こちら、失くし物係です。

こちら、なくしもの係です。




第1話 出会っちゃった










「イヤホンの片耳、充電コード、ティッシュケース、リップクリーム……」
付箋に書かれたモノたちを読み上げ、俺は深く重いため息を吐き出した。ぐしゃり、力が入ってしまって、思わずその付箋たちを握りつぶす。
放課後の教室には、俺と、もう一人、長身で長い黒髪、制服のブレザーをきっちり着こなした男しかいない。
だから、気にせず、叫んだ。
「そんなの、自分で、探せっつーの!!」
俺の叫びに、男――久瀬航一郎は、小さく息を吐く。
「探せないから、依頼してるんじゃないか」
「そりゃそーだろうけども! でもさあ! っつーか何なの、失くしもの係って! そんなのなった覚えありません!」
そう。
気付いたら、俺たちの下には、何故かこうして、<失くしものを探してほしい>という依頼が、集まるようになってしまった。
ぐしゃぐしゃになった付箋をぽいっと投げるけれど、長い身体を折り畳んだ久瀬が、一枚ずつ付箋を開き直す。その裏にはご丁寧に、クラスと名前が書かれていた。
「じゃあ、捨てるか」
「うっ、いや、まあ……いいけどね! 暇だし!?」
名前を書かれてしまうと、非情になりきれないのも事実だ。
温度を感じさせない久瀬の一言に言葉を詰まらせ、一番上にある付箋を手に取った。
「じゃあ今日は、コレから」
「了解」


黒髪で静かで地味で目立たない久瀬と、茶髪で派手でとりあえずうるさい俺は、交わるはずが一切なかった。
それがどうして、ふたりで一緒に、誰かの失くしたものを探すことをするようになったのか。
答えは、二週間前に遡る。












「――ない」
帰りのホームルームが終わり、帰り支度を終えて、さあ帰ろうっていうときだ。教室はざわざわとしていて、俺だけが、さあ、と青ざめる。
「どしたん、ワタル」
「何がないってー?」
「早くカラオケ行こ」
いつもつるんでいる三人が、俺の顔を覗き込んでくる。
赤髪の山下、ヘアバンドの坂中、ツーブロックの川上だ。
高校で出会ってからノリが合って、なんとなく一緒にいることが多くなった。今日も、ふわっと、カラオケ行こーぜなんて坂中が言い出して、それに乗っかるつもり……だった、のに。
「スマホが、ない……」
「は?」
「マジ?」
「ありえなくね?」
制服のブレザーのポケットも、スラックスのポケットも、ブレザーの下に着ているパーカーのポケットも、全部探したが、出てくるのはいつぞやのレシートや消しカスばっかりで、スマホの重さがどこにもない。俺の慌てようを見た三人は瞬いて、それから肩を揺らして笑っている。
「今どきスマホ失くすとかマジかよ!」
「どーすんの、電車乗れねーじゃん」
「買い物もできなくね?」
「いやマジ、それな」
俺が焦っている理由は、それだ。
スマホには定期も入っているし、現金の代わりに小遣いをチャージした電子マネーが入っている。誰かに連絡も取れないし、SNSを確認することもできない。
「探すから、先行ってて……」
「わかった、達者でな」
「見つかったら連絡しろよー」
「なくてもな」
「なかったら連絡できなくね?」「そりゃそう!」「ぎゃはは」と、三人組は肩を並べてワイワイ話しながら教室を出て行った。
いや、先行っててって言ったのは俺ですけど、少しぐらい、手伝うとかしてくれても……よくね……?
と、思っても仕方のないことを思って、小さく息を吐き出した。
「とりあえず、どっから行くかなー」
心当たりがあるのは、昼を食べた学食か、休み時間に寄った自販機コーナーか。
それぐらいしか、スマホを出した覚えはない。
あーあー、面倒くせ。
髪が伸びてきた頭をぐしゃりと掻いて、立ち上がる。
「理科室」
「へ?」
ふ、と、教室に残っていた一人の男と目があった。
背が高いくせに地味で、大人しく、目立たない。
二年になってから同じクラスになったけど、会話らしい会話をしたこともないし、なんなら、声を聞いたのも今が初めてだ。
「理科室の実験台の端」
「え?」
「スマホ」
「ええっ、なんで!?」
なんと、地味な男は、俺のスマホの場所を言い当てた。
「声が、でかい」
「いやそこじゃなくてな!?」
なるほど、俺がでかい声でないない騒いでいたから、見かねて助け舟を出してくれたってこと……。
「なんで場所がわかるの!?」
納得しかけてから、はっと気づいて突っ込むように尋ねる。
男は長い前髪の隙間から瞬いて俺を見て、目が合ったら、ふい、と顔を逸らした。
「……実験の前。友達に話しかけられてスマホで何か調べて、その後、置いたままにしてた」
「マジ!? いや、いやいや、ないっしょ、ないない。あったら俺おまえになんか奢るわ」
具体的に行動を言い当てられて、びっくりした。
驚いてから、ぶんぶん首を横に振る。
当の本人の俺が覚えてないのに、なんでこいつが知ってるんだ。
すぐに認めたくなくてそう言うと、男は案外、素直に頷く。
「コーヒーは無糖がいい」
「大人ぶってんじゃねえよ!」
俺はまだミルクとシュガーが入ってないと飲めないのに!










