人が人を裁く世界。
罪を犯した人間は、法律の名のもとに裁かれる。
けれど、現代社会において、それは絶対の信頼を持つものではない。
──だから人々は、コンフィデンスに願った。
♤♡◇♧
私立月山学園。
偏差値は70を超える名門校であり、小学校から大学までの一貫校。
「ねえ聞いた? また東京で不可視なる者が現れたらしいよ」
俺は彼女の戯れ言に耳だけを傾け、一切の反応をせずに手もとの本に目を落としていた。
「ねえ、聞いてるの? 朝日ヶ丘くん」
「はぁ。聞いてるよ、さくら。話続けて」
「はぁ? 相づちもなしで一方的に話せって言うの? 相変わらず朝日ヶ丘くんはわがまま過ぎるよ」
「良いじゃん。俺はさくらの話が聞きたいんだよ」
「な、何よそれ……」
さくらは顔を赤くすると、顔を背けてしまった。
どうやら怒らせてしまったようだ。
「帰りにゲーセンでも寄るか」
「行く行く! 絶対行く!」
さくらは目を輝かせる。
元気を取り戻してくれたようだ。
六時間目が終わり、帰りのホームルームを終えると、俺はさくらと一緒にゲームセンターへ向かった。
「ねえ、あれって……」
「ん?」
さくらは何かに気付いたようで、ゲームセンターの入り口を指差した。
一体何を見つけたのかと目を向けてみると、丁度ゲームセンターへ入っていくある女子学生が目に入った。
「あれって……」
そう。
ゲームセンターへ入っていったのは、俺のクラスの学級委員長──月山香織だった。
「学級委員長もゲーセン行くんだね」
「ちょっと跡つけてみようよ」
「えー、でもまあ、面白そうかも」
さくらは俺の提案に乗っかり、二人でゲームセンターに入っていった月山さんの跡を追う。
「格ゲーとかやるのかな」
「いや、リズムゲーじゃね」
なんて二人で話ながら跡を追うが、月山さんはゲーム機には目も向けず、階段を上り続けた。
このゲームセンターは三階建て。
最上階にはリズムゲーが多く置いてある。
やはり俺の当たりだ。
そんな日常の一コマはすぐに黒く塗りつぶされた。
三階に置かれたリズムゲーの機械。それらが次々と爆炎と黒煙に包まれる。
俺は咄嗟にさくらをかばおうとしたが、ふと足下にあった何かを踏んだ。刹那に床を見るが何もない、はずだった。
直後、足下から爆炎が噴き出す。
激しい音を響かせながら、ゲームセンターは火の中に消えた。
♤♡◇♧
「朝日ヶ丘天子さん。私のことが分かりますか」
目を開けると、天井を背景に、見知った女性がいた。
「さくらの……お姉ちゃん……?」
「はい、そうですよ。私は一の宮さくやです。あなたの担当看護師を務めさせていただきます」
「看護師……?」
「はい。あなたは今、入院しているんですよ」
思い出した。
ゲームセンターで爆発に巻き込まれたことを。
なんとか一命を取り留めたようだ。
「さくらは!」
「大丈夫ですよ。さくらも朝日ヶ丘さんと同じで、軽く頭を打っただけですから」
「頭を打っただけ……?」
あれだけの爆発に巻き込まれて、死んでもおかしくなかったあの状況で、どうして生きていられる? どうして頭の負傷だけでいられる?
「すぐに退院できると思いますので、安静にしていてくださいね」
「はい……」
気になることがありつつも、結局訊くことはできなかった。
いや、待て。
もうひとつ気になることがあるじゃないか。
俺とさくらがゲームセンターの三階に行ったのは、月山さんの跡をつけたからだ。
じゃあ月山さんは無事なのか。
さくらのお姉ちゃんがそれについて何も言わなかったのが答えなんじゃないのか。病院に搬送されていないということは、跡形も残さないほど焼け死んでしまったのではないか。
月山香織はクラスをまとめてくれるリーダーで、誰よりも度胸があって、頭もよくて、気配りもできて、優しさを持ち合わせる。
そんな人がこんな残酷に死んで良いはずがない。
その時、俺の中で何かが動いた気がした。
一週間後、退院した俺はさくらとともに学校へ向かった。
俺とさくらはあるものを見て、恐ろしいものでも見たように目を見開いた。
高等部三年一組。
教卓には担任が立ち、出欠を取っている。
全ての出欠確認を終え、担任は言った。
「欠席ゼロ。今日も一日頑張ろう」
月山香織は平然と教室に座っていた。
♤♡◇♧
2040年。
日本は極秘に異能という技術の開発に成功していた。
それは瞬間移動や透明化、テレパシーやサイコキネシスなど、夢物語とされた超常現象を個人が引き出せる技術であった。
異能技術の発案者は、異能によって食糧不足に困らない世界、万病が治る世界、憎しみのない世界をつくろうとした。
だが、人は思い通りにならない。
異能実験により異能を手に入れた者たちが、異能を使って犯罪を行った。
異能犯罪。
国家公認異能者と、異能犯との戦いが、民間人には知らされることなく、日本という国の中で密かに行われることとなった。
そしてとあるゲームセンターにて、ある国家公認異能者が異能犯に呼び出され、爆発に巻き込まれた。
「無事だったのですか」
「彼女の異能は『拒絶』。あらゆる全てを受け入れない。だからあれほどの爆発を無傷で済ませました」
照明の明かりが限りなく暗くされた広い一室、全員の視線は壇上にある大画面に向けられていた。
映し出されているのは、爆発したゲームセンターの映像。
「今回の被害規模は?」
