フィーネの旋律

 目を開けた瞬間、蛍光灯の光が目の奥に突き刺さった。眩しさに耐えきれなくて、思わず手のひらで視界を遮る。すぐそばには、心配そうに覗き込む赤城先輩と、わたしの母の顔があった。

 どうやら、気を失って赤城先輩の部屋まで運ばれたらしい。

 母は泣きそうな顔で、わたしの髪をそっと撫でてくれた。その手のぬくもりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 また迷惑をかけてごめんね――。

 声には出さなかったけれど、わたしは心の中で母にそうつぶやいた。すると隣で、赤城先輩がふんと鼻息をもらした。

「あんた、頑張りすぎなんじゃないの。まったく、そんな調子なのに他人の世話まで焼いて……ほんと、お人好しにもほどがあるわ」

 赤城先輩の言葉は少しきつかったけれど、表情にはまるで悪気がなかった。むしろ、わたしを気遣って、わざとそんなふうに言ってくれたんだと思う。

 ふいに屋上の場面が頭に浮かんで、わたしは慌てて起き上がり、赤城先輩に尋ねた。

「あっ、わたし……屋上にいたはず……」

 母は呆れたような顔で、諭すように言った。

「夢でも見ていたんじゃないの。ほら、大丈夫ならもう帰るわよ。遅くなると迷惑でしょ」

 時計を見ると、三十分ほど意識を失っていたみたいだった。その間に赤城先輩が母に連絡してくれたらしい。ありがたいなって、素直に思った。

 そそくさと起き上がって、慎重に階段を降りる。足取りはしっかりしていたけれど、心の中にはまだ少し不安が残っていた。でも、母がそばにいると思うだけで、気持ちが少し楽になった。

 何人かのお客さんの姿があって、赤城先輩のお母さんは応接に追われているようだった。わたしは遠慮がちに声をかける。

「おばさん、本当にご迷惑をおかけしました」
「あっ、はるかちゃん、大丈夫なの?」
「はい、すっかり元気です。それに、ごちそうさまでした。すごくおいしかったです」

 のんきに感謝を伝えると、母は申し訳なさそうに何度も腰を折っていた。その姿を見て、あらためて母の愛情と、迷惑をかけた気まずさを同時に感じた。

 赤城先輩に見送られて、母と一緒に帰宅する。タクシーにしようかと聞かれたけれど、わたしは「歩く方が気持ちいいから」と言って、夜空を眺めながら歩いて帰った。

 ……あの夢、なんだったんだろう。

 夢の中だと、感情が敏感になることって、誰にでもある。でも、夢から醒めた今でも、千賀先輩の横顔を思い出すと、胸が苦しくてどうしようもなくなる。あの優しい笑顔が心に焼きついて離れない。

 よし、選考会が終わってひと段落したら、結果を報告しに行こう。わたしは選ばれないと思うけれど、教えてもらったお礼は、ちゃんと伝えなきゃ。

 そう決めて、わたしは夜空を見上げた。

 頭上には星が瞬いていて、夢で見たのと同じような、澄んだ秋の夜空だった。星の光が、前向きになれた気持ちを、そっと後押ししてくれているように感じた。