第2話 知られちゃった
進路指導調査表を無事に提出期限前に出すことができて、用紙を失くしたことを爆笑していた友人たちは、「なんだよ見つかったのかよー」「よかったな」「また久瀬に頼んだん?」と口々に言ってきた。川上の問いに答えるのは悔しかったが、仕方なく頷いて認める。
「マジで久瀬って何者?」
「探し物名人なんだろ」
その時は何気なく答えたけれど、案外この表現が、的を得ていたりする。
きっと俺はこの後も、何かを失くしたら、久瀬に頼んでしまうんだろう……。
そんな予感を感じながら、何気ない日々を過ごしていた。
「坂中?」
俺がそれを見たのは、それから、数日経った頃だ。
特に大きな失くしものをすることもなく、それはつまり、久瀬と視線を交わすこともなく、普通に勉強して、三人組と飯を食い、たまに放課後寄り道をして、と、そんな日常を過ごしていた。
その日は、特に放課後の予定はなく、そのまま家に帰ろうかとしていたところだ。
山下も川上も坂中も、俺がトイレに行っている間に、帰って行ったはずだ。
教室には、ほとんど人の気配がない。
先に帰ったはずの坂中が、自分の机に戻って来ていて、机の中のものを全部ひっくり返していたから、俺は思わず、声をかけてしまった。
「ワタル」
「何これ、どしたん?」
「いや、えーと、」
問いかけると、坂中は気まずそうに目を逸らし、表情を隠すためにか白いヘアバンドをずり下げた。
「なんか、探し物?」
わかる、わかるぞ。
俺も、進路指導調査表を探したときは、机の上がこんな風になっていた。
「あー……おまえになら、いいかな」
観念したように、坂中がヘアバンドから手を外す。
周囲を見てから、ぽつりと言った。
「あのさ、小さい紙袋なんだけど。中にキーホルダーが入ってて、」
「そこ」
「へ?」
聞き馴染みのない声が聞こえてきて、つい間抜けな声を上げてしまった。
視線を上げると、いつの間にか、隣には久瀬が立っている。
そして久瀬は、顎先で、くい、と坂中が机の横にかけたカバンを示した。
「え、え。――あ、った!」
典型的なドラム型のスクールバックの、前ポケット。そこからはみ出しているのは紙袋の端っこで、坂中はポケットから紙袋を引っ張り、小さなそれを手中に収めると、ほっと大きな息を吐き出した。
「いやマジですごくね? 何、どういうこと?」
「つーか久瀬、いつから話聞いてたんだよ……」
「最初から」
どうやらこいつは、教室に残っていたらしい。もっと存在感出して!
坂中は、紙袋を大切そうにぎゅっと握りしめて、意を決したように口を開く。
「わ、ワタル。あと久瀬。実は、もうひとつ、探してほしいものがあるんだけど……」
今振り返ると、坂中は、俺たちの『依頼人第一号』だった。
三人の中でも特に軽薄で、フラフラちゃらちゃらとしている坂中の、こんなに真剣な表情は初めて見る。
言い難そうに、しかし意を決したようにするその眼差しを受け止め、俺は小さく息を飲んだ。
「水族館のチケット?」
「そう。出して見てたら、風でひらっとどっか行っちゃってさ。……諦めようかと思ってたんだけど、ふたりなら、探せるかもって」
「へ?」「ふたり?」
俺の間抜けな声と、久瀬の怪訝そうな声が、重なった。
坂中はその反応を意外そうに見て、そして、笑う。
「だって、ふたりだったら、なんでも見つけられそうじゃん?」
「いや意味わかんねーって!」
「今までのは、たまたまだ」
なーんでこんな無表情男とコンビ認定されないといけないんだって。
愛想悪くそう言う久瀬に、坂中は、眉を下げて俯きがちに笑った。
「いや、見つかんなかったらそれでいいんだ。もう諦めてたし。万が一見つかったらすげー嬉しいってだけ」
それ、本当は。
諦めたくねえんじゃねーの。
坂中の横顔を見て、俺は言葉と共に唾を飲み込んだ。
いつも一緒にいるくせに、お互いの家族のことや、恋の話なんて、したことがない。
それは、俺もおんなじだ。だって、その方が、楽だったから。
でも、――。
「いいよ」
「え?」
「それ、俺たちが見つけてやろうじゃん! なあ、久瀬!」
「は?」
「まずは事情聴取からな、最後にチケット触ったのどこ?」
戸惑う久瀬を完全に巻き込んで、坂中から情報を聞き出す。
絶対、俺らが、見つけてやらねーと!