「ゲームセンターの一階から三階が爆破し、建物内にいた二十三人が重傷を負い、四名は死亡しました」
「ま、さすがに軽傷では済むまい。彼女の近くにいたのなら免れたかもしれないがな」
一室には三十人ほどが集められ、各々が適時呟きを挟む。
彼らの言葉に耳を傾けつつ、壇上に立つ男──ゼロ博士は解説を続ける。
「今回の異能犯についてですが、恐らくは不可視なる者だと思われます」
「透明化の能力か。だが今回は爆破だろ」
「はい。しかし今回調査を依頼した彼女の話によると、何もないはずの空間に何かが"あった"」
「何か……」
「私の見解では、爆弾を透明化し、ゲームセンター中に設置したものだと思われます」
全員が戦慄しする中、一人がとんでもないことに気付き、声を震わしながら呟く。
「不可視なる者は物体を透明化し、自身でさえも透明化できる。たとえ、ここに透明化された爆弾が設置されていたとしても……」
「はい、気付くことはできないでしょう」
数名が冷や汗を流し、数名が周囲をキョロキョロと見回す。
「しかし安心してください。当施設はサーモグラフィーにより、たとえ不可視の存在であろうと体温で可視化できます」
「それならば問題はないか……」
安堵の息がこぼれた──次の瞬間、
「──はっ!?」
壁が透明に。
床も、机も、椅子も。
全てが透明になった。
地下五階の一室から、地中の断面がくっきりと見え、上階にいるであろう人物が浮いているように見える。
「まさか……」
「不可視なる者は触れたものを透明化できる。つまり今、奴はこの施設に触れている」
「これはチャンスだ。全てのカメラで建物全域をくまなく映せ。仮にもし、もしもの話だ。もしサーモグラフィーでどこにも熱源がなければ──」
ゼロ博士の耳に取りつけられたイヤホンに通信が入る。
「ゼロ博士……」
続く言葉を期待に胸を膨らませ待ったが、返ってきた答えは希望に沿うものではなかった。
「生憎ですが、人のいないはずの場所に熱源を確認しました」
「そうか……」
ゼロ博士は失望に胸を落とす。
もし熱源がどこにもなければ、現在施設内にいる誰かが不可視なる者となり、容疑者を絞りこむことができる。
だが結果は違った。
「やはり第三世代の異能者は捕まえることはできない……」
ゼロ博士が落胆のため息をこぼす中、一人の少女だけは薄く笑っていた。
♤♡◇♧
施設は一時的に透明化したが、しばらくして透明化は解除された。
月山香織はある場所を訪れた後、急いで一階の大広間へ向かった。
「こんにちは。朝日ヶ丘くん、一の宮さん」
香織の前には、朝日ヶ丘天子と一の宮さくらがいた。
「早速ですが、訊きたいことって何ですか?」
香織は放課後、天子とさくらに人のいない場所で訊きたいことがあると言われていた。しかし学校では時間がつくれなかったため、ここ月山グループ本社で待ち合わせをしていた。
「えっと……ゲームセンターで事故が起こったことを知っていますか」
「知っています」
「実は俺とさくらもあの日、ゲームセンターの近くにいて……」
「ああ、なるほど」
香織は二人が質問したいことを大まかに理解していた。だからこそ、二人の質問を完全に聞き終える前に口を開いた。
「私も巻き込まれてないか不安だったんでしょ。でも大丈夫だよ。最初は爆発でビックリしたけど、すぐ近くに非常階段があって、なんとか助かったんだ」
「そ、そうだったんだね……」
二人の反応を見て、香織は確信する。
二人が本当に訊きたかったことはもっと深いこと。つまりは、月山香織が異能者なのではないかということ。
その疑念を加速させたのは、先ほど月山ビル本社で起こった透明化事件も関係しているだろう。
「ご、ごめんなさい。忙しい時に」
「ううん。全然平気ですよ。今日は二人と話せて楽しかった。また機会があったら話をしましょう」
香織の会話を終わらすような言葉によって、天子とさくらは渋々ビルを後にした。
「良かったんですか。あんなにすぐに返して」
「良いに決まってるでしょ。彼らの訊きたかったことが、禁忌の領域なんだから」
香織の背後から、眼鏡をかけが黒スーツの男性が近づく。
彼は香織の専属執事を務めており、元裁判官の裁崎。
「そんなことより、少しまずいことになったね。まさか不可視なる者が、このビルに接触するなんて……」
「我々月山グループが国と極秘裏に繋がり、国家公認異能者に協力していることがバレたのでしょうか」
「まあそれはそうでしょうね」
香織は険しい表情を浮かべる。
「裁崎さん、あることを頼みたいのですが」
♤♡◇♧
月山グループ本社からの帰り道、俺はさくらとコンビニに寄り、チキンサンドでもぐもぐタイム中だった。
「ねえ朝日ヶ丘くん、月山さんってさ……」
さくらが言おうとしているのは、月山さんについて。
月山さんが異能者であるか否か、その上で、ゲームセンターを爆破させた犯人なのか否か、だ。
「月山さんは明言しなかった。とにかく今はこれ以上詮索はやめておこう」
「そうだね。本人が何も言わない以上、私たちがいくら憶測を立てても野暮だよね」
「ああ。とりあえず二人だけの秘密だ」
「うん。変な噂でも立てて迷惑かけたら悪いもん」
さくらはその点は踏まえているようだ。流れるように食べているおにぎりのパックを丸めてゴミ箱へ捨てると、天に向かって手を伸ばす。
「最近さ、異能事件って多いよね」
「まあな」
2043年5月。