長身の男――そう、久瀬という名前だった。久瀬と連れ立って理科室に入る。午後からの授業で使われていたから、まだ実験の名残があった。久瀬が言っていた、実験台の端へとまっすぐに向かう。
「う、そ」
そこには、紛れもない、俺のスマホがあった。
黄色いカバーに、好きなアーティストのロゴのステッカーをベタベタ貼っているから、目立つんだ。
すぐにスマホを手に取ってロックを解除すると、変わりないホーム画面が出迎えてくれる。ちなみに、壁紙も、好きなアーティストのジャケット写真だ。
「マジであるとかなんで!?」
「コーヒー」
「わかった、わかった奢るって! おまえすげーな!?」
ねだられて頷き、改めて見上げて言うと、久瀬は緩く首を傾げる。
「スマホを失くす方がすごいけどな」
「嫌味? 嫌味言われた? 今」
「友達、心配してるんじゃないか」
「あ、うん」
言われて思い出した。
三人とのグループトークを呼び出し、『スマホみっかった!』と連絡を入れるけれど、すぐに既読はつかない。きっと、カラオケで盛り上がってるんだろう。
俺もスマホをポケットにしまって、久瀬と向き合って笑う。
「んじゃ、コーヒー飲みに行こ」
「いや……」
「え」
「自販機でいい」
「あ、そっすか」
カフェへのお誘いが、素気なく断られてしまった。ちぇー。
自販機コーナーで、無糖のコーヒーを買って、手渡す。
一緒に飲むこともなく、「じゃあ」と言って帰ろうとする久瀬を、「久瀬!」と名前を呼んで呼び止めた。
「ありがとな! 俺のこと見ててくれて!」
「は?」
「え?」
「たまたま目に入っただけだから。勘違いするな。あと大声で呼ぶな」
久瀬は実は注文が多い。
感謝をしただけなのに早口でそう言われて、「はーい」と頷くしかない。
仕方がないから、その日は、ひとりで帰った。カラオケに寄る気は、もうなくなっていた。












次の日。
「スマホ見つかってよかったじゃん」「なんでカラオケ来なかったんよー」と絡んでくる三人を受け止めつつ教室に入ると、久瀬の姿があった。目が合ったと思って声を掛けようとするが、ふい、と顔を逸らされてしまう。なんでだ。
「何、おまえ、あいつとなんかあんの?」
それに気付いた川上が、久瀬と俺を見て首を傾げる。
「久瀬が見つけてくれたんだよ、スマホ」
「マジ?」「なんで?」「すごくね?」三人が一斉に喋る。
「たまたまだって」
「へえ」
「ま、よかったよな」
「ラッキーじゃん」
そう言いながら席につく三人は、興味があるんだか、ないんだか、わからない。
まあ、でもきっと、三人からしたら、俺もおんなじだ。
浅く広く、踏み込まず。きっとそれが一番、楽な関係。
中学からそうやって生きてきたし、これからもきっと、そうなんだろう。
ぼんやりと考えていると、いつの間にか朝のホームルームが始まっていた。
「進路指導調査、明日締め切りだからなー。出さないと俺との楽しい個人面談が待ってるぞー」
担任の佐久間先生が、いつものようにやる気のない言い方で重要な話をするから、教室内がざわっとする。


――進路指導調査。


えっ。
いつもらった?


