩きながら向かうのは、依頼人がいる場所だ。
久瀬が八重に課した条件を確かめるために、まずは依頼人に会い、事情聴取という名の情報収集をすることにしている。
今回は、一年生からの依頼だ。教室を覗くと、帰り支度をしている生徒たちがパラパラといる。
「すんませーん。会田くんっている?」
俺が声を張り上げると、一人の男の子が反応した。黒髪メガネに、制服をしっかり着こなしている。
「あ、俺です」
「どーもー。二年の朝比奈と久瀬だけど」
「あっ、失くしもの係さん! 来てくれたんですね」
名乗っても、俺たちはどうしたってその係名で呼ばれるらしい。
駆け寄ってきた会田くんを見て、久瀬が「いつ失くした」と端的に問いかける。威圧感からか、会田くんは少し肩を竦ませた。
「ひえ、すみません」
「ちょっと、怖がらせちゃだめでしょ」
相手はかーわいい後輩なのに。
俺が言うと久瀬が首を捻り、「じゃあおまえが聞け」と言ってくるから、仕方なく俺が会田くんに向かい合う。
「イヤホン、探してるんでしょ? 最後に触ったのはいつ?」
「えーと、昨日です」
「どこで?」
「駅の中……」
うわ、校外は面倒なパターン……。
「外したのは教室だろ。席はどこだ」
駅まで探しに行くのは中々ないな、と思っていたら、久瀬が口を挟んできた。会田くんが、怯えながらも席に案内してくれる。
「机の中は見たのか」
「見たけどなくて」
「カバンは」
「えーと」
「内側のサイドポケットの中」
「あ」
スクールバックに手を突っ込んで、がさごそと探していた会田くんが、声を上げる。そのまま手を引っ張り出すと、指先には、小さなイヤホンが摘まれていた。
「あった! ありました!」
「完了だ」
「ありがとうございます、ずっと探してたのに……嘘みたい」
「あは、よかったねえ」
会田くんは素直でいい子のようだ。その感激っぷりが微笑ましくなって、思わず笑う。
久瀬は複雑そうにしていたが、すぐに踵を返して、一年の教室を出ようとするから、慌てて後を追いかけた。
「あっ、本当にありがとうございました! 俺、みんなにも伝えておきます!」
「いや、言わなくていーってー!」
ひらひらと手を振って、俺も、一年の教室を後にした。
こうやって喜んでもらえるなら、失くしものを探すのも悪くねーかなって少し思う。
まあ、探してるのは、久瀬なんですけど!