フィーネの旋律

 幼いころのわたしは、音色は誰にでも“を視える”ものだと思っていた。だから、その特性に気づいたのがわたしではなく母だったのは、当然のことだったのかもしれない。

「ママ、きょうはたくさんのおんぷさんがそらをとんでいたの。いろんなこえがきこえたんだよ」

 あれは、幼稚園の頃。カスタネットやトライアングルに初めて触れた日のことだった。わたしの言葉に、母は、それは素敵なことねと微笑んでくれた。けれど、その笑顔の奥に、どこか張りつめたものがあった。

 もしかして病気なんじゃないかと、母は思ったらしい。幻視や幻聴が現れる類の精神病を一番に心配したのだと思う。

「はるかのその不思議な音符さん、どこから来たのか調べてみよう」

 そう言って笑っていたけれど、その笑みの裏側にある不安を、わたしは感じ取っていた。

 それから“冒険”と称して、病院をいくつも巡ることになった。

 でも、わたしは自分が病気だなんて、ちっとも思っていなかった。実際、どれだけ検査をしても異常は見つからなかった。

 病院を連れ回されて嫌になり、「もうやめてほしい」と泣いた時、ようやく母も病気の類ではないものだと理解してくれた。ようやっと解放されたのだと安心した。

 以来、わたしは普段どおり、音符を目で追い、音を掴まえて心の声を聴きとっていた。音符はわたしだけに視える、色とりどりの感情の粒なのだと、誇りにさえ思えた。

 けれど成長するにつれて、わたしの言葉は母をさらに困惑させていった。

「ねえ、今日はシチューでしょ。音符に触ればわかるもん」
「ママ、疲れているの? お皿洗いの音が元気ないよ」
「昨日、パパと喧嘩したでしょ。ママのピアノの音がプンプンしているもん」

 小学5年生の頃、母はついに恐れ始めた。わたしの“視える”能力が、相手の心を読み取ってしまう危険なものだと気づいたからだ。そして、理解できない霊的な力を、母は憑き物や呪いの類だと思い込んでしまった。

 それからは、厄除けやお祓いに連れていかれたり、意味のわからない呪いをかけられたりした。母は、わたしの特性を受け入れられず、なんとか“治そう”としていた。

 それからまもなく、父と母が口論を始めるようになった。毎晩、ベッドに潜り込んだわたしの耳に届くそれは、心を蝕まれるような恐怖でしかなかった。

「また、はるかの話かよ。毎日毎日、お前の心配ばっかり聞かされてうんざりするんだ!」
「だって……あの子、どこかおかしくなっちゃったのよ」
「見てみろ、はるかは普通に暮らしているじゃないか。おかしくなっているのはお前の方じゃないか!」

 父の声は、いつもの優しさを失っていた。わたしに向けられた言葉じゃないのに、まるで棘の生えた草むらに突き倒されたような痛みが走った。

「私、あの子が薄気味悪くてしかたないの。悪霊がとり憑いているんじゃないかって思うの」
「悪霊だなんて、ひどい言い草だな!」
「本当のはるかは、どこかに連れて行かれちゃって、偽物がはるかのふりをしているんじゃないかしら……」

 その瞬間、ガラスの割れる音が響いた。鋭い音符が部屋に飛び込んできて、わたしの胸に突き刺さる。

 父の怒りの感情が、音符となって爆発した。わたしはひとりで、家庭崩壊という恐怖に震えていた。

 音が視える体質が、まるで罪人に押された焼印のように思え、自分を責め続けた。

 そしてついに、わたしは決心した。鏡の前に立ち、平然とした表情を練習した。それが自然にできるようになった頃、母に向かって言った。

「お母さん、わたしね、音符が視えなくなっちゃったの。あれ、何だったのかなぁ」

 母はしばらく唖然としていたけれど、深いため息をついて、涙ぐみながらわたしの頬に手を添えた。

「よかった、はるかが普通の子で……本当によかった……」

 その時の母の抱擁は、憑き物が落ちたようだった。

 ああ、わたしのこの体質は、そんなに気味が悪かったんだ。もう、音符のことは絶対に誰にも言えない。一生、わたしだけの秘密。

 それから、わたしは音楽を遠ざけた。

 音符と戯れることができなくなったわたしは、まるで大切な友達を失ったような空虚な気持ちでいた。いつか、音があふれる世界に戻りたい。そう思い続けていた。

 隠し通して4年。ついにその時が訪れた。

「ねえ、はるかは楽器の演奏に興味ある?」

 声をかけてきたのは、同じ高校に進学した菜摘だった。彼女はアンサンブル部に入部し、一年生ながらさっそく部活の勧誘も手伝っていた。

「うん、興味はあるけど……ぜんぜんやったことないなぁ」
「じゃあ、よかったら一緒にやってみない?」

 わたしはその誘いに心が揺れた。音楽室に響くメロディ。舞い踊る音符たち。青春を謳歌する学生たちの魂が弾けるその場所に、わたしの好奇心は抗えなかった。

「じゃあ、お母さんの許可もらってからでいい?」

 母は菜摘のことをよく知っていたから、きっと許してくれる。それに、ひとりで音符の中身を楽しむだけなら罪じゃない。

 そうして、わたしはアンサンブル部に入部した。

 でも、幸せを感じたのはつかの間だった。二学期に「選考会」があると聞かされて、わたしは愕然とした。

 音に触れられればそれでいいのに。人前で演奏するなんて、わたしには無理だ。

 ところが、怖い先輩――清井麗――が「部員は全員参加」と言い切った。逃げ出そうと考えたけれど、逆らったらどうなるかを想像して、わたしは一時の恥を覚悟することにした。

 結果、「ピィ~ヒョロロ~」の“お家芸”が誕生することになるなんて、その時のわたしはこれっぽっちも思っていなかった。