「さぁ、いよいよ学園祭初日の締めくくり、アンサンブル部の演奏となりました!」
放送部のアナウンスが響く中、赤城先輩たち八名がそれぞれの楽器を抱えてステージに登壇していく。皆の表情は真剣そのもので、音楽に賭ける気合をまとっている。
わたしは舞台下で、高円寺先輩と麗先輩と並んでフルートを手にしていた。手のひらが少し汗ばんでいて、鼓動が早まっているのを自覚する。
でも、演奏の前にどうしても伝えておきたいことがあった。高円寺先輩にだけ、こっそりと耳元で囁いた。
「高円寺先輩。あの、差し出がましいと思うんですけれど、いいですか」
「なんだ、花宮」
高円寺先輩が少し身をかがめて、耳をわたしの口の高さに合わせる。
「高円寺先輩、麗先輩の気持ちって、考えたことありますか」
「麗の、気持ち……?」
「すごく優しい人だから、今まで自分のこと、あまり他人に言わなかったと思うんです」
高円寺先輩の両眉がぴくりと寄った。たぶん、わたしの言葉の意味は伝わっていない。
「麗先輩のことを、もう少し気にかけてあげたらどうですか。そうしたら、ふたりで素敵なハーモニーが奏でられると思うんです」
わたしには、ふたりのすれ違いが見えていた。だから、どうしても麗先輩の気持ちを高円寺先輩に届けたかった。
「わたし、これから高円寺先輩の願いを叶えようと思うんです。もしもうまくいったら、その時はちゃんと、麗先輩に目を向けてあげてくださいね」
その瞬間、高円寺先輩の目が見開かれた。
「そっ、それはどういう意味で言っているんだ、花宮。まさか、貴音さんの事なのか……?」
声が震えていた。先日、麗先輩が言っていた“音楽で繋がっている”という話を、高円寺先輩は思い出したはず。
「教えてくれ、君と貴音さんは、いったいどういう関係――」
その言葉は、ステージから響いた壮大な旋律にかき消された。赤城先輩たちの演奏が始まったのだ。
わたしはそれ以上何も言わず、ただステージに目を向けた。音に集中するように、心を静かに整えていく。
高円寺先輩はわたしの真剣な表情を見て、何かを感じ取ったのか、口を閉ざした。
煮えたぎるような熱量で沸き立つ旋律が、わたしの耳を突き抜けて、骨の髄まで震わせた。圧倒的だった。息を呑むほどの迫力。音が、空気を、心を、容赦なく揺さぶってくる。
サクソフォンが、トランペットが、ホルンが、チューバが、トロンボーンが――夕暮れの空気を震わせて、竜巻みたいに音が空へ噴き上がっていく。八人の情熱が、音になって、塊になって、わたしたちの胸に突き刺さる。
な、な、なんて迫力っ……!
全身に鳥肌が立って、身震いが止まらなかった。音楽って、こんなにも心を揺さぶるんだ。
その中でも、赤城先輩のトランペットは圧巻だった。重厚で、繊細で、ひとつひとつの音が滑らかに繋がっていく。グリッサンドが空気を撫でるたび、胸が容赦なく締めつけられる。高校生の音色とは思えない、至高のメロディだ。
他の七人も、選考会の時とは比べものにならないくらい上達していて、隙のない濃密な音色を、思うままに放っていた。
曲がフィナーレを迎えた瞬間、聴衆は圧倒されすぎて、誰もが拍手を忘れていた。しばらくして、ぽつんとひとつ、手を叩く音が聞こえて、それが人から人へと伝わって、やがて会場全体が喝采に包まれた。
すごい……みんな、本当にすごい!
