(明日が学園祭当日か……)
教室は学園祭前夜祭の準備で大騒ぎだ。どこからともなく響く喧騒。女子達の賑やかな話し声や、男子たちのテンションの高いやりとりが飛び交っている。明日のために最後の追い込みに入っているのだろう。
前日くらいは顔を出しておこうと2年A組の教室を覗いてみれば、黒板の前にコンセプト喫茶用のメニュー表が掲示されている。「執事服男子のご奉仕メニュー」なんて文字が踊っていて、思わず目を覆いたくなった。周りを見渡すと、すでに制服の上から簡易的な燕尾服を羽織ったクラスメイトたちが、準備に励んでいる。
「篠宮くん! やっと顔出してくれた!! 明日の衣装見てもらいたいんだけど、今時間ある?」
不意に話しかけられて振り向くと、クラスメイトで学園祭実行委員の松崎明日香を筆頭に、女子数人がキラキラした目でこちらを見ていた。おそらくクラスの出し物企画を担っている中心メンバーだろう。期待に満ちた表情が眩しい。
「ごめん、今最終チェックの見回りの最中なんだ。生徒会の方でも色々あって、クラスの準備全然手伝えなくて本当に申し訳ない。明日の本番はしっかり参加するから」
爽やかな微笑みを浮かべて、申し訳なさそうに告げる。内心では(他人の衣装なんか興味ねーけど)と思いつつも、そんな素振りは見せない。
「じゃあ、明日少し早めに教室に来てくれる? 皆、篠宮くんにアドバイス欲しがってるから!」
「分かったよ。可能な限り早く行くね」
丁寧に頭を下げると、女子たちは「ありがとう、楽しみにしてるね!」と明るく笑いながら再び準備に取り掛かる。嵐のような勢いだ。
「……ま、俺は教室に顔を出せばいいだけだしな。桐谷が根回ししてくれてるし、クラスでの立ち位置も保てる。少しだけ裏方を手伝えば完了だ」
独り言を漏らしつつ、小さく頷いた。学園内での王子様像を崩さずに、かつ余計な厄介ごとを回避するには、これしかない。
「お疲れ様です、篠宮会長」
突然背後から声がして、心臓が跳ね上がる。恐る恐る振り返ると生徒会副会長の桐谷が立っていた。相変わらず気配がない。忍者か、お前は。
「お疲れ様、桐谷くん。進捗はどう?」
「まずまずです。例の2年E組については、提出された見積書から諸々不当請求を摘発しました。奴らが要求していた金額の40%ほどは却下してます。当初の予算内で済ませるように改訂させました。まあ、会長に報告せずとも充分でしたが、念のためご報告致します」
「本当に……ご苦労様」
内心呆れつつも、労いの言葉を忘れない。桐谷の手腕には感謝しているが、その徹底ぶりには度肝を抜かれることがある。特にE組相手だと容赦がない。そこまでする必要あるのか、と思わなくもないが、おかげで生徒会の業務が円滑に進むのだから否定もできない。
「あと……もう一つお耳に入れておきたいことが……ちょっとこちらに、お越しいただけますか?」
「なんだい? 桐谷くん」
腕を引かれ、人目の少ない廊下の隅へと連れて行かれる。何か大事な案件かと思い身構えると、桐谷は真剣な表情のまま口を開いた。
「実は……同じクラスの氷室朔弥のことなのですが」
「氷室くん? 彼がどうかしたか?」
一瞬ドキリとする。まさか、俺との取引がバレたのか? いや、学園内で俺たちは接触していないはずだ。それとも、学園祭に関連する問題でも起こしたのだろうか。
「実家が元々写真館を営んでいたらしく、今回広報部が彼に学園祭の記録写真を撮影する仕事をお願いしておりまして……」
「へえ。それは知らなかったな。でも、学園祭の記録写真の撮影係は写真部が担当してたはずだけど……部員、いたかな?」
「そうなんです。実は写真部は現在幽霊部員のみで活動停止状態でした。今年度から生徒会が組織見直しを行った際、見直しの対象となったため、年度末で正式に廃部となる予定です。ですから、他に頼める者がいなくて……」
「ああ、そういう事情があったのか。それで氷室くんに白羽の矢が立ったんだね」
俺の提案により、近年在籍者が減少して活動が停滞している部活には生徒会監査チームが介入していた。廃部勧告が出された部活の中には写真部も含まれており、人員不足から正式に年度末で廃部処分となる予定だ。
「氷室朔弥と同じ中学だった者が広報部におりまして、氷室は中学時代には全国規模の写真展で入賞した経験もあるとも聞きますし、広報部としては適任だと判断したみたいです」
「なるほど、彼の才能が生かされる機会になるね」