今年に入ってから既に異能事件は十件報告されている。
その内、不可視なる者によるものと思われる事件が六件。
もしこのまま不可視なる者が放置されれば、世界はとんでもない事態を迎えてしまう、そんな予感がする。
「私、思うんだ。もしも私に異能があったら、手の届く範囲の人を助けるために使おうって」
さくらは真剣な眼差しで言った。
「だから私は、許せないんだ。人を苦しめるためだけに、異能を振るう彼らが」
さくらは正義に満ちている。
俺は彼女のそういうところが好きだ。
人の悪意を憎む心を持ち、そうでいながら、人の悪意に鈍感なところ。
羊が狼に気付かないような、そんなか弱い彼女だから、僕は──
「僕……?」
「ん? どうしたの? 朝日ヶ丘くん」
朝日ヶ丘天子。
「あ、いや、なんかボーッとしてた。ってか暗くなってきたし、早く帰ろうか」
「うん、そうだね」
節電を始めた空の下を、僕たちは足早に過ぎる。
違和感はあった。
彼女といる時はいつだって、翼でも生えている気がした。
そんなわけないのにな。
♤♡◇♧
月山香織は気付いていた。
だから既に罠を張り、敵を暴く策を企てていた。
「間もなく世界は変わる。たとえ第三世代の異能者であろうと、私たちなら捕まえられる」
彼女は強く意気込んだ。
言葉の分だけ、強くなれる気がした。
やがて作戦決行の日が来る。
その日は休日で、私立月山学園には誰もいなかった。
ただ数人を除いて。
「やーい、休日の学校誰もいなーい」
「さくらはしゃぎすぎだよ」
休日の校舎、天子とさくらが疾走していた。
「ってか今日ってなんか立ち入り禁止の日じゃなかったっけ?」
「何それ。私聞いてないんだけど」
「昨日さくらは休んでたからね。でも校門に看板もあったでしょ」
「看板……? うわー、私見てなかった。ってか今日って立ち入り禁止なの!? ヤバイじゃん」
さくらは先生にお叱りを受けるのが怖いのか、途端に慌て始めた。
天子ももっと早く言っておけば良かったと後悔しつつも、二人きりではしゃげるこの空間の居心地の良さに酔ってもいた。
「じゃあ音もなく立ち去ろう。しー、だよ」
さくらは人差し指を立てて口に当てつつ、忍び足で廊下を歩く。天子も続けて鏡写しのように真似をする。
しばらくして、さくらが足を止めた。天子はその理由を不思議がったが、すぐに分かった。
「実は、不可視なる者の正体が分かったんですよ」
「それは凄いですね。なぜ分かったんですか」
女性と男性の話し声が、少し先の教室からしていた。天子とさくらは声を潜め、話に耳を傾けていた。
「不可視なる者が仕掛けた二つの行動で、犯人を暴いたんですよ。まずつい最近起こった、不可視なる者による本社ビル透明化事件。あれにより、ある人物は自身が一切操作対象に入らないよう画策した。それはきっと、犯人がそういう性格だからでしょう。自身が確実に疑われないという確証がほしかった」
「まるであの事件で犯人が絞れたような口ぶりですね」
「絞れたんですよ。あの日、熱源を感知した場所へ一番に向かったところ、何もないはずの場所に何かが"あった"んです。なんだと思いますか」
「さあ」
「そこにはマネキンがあったんです。そのマネキンには、貼るタイプのカイロがたくさん貼ってありました。つまりあの熱源はフェイクであり、それによりビル内にいた人間が不可視なる者であると確定してしまった。不可視なる者が透明にできるのは触れたものだけですから」
女性は淡々と推理を披露してみせる。その間、天子とさくらはあることに気付く。
「聞き覚えのある声……」
「この声って……」
二人が答えを探す間にも、彼女の推理は続く、
「そしてゲームセンターで起こった爆破事件。あのゲームセンターには至るところに爆弾が仕掛けてありましたが、仕掛けるタイミングは私が訪れる少し前でしょう。でなければ他の客に気付かれますから」
彼女は教室内をゆっくりと歩いた。対面する男性の周囲を一望しつつ、推理を舞踏会に仕立てようとしていた。
「であれば、先ほどのビル内にいた人物全員のアリバイを調べれば良い。結果、運が良かったです。アリバイがなかったのはたった一人、どころか、その一人は現場近くにいたようです。誰だったと思います?」
彼女は対峙する男を凝視し、そして告げる、
「もう察しの通りです。不可視なる者はあなたでしょ。裁崎さん」
そう告げたのは、裁崎が専属執事として仕える月山香織であった。
「気付いていましたか」
「それは、認めるってことで良いですね」
沈黙の空気が流れる。
やがて男が口を開く。
「私は不可視なる者」
「裁崎さん、あなたに異能を授けたのは誰ですか。あなた方第三世代の異能犯は、誰によって生まれた」
鋭い問いが投げられる中、男は黙って香織を見つめていた。
「異能実験初期、被験者となった者は皆死んでいった。それが第一世代の異能者。続く第二世代は、第一世代の失敗を活かし、成功させた。しかし第二世代は全て厳重に管理されており、たとえ逃げようと防犯カメラによりすぐに居場所を特定できる。
しかし第三世代の異能者、彼らは異能技術が流用され、何者かに生み出された存在。どれほどの数がいるのか、どんな異能を持っているのか、情報も何もない」
「だから、話せと?」
「話してください」
香織は無理だとは分かっていながらも問いかけた。
「私は、世界が嫌いだ。真の罪人を裁けないこの世界が嫌いだ。だから──」