この一曲は、未来への架け橋だ。赤城先輩は、音楽とともに未来へ歩いていくんだ。その確信が、胸の奥に熱く灯る。
メンバーたちは安堵と満足の表情で並び、深々と頭を下げてから、そそくさと舞台を降りていった。
わたしはフルートを手にして、ステージ横の階段下に立っていた。舞台の入れ替わりを待ちながら、心を静かに整えていた。
菜摘が下りてきた。何も言わなかったけれど、すれ違った瞬間、わたしは意を決して声をかけた。
「菜摘の演奏、すごかったよ。コンクールも頑張って!」
菜摘は一瞬だけ足を止めて、背を向けたまま、小さくこくりとうなずいた。
その背中を見送ってから、西の空に目を向ける。太陽が辺縁を揺らめかせながら、地平線に沈んでいく。今日の夕景はやけに眩しく見えた。
――時は来た。
わたしは手のひらで紅の光線を遮り、口元を引き締めて、一歩一歩、舞台の上へと踏み出していった。
放送部のアナウンスが響く中、赤城先輩たち八名がそれぞれの楽器を抱えてステージに登壇していく。皆の表情は真剣そのもので、音楽に賭ける気合をまとっている。
わたしは舞台下で、高円寺先輩と麗先輩と並んでフルートを手にしていた。手のひらが少し汗ばんでいて、鼓動が早まっているのを自覚する。
でも、演奏の前にどうしても伝えておきたいことがあった。高円寺先輩にだけ、こっそりと耳元で囁いた。
「高円寺先輩。あの、差し出がましいと思うんですけれど、いいですか」
「なんだ、花宮」
高円寺先輩が少し身をかがめて、耳をわたしの口の高さに合わせる。
「高円寺先輩、麗先輩の気持ちって、考えたことありますか」
「麗の、気持ち……?」
「すごく優しい人だから、今まで自分のこと、あまり他人に言わなかったと思うんです」
高円寺先輩の両眉がぴくりと寄った。たぶん、わたしの言葉の意味は伝わっていない。
「麗先輩のことを、もう少し気にかけてあげたらどうですか。そうしたら、ふたりで素敵なハーモニーが奏でられると思うんです」
わたしには、ふたりのすれ違いが見えていた。だから、どうしても麗先輩の気持ちを高円寺先輩に届けたかった。
「わたし、これから高円寺先輩の願いを叶えようと思うんです。もしもうまくいったら、その時はちゃんと、麗先輩に目を向けてあげてくださいね」
その瞬間、高円寺先輩の目が見開かれた。
「そっ、それはどういう意味で言っているんだ、花宮。まさか、貴音さんの事なのか……?」
声が震えていた。先日、麗先輩が言っていた“音楽で繋がっている”という話を、高円寺先輩は思い出したはず。
「教えてくれ、君と貴音さんは、いったいどういう関係――」
その言葉は、ステージから響いた壮大な旋律にかき消された。赤城先輩たちの演奏が始まったのだ。
わたしはそれ以上何も言わず、ただステージに目を向けた。音に集中するように、心を静かに整えていく。
高円寺先輩はわたしの真剣な表情を見て、何かを感じ取ったのか、口を閉ざした。
煮えたぎるような熱量で沸き立つ旋律が、わたしの耳を突き抜けて、骨の髄まで震わせた。圧倒的だった。息を呑むほどの迫力。音が、空気を、心を、容赦なく揺さぶってくる。
サクソフォンが、トランペットが、ホルンが、チューバが、トロンボーンが――夕暮れの空気を震わせて、竜巻みたいに音が空へ噴き上がっていく。八人の情熱が、音になって、塊になって、わたしたちの胸に突き刺さる。
な、な、なんて迫力っ……!
全身に鳥肌が立って、身震いが止まらなかった。音楽って、こんなにも心を揺さぶるんだ。
その中でも、赤城先輩のトランペットは圧巻だった。重厚で、繊細で、ひとつひとつの音が滑らかに繋がっていく。グリッサンドが空気を撫でるたび、胸が容赦なく締めつけられる。高校生の音色とは思えない、至高のメロディだ。
他の七人も、選考会の時とは比べものにならないくらい上達していて、隙のない濃密な音色を、思うままに放っていた。
曲がフィナーレを迎えた瞬間、聴衆は圧倒されすぎて、誰もが拍手を忘れていた。しばらくして、ぽつんとひとつ、手を叩く音が聞こえて、それが人から人へと伝わって、やがて会場全体が喝采に包まれた。
すごい……みんな、本当にすごい!
この一曲は、未来への架け橋だ。赤城先輩は、音楽とともに未来へ歩いていくんだ。その確信が、胸の奥に熱く灯る。
メンバーたちは安堵と満足の表情で並び、深々と頭を下げてから、そそくさと舞台を降りていった。
わたしはフルートを手にして、ステージ横の階段下に立っていた。舞台の入れ替わりを待ちながら、心を静かに整えていた。
菜摘が下りてきた。何も言わなかったけれど、すれ違った瞬間、わたしは意を決して声をかけた。
「菜摘の演奏、すごかったよ。コンクールも頑張って!」
菜摘は一瞬だけ足を止めて、背を向けたまま、小さくこくりとうなずいた。
その背中を見送ってから、西の空に目を向ける。太陽が辺縁を揺らめかせながら、地平線に沈んでいく。今日の夕景はやけに眩しく見えた。
――時は来た。
わたしは手のひらで紅の光線を遮り、口元を引き締めて、一歩一歩、舞台の上へと踏み出していった。



