2025/5/17(土)
体育祭当日。
雲ひとつない青空が広がっている。
《それでは、ただいまより、第36回体育祭を開催致します。プログラム1番、準備体操》
号令とともに縦、横に広がりラジオ体操が始まる。
流すようにラジオ体操をこなしながら、頭のなかでプログラムを、思い浮かべる。
正直詳しくは覚えていないけど、仲良いヤツらが出るものだけ何となく覚えておいた。
俺らが出るのは、リレー・二人三脚・障害物競走・そして、借り物競争だ。
①二人三脚
②障害物競走
③借り物競争
④リレー
の順番だった気がする。
だから最初は、山口と渡辺の二人三脚。見ものだな。
《次は二人三脚です。出場選手は入場してください》
「あ、遥斗。いたいた」
「結城だ。一緒に見ようよ」
五十嵐も、障害物競走の招集に行ってしまい、俺はひとりで観戦するところだった。
「てか、どこ行ってたの?」
「…まあ、気にしないで」
「うん、?」
「あ、山口と渡辺だ」
上手いことそらされた気がするが、
あいつらなんか喧嘩してないか、とケラケラ笑う結城は特に考え込んでいる様子は無かったため、俺も忘れることにした。
「いや、だからさ、お前がこっちだろ」
「…」
「練習と違うじゃん!」
「…」
「そういうことか」
「…」
渡辺の声しか聞こえない。
山口も何かを言い返してはいるが、こちらには聞こえてこない。
「なんの喧嘩してんだろうな」
「ね、気になるよな」
帰ってきたら聞こう。
《いちについて、よーい》
スターターの音と共に、足首を結び合わせた男子高校生が一斉にスタートする。
山口達は、3走目。
バトンは、6組中3着で回ってきた。
あいつら足だけは速いからな。
どこまで巻き返すか、楽しみ。
え、まって、早い早い早い早い
「山口ー!!!渡辺ー!!!いいぞー!!!」
もう2番に上がってきた。周りのテントからも歓声が上がっている。
あまりにも相性がいいのか、特にコケたりもなく、スムーズに走り続ける。
1位に上がる所までは行けなかったが、僅差で、アンカーにバトンを渡した。
そこから、アンカーがいい戦いを繰り広げ、無事1位でゴールをしていた。
「ねぇ!!結城!!凄いよ!!」
「そうだな、凄いな」
「なんだよそれ、ちゃんと見てたか!!?」
「見てた見てた、」
何故か死ぬほど笑ってる結城。
いや、でもほんと凄かったな。めちゃくちゃ興奮した。
気付いたら凄い身を乗り出してしまってた。
ちょっと恥ずかしい。
次は、五十嵐の障害物競走だ。
「あ、コケた」
最後麻袋に入って飛びながらゴールに向かうところで思いっきり転倒した。
てかなんなら、出場選手の半分はここで転けてた。
次自分の借り物競争まで、少し時間があったし、救護テントへお見舞いに行くことにした。
「おい、全員で来んなよ!!」
「大丈夫か」
「心配したぞ」
「怪我してないか」
みんな言葉では心配しつつ、笑いが止まらない
「お前、が、心配、で、」
「百瀬お前息できてないだろ」
「ごめん、ごめん、まじで、ごめん」
見事な転倒ぶりだった。しばらくは引きずられる話題だろう。
「てか、遥斗、招集時間大丈夫?」
「うん、まだ後、2種目後かな。」
「じゃあ、ここで1回写真撮る??」
「おい山口お前狂ってんのかよ」
「え、いいじゃん。転倒記念」
「だりい…まじで…」
五十嵐も怒っているようで、なんとなく満更でもないような表情をしている。
「はいチーズ」
いちばん背の高い結城がスマホを持ってくれて、全員で記念撮影をした。
実はあまり、このメンツでの写真は得意じゃない。
俺の平凡さが目立つから。毎度毎度なんか傷付いてる。
「みんなに送っとくね〜」
「ありがとう」
「じゃあそろそろ戻るか。五十嵐立てる?」
「たてるたてる、ただの擦り傷な」
救護テントから自分らのブロックのテントに戻る間も、五十嵐は色んなところから声をかけられていた
「大丈夫か」
「見事な転倒だったな」
「怪我してない?」
男女問わず。なんなら女の子は好意を抱いてそうな子もいた。やっぱり、モテるんだな、こいつら。
「百ちゃん、もうすぐなんじゃない?」
「あ、ホントだ。行ってくる」
「転けねえようにな!」
「お前が言うな」
少し緊張してきたが、これから始まる念願の借り物競争にワクワクが高まっていた。
《次は、借り物競争です。出場選手は入場してください》
駆け足で入場する。俺は、5レース目だ。
「帽子貸してください!!」
「メガネ、メガネ!!」
「お茶碗!?!?無理だろ!!!」
「校長先生〜!お願いします!」
「封筒!?封筒ある人〜!!!」
生徒や教師、保護者、来賓から様々なものを集めてゴールしていく。なかなか盛り上がってるな。
ついに来た。俺の番だ。
《いちについて!よーい!》
バァンッッ!!