突如、憤怒に震える言葉が響く。
裁崎自身が抱えていた世界への殺意が、これまでの行為へ繋がっていたのなら。
今、不可視なる者であると気付かれた彼が取る行動は、
「全部壊れてしまえば良い」
自暴自棄になった彼の悪あがき。
しかし裁崎が用意周到に計画していたとしたら。
ここで自身が不可視なる者であると告げられると察知していたら。
「何をしても無駄だ」
「残念ながら、全ては用意周到に計画されたこと。透明化事件があったあの日以降、俺を九州地方へ向かわせたのは、不可視なる者の証拠を探しているのを私に気付かせないため。だが全部、気付かれていた」
月山香織は全ての攻撃を受け付けない。だからこその油断。
自分一人だけならば助かるという絶対的自信。
それが今、彼女を出し抜いた。
爆発音が轟く。
「残念ながら、今学校には誰もいない」
「それがいるんだな。バカな二人組が」
天子とさくらは急いでこの場を去ろうとしていた。だが二人は何もないはずの場所でつまずいた。
「いてっ」
「まさか……」
天子はゲームセンターでのことを思い出し、透明化された爆弾ではないかと勘づく。
「月山香織。本当に君は、自分だけが助かれば良い、その程度の異能しか持ち合わせていないんだね」
香織は焦った表情で、廊下にいる天子とさくらへ急いで駆け寄ろうとする。焦った一瞬を見逃さず、裁崎は手錠香織の足にかける。
「……っ!?」
「香織、君は大切なクラスメイトを目の前で失う。じゃあね」
壮大な爆発音が、学園を揺らした。校舎は半壊し、鼓膜を突き刺すような音とともに崩落する。
裁崎は崩落した足もとを見つめる。
「いくら君でも、しばらくはそこから這い上がれない。君はあらゆる全てを拒絶することができるだけで、それ以上でも以下でもない。つまりね、君がそこに居続ければ、いずれ餓死して死ぬだろう。まあ、さすがに誰かが見つけてくれはするだろうけど、その時には既に、私は透明化を解除することなく逃げ続ける。誰にも裁かれることなく、ただ異能犯として人生を謳歌する」
裁崎は高らかに笑う。
その笑い声に雑音が混じっていることに気付いたのは、あるはずのない気配を感じたからだ。
振り返ることができなかった。振り返った時に背後にいる誰かを、見ることの恐ろしさ。
仮にそれが月山香織だったとすれば、いや──
必死に思考を巡らしながらも、答えにたどり着けない。答えを脳が拒否している。
「法のもとに人は裁かれる。だが、現代社会において、それは絶対の信頼を持たない。法があろうと、全ての罪が裁かれるわけではないし、全ての悪意が淘汰されるわけではない。では全ての悪意は淘汰すべきか」
背後から誰かが問う。
水中で喋っているようでありながら、はっきりと聞き取れる。
「全ての悪は淘汰すべき……だろ」
裁崎は震えながら答える。
「それも違う。なぜなら全ての人は罪を抱えているから。暴言、暴力、窃盗、規律違反、誰もが罪を行い、それでも尚他者の罪を許さない。だからこそ人は、他人への裁きと同時に、自身への不裁を求める」
男とも、女とも分からない、不気味な声。
ただひとつ分かるのは、その言葉には一切の感情がこもっていないということ。
怒りも、悲しみも、何もない。
「人々が信じているものが不裁である限り、僕は動かない。だがしかし、誰かが願ったなら、自身への裁きとともに、誰かの裁きを願ったのなら、その時、僕は裁きを行う」
裁崎の背に何かが触れた。
それは手だ。
背後にいるのは人か。
ここでようやく裁崎はある普遍的な答えに落ち着く。
しかしその手は死人よりも冷たい。次第に全身が凍りつくほどの身震いを覚える。
「なんだ……お前は……」
「僕は人々の信用。そうだね、僕に名前をつけるならば、」
心臓が氷に包まれ、身体の内側が完全に凍結した。排水管が凍結するように、裁崎の体内は氷で満たされた。
「──コンフィデンス」
♤♡◇♧
警察や国家公認異能者が駆けつけた頃には、裁崎が身動きもできない状態で見つかった。
触れたら氷に触れるほどの冷たさで、検視によって体内が凍りついていることが発覚した。
瓦礫の下に埋まっていた香織は状況を把握しておらず、凍りつけたのが誰かは不明のまま。
「体内が凍てついている。異能によるものであることは確か。では誰が……」
香織は推測に推測を重ねるが、一切根拠のない推測ばかりが無限に湧く。意味がない推理に腹を立てるだけ。
「あれ、そういえば……」
香織は現場にいた二つの声を思い出す。
「そういえばあの場に、二人の声が聞こえて……。やけに聞き覚えのある声だったから、多分クラスメイトだと思うけど……」
見つかったわずかなヒント。
きっかけとなる気がするけれど……。
「あの声は誰……」
現場からは香織と裁崎しか見つかっていない。
あの日は誰の立ち居りも禁止されていた。
明後日の学校、もし誰かが休んでいたのなら──。
日がめくり、休み明けの学校初日。
香織は一番に登校し、教室に入ってくる生徒一人一人を見る。
やがて担任が出欠を始める。
終わるよりも早く、香織は驚きで眼を見開いた。
「今日も欠席なし」
担任は学籍表を閉じる。
欠席者ゼロ。
見たところ、誰一人としてケガをしている生徒もいなかった。あれほどの爆発の中、目立った負傷がないはずもない。
「じゃあなぜ、このクラスは全員が出席している」