桐谷に笑顔のまま相槌を打ちつつ、俺は内心不貞腐れていた。
氷室の祖父が写真館を営んでいたことは最初に聞いたが、その他の事実は初耳だ。先週末も一緒に過ごしたのだが、氷室からは何も聞いていない。学園祭で別口で頼まれたと漏らしていたのは、恐らくこの仕事のことを言っていたのだろうが……。
別に俺に申告する義務はないし、アイツが黙っていたところで責める理由もない。それでも、少しだけ寂しい気がしてしまう。
「学園祭当日、彼は正式に許可をもらっているので写真を撮りまくると思うのですが……。篠宮会長、氷室には気をつけてください」
「……それは、どういう意味?」
氷室が写真を撮っている姿はよく見かけるので、恐らく写真好きなのだろうと予想できる。何なら俺自身は毎週末、奴に変な写真を撮られているし、『面白画像』と称して個人ファイルに保管もされている。写真技術に長けているかどうかは判断ができないが。
俺が訝しげに尋ねると、桐谷はいつになく真剣な表情で、小声で囁いた。
「彼は、会長のストーカーかもしれません」
「……は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。頭が追いつかずにフリーズする。桐谷はそんな俺の反応を予測していたのか、冷静な口調で話を続ける。
「会長、最近物がなくなった覚えはありませんか?」
「い、いや……ないけど……」
唐突な問いかけに困惑しつつも、即座に否定する。ストーカー云々以前に、実際に貴重品が紛失した経験はない。自慢じゃないが管理はきちんとしている方だ。
「まだ気が付かれてないだけかもしれませんが、氷室は会長の使用していた参考書をこっそり盗み出していたようで、休み時間に堂々と使用していたんです。窃盗罪に当たります」
「……」
参考書類は確かに俺自ら氷室に貸している。なので、それは氷室が盗んだわけではない。昼休みに氷室がそれを使って勉強しているのも知っているが、それは俺の指示だ。隙間時間も勉強に充てているのだ。
つまり、氷室は無実なのだが、それを桐谷に納得させるためには俺と氷室の接点を説明しなければならない。それは避けたい。俺はわざとらしく首を捻った。
「た、たまたま同じ参考書を使ってたんじゃないの?有名なものだし」
「いえ、会長の美麗な文字の書き込み跡がビッシリありました。会長自らが使用していたものに違いないかと」
「……」
いや、桐谷お前……人の勉強道具の書き込みまで確認してんのかよ。変態か?と突っ込みたかったが、なんとか飲み込んだ。
「……しかも、私は奴が会長の御姿を隠し撮りしていた現場も目撃しました!」
「ええ……」
そっちは知らなかったが、氷室ならやりかねない。多分学園内でも、深く考えずに気を抜いた俺の面白写真を撮ってしまったに違いない。全く油断も隙もない。今更だが、自戒しないといけない。
「それこそ気のせいじゃない?証拠もないし、ただの写真好きなだけなんじゃ……」
「そういう問題ではありません! 会長は自分の魅力をお分かりになっていないのですか!? あの劣等種が調子に乗る可能性だってあります! 証拠なら奴のスマホを調べれば出てくるはずです! 今すぐ奴を呼び出して物的証拠をおさえ、徹底的に洗いざらい吐かせましょう!」
「桐谷くん。少し落ち着いて。人を疑うのは良くないよ」
氷室のスマホには、見られてはまずい俺の写真が保管されているのは間違いない。ソレが表沙汰になるのは、俺にとっても由々しき事態になる可能性があるので、その提案は全力で阻止した。
桐谷の怒涛の勢いに若干引きながらも、努めて冷静に諭める。
「とにかく、氷室くんにそんな意図があるとは思えない。きっと桐谷くんの勘違いだよ」
「会長がそうおっしゃるのであれば、今回は様子見と致します……。ただ、万が一会長に危害が及ぶようでしたら、即刻対処いたします。その時は奴を校庭の木に逆さ吊りで晒しますのでご了承ください」
「いや、やめてあげて」
そんな風に冗談なのか本気なのかもわからない発言をしてくる桐谷の方が、ある意味厄介だ。
「さあ、そろそろ会場設営の方に集中しようか。頼りにしてるよ、桐谷くん」
「お任せください。この桐谷凛太郎、必ずや会長に害をなす存在を排除し、清浄な環境をご提供いたします!」
「あ、ありがとう……」
桐谷は力強く宣言すると、颯爽と校内見回りのために去っていった。……やっぱり、ちょっと注意する必要があるようだ。