スターターの音ともに走り出す。サッカーで瞬発力は鍛えた。割といい位置で、お題が書かれた紙まで辿り着くことができた。
頼む。簡単なお題でありますようにっ!!!!!
そう願いながら恐る恐る紙を開く。
【切符】
切符!?
いや待って。切符って、普通持ち帰れなくない??
だいたい回収されるよね。
持ってても記念切符的なやつでしょ。こんな高校生に渡してくれるとは思えないんだけど。
でも、行くしかないじゃんか…
「切符持ってる人いませんか〜!!!」
「え、百ちゃんお題切符だって。中々ないんじゃの!?」
「俺持ってない!!!!」
「持ってないなら騒ぐな!!」
「ごめん!!!」
「遥斗!!!!これ!」
結城に呼ばれて、駆け寄ると手には1枚の切符が握られていた。
「え、なんで」
「いいから!早く!ゴール!」
「うん!ありがとう!」
おれは3着でゴール。こんな激ムズお題でこの順位でゴールできたのは、紛れもなく結城のおかげ。
でも、なんで結城は、こんな切符を持ってるんだろうか。
俺はいつものくせで並んだ4桁の番号を見た。
「4985」
片想い切符だ。
しかも、使用した印がない。
持ち帰るにしても、穴をあけられたりスタンプを押される。
この切符には一切その形跡がない。
普通の切符だし記念でもなんでも無さそう。
《次の人にお題を聞いてみましょうか!》
「切符です」
《切符!?難しそうなお題ですね〜。実物を見せてもらいましょう》
マイクを持った女の人に切符を見せる。
《うんうん、これは紛れもない切符です!お見事!お疲れ様でした〜。そしたら、次の人に__》
軽いインタビューのようなものが終わり、テントに帰る。
「はい、結城。ありがとね」
「いえいえ〜」
「てか、結城なんで切符とか持ってたんだよ」
「まあ、一種の記念だね」
「え〜、でも両想い切符とかでも無かったよ?」
「いいんだよ、俺はこれぐらいが」
「ふーん」
またはぐらかされた。
結城は、俺が返した切符を大事そうにまたスマホカバーに入れていた。
結城にとって、何がそんなに大事な切符なんだろうか。
モヤモヤする。
「てか、山口と渡辺、なんか喧嘩してなかった?」
「結城、見てくれてたんだな。」
「うん、遥斗も一緒にね」
「いや実はな、」
と山口が教えてくれた内容はこうだった。
体育祭本番は、カーブがあるグラウンドを走らないといけない。
何故かふたりは直線でしか練習していなかった。
外側を走る人の方が足の速さを求められるから、渡辺に外を走るように指示したら、練習と違う!と言われたらしい。
いや、お前ら何やってんだよ。
外内とかの前にカーブがある時点で練習と違うことに気付きなさい。
ほんとにこいつら、好きだわ。
でも、なんで結城は切符を?
スマホカバーに入れてるってことは日頃から持ち歩いてるよな。
この前言ってた好きな子との思い出?