罪を犯した人間は、法律の名のもとに裁かれる。
けれど、現代社会において、それは絶対の信頼を持つものではない。
──だから人々は、コンフィデンスに願った。
♤♡◇♧
私立月山学園。
偏差値は70を超える名門校であり、小学校から大学までの一貫校。
「ねえ聞いた? また東京で不可視なる者が現れたらしいよ」
俺は彼女の戯れ言に耳だけを傾け、一切の反応をせずに手もとの本に目を落としていた。
「ねえ、聞いてるの? 朝日ヶ丘くん」
「はぁ。聞いてるよ、さくら。話続けて」
「はぁ? 相づちもなしで一方的に話せって言うの? 相変わらず朝日ヶ丘くんはわがまま過ぎるよ」
「良いじゃん。俺はさくらの話が聞きたいんだよ」
「な、何よそれ……」
さくらは顔を赤くすると、顔を背けてしまった。
どうやら怒らせてしまったようだ。
「帰りにゲーセンでも寄るか」
「行く行く! 絶対行く!」
さくらは目を輝かせる。
元気を取り戻してくれたようだ。
六時間目が終わり、帰りのホームルームを終えると、俺はさくらと一緒にゲームセンターへ向かった。
「ねえ、あれって……」
「ん?」
さくらは何かに気付いたようで、ゲームセンターの入り口を指差した。
一体何を見つけたのかと目を向けてみると、丁度ゲームセンターへ入っていくある女子学生が目に入った。
「あれって……」
そう。
ゲームセンターへ入っていったのは、俺のクラスの学級委員長──月山香織だった。
「学級委員長もゲーセン行くんだね」
「ちょっと跡つけてみようよ」
「えー、でもまあ、面白そうかも」
さくらは俺の提案に乗っかり、二人でゲームセンターに入っていった月山さんの跡を追う。
「格ゲーとかやるのかな」
「いや、リズムゲーじゃね」
なんて二人で話ながら跡を追うが、月山さんはゲーム機には目も向けず、階段を上り続けた。
このゲームセンターは三階建て。
最上階にはリズムゲーが多く置いてある。
やはり俺の当たりだ。
そんな日常の一コマはすぐに黒く塗りつぶされた。
三階に置かれたリズムゲーの機械。それらが次々と爆炎と黒煙に包まれる。
俺は咄嗟にさくらをかばおうとしたが、ふと足下にあった何かを踏んだ。刹那に床を見るが何もない、はずだった。
直後、足下から爆炎が噴き出す。
激しい音を響かせながら、ゲームセンターは火の中に消えた。
♤♡◇♧
「朝日ヶ丘天子さん。私のことが分かりますか」
目を開けると、天井を背景に、見知った女性がいた。
「さくらの……お姉ちゃん……?」
「はい、そうですよ。私は一の宮さくやです。あなたの担当看護師を務めさせていただきます」
「看護師……?」
「はい。あなたは今、入院しているんですよ」
思い出した。
ゲームセンターで爆発に巻き込まれたことを。
なんとか一命を取り留めたようだ。
「さくらは!」
「大丈夫ですよ。さくらも朝日ヶ丘さんと同じで、軽く頭を打っただけですから」
「頭を打っただけ……?」
あれだけの爆発に巻き込まれて、死んでもおかしくなかったあの状況で、どうして生きていられる? どうして頭の負傷だけでいられる?
「すぐに退院できると思いますので、安静にしていてくださいね」
「はい……」
気になることがありつつも、結局訊くことはできなかった。
いや、待て。
もうひとつ気になることがあるじゃないか。
俺とさくらがゲームセンターの三階に行ったのは、月山さんの跡をつけたからだ。
じゃあ月山さんは無事なのか。
さくらのお姉ちゃんがそれについて何も言わなかったのが答えなんじゃないのか。病院に搬送されていないということは、跡形も残さないほど焼け死んでしまったのではないか。
月山香織はクラスをまとめてくれるリーダーで、誰よりも度胸があって、頭もよくて、気配りもできて、優しさを持ち合わせる。
そんな人がこんな残酷に死んで良いはずがない。
その時、俺の中で何かが動いた気がした。
一週間後、退院した俺はさくらとともに学校へ向かった。
俺とさくらはあるものを見て、恐ろしいものでも見たように目を見開いた。
高等部三年一組。
教卓には担任が立ち、出欠を取っている。
全ての出欠確認を終え、担任は言った。
「欠席ゼロ。今日も一日頑張ろう」
月山香織は平然と教室に座っていた。
♤♡◇♧
2040年。
日本は極秘に異能という技術の開発に成功していた。
それは瞬間移動や透明化、テレパシーやサイコキネシスなど、夢物語とされた超常現象を個人が引き出せる技術であった。
異能技術の発案者は、異能によって食糧不足に困らない世界、万病が治る世界、憎しみのない世界をつくろうとした。
だが、人は思い通りにならない。
異能実験により異能を手に入れた者たちが、異能を使って犯罪を行った。
異能犯罪。
国家公認異能者と、異能犯との戦いが、民間人には知らされることなく、日本という国の中で密かに行われることとなった。
そしてとあるゲームセンターにて、ある国家公認異能者が異能犯に呼び出され、爆発に巻き込まれた。
「無事だったのですか」
「彼女の異能は『拒絶』。あらゆる全てを受け入れない。だからあれほどの爆発を無傷で済ませました」
照明の明かりが限りなく暗くされた広い一室、全員の視線は壇上にある大画面に向けられていた。
映し出されているのは、爆発したゲームセンターの映像。
「今回の被害規模は?」