「せんせー、失くしたらどーすんすかー」
あ、よかった、俺だけじゃない。
同じように疑問だったらしいお調子者の井山が手を挙げて聞いてくれた。
佐久間先生は片眉を上げて、わざとらしく息を吐く。
「仕方ねえ、個人面談第一号は井山だな」
「うっそ! あるある、あるって! 多分!」
これってつまり、期限切れもアウト、紛失もアウト、ってこと……?
冷や汗がダラダラ流れる。
あとで、本気出して探さないと。












「進路指導調査出した?」
ギクッ。
休み時間になってすぐ、坂中が聞いてくる。それに、山下と川上が頷いた。
「ギリ昨日出した」「俺も」
「焦るよなー、個人面談とかさ」
ま、マジかよ……。こいつら、ちゃっかり提出済みとか……。
「ワタル、お前もしかして……」
「うっ」
「ふっは!」
「違ぇ、出してーけど紙がねえの!」
答える前に笑われて、慌てて弁明するが、三人の爆笑は強くなるばかりだ。
「スマホに続いて提出用紙もかよ」
「失くしすぎじゃね?」
「それな」
いや、自分でもそう思うので、否定も肯定もできません……。
俺が項垂れていると、坂中が、ぽん、と肩を叩いてくる。
「かくなる上は、お願いするしかなくね?」
「は?」
片目を閉じて笑う坂中が親指でくいっと示した先には、一人で一番後ろの席に座って教科書を見ている、久瀬がいた。










放課後。
いつものように三人が「帰ろうぜー」と声をかけてきたが、「ちょっとごめん」と断って、俺は久瀬の席まで向かった。事情を察しているのかいないのか、坂中は、「おー、じゃあまた明日な」と手を振って、他のふたりを引き連れて教室から出て行く。
こういうとき、踏み込まない関係は、気軽だ。
「く、久瀬」
帰り支度をして席を立とうとしている久瀬の前に立ち、名前を呼ぶ。やばいどもったカッコ悪。
「何」
久瀬は立ち止まり、低い声でそう返した。
え、ご機嫌悪いですか、もしかして。
でも、ここまで来たら、止まっていられない。
「あのさー……今日もちょっと、探してほしいの、あんだけど」
「は?」
「進路指導調査表を、失くしてしまいまして」
「…………」
うわっ、絶対零度の眼差し!
思い切り目を逸らしてしまう。
よっぽど呆れられたんだろう、きっとこのまま俺は久瀬に見捨てられ、そして佐久間先生と地獄の個人面談を繰り広げることに……。
「机の中」
「へ?」
「見たのか」
「み、見てませんけど」
「見て」
「ハイ!」
短く促され、勢いよく返事をして、自分の机に戻る。
机の中のものを全部上に引っ張り出すと、「うわあ」と思わず声が出た。
教科書、ノート、皺がついたプリント、飴玉の包み紙、消しカス、何故か突っ込まれている蛍光ペン……。
それを一緒に見下ろす久瀬は、相変わらず表情が見えないが、呆れているのは間違いないだろう。
「これ」
「うえ?」
そして、久瀬が指差すのは、ぐしゃぐしゃになったプリントだ。教科書とノートの間に挟まれて、皺ができてしまっている。うわー触りたくない……。
しかし、触らないわけにはいかない。プリントを摘んで取り出し、皺を伸ばす。
「進路指導調査……、これ! これだ!」
「整理整頓、しろ」
「いやマジそれな! っつーか久瀬、おまえ超すげえ! ありがとうな!」
的確なアドバイスがなければ、この紙を見つけることを諦めて、きっと締め切りに間に合わなかった。
無表情で無口だけど、今だけは救世主に見える。
両手で久瀬の手を握りしめて思いっきり感謝を伝えると、久瀬は、一歩後ずさった。
「別に、誰でもわかる」
「俺はわかんなかったって! マジでありがとう!」
ぶんぶんと手を振って感謝をすると、ふ、と久瀬が笑う気配がした。
しかし、その口許は、久瀬の肩で隠されてしまって、表情はわからない。
「身の回りをよく見て、落ち着いて過ごせ」
ゆっくりと手を解かれると同時に、口からついてきたのは説教じみた言葉だ。
そんなの、俺が一番わかってますー。
「じゃあ、今日もコーヒーでいい?」
「無糖」
「わかってるって! そんで、またなんか失くしたら久瀬に頼むわ」
「勘弁しろ」
面倒そうにしながらも、お礼のコーヒーはちゃっかりもらう久瀬がなんだかおかしくて、俺も笑った。
――こうして、俺は、二回も、久瀬の世話になってしまった。


これが、俺たちの、『はじまり』だ。
まさか、それがきっかけで、校内でのウワサになるなんて、思ってもみなかった。