それを俺に差し出したの?
この前言ってた、本気だからって?
俺のこと好きとか、そういう事じゃなかったのか?
なぜ、あんなに大事そうにただの切符を持ち歩いている?
聞きたかったけど、怖くて何も聞けなかった。
___
気付けば、リレーが始まる時間になっていた。
結城は、アンカー。軽く手首と足首を動かしている。
その動作だけで様になる。
女の子の視線は全部結城に注がれていた。
そんな俺も結城から目を話せない。
さっきの切符のことで、頭も結城でいっぱいだった。
バァンッッ!!
リレーがスタートした。
今年俺らのブロックは弱くもなく、強くもない。
ずっと微妙な順位を保っていた。
リレーは配点が大きく、みんなの期待がかかっていた。
あっという間に結城にバトンが渡る。
アンカーは2周走らないといけない。
順位は2位だったが、1位との差は相当のものだった。
だが、結城はどんどん追い上げた。
黄色い歓声がテントから上がる。
俺は声も出さず、見守ることしか出来なかった。
もう少しで1位になる。その瞬間、1位を走っていた人が、故意か、そうじゃないのかは分からないけど少し外側に膨らんだ。
結城はその足にひっかかり、大きく躓いた。
転びはしなかったけど、また差が開く。
「結城!!!!」
「頑張れ!!!!」
気付いたら叫んでいた。
「結城!!!!」
結城が少しこちらを見て微笑んだ気がした。
俺はそれを見てこれまで感じたことの無い感情を抱いた。
胸の奥が締め付けられ、息苦しい。
涙が出そうだった
悲しい?辛い?
いや違う。そんなマイナスの感情じゃない。
でも、嬉しいとか、楽しいとかそんなんじゃない。
それならこれまでも何度も味わってきた。
初めて抱く感情に、俺は抗うすべもなく気が付いたら頬に涙が伝っていた。
そこからスピードを上げ、追いつくと難なく追い抜いた。
そのまま1位でゴール。
ゴールテープを切り、大きくガッツポーズをして、笑顔でこちらを振り返る結城。
今すぐ抱きつきたい。抱きしめて、よく頑張ったと伝えたい。
頭を撫でてあげたい、安心させてあげたい。
自分が抱いた感情が恋だと言うことに気付くまで
時間はかからなかった____
だから俺は嫉妬した。
誰かとの思い出の切符に。
あいつが大事にしてた切符に。
正直破り捨ててやりたいとまで思った。
俺は相当、あいつのことが好きみたいだ。
結城は、なぜか微動だにせずただ立ちすくむ俺に気付いたみたいだ。
俺の元に来ようとするが、1位でゴールした男だ。そんなすぐに開放されるわけがない。
俺も受けたような軽いインタビューが始まった。
俺はその隙に顔を洗うため抜け出した。
「百瀬…?」
五十嵐は俺の異常に気づいたみたいだったが、触れずに送り出してくれた。
山口と渡辺は、リレーの興奮で全く俺の方を気にしてなかった。
それが逆にありがたかった。
校庭の端のほうにある手洗い場まで来た。
結城が胸キュンゼリフでも吐いたのか、なぜか黄色い歓声が上がっている。
自分にいっぱいいっぱいすぎて、正直何も聞いてなかった。申し訳ないな。
そう思いながら、
俺は顔を洗い、持っていたタオルで顔を拭く。
「遥斗!!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
それと同時に誰かに強く抱きしめられた。
結城だ。
「結城…お疲れ様」
「なんで最後まで居てくれなかったの」
「ごめん…」
「応援届いたよ。ありがとう。」
「コケなくてよかった、心配した」
「あのさ、俺、部活引退まで言うつもり無かったんだけど、」
「うん」
「俺、「おーーーい!!!結城ー!!!!!」」
聞けなかった。
聞きたかった。
俺は、結城の胸から開放された
「また後で、時間貰える?」
「う、うん」
「お前やっぱすげえよ!!」
「サッカー部の誇りだな!!」
大興奮で結城へ話しかける山口と渡辺。
五十嵐は、なぜか申し訳なさそうな顔をして俺らを見ていた。
「あ、てか渡辺、お前部活対抗リレー代表だろ、今集まってるんじゃないか」
「がちだ!じゃあ行ってくる!」
部活動対抗は結城ではなく、渡辺らしい。