「ゲームセンターの一階から三階が爆破し、建物内にいた二十三人が重傷を負い、四名は死亡しました」
「ま、さすがに軽傷では済むまい。彼女の近くにいたのなら免れたかもしれないがな」
一室には三十人ほどが集められ、各々が適時呟きを挟む。
彼らの言葉に耳を傾けつつ、壇上に立つ男──ゼロ博士は解説を続ける。
「今回の異能犯についてですが、恐らくは不可視なる者だと思われます」
「透明化の能力か。だが今回は爆破だろ」
「はい。しかし今回調査を依頼した彼女の話によると、何もないはずの空間に何かが"あった"」
「何か……」
「私の見解では、爆弾を透明化し、ゲームセンター中に設置したものだと思われます」
全員が戦慄しする中、一人がとんでもないことに気付き、声を震わしながら呟く。
「不可視なる者は物体を透明化し、自身でさえも透明化できる。たとえ、ここに透明化された爆弾が設置されていたとしても……」
「はい、気付くことはできないでしょう」
数名が冷や汗を流し、数名が周囲をキョロキョロと見回す。
「しかし安心してください。当施設はサーモグラフィーにより、たとえ不可視の存在であろうと体温で可視化できます」
「それならば問題はないか……」
安堵の息がこぼれた──次の瞬間、
「──はっ!?」
壁が透明に。
床も、机も、椅子も。
全てが透明になった。
地下五階の一室から、地中の断面がくっきりと見え、上階にいるであろう人物が浮いているように見える。
「まさか……」
「不可視なる者は触れたものを透明化できる。つまり今、奴はこの施設に触れている」
「これはチャンスだ。全てのカメラで建物全域をくまなく映せ。仮にもし、もしもの話だ。もしサーモグラフィーでどこにも熱源がなければ──」
ゼロ博士の耳に取りつけられたイヤホンに通信が入る。
「ゼロ博士……」
続く言葉を期待に胸を膨らませ待ったが、返ってきた答えは希望に沿うものではなかった。
「生憎ですが、人のいないはずの場所に熱源を確認しました」
「そうか……」
ゼロ博士は失望に胸を落とす。
もし熱源がどこにもなければ、現在施設内にいる誰かが不可視なる者となり、容疑者を絞りこむことができる。
だが結果は違った。
「やはり第三世代の異能者は捕まえることはできない……」
ゼロ博士が落胆のため息をこぼす中、一人の少女だけは薄く笑っていた。
♤♡◇♧
施設は一時的に透明化したが、しばらくして透明化は解除された。
月山香織はある場所を訪れた後、急いで一階の大広間へ向かった。
「こんにちは。朝日ヶ丘くん、一の宮さん」
香織の前には、朝日ヶ丘天子と一の宮さくらがいた。
「早速ですが、訊きたいことって何ですか?」
香織は放課後、天子とさくらに人のいない場所で訊きたいことがあると言われていた。しかし学校では時間がつくれなかったため、ここ月山グループ本社で待ち合わせをしていた。
「えっと……ゲームセンターで事故が起こったことを知っていますか」
「知っています」
「実は俺とさくらもあの日、ゲームセンターの近くにいて……」
「ああ、なるほど」
香織は二人が質問したいことを大まかに理解していた。だからこそ、二人の質問を完全に聞き終える前に口を開いた。
「私も巻き込まれてないか不安だったんでしょ。でも大丈夫だよ。最初は爆発でビックリしたけど、すぐ近くに非常階段があって、なんとか助かったんだ」
「そ、そうだったんだね……」
二人の反応を見て、香織は確信する。
二人が本当に訊きたかったことはもっと深いこと。つまりは、月山香織が異能者なのではないかということ。
その疑念を加速させたのは、先ほど月山ビル本社で起こった透明化事件も関係しているだろう。
「ご、ごめんなさい。忙しい時に」
「ううん。全然平気ですよ。今日は二人と話せて楽しかった。また機会があったら話をしましょう」
香織の会話を終わらすような言葉によって、天子とさくらは渋々ビルを後にした。
「良かったんですか。あんなにすぐに返して」
「良いに決まってるでしょ。彼らの訊きたかったことが、禁忌の領域なんだから」
香織の背後から、眼鏡をかけが黒スーツの男性が近づく。
彼は香織の専属執事を務めており、元裁判官の裁崎。
「そんなことより、少しまずいことになったね。まさか不可視なる者が、このビルに接触するなんて……」
「我々月山グループが国と極秘裏に繋がり、国家公認異能者に協力していることがバレたのでしょうか」
「まあそれはそうでしょうね」
香織は険しい表情を浮かべる。
「裁崎さん、あることを頼みたいのですが」
♤♡◇♧
月山グループ本社からの帰り道、俺はさくらとコンビニに寄り、チキンサンドでもぐもぐタイム中だった。
「ねえ朝日ヶ丘くん、月山さんってさ……」
さくらが言おうとしているのは、月山さんについて。
月山さんが異能者であるか否か、その上で、ゲームセンターを爆破させた犯人なのか否か、だ。
「月山さんは明言しなかった。とにかく今はこれ以上詮索はやめておこう」
「そうだね。本人が何も言わない以上、私たちがいくら憶測を立てても野暮だよね」
「ああ。とりあえず二人だけの秘密だ」
「うん。変な噂でも立てて迷惑かけたら悪いもん」
さくらはその点は踏まえているようだ。流れるように食べているおにぎりのパックを丸めてゴミ箱へ捨てると、天に向かって手を伸ばす。
「最近さ、異能事件って多いよね」
「まあな」
2043年5月。