バイトがあるから、と申し訳なさそうに帰って行く坂中を見送り、俺たちは、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下に来ていた。
まだ放課後になってそう時間が経っていない。あちこちから、運動部や文化部の、熱心な声と音が聞こえてくる。
そんな中、俺と久瀬は、地面とにらめっこしながら歩いている。
「なんでここだと思ったん……?」
「最後に触ったのが二階の廊下、風が吹いてたってことは窓が開いてた。その窓から紙が落ちたとして、風に吹かれる動線上がこの辺りだ」
「めっちゃ喋るじゃん」
こんなに長く久瀬の声を聞いたのは初めてだ。
なるほど、久瀬の推理力は、認めるしかない。
しかし、俺はまだ半信半疑だ。
俺の失くしものを見つけたのを「たまたまだ」と本人が言うんだから、偶然なのかもしれない。
だって、水族館のチケットは、まだ見つからない。
「つーか、誰かが先に見つけて、ポッケないないするとかない?」
「それなら、見つからないだけだ」
クールすぎる!
坂中が話していた水族館は、最近話題の場所だ。デジタル技術を駆使して魚たちをライトアップする展示がSNSで有名になり、カップルのデートスポットとして至る所でオススメされている。拾って自分で行ったり、悪いやつは換金なんてことも考えるんじゃないだろうか。そんな人に、先に見つかっていないといい。
「彼女と行くんかなー」
「まだ付き合ってないんじゃないか」
「へ?」
「わざわざ外でチケットを出して眺めるなんて、これから誘うかどうか悩んでいる証拠だろ」
「うえ」
「友達なのに、彼女の有無も知らないんだな」
「うっ」
グサッッ。
さらっと言われた今の一言、相当精神的なダメージです……。
でも、俺たちにも言えないぐらい、密かに気持ちを育んでいるのかもしれない。
だったら、水族館に誘うのにも勇気がいることも、少しわかる。
「久瀬はいんの? 水族館誘うような子」
「いると思うか」
「思いません」
「あ」
「ぶは、」
正直に言い過ぎたのは、デリカシーのないこの無表情男に対する、ちょっとした復讐だ。
それを告げた直後、一歩前を歩いていた久瀬が歩きを止めるから、その背中に顔が直撃してしまって間の抜けた声が出た。
「急に止まんなよ~……」
鼻を擦りながら文句を言って、久瀬の視線の先を覗き込む。
そして、目を見張った。
渡り廊下の端にある自販機コーナーの、網目状のゴミ箱に、貼られているものがあったからだ。
それは俺たちの探し物で、坂中の、失くしものだった。
ご丁寧に、四隅をマスキングテープで止めてあり、『おとしもの』と丸い文字で書いてある付箋が貼ってあった。
俺は駆け寄り、そのマスキングテープを丁寧に剥がす。
「マジであった! しかも、いい人に見つけてもらってた! 久瀬、すげえな!」
「たまたまだ」
「いや、俺だけだったら、こんな場所の検討つかなかったよ」
やっぱり、こいつは、『本物』だ。
「ま、マジで見つかったのかよ……マジか~……」
翌日。一応、見つかった報告はスマホで入れたけど、直接会った坂中は、それはもう複雑そうだった。
山下と川上がトイレに行っている間に、教室の中に久瀬がいることも確認しながら、坂中に水族館のチケットを渡す。ついでに、付箋もつけておいた。
「いい人が先に見つけてくれてたから」
「いやそれでもさ、探してくれてたのはふたりじゃん。久瀬もサンキュな!」
「たまたまだ」
「そればっかなおまえ!」
久瀬に近寄って礼を言う坂中に、久瀬は無愛想に返すから、つい笑って突っ込んでしまった。
「いやー、正直見つかると思ってなかったから……そうか……」
そしてまた複雑そうにする坂中にも、笑う。
「まあ、またなんかあったら言えよ。ちゃんと探すからさ、久瀬が!」
「は?」
ぽん、と久瀬の肩を叩くと、低い声で言われるが、気にする気にはなれなかった。
「だってさ。みんなー、なんか失くしたら、久瀬とワタルに言うといいぜ」
「マジ?」「なんで?」「いや実は俺最近アレ探してて」
照れ隠しなのかヤケなのか、水族館のチケットを大切そうに財布にしまった坂中が、振り返って教室中のクラスメイトに大声でそんなことを言った。
いやいやいや、それはちょっと、聞いてない!!
戻ってきた山下と川上まで加わり、やいのやいのと詰め寄られ、久瀬は心底面倒そうに、そして何も喋らずに、息を吐いている。
あーあー。そうやって無愛想すっから、色々誤解されんのに。
俺は笑って、言ってやった。
「この久瀬、マージで探し物名人だから!」
そしてその一言を発したことを、まさか自分が一番後悔することになろうとは、その時の俺は知る由もなかったのである……。