確かに結城だと2種目連続だ。しんどいと判断されたんだろう。
それに加え、部活動対抗リレーは、おふざけが加わる。
渡辺は、ふざけることに対しての恥じらいが一切ない。それも踏まえての判断だろう。
「じゃあ、おれらも見に行こうぜ〜」
山口の一言で、俺たちはテントの方に向かった。
たまたま前の方に4人座れそうなスペースがあったから、そこに入り込む。
左どなりに結城、右に五十嵐。その隣に山口となった。
五十嵐は何故かずっと、山口に話しかけており、俺は結城と話すしか無かった。
ただ、今の今だ。気まずさは少なからずある。
今なら切符のことを聞けそうだ。
でも、勇気が出なかった。
傷付くのが怖かった。
《最後の種目は、部活動対抗リレーです。選手の皆さん入場してください》
サッカー部は、バトン代わりにサッカーボールを使うみたいだ。
腕振れないだろあれ。
一斉にスタートした。
剣道部は道着に竹刀。
野球部はボールでもバットでもなくグローブ。
柔道部は、黒帯。
バスケ部はサッカー部と同じくボールをバトン代わりにするなど、バラエティー豊かだ。
渡辺はというと、ボールを持たずにドリブルでゴールまで運んだ。
バトンは手に持つものだから、失格というくだりがありつつも、3位でゴールした。
これまた微妙だ。
「わ、渡辺頑張ってたね」
「そうだね」
そんなに固くならないでよ。と笑いながら結城は言った。
逆になんでそんなにリラックスできてるのか俺は分からないけど。
コロナ禍で始まった短縮体育祭のため、13時には閉会式が行われた。
結果俺たちのブロックは2位。
まあ、健闘した方だとはおもう。
今日は、会場の片付けをして教室に1回集合して、解散という流れらしい。
気恥ずかしさから、結城と行動を共にすることはなく、ずっと山口の後ろを追いかけるように行動していた。
片付けが終わり、教室に戻る
靴箱で靴を履き変えようとすると、手紙が一通入っていた
あぁ、またか。
そう思った。
俺の周りはモテるやつが多い。
靴箱以外にも、机の中に手紙が入ってたこともあるが、それは全て宛先が違っていた。
百瀬宛じゃない。あいつら宛てだ。
俺なら渡してくれるそう思ってるんだろう。
溜息をつきながらその封筒を手に取る。
「えっ!?!」
【百瀬 遥斗くんへ】
俺宛だ。
「はっ…?」
いつのまにか、結城がいたみたいだ
「俺初めて自分宛のラブレター貰ったかもしれない…」
「はぁ…」
結城は大きな溜息をつき、強めに靴箱のドアを閉めると、俺を置いて行ってしまった。
「おい!結城!!」
俺の声は届かなかった。
「え、百ちゃん。ついに君に春が来たのか?おい、中身みてみろよ。」
茶化されながら中身を見ると、
【今日体育祭が終わったあと、中庭で待ってます】
うちの学校にはちょっとした中庭がある。
そこに植えられているチューリップが咲いてる前で思いを伝えると叶うとかなんとか。
「そういや、チューリップ咲いてたぞ!!!」
お父さん、お母さん。俺は今日初めての告白を受けるみたいです。
教室に集合したが、人数確認と、月曜日が振替休日になることだけを告げられ解散となった。
「おい、百瀬〜、行かなくていいのか」
山口がニヤニヤしながらこちらを見てくる
「行ってきますぅ〜」
とふざけてドヤ顔をしながら教室を出る。
その直前結城と、目が合った気がしたがすぐ逸らされた。
気のせいだったのだろう。
少なからずウキウキする気持ちを抑えつつ、俺は中庭へ向かった。
体育祭当日。
雲ひとつない青空が広がっている。
《それでは、ただいまより、第36回体育祭を開催致します。プログラム1番、準備体操》
号令とともに縦、横に広がりラジオ体操が始まる。
流すようにラジオ体操をこなしながら、頭のなかでプログラムを、思い浮かべる。
正直詳しくは覚えていないけど、仲良いヤツらが出るものだけ何となく覚えておいた。
俺らが出るのは、リレー・二人三脚・障害物競走・そして、借り物競争だ。
①二人三脚
②障害物競走
③借り物競争
④リレー
の順番だった気がする。
だから最初は、山口と渡辺の二人三脚。見ものだな。