今年に入ってから既に異能事件は十件報告されている。
その内、不可視なる者によるものと思われる事件が六件。
もしこのまま不可視なる者が放置されれば、世界はとんでもない事態を迎えてしまう、そんな予感がする。
「私、思うんだ。もしも私に異能があったら、手の届く範囲の人を助けるために使おうって」
さくらは真剣な眼差しで言った。
「だから私は、許せないんだ。人を苦しめるためだけに、異能を振るう彼らが」
さくらは正義に満ちている。
俺は彼女のそういうところが好きだ。
人の悪意を憎む心を持ち、そうでいながら、人の悪意に鈍感なところ。
羊が狼に気付かないような、そんなか弱い彼女だから、僕は──
「僕……?」
「ん? どうしたの? 朝日ヶ丘くん」
朝日ヶ丘天子。
「あ、いや、なんかボーッとしてた。ってか暗くなってきたし、早く帰ろうか」
「うん、そうだね」
節電を始めた空の下を、僕たちは足早に過ぎる。
違和感はあった。
彼女といる時はいつだって、翼でも生えている気がした。
そんなわけないのにな。
♤♡◇♧
月山香織は気付いていた。
だから既に罠を張り、敵を暴く策を企てていた。
「間もなく世界は変わる。たとえ第三世代の異能者であろうと、私たちなら捕まえられる」
彼女は強く意気込んだ。
言葉の分だけ、強くなれる気がした。
やがて作戦決行の日が来る。
その日は休日で、私立月山学園には誰もいなかった。
ただ数人を除いて。
「やーい、休日の学校誰もいなーい」
「さくらはしゃぎすぎだよ」
休日の校舎、天子とさくらが疾走していた。
「ってか今日ってなんか立ち入り禁止の日じゃなかったっけ?」
「何それ。私聞いてないんだけど」
「昨日さくらは休んでたからね。でも校門に看板もあったでしょ」
「看板……? うわー、私見てなかった。ってか今日って立ち入り禁止なの!? ヤバイじゃん」
さくらは先生にお叱りを受けるのが怖いのか、途端に慌て始めた。
天子ももっと早く言っておけば良かったと後悔しつつも、二人きりではしゃげるこの空間の居心地の良さに酔ってもいた。
「じゃあ音もなく立ち去ろう。しー、だよ」
さくらは人差し指を立てて口に当てつつ、忍び足で廊下を歩く。天子も続けて鏡写しのように真似をする。
しばらくして、さくらが足を止めた。天子はその理由を不思議がったが、すぐに分かった。
「実は、不可視なる者の正体が分かったんですよ」
「それは凄いですね。なぜ分かったんですか」
女性と男性の話し声が、少し先の教室からしていた。天子とさくらは声を潜め、話に耳を傾けていた。
「不可視なる者が仕掛けた二つの行動で、犯人を暴いたんですよ。まずつい最近起こった、不可視なる者による本社ビル透明化事件。あれにより、ある人物は自身が一切操作対象に入らないよう画策した。それはきっと、犯人がそういう性格だからでしょう。自身が確実に疑われないという確証がほしかった」
「まるであの事件で犯人が絞れたような口ぶりですね」
「絞れたんですよ。あの日、熱源を感知した場所へ一番に向かったところ、何もないはずの場所に何かが"あった"んです。なんだと思いますか」
「さあ」
「そこにはマネキンがあったんです。そのマネキンには、貼るタイプのカイロがたくさん貼ってありました。つまりあの熱源はフェイクであり、それによりビル内にいた人間が不可視なる者であると確定してしまった。不可視なる者が透明にできるのは触れたものだけですから」
女性は淡々と推理を披露してみせる。その間、天子とさくらはあることに気付く。
「聞き覚えのある声……」
「この声って……」
二人が答えを探す間にも、彼女の推理は続く、
「そしてゲームセンターで起こった爆破事件。あのゲームセンターには至るところに爆弾が仕掛けてありましたが、仕掛けるタイミングは私が訪れる少し前でしょう。でなければ他の客に気付かれますから」
彼女は教室内をゆっくりと歩いた。対面する男性の周囲を一望しつつ、推理を舞踏会に仕立てようとしていた。
「であれば、先ほどのビル内にいた人物全員のアリバイを調べれば良い。結果、運が良かったです。アリバイがなかったのはたった一人、どころか、その一人は現場近くにいたようです。誰だったと思います?」
彼女は対峙する男を凝視し、そして告げる、
「もう察しの通りです。不可視なる者はあなたでしょ。裁崎さん」
そう告げたのは、裁崎が専属執事として仕える月山香織であった。
「気付いていましたか」
「それは、認めるってことで良いですね」
沈黙の空気が流れる。
やがて男が口を開く。
「私は不可視なる者」
「裁崎さん、あなたに異能を授けたのは誰ですか。あなた方第三世代の異能犯は、誰によって生まれた」
鋭い問いが投げられる中、男は黙って香織を見つめていた。
「異能実験初期、被験者となった者は皆死んでいった。それが第一世代の異能者。続く第二世代は、第一世代の失敗を活かし、成功させた。しかし第二世代は全て厳重に管理されており、たとえ逃げようと防犯カメラによりすぐに居場所を特定できる。
しかし第三世代の異能者、彼らは異能技術が流用され、何者かに生み出された存在。どれほどの数がいるのか、どんな異能を持っているのか、情報も何もない」
「だから、話せと?」
「話してください」
香織は無理だとは分かっていながらも問いかけた。
「私は、世界が嫌いだ。真の罪人を裁けないこの世界が嫌いだ。だから──」
突如、憤怒に震える言葉が響く。
裁崎自身が抱えていた世界への殺意が、これまでの行為へ繋がっていたのなら。
今、不可視なる者であると気付かれた彼が取る行動は、
「全部壊れてしまえば良い」
自暴自棄になった彼の悪あがき。
しかし裁崎が用意周到に計画していたとしたら。
ここで自身が不可視なる者であると告げられると察知していたら。
「何をしても無駄だ」
「残念ながら、全ては用意周到に計画されたこと。透明化事件があったあの日以降、俺を九州地方へ向かわせたのは、不可視なる者の証拠を探しているのを私に気付かせないため。だが全部、気付かれていた」
月山香織は全ての攻撃を受け付けない。だからこその油断。
自分一人だけならば助かるという絶対的自信。
それが今、彼女を出し抜いた。
爆発音が轟く。
「残念ながら、今学校には誰もいない」
「それがいるんだな。バカな二人組が」
天子とさくらは急いでこの場を去ろうとしていた。だが二人は何もないはずの場所でつまずいた。
「いてっ」
「まさか……」
天子はゲームセンターでのことを思い出し、透明化された爆弾ではないかと勘づく。
「月山香織。本当に君は、自分だけが助かれば良い、その程度の異能しか持ち合わせていないんだね」
香織は焦った表情で、廊下にいる天子とさくらへ急いで駆け寄ろうとする。焦った一瞬を見逃さず、裁崎は手錠香織の足にかける。
「……っ!?」
「香織、君は大切なクラスメイトを目の前で失う。じゃあね」
壮大な爆発音が、学園を揺らした。校舎は半壊し、鼓膜を突き刺すような音とともに崩落する。
裁崎は崩落した足もとを見つめる。
「いくら君でも、しばらくはそこから這い上がれない。君はあらゆる全てを拒絶することができるだけで、それ以上でも以下でもない。つまりね、君がそこに居続ければ、いずれ餓死して死ぬだろう。まあ、さすがに誰かが見つけてくれはするだろうけど、その時には既に、私は透明化を解除することなく逃げ続ける。誰にも裁かれることなく、ただ異能犯として人生を謳歌する」
裁崎は高らかに笑う。
その笑い声に雑音が混じっていることに気付いたのは、あるはずのない気配を感じたからだ。
振り返ることができなかった。振り返った時に背後にいる誰かを、見ることの恐ろしさ。
仮にそれが月山香織だったとすれば、いや──
必死に思考を巡らしながらも、答えにたどり着けない。答えを脳が拒否している。
「法のもとに人は裁かれる。だが、現代社会において、それは絶対の信頼を持たない。法があろうと、全ての罪が裁かれるわけではないし、全ての悪意が淘汰されるわけではない。では全ての悪意は淘汰すべきか」
背後から誰かが問う。
水中で喋っているようでありながら、はっきりと聞き取れる。
「全ての悪は淘汰すべき……だろ」
裁崎は震えながら答える。
「それも違う。なぜなら全ての人は罪を抱えているから。暴言、暴力、窃盗、規律違反、誰もが罪を行い、それでも尚他者の罪を許さない。だからこそ人は、他人への裁きと同時に、自身への不裁を求める」
男とも、女とも分からない、不気味な声。
ただひとつ分かるのは、その言葉には一切の感情がこもっていないということ。
怒りも、悲しみも、何もない。
「人々が信じているものが不裁である限り、僕は動かない。だがしかし、誰かが願ったなら、自身への裁きとともに、誰かの裁きを願ったのなら、その時、僕は裁きを行う」
裁崎の背に何かが触れた。
それは手だ。
背後にいるのは人か。
ここでようやく裁崎はある普遍的な答えに落ち着く。
しかしその手は死人よりも冷たい。次第に全身が凍りつくほどの身震いを覚える。
「なんだ……お前は……」
「僕は人々の信用。そうだね、僕に名前をつけるならば、」
心臓が氷に包まれ、身体の内側が完全に凍結した。排水管が凍結するように、裁崎の体内は氷で満たされた。
「──コンフィデンス」
♤♡◇♧
警察や国家公認異能者が駆けつけた頃には、裁崎が身動きもできない状態で見つかった。
触れたら氷に触れるほどの冷たさで、検視によって体内が凍りついていることが発覚した。
瓦礫の下に埋まっていた香織は状況を把握しておらず、凍りつけたのが誰かは不明のまま。
「体内が凍てついている。異能によるものであることは確か。では誰が……」
香織は推測に推測を重ねるが、一切根拠のない推測ばかりが無限に湧く。意味がない推理に腹を立てるだけ。
「あれ、そういえば……」
香織は現場にいた二つの声を思い出す。
「そういえばあの場に、二人の声が聞こえて……。やけに聞き覚えのある声だったから、多分クラスメイトだと思うけど……」
見つかったわずかなヒント。
きっかけとなる気がするけれど……。
「あの声は誰……」
現場からは香織と裁崎しか見つかっていない。
あの日は誰の立ち居りも禁止されていた。
明後日の学校、もし誰かが休んでいたのなら──。
日がめくり、休み明けの学校初日。
香織は一番に登校し、教室に入ってくる生徒一人一人を見る。
やがて担任が出欠を始める。
終わるよりも早く、香織は驚きで眼を見開いた。
「今日も欠席なし」
担任は学籍表を閉じる。
欠席者ゼロ。
見たところ、誰一人としてケガをしている生徒もいなかった。あれほどの爆発の中、目立った負傷がないはずもない。
「じゃあなぜ、このクラスは全員が出席している」