《次は二人三脚です。出場選手は入場してください》
「あ、遥斗。いたいた」
「結城だ。一緒に見ようよ」
五十嵐も、障害物競走の招集に行ってしまい、俺はひとりで観戦するところだった。
「てか、どこ行ってたの?」
「…まあ、気にしないで」
「うん、?」
「あ、山口と渡辺だ」
上手いことそらされた気がするが、
あいつらなんか喧嘩してないか、とケラケラ笑う結城は特に考え込んでいる様子は無かったため、俺も忘れることにした。
「いや、だからさ、お前がこっちだろ」
「…」
「練習と違うじゃん!」
「…」
「そういうことか」
「…」
渡辺の声しか聞こえない。
山口も何かを言い返してはいるが、こちらには聞こえてこない。
「なんの喧嘩してんだろうな」
「ね、気になるよな」
帰ってきたら聞こう。
《いちについて、よーい》
スターターの音と共に、足首を結び合わせた男子高校生が一斉にスタートする。
山口達は、3走目。
バトンは、6組中3着で回ってきた。
あいつら足だけは速いからな。
どこまで巻き返すか、楽しみ。
え、まって、早い早い早い早い
「山口ー!!!渡辺ー!!!いいぞー!!!」
もう2番に上がってきた。周りのテントからも歓声が上がっている。
あまりにも相性がいいのか、特にコケたりもなく、スムーズに走り続ける。
1位に上がる所までは行けなかったが、僅差で、アンカーにバトンを渡した。
そこから、アンカーがいい戦いを繰り広げ、無事1位でゴールをしていた。
「ねぇ!!結城!!凄いよ!!」
「そうだな、凄いな」
「なんだよそれ、ちゃんと見てたか!!?」
「見てた見てた、」
何故か死ぬほど笑ってる結城。
いや、でもほんと凄かったな。めちゃくちゃ興奮した。
気付いたら凄い身を乗り出してしまってた。
ちょっと恥ずかしい。
次は、五十嵐の障害物競走だ。
「あ、コケた」
最後麻袋に入って飛びながらゴールに向かうところで思いっきり転倒した。
てかなんなら、出場選手の半分はここで転けてた。
次自分の借り物競争まで、少し時間があったし、救護テントへお見舞いに行くことにした。
「おい、全員で来んなよ!!」
「大丈夫か」
「心配したぞ」
「怪我してないか」
みんな言葉では心配しつつ、笑いが止まらない
「お前、が、心配、で、」
「百瀬お前息できてないだろ」
「ごめん、ごめん、まじで、ごめん」
見事な転倒ぶりだった。しばらくは引きずられる話題だろう。
「てか、遥斗、招集時間大丈夫?」
「うん、まだ後、2種目後かな。」
「じゃあ、ここで1回写真撮る??」
「おい山口お前狂ってんのかよ」
「え、いいじゃん。転倒記念」
「だりい…まじで…」
五十嵐も怒っているようで、なんとなく満更でもないような表情をしている。
「はいチーズ」
いちばん背の高い結城がスマホを持ってくれて、全員で記念撮影をした。
実はあまり、このメンツでの写真は得意じゃない。
俺の平凡さが目立つから。毎度毎度なんか傷付いてる。
「みんなに送っとくね〜」
「ありがとう」
「じゃあそろそろ戻るか。五十嵐立てる?」
「たてるたてる、ただの擦り傷な」
救護テントから自分らのブロックのテントに戻る間も、五十嵐は色んなところから声をかけられていた
「大丈夫か」
「見事な転倒だったな」
「怪我してない?」
男女問わず。なんなら女の子は好意を抱いてそうな子もいた。やっぱり、モテるんだな、こいつら。
「百ちゃん、もうすぐなんじゃない?」
「あ、ホントだ。行ってくる」
「転けねえようにな!」
「お前が言うな」
少し緊張してきたが、これから始まる念願の借り物競争にワクワクが高まっていた。
《次は、借り物競争です。出場選手は入場してください》
駆け足で入場する。俺は、5レース目だ。
「帽子貸してください!!」
「メガネ、メガネ!!」
「お茶碗!?!?無理だろ!!!」
「校長先生〜!お願いします!」
「封筒!?封筒ある人〜!!!」
生徒や教師、保護者、来賓から様々なものを集めてゴールしていく。なかなか盛り上がってるな。
ついに来た。俺の番だ。
《いちについて!よーい!》
バァンッッ!!
スターターの音ともに走り出す。サッカーで瞬発力は鍛えた。割といい位置で、お題が書かれた紙まで辿り着くことができた。
頼む。簡単なお題でありますようにっ!!!!!
そう願いながら恐る恐る紙を開く。
【切符】
切符!?
いや待って。切符って、普通持ち帰れなくない??
だいたい回収されるよね。
持ってても記念切符的なやつでしょ。こんな高校生に渡してくれるとは思えないんだけど。
でも、行くしかないじゃんか…
「切符持ってる人いませんか〜!!!」
「え、百ちゃんお題切符だって。中々ないんじゃの!?」
「俺持ってない!!!!」
「持ってないなら騒ぐな!!」
「ごめん!!!」
「遥斗!!!!これ!」
結城に呼ばれて、駆け寄ると手には1枚の切符が握られていた。
「え、なんで」
「いいから!早く!ゴール!」
「うん!ありがとう!」
おれは3着でゴール。こんな激ムズお題でこの順位でゴールできたのは、紛れもなく結城のおかげ。
でも、なんで結城は、こんな切符を持ってるんだろうか。
俺はいつものくせで並んだ4桁の番号を見た。
「4985」
片想い切符だ。
しかも、使用した印がない。
持ち帰るにしても、穴をあけられたりスタンプを押される。
この切符には一切その形跡がない。
普通の切符だし記念でもなんでも無さそう。
《次の人にお題を聞いてみましょうか!》
「切符です」
《切符!?難しそうなお題ですね〜。実物を見せてもらいましょう》
マイクを持った女の人に切符を見せる。
《うんうん、これは紛れもない切符です!お見事!お疲れ様でした〜。そしたら、次の人に__》
軽いインタビューのようなものが終わり、テントに帰る。
「はい、結城。ありがとね」
「いえいえ〜」
「てか、結城なんで切符とか持ってたんだよ」
「まあ、一種の記念だね」
「え〜、でも両想い切符とかでも無かったよ?」
「いいんだよ、俺はこれぐらいが」
「ふーん」
またはぐらかされた。
結城は、俺が返した切符を大事そうにまたスマホカバーに入れていた。
結城にとって、何がそんなに大事な切符なんだろうか。
モヤモヤする。
「てか、山口と渡辺、なんか喧嘩してなかった?」
「結城、見てくれてたんだな。」
「うん、遥斗も一緒にね」
「いや実はな、」
と山口が教えてくれた内容はこうだった。
体育祭本番は、カーブがあるグラウンドを走らないといけない。
何故かふたりは直線でしか練習していなかった。
外側を走る人の方が足の速さを求められるから、渡辺に外を走るように指示したら、練習と違う!と言われたらしい。
いや、お前ら何やってんだよ。
外内とかの前にカーブがある時点で練習と違うことに気付きなさい。
ほんとにこいつら、好きだわ。
でも、なんで結城は切符を?
スマホカバーに入れてるってことは日頃から持ち歩いてるよな。
この前言ってた好きな子との思い出?
それを俺に差し出したの?
この前言ってた、本気だからって?
俺のこと好きとか、そういう事じゃなかったのか?
なぜ、あんなに大事そうにただの切符を持ち歩いている?
聞きたかったけど、怖くて何も聞けなかった。
___
気付けば、リレーが始まる時間になっていた。
結城は、アンカー。軽く手首と足首を動かしている。
その動作だけで様になる。
女の子の視線は全部結城に注がれていた。
そんな俺も結城から目を話せない。
さっきの切符のことで、頭も結城でいっぱいだった。
バァンッッ!!
リレーがスタートした。
今年俺らのブロックは弱くもなく、強くもない。
ずっと微妙な順位を保っていた。
リレーは配点が大きく、みんなの期待がかかっていた。
あっという間に結城にバトンが渡る。
アンカーは2周走らないといけない。
順位は2位だったが、1位との差は相当のものだった。
だが、結城はどんどん追い上げた。
黄色い歓声がテントから上がる。
俺は声も出さず、見守ることしか出来なかった。
もう少しで1位になる。その瞬間、1位を走っていた人が、故意か、そうじゃないのかは分からないけど少し外側に膨らんだ。
結城はその足にひっかかり、大きく躓いた。
転びはしなかったけど、また差が開く。
「結城!!!!」
「頑張れ!!!!」
気付いたら叫んでいた。
「結城!!!!」
結城が少しこちらを見て微笑んだ気がした。
俺はそれを見てこれまで感じたことの無い感情を抱いた。
胸の奥が締め付けられ、息苦しい。
涙が出そうだった
悲しい?辛い?
いや違う。そんなマイナスの感情じゃない。
でも、嬉しいとか、楽しいとかそんなんじゃない。
それならこれまでも何度も味わってきた。
初めて抱く感情に、俺は抗うすべもなく気が付いたら頬に涙が伝っていた。
そこからスピードを上げ、追いつくと難なく追い抜いた。
そのまま1位でゴール。
ゴールテープを切り、大きくガッツポーズをして、笑顔でこちらを振り返る結城。
今すぐ抱きつきたい。抱きしめて、よく頑張ったと伝えたい。
頭を撫でてあげたい、安心させてあげたい。
自分が抱いた感情が恋だと言うことに気付くまで
時間はかからなかった____
だから俺は嫉妬した。
誰かとの思い出の切符に。
あいつが大事にしてた切符に。
正直破り捨ててやりたいとまで思った。
俺は相当、あいつのことが好きみたいだ。
結城は、なぜか微動だにせずただ立ちすくむ俺に気付いたみたいだ。
俺の元に来ようとするが、1位でゴールした男だ。そんなすぐに開放されるわけがない。
俺も受けたような軽いインタビューが始まった。
俺はその隙に顔を洗うため抜け出した。
「百瀬…?」
五十嵐は俺の異常に気づいたみたいだったが、触れずに送り出してくれた。
山口と渡辺は、リレーの興奮で全く俺の方を気にしてなかった。
それが逆にありがたかった。
校庭の端のほうにある手洗い場まで来た。
結城が胸キュンゼリフでも吐いたのか、なぜか黄色い歓声が上がっている。
自分にいっぱいいっぱいすぎて、正直何も聞いてなかった。申し訳ないな。
そう思いながら、
俺は顔を洗い、持っていたタオルで顔を拭く。
「遥斗!!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
それと同時に誰かに強く抱きしめられた。
結城だ。
「結城…お疲れ様」
「なんで最後まで居てくれなかったの」
「ごめん…」
「応援届いたよ。ありがとう。」
「コケなくてよかった、心配した」
「あのさ、俺、部活引退まで言うつもり無かったんだけど、」
「うん」
「俺、「おーーーい!!!結城ー!!!!!」」
聞けなかった。
聞きたかった。
俺は、結城の胸から開放された
「また後で、時間貰える?」
「う、うん」
「お前やっぱすげえよ!!」
「サッカー部の誇りだな!!」
大興奮で結城へ話しかける山口と渡辺。
五十嵐は、なぜか申し訳なさそうな顔をして俺らを見ていた。
「あ、てか渡辺、お前部活対抗リレー代表だろ、今集まってるんじゃないか」
「がちだ!じゃあ行ってくる!」
部活動対抗は結城ではなく、渡辺らしい。
確かに結城だと2種目連続だ。しんどいと判断されたんだろう。
それに加え、部活動対抗リレーは、おふざけが加わる。
渡辺は、ふざけることに対しての恥じらいが一切ない。それも踏まえての判断だろう。
「じゃあ、おれらも見に行こうぜ〜」
山口の一言で、俺たちはテントの方に向かった。
たまたま前の方に4人座れそうなスペースがあったから、そこに入り込む。
左どなりに結城、右に五十嵐。その隣に山口となった。
五十嵐は何故かずっと、山口に話しかけており、俺は結城と話すしか無かった。
ただ、今の今だ。気まずさは少なからずある。
今なら切符のことを聞けそうだ。
でも、勇気が出なかった。
傷付くのが怖かった。
《最後の種目は、部活動対抗リレーです。選手の皆さん入場してください》
サッカー部は、バトン代わりにサッカーボールを使うみたいだ。
腕振れないだろあれ。
一斉にスタートした。
剣道部は道着に竹刀。
野球部はボールでもバットでもなくグローブ。
柔道部は、黒帯。
バスケ部はサッカー部と同じくボールをバトン代わりにするなど、バラエティー豊かだ。
渡辺はというと、ボールを持たずにドリブルでゴールまで運んだ。
バトンは手に持つものだから、失格というくだりがありつつも、3位でゴールした。
これまた微妙だ。
「わ、渡辺頑張ってたね」
「そうだね」
そんなに固くならないでよ。と笑いながら結城は言った。
逆になんでそんなにリラックスできてるのか俺は分からないけど。
コロナ禍で始まった短縮体育祭のため、13時には閉会式が行われた。
結果俺たちのブロックは2位。
まあ、健闘した方だとはおもう。
今日は、会場の片付けをして教室に1回集合して、解散という流れらしい。
気恥ずかしさから、結城と行動を共にすることはなく、ずっと山口の後ろを追いかけるように行動していた。
片付けが終わり、教室に戻る
靴箱で靴を履き変えようとすると、手紙が一通入っていた
あぁ、またか。
そう思った。
俺の周りはモテるやつが多い。
靴箱以外にも、机の中に手紙が入ってたこともあるが、それは全て宛先が違っていた。
百瀬宛じゃない。あいつら宛てだ。
俺なら渡してくれるそう思ってるんだろう。
溜息をつきながらその封筒を手に取る。
「えっ!?!」
【百瀬 遥斗くんへ】
俺宛だ。
「はっ…?」
いつのまにか、結城がいたみたいだ
「俺初めて自分宛のラブレター貰ったかもしれない…」
「はぁ…」
結城は大きな溜息をつき、強めに靴箱のドアを閉めると、俺を置いて行ってしまった。
「おい!結城!!」
俺の声は届かなかった。
「え、百ちゃん。ついに君に春が来たのか?おい、中身みてみろよ。」
茶化されながら中身を見ると、
【今日体育祭が終わったあと、中庭で待ってます】
うちの学校にはちょっとした中庭がある。
そこに植えられているチューリップが咲いてる前で思いを伝えると叶うとかなんとか。
「そういや、チューリップ咲いてたぞ!!!」
お父さん、お母さん。俺は今日初めての告白を受けるみたいです。
教室に集合したが、人数確認と、月曜日が振替休日になることだけを告げられ解散となった。
「おい、百瀬〜、行かなくていいのか」
山口がニヤニヤしながらこちらを見てくる
「行ってきますぅ〜」
とふざけてドヤ顔をしながら教室を出る。
その直前結城と、目が合った気がしたがすぐ逸らされた。
気のせいだったのだろう。
少なからずウキウキする気持ちを抑えつつ、俺は中庭へ向かった。
